誰もいない
朝起きたら誰も居なかった。
朝ごはんだけいつも通りダイニングに用意してあって、家族の気配がどこにもなくて、あれ、今日みんな出掛けるの早いな、と思った。
父さんどころか母さんもいない。
昨日なんか言ってたっけなあ。
まあいいや。
居ないほうが静かだし。
テレビ番組の時計を確認しながら朝ごはんを食べて、皿を流しに置いて、いつも通り身支度をしてから家を出る。
外は良い天気だった。
雲が少なくて、風も穏やかで、気持ちの良い春の始まりの季節。
いつもの信号も車が全然いなくて、なんて静かな素晴らしい日だ。
そう思いながら歩いていたんだけれども。
今日、誰もいないな。
車も自転車も、歩いてる人も、誰もいない。
ただ自分だけがいつもと同じように学校に向かって歩いている。
いつも腹立たしいくらい集団で自転車に乗っている他校の生徒たちも、庭先で気忙しそうに花に水をやっているはずのじいさんも、集団登園しているはずの少し向こうの幼稚園の先生も子どもたちも、いつもの通学路に誰もいない。
なんっちゅう静かな日だ。
こんな日もあるんだなあ。
そう思いながら学校に着くと、なんと学校が開いていない。
門が閉まっていて、誰もいない。
あれ、今日休みだっけ。
スマホを確認すると今日は火曜日だ。
……あれ?
なんでだ。
そこで辺りを見回してようやく気づいた。
誰もいない。
なんでだ?
本当に本当に誰もいない。
立っていてもどうにもならないから、仕方なく元の道を帰りながら、辺りを見回す。
カラス、は、いるな。
ああ、猫もいる。
でもよく見たらどこの家の前もゴミが出てない。
今日なにゴミの日だっけ、ちょっとわからないけど。
人んちの車もある。
どこにも走ってないけど、駐車場にはちゃんと見覚えのある車がいくつも停まっている。
でも人の気配がない。
どの家もカーテンが閉められていて、中を覗くことが出来ない。
ただただ天気が良い。
え、なにこれ。
世界にひとりぼっちみたい。
え、人類滅びた?
試しにコンビニに寄ろうと思ったら、自動ドアが開かなかった。
店内は暗い。
そのまま家に戻ってきて、まず最初にテレビをつけた。
いつもの生放送番組だ。
ちゃんと映ってる。
つまり画面の向こうのあの人たちは、遠くの放送局にはちゃんと存在しているってことか。
じゃあなんだ。
自分の周りの人間だけが消えてしまったとでもいうのか。
しばらく窓から外を眺めてみたけど、誰かが見えそうな気配はない。
さてどうしよう。
スマホを取り出して、まず母さんに電話をしてみる。
出ない。
長い呼び出し音の後、留守番電話サービスの音声に切り替わったから切った。
父さんも同じだった。
ラインで友達に連絡してみる。
『おはよう、生きてる?』
しばらく待ってみたけど、いつまで待っても既読にはならない。
え、死んだ?
まじか。
どうなってんだ。
流しにはさっき置いたままの皿がそのまま残っている。
水を流して、なんとなくそれを洗いながら考える。
昨日の夜、世界滅びろとか思いながら寝たからか?
だから滅びたのか?
世界が?
それにしちゃあ少しばかり穏やかすぎやしないか。
もっとこう、荒廃した感じというか、砂ぼこり舞い散る感じというか、そういうのを想像していた。
でも今この状況といえば、人が誰もいないだけで、世界はろくに変わってはいない。
え。
最高じゃね?
誰もいないんだろ。
やりたい放題じゃん。
学校行かなくていいし。
口喧しく文句言われなくていいし。
好きなときに食って好きなときに寝ればいいし。
好きなテレビ観ても、大音量で音楽かけてもいいわけだろ。
素晴らしくね?
