第2話 織田裕二ではない

 買ってきたものをテーブルに並べる。

 唐揚げ、ギョーザ、枝豆になすときゅうりの浅漬け。ポテサラは2パック買った。

 そして、ストロングチューハイレモン! これこれ! これヤバイよねー。最近はビールよりもこっちだな。


 さて、準備OKだ。アイツ遅いな。

 ふと見るとベランダから夕陽が見えた。外に出て柵に寄りかかり眺める。奥の方に少しだけ見える海に夕陽がキラキラと映える。この景色が気に入ってこの部屋に決めたんだよね。駅から少し歩くけど後悔はしてない。

 日差しは夏の強さに近づいているけれど、風はまだ乾いていて気持ちがいい。すっと吹き抜ける風がレースカーテンを揺らし、気配を感じてふり返るとアイツがいた。


 ジャケットをかつぎ、片手をポケットに突っ込みながらストロングチューハイの缶に寄りかかって立つ。缶とバーコード頭が夕陽を受けて輝いている。


「おっさん、やったじゃん!」


 ちっさいおっさんは静かにVサインを出した。

 そこは親指じゃね?






「「カンパーイ!」」


 私は缶のまま、ちっさいおっさんはショットグラスでストロングチューハイを仰ぐ。


「ぷはーーーーーーっ、サイコー!」


 二人でゲラゲラ笑った。

 私とおっさんは最近知り合った飲み友達。

 少し前に急に現れて、ときどき家にやってきて一緒に飲む。もしかしたら私の幻覚かもしれないけど、こんなに面白い幻覚ならウェルカムだ。


「おっさん、どうやって帰ったの?」


「ハッキリ言ってやったぜ『お先に失礼します』って」


 また二人でゲラゲラ笑う。

 おっさんは実は普通の人間サイズで働いている。そこでは出世競争に破れてすっかり窓際で、いつも残業を押し付けられているらしい。私は会社全体が残業体質で息苦しかった。そこで二人で勇気を出して定時に帰ろうと約束したんだ。二人とも上手くいって乾杯できたけど、きっと大変なのはこれからだ。


「明日からどうなるかな?」


「さぁな。さすがにクビには出来んだろうけど、パワハラや突然辞令とかあるかもしれんな」


 服を脱いでパンツ一丁のおっさんは、唐揚げを抱きかかえるようにしてかじりついている。服が汚れるから飲む時はいつもパンイチだ。



「おっさん大丈夫なの?」


「俺はもう少しで定年だしな。何かあったらすぐ組合に言ってやるし、退職金が少なければ法廷で争って慰謝料ふんだくってやる」


 随分勇ましいな。私はポテサラを一口頬張って考える。あの時、一瞬感じた感情って何だったかな……


「アンタはどうだったんだ?」


「私も言ってやったよ『お先に失礼します』って」


「何も言われなかったのか?」


「それがさ……」


 そうだ、やっぱり、そうだと思う。

 あの時感じた事を思い返してみる。


「イヤミ次長が何か言おうとしたんだよね。その時、コーハイが『俺もお先に失礼します』って私に便乗してきたの」


「は?」


 おっさんは大きく開けた口で唐揚げをかじるかわりに気の抜けた声を出してこちらを見た。


「だから二人で帰ったんだよね」


「なんだ! 女子に便乗するなんて、けしからんヤツだな!」


 私はおっさんに話してみることにした。


「なんか……かばってくれたのかなって思うんだよね」


「かばう?」


「うん。私が何か言われそうな時に声をあげて、みんなが呆気にとられてる間に外へ出たんだ。もしそれがなかったら次長に引き留められて帰れなかったかもしれない」


「なんだーいいヤツじゃないかー」


 おっさんがコノコノと肘でつついてくる。


「明日、食事に行くんだ」


「おおっ! 定時帰りでデートかよっ! シブヤで5時かよっ!」


 おっさんが私のまわりを歌いながら廻る。うざい。


「シブヤで5時は正義だな。桃子ちゃん可愛いっ!」


 おっさんハシャギ過ぎだわ。

 あのコーハイ、犬系で可愛がられタイプだけど意外と頼れるのかも?なんだか今日のストロングチューハイレモンは甘い気がする。


「明日どうなるかな。定時で帰れるといいな。頑張れよ」


 おっさんが急に真顔で励ましてきた。


「文句言わせないくらいの存在感は作ってきたつもりだよ。実績でね」


「カッコいいじゃねーか」


 おっさんは唐揚げでギトギトになった口元でニヤリと笑った。



 威勢のいいことを言ってみたものの、どうなるか予想もつかない。だけどもう始めてしまったんだ。明日も定時で帰る。残業する日があってもいいけど、定時帰りを当たり前にするために、しばらくは定時で帰ることを続けるつもりだ。


「よしっ、明日からの戦いに」


「「乾杯!」」



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