aquarium

星染

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「もうだめなんだよ」


 深莉(みり)は嗚咽の隙間でたしかにそう言った。海のかけらみたいな澄んだ涙がぽろぽろ途切れずにその頬を滑る。滑っていく。落ちて割れる。僕はただずっとその様子を眺めていた。綺麗だなあとただそれだけ、思った。


「ずっとここにいたよって、言ってよ」


 笑ってよ。

 僕は、もしかしたら深莉には僕が見えないのかなと思った。だから泣いているのかなと思った。けれどそんなことなくて、深莉の瞳孔には薄くだけれどくっきりと僕の輪郭があった。深莉はちゃんと僕を見て泣いてくれていた。僕には広すぎるほどのこの世界は、深莉にとってただの窮屈な水槽に過ぎなかった。ゆらゆら揺れて透ける僕の体は位置が定まらなくてとてももどかしくて、悲しくなって僕は笑った。深莉はしゃくり上げながら僕に手を伸ばす。細かく震える指先でそっと僕に触れる。するりと心地よい感触が僕の脳髄を通り抜けて貫く。深莉はちゃんと僕の存在を、ぬくもりを感じているだろうか。僕と同じ気持ちで僕に触れてくれているだろうか。

 だとしたら僕はしあわせだと思った。僕がこの世界のほんの一片に過ぎないとわかっていても、ここにいることが途轍もなく壮大で素晴らしいことのように思えた。深莉も僕につられてすこし表情を緩めた。脆い薄いプラスチックのような銀色に透けた世界で僕らはずっとこのまま一緒にいたいと願った。深莉となら、今ならどこにでもゆけそうな気がした。気泡がゆったりと僕らの間を通り抜けていく。煌めいて無数の色になってはじけ飛んだそれにまぶしく目を細めて、深莉はやっと笑った。瞳や頬はまだ哀し気に濡れていたけれどそれでも、むしろそれが彼女を引き立てているかのように深莉は綺麗だった。

 深莉の長い髪が無秩序にゆらめく。歪んだ空からの光に絡めとられてそれは怪しげに艶を増す。目を閉じたって感覚的に奔流となって流れ込んでくる憧憬。深莉も僕も心から笑える瞬間がそこに確かに存在した。

 どれが僕らの未来だとしても、きっと前に進んでゆけるだろうなんて陳腐なしあわせを描いていた。でもそれでいいと思えた。充分だと思った。笑えるように、歩いていけるように。

 水の中で唇を動かすのだ。


「ぼくはずっとここにいたよ」


 この世界で僕と深莉はいま、泡とひかりといっしょに銀色のさかなになる。

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aquarium 星染 @v__veronic

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