第3話 恩返し
出勤途中の電車の中、何故か頭の中で通話が出来るように成ってしまったふたり。脳内通話の話の中で、各自に思い当たる節が有るようだ。
もう、この状態では出社するという選択肢は無く、原因究明が最優先としたいが彼女はどうだろう。
『あのー、この状況は好ましくないと思うので一緒に何か対策を取りません? 貴方も蝉に何か関係があるのですか』
彼女からの返事はない。通話が切れたのならばそれはそれで良いのだが、ラルカを呼んでみる事にする。
『ラルカ、聞いているんだったら、元に戻してくれ、おーい』
『もー、うるさいわね。判ったわ降りて考えましょう。こんなんじゃ仕事になら無いでしょうし、あーあ』
といって、彼女は次の駅で降りる仕草をして見せた。頭のなかで言えば良いのに。
『ありがとう』
あれ以降、ラルカはなにも言ってこない、果たして居るのだろうか?憑依しているとかいっていたはずだけど。
駅で降りて、会社に連絡をいれる。通勤途中で問題が起きて、会社を休む。これは、痴漢容疑で捕まったかと思われても仕方がないが、決してそうではない、女性絡みのトラブルでは有る事は確かだけれど。
そのまま、駅を出て近くに有る喫茶店に、どちらともなしに入ることに成る。
適当にオーダーをしてから、自己紹介に移る。
『「織田俊哉、です」』
『「神島つぐみ、です」』
実際の声と、頭の中の声が二重に聞こえてきて少しウザイ気がする。それは、彼女も感じたようで、
『「暫く声無しで話しませんか」』
と言っている。俺もそう思うので、大きく頷く。
『織田さん、まずはあなたから説明頂けます?先程の、ラルカ、とかいう名前も含めて、この状況を、し・る・か・ぎ・り』
後半は、怒りが込められているのが感じられる。
『神島さん、俺が経験したのは…』
頭の中の会話で、俺が日課で蝉の幼虫を助けていたことと、今朝枕元に蝉の精霊らしきラルカが現れたこと、そして彼女がお礼をしたがったが断ったことまでを話した。
『経緯は解りました。でもまだ私と繋がる要因が見えませんが』
ここは正直に話すしかない。
『き、気になっていたんです、あなたの事。いつも電車で見掛けていて、それでラルカに聞かれた時につい…』
さすがにラルカのアドバイスについては、口に、いや頭で伝えるわけにはいかない。
『やはり、あなたに原因が有ったのですね』
『そういう、神島さんも何か蝉に関した出来事が有ったのでは?』
それを振られた彼女は、少し落胆したように、
『ええ、私にも似たような出来事が有りました』
彼女の場合は、日曜日の朝早くジョギングをしていた時に、脱皮している蝉を見かけて、観察をしながら、守ってあげたことが有るようで、
『それは、羽化の時の羽の伸びる姿なんか、神秘的で綺麗の一言につきるわ。そして、飛び立っていった姿を見送った時は、感動的な一瞬というものを感じたの』
でも、それくらいで蝉の関連とは成らないと思うんだが、
『そして、次の日の夜の夢に、イケメンが出て来て、見ていてくれて有り難う、って言ってくれたの。最初はなんの事だか分からなかったけど、背中の羽を伸ばしてくれたので蝉だと気付いた訳』
彼女の方は、保護してくれたお礼か。蝉の恩返しのオンパレードだ。
となると、やはり女王とか言っていたラルカの力か何かの性でこれが起きている、と考えるのが正しいのだろう。
『「ごめんなさい、神島さん。俺がいけなかった」』
思わず声に出てしまった。周りで聞こえた人は、彼女に浮気を謝っている男としか目に映らないだろう。
『なに声だしてるのよ、みっともないじゃない』
と彼女からの叱咤が返ってくる。
『ごめん、つい』
あー、駄目だ。彼女を巻き込んでおいて、こんなんじゃ仲良くなれたりは、とても無理そうだ。
そんな、落ち込みかけている俺へ、追い討ちをかけるように言葉が続いた。
『で、何か謝るような事、したの』
『だから、ラルカに聞かれて、君の事が気になっていると答えたら、彼女は’想いを告げてまぐわえば’というようなことを言って、その後こんな風に成ったんだ』
『まぐわう?』
俺の言ったラルカの言葉を繰り返して、意味を確認している。
『「えー!」』
今度は、彼女の方が声を出してしまった。慌てて口を塞ぐが、声は喫茶店内に響き渡ってしまった。
周りには静かにしていたら、突然大声を出す変なカップルと思われているに違い無い。
『なんてこと…』
彼女の呟きが伝わってくる。顔は赤面したのか下を向いている。ここは、下手に弁明をしてこじらせない方が賢明だ。
暫く経ってから、顔を上げた彼女には決意の表情が浮かんでいた。
『この呪いって、それを実行しないと解除とかじゃないでしょうね』
『俺には判らない。あの蝉の考えていることは』
『他に何か言ってなかった?その女王蝉は』
『うーん、全部話したと思うけど、今朝起きたところから順を追って話した方が漏れがなくていいかも』
『また、ここで奇声を上げる事に成るかもしれないから、他へ行きましょう』
精算をして、店を出る。もちろん費用は俺持ちだ。
『ふたりだけで話せた方が良いわよね…長時間いられて、声を出しても平気な場所』
不味い、ひとつ思い当たったが、これは提案できない、ホ、ホテルなんて。なに言われるか分かったもんじゃない。その間にも、彼女の独り言的な提案は続く、
『ホテルは良いけど、プライベート過ぎるし、あなたの事信用できないからパス。となると』
『『カラオケ』』
頭のなかで声が重なった。パックでドリンクバーでもつければコスパも良いし。
女性、それも好きな女性と二人っきりでカラオケなんてことは、人生で初めての出来事だ。ただ、これがこんな状況でなければ、良かっただけなのだが。
という事で、ふたりでカラオケボックスを探すこととなる。
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