第8話 公園にて
ふたりと一匹が目指す場所は、彼女の駅とその隣のターミナル駅の間にある、大きな公園で、子供向けの動物の飼育小屋も有ったりする。
彼女がジョギングをしているなら、俺も距離的には来れない所ではないが、あからさまに始めるのもちょっと、などと考えていると公園に着いていた。
時々、酔い覚ましや、運動不足の解消にターミナル駅から自宅まで歩くときに通ったりするくらいで、最近は足を踏み入れていなかった。
彼女に率いられて、どんどん奥へと入っていく。この辺りは、まだ来たことがない。ジョギングが出来るような小道が森のなかを通っている。
『ここの木に居たんです』
と、彼女が指差した木は小道に面した、まだ大木と言うほどには成っていない木だった。
『この辺りにいて、見つけたときはもう羽化が始まっていて、こんな低いところでも羽化するんだ、って眺めてました』
彼女は、その状況と同じように、木の一点を見つめている。ラルカも同じようにしている。
『ここかえ?』
『ええ』
『見当たらぬのー』
ラルカは何かを探しているようだった。
『ラルカ、何を探しているの?羽化した蝉だったら飛んでいっちゃてるんじゃないかな』
『そんな事は承知しておる。探しとるのは殻じゃ』
『殻って、蝉のぬけ殻の事?』
『そうじゃ、君の殻のことじゃ』
『それならば、家に飾ってあるわよ』
『?!』
『残しておいても、蟻の餌に成るくらいでしょ。だから記念にって』
『主の宅へ案内せい』
『ラルカちゃん、家に来たいの?』
『そうじゃ、早ようせい』
ラルカと来てから、さらに大きくなった気がする蝉の大合唱のなか、公園をほぼ横断する形で、入ったのとは反対側の出口へ向かう。
『ラルカ、その探している君とか言う蝉には話しかけられないの?』
『わしからは無理じゃ。今生の緣が繋がるとしたら、わが娘の方に成るのじゃろーし』
『ラルカちゃん、その辺りの事、聞かせてくれないかな』
『君はわしが契るはずじゃった相手で、幼虫の頃からの許嫁じゃった。ただ、羽化する時が沿わず会いまみえることが出来んかったんじゃ』
『そうなの、あっ、家すぐそこだから、そこの公園で休んでいて』
と言って、小さな公園を指し示してから、数件先の大きな家へ入っていった。この辺りは、電鉄系不動産会社に年々開発されてきた、住宅街のはじめの頃の場所で、高級な地域だった筈。
お嬢様だったんだ、やっぱり。自分の描いていたイメージと合うピースがまたひとつ埋まった感がある。
脇にいるラルカに話し掛けようとしたら、彼女が家から飛び出してきた。
『ごめんなさい、ちょっと移動しましょう』
と言いながら脇を走り抜けていく。唖然としているなか、彼女の家からは母親らしき女性が出てきて、彼女を探しているようだ。
『つぐみさん、お母さんがさがしているようだけど』
『ちょっと口を滑らしちゃって、あなたを家に呼べって言われちゃったの』
それは、急にハードルが壁のように立ちはだかった気分だ。でも、ここで気に入られれば公認という状態にもなるわけで…
『なので、あなたの駅のところのコーヒーハウスで待ち合わせね』
と言っているまに、姿が見えなくなった。俺の方は急に立ち上がると不審に思われるかもしれないので、彼女の母親を観察しつつ、調べものをしている振りをしていた。
彼女と良く似た女性で、彼女も年を取ったらあんな感じのマダムになるのかと、ある意味未来を垣間見たような気がした。ただ、その時の脇にいるのが俺かどうかが決定していないだけで。
彼女の母親が、探すのを諦めて家に入ったのを見届けてから、コーヒーハウスへ移動をする。
『お母さん、探すの諦めたみたいだよ』
と、返事がない。もしかして、この絆通信って、距離制約が有ったりするのか?
『ごめん、今最初のオーダーしたアイスコーヒーイッキ飲みしてたから』
はやっ!もうついているのか、のんびり歩いたら10分以上は掛かる筈なんだが。かといってそんなに早くは走れないし、彼女の使う駅に行って一駅電車という手もあるが、多分歩いた方が早いだろう。
俺がついた頃には、彼女は多分二杯目と思われる飲み物に口をつけていた。
『遅かったわね』
『君ほど早くは走れないよ』
荷物を置いてから、カウンターに注文しにいく、勿論俺も二杯。一杯目のアイスコーヒーはイッキ飲みをして、そのまま返却口へ。
残りをもって、彼女の前の席につく。
彼女は、持ち出してきた宝石箱のようなものから、蝉の脱け殻を出してテーブルに置いてラルカに見てもらっている。
ラルカの反応と言えば、
『うーん』『ふー』
とかで、良く判らない。
『あの、つぐみさん』
『なあに?』
『あの、さっき口を滑らしたとか何とか言われてましたが』
『ああ、それ。そーね、忘れて』
『…………』
『ジョーダンだって、探し物しているときに、何で早退してきたやらいろいろ言ってきたから、今朝運命の出会いをしたので、出社はやめてその人と探し物をしていた、って冗談っぽく言ったんだけと真面目に受け取っちゃって』
これって俺が”運命の人”って理解で合っているよね。ごくりと唾を飲み込んでから、
『俺も…』
『うー、わからん。君の感触はあるのじゃが何とも言いがたい』
駄目だ、また腰を折られた。
『ラルカちゃん、それは君の子孫だから色々な血が混じって来ているからなんじゃない?それに直系とは言え、あなたの娘もあなたと全く同じではないでしょう』
『まあのー、主の枕元に現れるぐらいの力を持っておるなら、直系で間違いないんじゃが』
『これからどうします。取り敢えずお昼もだいぶ過ぎちゃったし、お腹もすいてきてるんでなにか食べませんか』
『そうね、さっき走ったんで喉の乾きに気をとられていたけれど、お腹もすいているわね』
ここで、ポイントを稼いでおきたいところだが、何処へ行ったら良いだろ?一応、駅の周辺には、小さめのレストランからファミレスまで、そこそこのレベルで揃ってはいる。が、彼女を誘うのだったら、と考えると悩んでしまう。
『そうね、あなたの家は平気?宅配ピザでもとってじっくりと話せた方がいいと思うの。それにラルカちゃんも居れば不埒なことはしないでしょうし』
と言ってウインクしている。まずい、今のは反則だ。急に胸が高まってしまってちょっと息が詰まりそうだ、気持ちを落ち着けないと。
二杯目の残りを飲んでから、息を整えてゆっくりと、
『いいですよ、少し散らかっていますが。じゃあ、先にオーダーしておきましょう』
スマホを出して、あれやこれやとふたりで選んでポチっていく。なんか、すごく楽しい。
コーヒーハウスを出て、宅配ピザ屋に頼めなかったものは、コンビニで補充して我が家に向かう。
自分の家に帰るのに、こんなに緊張したのは初めてだ。そしてこの後、更に緊張することになるなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます