第4話 歌うのでは鳴く
駅前にはそこそこの数のカラオケボックスがあるわけで、どれがよいのか俺には判らない。彼女が受付に幾つか聞いて、3軒目に入ることに成った。
『あの神島さん、前の2軒とここは何が違うのですか?余りカラオケ来たことがないので、後学までに』
『確認ポイントは、完全禁煙ルーム、採点機能、ドリンクの飲み放題の種類、を最低押さえておくといいわよ』
『有難うございます、ちなみに2番目のは今日の場合だと必要ないですよね』
『そうね、何時もの調子で確認しちゃったけど、後で歌って元を取る場合に必要に成るかも』
と、少し茶目な笑顔を向けてくれたせいか、ドキッとした。
部屋に入って、係員が最初のドリンクを持ってきてくれる。それと、つまみ程度に頼んだお菓子類も併せて、テーブルに置かれる。
『で、話して貰えます?最初から最後まで包み隠さずお願いします・ね』
思わず、唾を飲み込んで仕舞うくらい、真剣な目で見られたら、全てを話すしかない。
”俺はあなたの事が好きなんです”
と考えるのではなくて、言えれば良いのだけれど、えっ、まさかこれ、伝わっていないよね。彼女は、最初のドリンクを飲んでいるところで、特に変化はない。
話し掛ける感じで、考えれば良いようだ。
『神島さん、ダブる所が、有りますが最初からお話しします』
会社帰りの道で、見掛けた蝉の幼虫は、いつも助けて木に登らせてあげていた。昨晩も見掛けた幼虫を、木につけてあげて寝ると、朝、枕元にラルカと名のる薄絹だけの、20台後半位の雰囲気の女性がいて…
『それで、君に声が届くようになってからは、知っているよね』
この話を聞いた神島さんは、少し考えながら幾つか質問をしてきた。
『えーっと、あなたが助けた娘が成虫の間は側にいられる、って言っていたのよね』
『そう、そんな感じでした』
『それから、何かあったら声をかけろ、とも言っているわよね』
『ええ』
『幾つかパターンは考えられるけれど、原因はあなたに憑依している蝉の女王の魔法かなにか。それで彼女がここにいられるのは、あなたが助けた蝉が生きている間』
『問題は、彼女がかけた魔法かなにかが、どうやったら解けるかで、クリア条件が解らないわ。だから、ラルカでしたっけ、蝉の女王さまに聞いて貰える。わたし歌っているからよろしく』
と言ってマイクを握りしめて、曲を選曲し始めた。
急にこんなことになって、ストレス溜まらせてしまって申し訳ない。ここは、しっかりラルカを呼び出して聞き出さないと。
『ラルカー、いるんなら出てきてくれ。ラルカー』
『あー、ちょっとウザイから、一曲歌い終わるまで止めていて』
『はい』
彼女は、見掛けほど静かなタイプでは無さそうだ。想像していたのとは違った顔だが、嫌いじゃない。むしろこっちのキャラの方が好みかも。
曲もガールズバンド系のロックを力強く歌っている。そんな彼女に見とれていると、
『宴でも始めたよったのかい、我が引き合わせたお蔭じゃろ』
と言って部屋を見回してから、
『あらあら、こんな巣に引き込もって、これから交尾でも始めるのかえ』
ラルカの声は、神島さんには届いていないようで、まだ歌い続けている。
『カラオケボックスは、そのようなことをする場所ではありません。出来るんだったらしたいのはやまやまだけど』と返しておく。
『えっ、何が出来るとか、なんの話?』
一曲歌い終えた彼女が、俺がラルカに返した内容を、自分に向けられたものと思ったようでこちらに顔を向けた。
その目の先に、俺の脇に座っているラルカが見える筈なんだが、
『神島さん、ラルカがここに来ている』
と言って、隣に座っているラルカを指差す。
彼女は、目を凝らしたり、角度を変えたりしているが、見えないようだった。
『ラルカ、神島さんにも姿を見せてあげて』
『これから事を始めるのじゃったら、見えん方が良いんじゃないのかえ』
って、もし始めたら見ているつもりかー、って突っ込みをいれる気力もなく。
『お願いします』
と頼むしかない。その瞬間、
『わっ!出た!』
頭の中に、先程のカラオケよりも大音量の声が響くのであった。
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