妖怪猫又が住んでいる

 近所のあちこちでいろんな建物が変わっていく。

 空き地だった場所に気づいたら大きな病院が建っていて、駐車場だった場所に気づいたら大きなマンションが建っていて、空き家だったところに気づいたら小さなアパートが建っている。

 ずっと工事をしているところ。

 あっという間に変わってしまったところ。

 火事のあとそのまま放置されっぱなしの真っ黒な炭のかたまり。

 今信号待ちをしている目の前の更地は、さて先週までなんだったろうか。

 景色があちこちでどんどん新しくなっていく。


 そんな町の一角に、時代に取り残されたようなあばら家がある。

 生活道路に面した小さなその家は、土壁、トタン屋根、薄そうな木の玄関。ヒビが入った窓ガラスに、錆びてボロボロになった郵便ポスト。

 そこにはいかにもみすぼらしいおばあさんがひとりと、妖怪猫又が一匹住んでいる。

 おばあさんは天気のいい日には玄関の外の汚れたコンクリートに座り込み、何故か道路に向かって足の爪を切っている。

 白地に黒斑の妖怪猫又は、道行く人たちの「汚らしい」という好奇な目に晒されているおばあさんの横に寄り添って呑気に日向ぼっこをしている。

 それが日常。


 あるとき、そんなあばら家の玄関先で、妖怪猫又が座り込んでいた。

 閉められた玄関のドアノブを黙って見つめていた。

 次の日も、その次の日も、妖怪猫又は玄関の前にいた。

 にゃあと鳴くわけでもなく、どこかに行くわけでもなく、時々毛づくろいなんてしながら、ずっと玄関のドアノブを見ている。

 開かないのだろうか。

 開けてもらえないのだろうか。

 開けてくれる人が居ないのか、それとも、開けてくれるはずの人が。

 

 分からないけれど、なにも分からないけれど、それでも妖怪猫又はそのあばら家の玄関先でドアノブを見つめている。

 あのみすぼらしいおばあさんをいつから見ていないだろう。

 あの家も、いつか、新しいなにかに変わるだろうか。

 そうしたらあの妖怪猫又は、どうするのだろう。

 

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