9日目

「"昨日の"は食べられませんでしたわ……」

「"昨日の"って、何を食べるつもりだったのかな!? ちょっと詳しく聞かせてほしいな!!」

 リリアの中で空腹レベルと狂気レベルは反比例しているらしい。そろそろ狂気レベルが"人類"の領域を突破しそうだ。

「今日はモンスターを倒せて、食べることもできる勇者様をお願いします」

「付加価値の方向性がおかしいよ!! ってか勇者を喰おうとすんなよ! せめてモンスターにしとけ!!」

 俺自身の発言も大概おかしいような気がするが、勇者を喰うよりはマシだ……、と思いたい。


「まずいな……」

 今ガチャったら再び頭がアンパンのヒーローでも出てきそうだ……、もしくは頭がカレーパン、じゃなければ食パン……、案外天丼だったりとか……。


 ダメだ!! 完全に思考が"そっち"の方向に向かっている。切り替えろ!

 よし、発想を変えるんだ。"食べられる奴"じゃなく、"食べ物を生み出せる奴"だ。うん、自分で言っててもよくわからん!


「食べ物を生める、食べ物を生める、食べ物を……」



 ガチャ



 いつものように視界を塗りつぶすように眩しい光があふれる。


 その光の中から現れたのは、ピンクの肌をしてふくよかな体格の……人?


「チョコになっちゃえ~」

 ピンクのふくよかさんは、頭髪の無い頭部に唯一存在する"触覚"のような部分からビビビと……

「ビビディ・バビディ・ブゥゥゥゥ!!」

 光線がリリアに届く前に、俺は神速で送還ボタンを押した。


 光の中に消えていくピンクのふくよかさん。

「あぁ、柔らかで美味しそうでしたのに……」

「いや、お前もう少しで自分が美味しく頂かれるところだったぞ?」

 だめだ、"生み出せる奴"も大概危険だ……。そうだアレだ。元の世界のコンビニに繋がるとか、なにやらアングラなマーケットに繋がるとか、そういった感じの"お取り寄せ系勇者"を呼び出したらどうだろうか。

 よし、"お取り寄せ系勇者"こいこい!!



 ガチャ



「あれ? また召喚された?」

 素っ頓狂な声と共に姿を現したのは、それなりな鉄鎧と、それなりな剣を携えた日本人風な男だった。大丈夫、見覚えのある感じじゃないから著作権は問題なさそうだ!

「あーっと、実は……」


 カクカクシカジカ 彼には事情を説明した。特に"食糧問題"を重点的に。


「へぇ、勇者ガチャかぁ……。期待されてるところ悪いけど、僕の"ギフト"では役にたたないかもなぁ」

 日本人風な彼、もとい三平みひら 慎一しんいち君はそうい言いながらやや暗い表情を見せた。

「ぎふと?」

 もしかして神様からの贈り物的な?

「僕は同じクラスのみんなと一緒に異世界に召喚されて……」

 おおぅ、いわゆる"クラス召喚"ってやつか。クラス内カーストがより顕著になり、カースト下位が今まで以上に酷く虐げられたり、っていうカオスな状態になるヤツだな……。

「召喚と同時に、みんな一人一つずつ"ギフト"を得たんだ」

 どうやらクラス全員が何かの特殊能力を授かったということのようだ。すまないね、このガチャ召喚では"ギフト"みたいなオマケはつかないんだ……。っていうか、俺もギフト欲しいんですけど? ちょっと責任者出てこい。

「僕のギフトは、元の世界のとある場所に繋がるという能力で──」

「お取り寄せ系勇者キター!!!!」

 これは期待が膨らみますよ!

「それで、どこに繋がるので!?」

 グイグイと突っ込んでいく俺に、慎一君はかなり引き気味だ。

「えっと、その……、釣り堀……」

「……え?」

 ツリボリ……?


 慎一君が手を翳す。すると突然、地面に正方形の池が出現した。

「釣り堀だよ……」

「……」

 にじみ出るハズレスキル臭に、俺もかける言葉が見つからない。水面から覗く水中、そこには鯛っぽい魚が見えた。あー、海水釣り堀か~。

「けけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「あ! 危ない!!」

 慎一君の静止を聞かず、魚に向けて姫が飛び込み──


 ゴギャッ!!


「ふんごっ!!」

 凡そ、"姫"と呼ばれる人物が出してはいけない呻きを上げ、水面にへばりつくリリア。

「中には入れないんだよ……。多分釣り具が無いと釣れないんだ……」

 手元には釣り具などない。慎一君も持っていない。そして"ギフト"とやらも釣り具はオマケしてくれないようだ……。酷いハズレスキルじゃねぇか!!

「言いたいことは分かるよ……、クラス召喚されたのに僕だけ無能扱いされてて……」

「あ、うん」

 慎一君からは"悲壮感"と呼ぶには生易しいほどの黒いオーラが漂う……。アカン、これはアカンヤツや。


「フーッ!!」

 リリアは水面にへばりつき、中にいる魚を凝視している。まるで猫みたいだな……。

「フシャァァァァァ!!」

 水面から鯛が跳ねた……、次の瞬間には、リリアがその魚を咥えていた。

「オイ、残像が見えたぞ?」

 お魚咥えたドラネコかよ! 実は下手な勇者より強いんじゃないのか? というかもう食べ終わってる!?

「中からなら出てこれるんだ……」

 どうやら慎一君すらも知らなかった事実らしい。いや、リリアレベルの速度でないと捕まえられないよ?


 リリアは一晩中、釣り堀から飛び上がる魚を狙い続け、俺と慎一君は彼の愚痴を交えながらそれを眺め続けた。

 翌朝、少し顔色が良くなった慎一君は還って行った。


 魚? 最初の一匹で警戒されたのか、それ以降は跳ねることはありませんでしたよ?


【本日の釣果(?):1匹】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る