力になれない切ない気持ち
頭が痛い。手足に力が入らない。それでも布団から出ようとする私を、八雲が慌てたように抑える。
「ダメだよ寝てなくちゃ。熱が37度8分もあるんだから、今日は大人しくしてるんだよ」
横になる私を見ながら、八雲は諭すように言う。まさかよりによって、こんな時に熱を出しちゃうだなんて。言われた通り、大人しくしておくしかないのかなあ? いや、38度にもなってないんだから、こんなの平熱とさほど変わらないわ。
だけどいくら力を入れようとしても、思うように体は動いてくれない。子供に戻っちゃったから、身体が弱くなっているのかもしれない。
八雲は私を心配そうに見ていたけど、バイトを休むわけにもいかなくて。お昼に食べられるようおかゆを作ってくれて、それから名残惜しそうに出かける準備をする。
「いい、ゆっくり寝てるんだよ。絶対だからね」
最後まで念押ししてから、ようやく出かけてくれた。
さて、どうしよう。本当なら掃除や買い物に行きたいところだけど、そんな事したら八雲に怒られそうだし。それに情けないけど、本当にきつくて。とても動こうと言う気にはなれなかった。
どうして、こんな子供の姿になっちゃったんだろう? 何もできない自分が、嫌になってくる。
それに、成長した八雲。今の八雲もカッコよくて素敵だとは思うけど、私にとってあの子はあくまで、可愛い弟。小さな体をギュッて抱きしめたあの感覚が、忘れられないよ。
「ああ、八雲、可愛い弟。もう何日、本当の姿を見てないかなあ……。ああっ、このままじゃ弟欠乏症になる―!」
熱で頭が痛いのに、叫ばずにはいられない。八雲が恋しくてたまらなくて、ズキズキと痛む頭を抱えていると。
『……あなたねえ。あんなイケメンのお兄さんができたのに弟ラブって、ショタコンですか?』
聞き覚えのある独特な声が、とっても失礼な事を言う。慌てて体を起こすと、そこにはあの招待状が、プカプカと宙に浮いていた。
「ああっ、アンタは――痛っ!」
『こらこら、大きな声で叫んだりしたら、頭に響きますよ』
「誰のせいよ。まあ良いわ、ここであったが百年目。切り刻んで、火にくべてやるわ」
『なんて物騒な事を言ってるんですか。それよりも、この世界で過ごしてみていかがでしたか?』
「決まってるじゃない。最悪よ!」
八雲のために何かしたいのに、ことごとくそれを拒否されて。本当は私が面倒見てあげなきゃいけないのに、逆に苦労をかけてばかりで。まあ、カッコよく成長した八雲を見ることができたのは、ちょっと嬉しかったけど……
けど、それでも何も出来ないのはやっぱり辛い。こんな事をして、何が楽しいの?
『最悪ですか。おかしいですねえ、普通あんなに優しいお兄さんがいたら、嬉しいものですよ』
「そりゃあ八雲はいい子だけど……それじゃあダメなの。優しいのは良い事だけど、それに甘えっぱなしなんて考えられないわ。なのに何もしれあげられないのは……嫌だよ」
『はははっ。何だ、分かってるじゃないですか』
招待状は何がおかしいのか、愉快そうに笑うと、そっと問いかけてくる。
『何もしれあげられないのは辛い、そうですよね。だったらあなたは何故、今まで八雲くんに手伝いをさせてあげなかったのですか?』
「それは……八雲がまだ小さな弟だからよ。そりゃ今は、私だって小さいけど、これは仮の姿でしょ。本当に小さい子供に、負担がかけられないのは当たり前じゃない」
『ほほう? だったらもしアナタが本当に妹だったとしたても。家の事は全部兄貴に丸投げして、自分のしたい事だけをしていたと、本気で言えるのですか?』
「それは……」
言葉に詰まる。今のは意地悪な質問だったけど、言っていることは的外れじゃない。きっと本当に私が妹だったとしても、今と同じように、少しでも力になりたいって考えてたと思う。だって、家族だもの。
『どうやらこの世界に連れてきて、正解だったみたいですね。八雲くんの気持ち、少しは分かりましたか?』
返す言葉が見つからない。私は今まで、八雲に負担をかけまいって思っていたけど、あの子もこんな気持ちだったのかなあ?
切ない思いが込み上げてきて、私は黙るしかできなかった。
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