さよなら、不思議な世界
『せっかくだからこれも伝えておきますね。今日アナタが体調を崩したのは、きっとストレスが原因でしょう。姉なのに、何もしてあげられないのが悔しくて。その想いが、徐々に体を蝕んでいたんですよ』
「なんだか酷い言われようね」
『事実なのだから仕方がないでしょう。でもねえ、あなたはその酷い事を、今まで弟さんにしてきたんですよ。手伝いたい、力になりたいって言ってるのに、アナタはろくに話を聞きもしないで、全部一人で背負おうとした。そんな様子をすぐ近くで見て、八雲君はどんな風に思っていたでしょうね?』
「————————ッ! アンタはそれを教えるために、ワタシをこんなおかしな世界に連れて来たって言うの?」
『はい、その通り。アナタは8000万分の一の、幸運を手にすることがでた人ですから。って、そう睨まないでくださいよ。アナタだって内心、弟さんの気持ちに気付くことができて、よかったって思ってるんじゃないですか?』
うう、それは確かに。いきなり小学生にされちゃったり、八雲が大きくされたりしたことには納得いってないけど、そのおかげで自分のしてきた事を見つめなおせたのは事実。
この招待状の事は、やっぱりムカついちゃうけどね。だいたい。
「ねえ、前から気になってたけど、アンタいったい何なのよ? 妖怪? 悪魔? 宇宙人?」
『ワタシは導き手と呼ばれる存在。人間に大切な事を気付かせることを、生業にしています。人は強い思い込みから、周りが見えなくなってしまう生き物なので、時々こうして導いていあげているんですよ』
紙っぺら故に表情なんて無いけど、何となくドヤ顔をしているような気がする。人間を導くって、なんだか胡散臭い話ねえ。どうせなら国の首相とか、大きな組織のお偉いさんとか、そう言う人を正しく導いてくれたら、世の中良くなるんじゃんあいかなあ?
まあ私は、導いてもらって良かったかなって、今なら思う。悔しいけどね。
「ところでさあ、気づかせるのはいいんだけど、私はずっとこのままなの? 小さくて可愛い八雲が、いい加減恋しいんだけど」
『ああ、それはご心配なく。もうやるべきことはやったので、望めばすぐに元の世界に帰れますけど、どうします?』
「え、帰れるの? じゃあ、今すぐ元に……」
言いかけて、口を噤む。私が元の世界に戻ったら、ここにいる高校生の八雲はどうなっちゃうんだろう? 妹がいなくなったって心配かけちゃう? するとそんな私の心中を察した招待状が答えてくれる。
『何も心配することはありません。ここは一次的に存在する、夢の世界のようなものですから。アナタが帰ったら、この世界は消えます。ここにいる人はみんな幻みたいなものですから、気にしなくて大丈夫です』
「消えちゃうんだ。それはそれで、ちょっと堪えるなあ」
大きくて優しかった、高校生になった八雲。本当の八雲の事を恋しくなっちゃってたけど、彼の事も嫌いじゃない。むしろ、大好きだって思う。
頭を撫でられて、抱きしめられて、可愛がってもらえて。短い間だったけど妹気分を味わえて、アレはアレで、悪くなかった。けど、だからこそ。
「お願いするわ。元の世界に返して」
『はいはい。でも良いんですか? てっきり最後に、お別れが言いたいって言うと思ったんですけど』
「いいのよ、これで」
確かに会いたい気持ちもあったけど。風邪を治して元気になった姿を、見せてあげたいって思ったけど、会ってしまったら、気持ちが揺らいじゃいそうだったから。
『まあ正直、そっちの方が助かりますけど。もし別れのシーンを書いたりしたら、規定文字数の一万五千文字に収まりそうにないですし』
「アンタはいったい何の話をしているの?」
『ちょっとした裏事情です。本当は小学校に通うアナタや、八雲くんの同級生の女の子も描きたかったのに……。物語をコンパクトにまとめるのって、難しいって話ですよ』
招待状が言っていることは意味が分からなかったけど、まあいいわ。それより、帰ると決めたなら早くしよう。
「さあ、決心が揺らがないうちに、さっさとやっちゃって。私は何をすればいいの?」
まだ熱でふらつく頭を押さえながら、立ち上がろうとしたけど、招待状はそれを制止する。
『楽にしていただいて結構です。来た時とは違って、私が呪文を唱えれば、元の世界に帰れますから。何もかも元通りになりますよ。あ、もちろん……』
「私がここで学んだことは、もちろん覚えているんでしょうね? でないと何の意味もないもの」
『その通り。では、横になってゆっくりしてください。そうそう、ではいきますよ……』
招待状は息を吸い込んで(たぶん)、呪文を唱える。
『グッスリンりくりりんぱ!』
次の瞬間、私の視界は白くぼやけてきた。これで、この世界とはお別れかあ。早く帰りたいって思っていたけど、やっぱりちょっと名残惜しいや。
大きくなった八雲、黙って行っちゃってごめんね。だけど、優しかった君の事は、ずっと忘れないから。
「ありがとうね、兄さん」
世界を去る直前、私はようやく八雲の事を、『兄さん』と呼べた。
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