不思議な世界への招待状
私と八雲が住んでいるのは、築40年の2Kのアパート。新しいとも広いとも言えないけど、私達の事情を理解してくれて、未成年にも拘らず貸してもらっている、ありがたい部屋だ。
雨の降る中、自分達の部屋に帰って行ったけれど。部屋に入った後で郵便受けを見ていなかったことを思い出した。
「ちょっと郵便受け見てくるから、八雲はお風呂に入っておいて」
「うん、分かった」
部屋を出て、共有スペースにある郵便受けの中を覗く。と言っても、ほとんどの場合何も無くて、入っているにしても必要の無いチラシがほとんどなんだけどね。
だけど、今日はいつもとちょっと違っていた。開いた箱の中には、一枚の黒いカードがそっと置かれていて。何だろうと思って手に取って、そこに書かれている文字を読み上げる。
「招待状?」
カードの中央には白い文字で、それだけ書かれていた。でも招待状って、何の招待状? 郵便受けの中には他に何も入っていないし、誰かのイタズラかな? そう思ったその時。
『おめでとうございます! これよりアナタを、不思議な世界にご招待しまーす!』
さっき帰り道に聞いた奇妙な声が、再び頭の中に響いてきた。
いったい何? そう思った瞬間、手にしていた招待状が、ふっと宙に浮かんだ。風で飛んだわけじゃない。本当に重力に逆らって、空中に浮いているのだ。
「な、何なのこれ?」
訳が分からずに動揺する。すると招待状から、さっき聞いた声がまた聞こえてきた。
『やあやあ、あなたは運がいい。あなたは抽選の結果、8000万人に一人しか当たらない不思議な世界へご招待される事が決まりました』
「は? 抽選って何よ? 懸賞なんかに応募した覚えは無いけど。つーか招待状、もしかしてアンタが喋ってるの?」
『おやおやご理解が早いようで。そうです、ワタシは招待状です。これよりアナタを不思議な世界に……』
「お断りするわ」
そう言い放つと、踵を返して歩いて行く。変なカードが宙に浮いて喋るだなんて、どう考えても普通じゃない。やっぱり、疲れているのかなあ? それとも、メガネが合わなくなってきたから見間違えた……そんなわけ無いか。
『ちょっと、何無視していこうとしてるんですか? 話を聞いてくださいよ!』
「ええい、うるさい! 私は妖しげな招待状なんかと話している暇はないの! 早く帰って、八雲に晩御飯を作ってあげなくちゃいけないんだから!」
『そんな事言わずに、話を聞いてくださいよ。その弟君にも関わる話なんですから』
「え、どういう事? つーかアンタ、八雲が弟だってなんでわかったの?」
『ふう、弟の事を出した途端、すぐに話を聞く気になりましたね。やはりあなたは、思った通りのブラコンのようだ』
「誰がブラコンよ!」
心外も良いところだ。私はただ、八雲の事を大事にしているだけだって言うのに。
『やはり無自覚ですか。あなたねえ、弟想いなのは良い事ですけど、行き過ぎるのは良くないですよ。これじゃあ八雲くんがかわいそうです』
「何知ったような事言ってるのよ? 八雲がかわいそう? そうならないために、日々頑張っているんでしょう」
『その頑張っているのが問題なんですって。まあアナタには口で言っても分からないでしょうけど。そんな分からず屋のアナタのために、今回の不思議体験は、弟君の気持ちが分かるツアーにご招待と言う事で……ぐえっ!』
失礼な事を言いながらプカプカと浮いている招待状に、デコピンを食らわせてやった。
「訳が分からない事ばかり言って。いい、八雲に何かしたら、アンタをびりびりに破いて、火にくべてやるから!」
脅し文句を言って、部屋へと戻って行こうとする。するとそんな私の背中に、招待状の声が届く。
『不思議な世界ツアーは、キャンセル不可ですー! アナタが玄関の扉を開けたら、ツアーは始りますから―!』
ツアー? そんなの知った事じゃない。それよりも、あんな訳が分からないものが近所をうろついているだなんて気味が悪い。かと言って、警察に言っても信じてくれないだろうし。これは自分の身は自分で守るしかないって事かなあ? よし、八雲に何かあったらいけないから、今夜は一緒に寝よう。
そんな事を考えながら、玄関のドアを開ける。
そう言えばアイツ、玄関の扉を開けたらツアーが始まるって言ってたわね。でも、何も起きて無いじゃない
扉の向こうは、いつもと変わらない部屋が広がっていた。全部嘘だったのかなあ、そう思っていると。
「おかえり、皐月」
聞こえてきたのは、八雲の声……ううん、似ているけど、少し低い、いつもとは違う声に違和感を覚える。そして何より、八雲は私の事を『姉さん』と呼ぶはず。
驚いて部屋の奥を見ると、そこにいたのは……
「や、や、八雲なの?」
「どうしたの? 驚いた顔して」
そこにはスラリと背が伸びていて、可愛さは健在だけど、少し大人の顔になった。私と同じ、高校生くらいの年齢に成長した八雲が、こっちを見て笑みを浮かべていた。
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