高校生の八雲と、小学生の私?
急に成長した八雲を目の当たりにして、私は呆然としながら、口をパクパク動かしている。だけど八雲本人は、どうして私が慌てているか分からないみたいで、不思議そうに首をかしげる。
「皐月、顔色悪いけど大丈夫?」
「さ、皐月って呼ばないで。いつもみたいに、『姉さん』って呼んでよ!」
「何を言っているの? 妹相手に『姉さん』って呼ぶだなんて、おかしいじゃない」
「い、妹⁉」
言われてハタと気づく。八雲の事だけじゃない。いつもとは違う違和感が、まとわりついている。何だか視線が、いつもより低いような……
慌てて駆けだして、洗面所に向かって鏡を見て、驚愕する。何よこれ! どうして身体が縮んじゃってるの⁉
そこに映し出されていたのは、まるで小学生の頃に戻ってしまったような自分の姿。
背は低くなっていて、手足に目を向けると、こちらも短く縮んでいる。これは……
「どうしたの急に? さっきから変だよ」
「や、八雲。八雲って今いくつ? それに、私の歳は?」
「何言ってるの? 僕は15歳で高校一年生。皐月は10歳で、小学五年生でしょ」
心配そうな顔をして追いかけてきた八雲に、問いかけると、驚愕の答が返ってくる。そんな、私は黒の組織に変な薬を飲まされた訳でもないのに。
八雲が高校生一年生で、私が小学五年生だなんて、年齢が逆になっちゃってる。もしやこれは……ううん、もう間違いないだろう。あの招待状の奴が言っていた、不思議な世界に来たって、こう言う事なの? アイツめ、何てことしてくれるの!
小学生になっちゃうだなんて。これじゃあこれから、どうやって八雲の面倒を見ていけばいいのよ……
信じられない事態に絶望して、崩れ落ちる。すると八雲が、そんな私の頭を優しく撫でてきた。
「いったい何があったの? 辛いなら、話だけでもしてみて」
顔を覗き込むようにして、甘い声で囁いてくる八雲。って、近いよ!
普段の私なら、ちょっとカッコいい男子を前にしても、全然ドキドキなんてしないんだけど、今の八雲相手だとなんだか……って、変な事考えるんじゃない私! 八雲は弟なんだから!
メチャクチャ変な事になっちゃったけど、可愛い弟なの!
「ううっ、小学生になっちゃったら、もうバイトできない。八雲の事を、守ってあげられない」
「なにそれ。皐月はそんな事、考えなくていいから。バイトも家事も僕がするから、皐月は遊んだり、勉強したりしててよ。」
それはいつも、私が八雲に言っている言葉。まさか私がそんな事を言われることになるだなんて。
それにしても、八雲はこの事態にも全く動じていない。きっとここは、私達の年齢が逆なのが当たり前の、そう言う世界なのだろう。理屈は分からないけど、そんな世界に連れてこられたと言うわけか。あの招待状め、今度会ったら燃やしてやる。
「ううっ、八雲―っ!」
「ほら、泣かない泣かない。ふふ、今日はやけに甘えてくるね。大丈夫、僕は何があっても、皐月の味方だから」
いつもは可愛い弟だけど、抱きしめられて、頭を撫でられて。優しいお兄さんと言った感じ八雲。将来こんな風に成長するのかななんて思うと、ちょっぴり嬉しくなるけど、もうお姉ちゃんじゃいられないのは、やっぱり寂しい。
「それじゃあ僕は夕飯を作るから。皐月はそれまで宿題やってて。美味しいハンバーグ作ってあげるから。豆腐ハンバーグだけど」
私の得意料理まで完コピしているのか? 八雲は元々器用で、たまに料理をしたがってるから、こうなるのは必然なのかもしれない。だけど、いくら年齢が逆転してしまったとは言え、弟に家事を押し付けるのは、姉としてどうかと思う。
「私も手伝うから」
「ダメ、皐月は大人しくしてて」
優しい八雲だったけど、これだけは譲ってくれなかった。手伝いたいのに、八雲ってば融通が利かないんだから。
気を使ってくれるのは嬉しいけれど、これだと不安になってしまう。もしこのままずっと元に戻らなかったら、私はこれから、手伝いもさせてもらえないの? 本当は私の方が姉なのに。
その後、八雲が作ってくれた豆腐ハンバーグを一緒に食べて。それはとても美味しかったけど、これからの不安の方が大きくて、しっかり味を堪能することができなかったのが悔やまれる。せっかく八雲が作ってくれたのにー。
だけどいくら無理して元気を出そうとしても、自分を誤魔化すことはできなくて。そんな私の様子を見て、詳しいことは分からないけど、何かあるのは察したのか。八雲はまた優しく寄り添ってくれて。夜は一緒に寝たりもした。
「今日はもう、ゆっくり休もうね」
「……うん」
布団で横になりながら、ぎゅっと八雲の腕にしがみつく。優しい体温が伝わってきて、こうしていると不安だった心が、少しずつ落ち着いてくるから不思議だ。
こんな風に八雲に甘えるなんて、今までしたことなかったけれど、結構良いななんて思ってしまう。
だけどそれは、あくまで一時的なものだから。やっぱりちゃんと、姉としてしっかりしなくちゃ。今は歳が逆転しちゃっていても!
私は静かに決意しながら、隣で横になる八雲を眺めるのだった。
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