ダーリン

(pixivさんでコンテスト落選したやつでーす!)





 ねえダーリン。

 宝物詰め合わせバラエティボックスを開けてみるよ。

 ここには僕たちの数年間が全部ぜんぶ詰まっているからね。

 一つひとつ、紐解いて、消していこう。


 一番新しいのは、これは、一緒に買い物に行ったときのやつだな。

 ショッピングモールのフードコートで、君が僕のポテトを摘まんで食べた。

 日付が4ヶ月前だ。

 もうそんなに経ってしまったんだ。

 ここから4ヶ月もなにも増やさなかったなんて、余程だったんだなあ。


 消去。


 次のは、君がたばこを吸っている後ろ姿。

 君がベランダにいたから、僕は部屋の中から、揺れるカーテンが邪魔にならないタイミングを図って待った。


 消去。


 次のは店で売ってたぬいぐるみ。

 君が可愛いって言っていたから、今度こっそりプレゼントしようと思って、忘れないように残しておいた。

 結局買わなかったなあ。


 消去。


 次は貰い物の帽子を被って嬉しそうにしてるとこ。

 僕が前に君に選んだものよりも似合っていて、あれを君に渡したひとが恨めしかった。

 君が嬉しそうにしている姿が、嫌だった。

 あの帽子を被っていた君は、きらいだった。


 消去。


 まだまだある。

 日付はどんどん遡って、一緒に食べたクレープとジュース。

 お揃いで買ったスマホケース。

 たばこを吸っているところ。

 テレビ見て笑っているところ。

 寝顔。

 君に見せたくて何枚も撮った綺麗な景色。

 犬に吠えられてびっくりしてるとこ。

 僕にデコピンしようとして伸ばした腕。


 消去。


 これは、できないくせに一生懸命ウインクの練習してたとき。

 ふ、へったくそ。


 消去。


 あ、これは、……一緒にお祭りに行って、花火を見たとき。

 頑張って新しい浴衣を着付けて、君が可愛いねって言ってくれるのを期待したのに、結局最後まで浴衣のことには触れてくれなかった。

 人混みの中をずっと手を繋いで歩いて、子どもに混じってヨーヨー釣りをして、人にぶつかって持ってたジュース溢して、花火を見上げながら途中でキスをした。

 手のひらの感触と熱が戻ってくる。


 消去。


 これは動物園に行ったとき。

 大量のいろんな動物と、それから、軽食コーナーでかき氷を食べている君。

 口の中が青くなってのを見せてきて、やめてよ要らないって言ったときの顔。

 沢山歩いて暑くて、広くて途中で道に迷って、疲れた帰りに渋滞に巻き込まれて喧嘩した。

 次の日に君は、仲直りにってコンビニでプリンを買って持ってきた。


 消去。


 僕が作ったカレーを一緒に食べているところ。

 君はゲームをしながらずーっと良い匂いがするって騒いでいて、僕がお皿を持って行ったら君は子どもみたいにはしゃいで喜んだ。

 スプーンいっぱいに口に運んで、市販のルーで作っただけのカレーを大絶賛してくれた。

 そのあと一緒に怖いテレビ見て、夜中なのに一緒に叫んで慌てて窓を閉めて、そのあと恐くないように二人で抱き合って眠った。

 君が僕の耳元で「大好きだよ」っていったのも、聞こえていた。


 消去。


 どうしよう、まだまだあるなあ。

 これ終わるかなあ。

 仕方がないから、ここから、ここまで、まとめて


 消去。


 あ、これは。

 これは、そう。

 クリスマスに、ケーキとろうそくと、横に並べたプレゼント。

 中身は僕が欲しいって言っていたネックレス。

 買うのめちゃめちゃ恥ずかしかったんだぞって、君は顔を赤くしながらしかめていて、僕が喜んだら、腕を回して首につけてくれた。

 似合うよって言ってくれて、ありがとうってキスをした。

 ……ネックレスは、まだ、もう少しだけ、持っていたい。

 ねえダーリン、ありがとう。


 消去。


 あれ、またたばこを吸っているところ。


 消去。


 あれ、またある。


 消去。


 遊園地行ったとき。

 このときも確か最後に喧嘩した。

 初めての喧嘩だった。

 でももうあんまり覚えていない。


 消去。


 これは付き合って初めてのデートの日。

 二人で近所の公園に桜を見に行った。

 なんでもないただの散歩だったけど、初めて君と手を繋いで、はらはら舞い落ちる花びらをベンチに座って二人で眺めて、肩がひっつくだけで緊張して、初めて君とキスをして、このとき確かに僕は今までにないくらい、幸せでいっぱいだった。


 消去。


 随分消したなあ。

 これが最後の一枚。

 これは、僕が君に好きって伝える直前。

 コンビニの脇でたばこを吸う君を待っていた。

 僕から少し離れたところで、ごめんね一本だけだから、ちょっとだけ待っててって。

 白いたばこを口に咥えて、ライターを手で包むようにして火をつけて、それからゆっくりと煙を吐き出した。

 きれいだなあって見とれてて、思わず好きって口走ってて、僕もだよって君に言われたとき、嬉しくて、恥ずかしくて、とても嬉しかった。


 君のキスはいつだってたばこの苦い味がして、僕はそれが苦手で、いつだってすぐに唇を離してしまっていた。


 ねえダーリン。

 あの頃は、こんなふうになるなんて全然思っていなかったの。

 いつだってずっとずっとすぐ傍にいて、いつでも笑って、大好きって言い合って、ずっとキスをしていると思っていたの。


 消去。


 あーあ。

 全部消えてしまったなあ。

 あとは、君が残して行ったたばこだけ。

 箱ごと持ってベランダに出て、君が履いていたサンダルを履いて、君が使っていた灰皿を室外機の上に置く。

 箱からたばこ一本と使い捨てライターを取り出して、君がしていたみたいに、ライターを手で包むようにして火をつける。

 何本か吸ったら、なんだかちょっと慣れてしまったよ。

 あと4本で、もうすぐ君はおわり。

 口の中にだけ煙を溜めて、ふうーって吐き出すと、少しだけ強くなった風が全部連れていってしまう。


 ねえダーリン。

 なんだかキスをしているみたいだね。

 君の唇の味がする。


 すき。


「きらい」


 すき。


「きらい」


 好き。大好き。大好きだよ。


「あーあ。……きらい」

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