皿洗い終わったから、リビングのソファーにダイブしてお気に入りの動画を最大音量で再生する。
どんだけ騒いでも誰も文句言わない。
何をしても大丈夫。
素晴らしいだろ。
そうしてなにもしないまま夕方になって、夜になって、辺りが暗くなってきたからまた外を覗いた。
見えるのは近くの外灯に虫がたかってるのだけ。
どこの家にも明かりなんてついていない。
自分の家の、リビングだけ。
本当に、誰もいないんだ。
真っ暗闇を見ていたら途端にうっすらとした気味の悪さが襲ってくる。
ラインの返事は未だない。
父さんも母さんもいつ帰ってくるんだ。
帰ってこないのか。
強盗、も、来ないだろう。
幽霊、も、なさそうだ。
なんの気配もしない。
なんの音もしない。
……テレビはつけっぱなしにしておこう。
昼も夜もなにも食べてないから、空腹につられて冷蔵庫を開けると、中にはいくらかの調味料と卵しか入っていない。
まじか。
どうしよう、なにか食べたい。
取り敢えずカップラーメンをひとつ食べて、この先のことをぼんやりと考える。
食料がないのは致命的だ。
コンビニが開いてなかったってことは、そこらのスーパーも恐らくは開いてないんだろう。
ある程度遠くまで行けば誰かいるんだろうか。
明るいうちに外の様子をもう少し見ておけば良かった。
暗くて誰もいない家の外は、薄気味悪くて出来れば出歩きたくない。
風呂、は、今日はもういいや。
頭洗って目を開けられないとき、次に目を開けたら世界がまたおかしなことになっていたらどうするんだ。
そうだそもそもおかしいじゃないか。
なんで誰もいないんだよ。
夢か。
でも夢にしちゃあ感覚がリアルだ。
ならやっぱりこれは現実で、昨日の夜に世界滅びろとか思ったのが原因だとでもいうのか。
そんなばかな。
そこまで考えて、急に、外で音がした。
キキイ、と、自転車のブレーキをかける音だ。
テレビ以外の物音を今日初めて聞いて、肩が跳び跳ねるほど驚いた。
慌てて窓を覗き込むと、周りの家の明かりがついている。
人の気配がする!
向かいの家のテレビがついているのが見える。
慌てた勢いのままに玄関を開けて外に出る。
ところが、そこはさっきまでと同じように真っ暗だった。
外灯の明かりだけ。
さっき確かに見たはずの、向かいの家の明かりがついていない。
あれ?
自転車の音の主はどこだ。
さっき聞いたのは、なんの音だった?
途端に急激な怖さが襲ってきて、慌てて玄関を施錠してリビングまで走って戻った。
スマホを充電器に繋いだままもう一度母さんに電話をかける。
留守番電話。
父さんにも。
留守番電話。
ラインの返事もまだこない。
なんでだよ。
なんでなんだよ。
なんで誰もいないんだよ!
ふざけんな。
こんなことあってたまるか。
ただ煩わしかっただけなんだぞ。
文句を言われるのが嫌で、気に障ることをされるのが嫌で、楽しいことだけが欲しかっただけなんだ。
こんな、なんにもないのは怖い。
どうしたらいい。
明日からどうすればいいんだ。
取り敢えず食い物どうする。
家のカップラーメンもそのうち底をつくぞ。
その辺の店の入り口を破壊して店のものを物色するのはアリなのか。
本当に誰もいないのか。
実は全員見えないところに隠れていて、こっそり自分を観察しているんじゃないのか。
それかもしくは。
自分のほうが、日常から弾き出されているんだとしたら。
実は自分に見えないだけで、周りではいつも通りの生活がなされているんだとしたら。
いないのは自分のほうなのか?
周りには自分は見えているんだろうか。
頭のおかしいやつとして見られているのか。
もしくは実は自分は存在しないのか。
やばいどうしよう。
どうしたらいいのか分からない。
なにもどうにもならない。
くそ、ローカルニュースをチェックしておくべきだった。
なにかしらの情報があったかもしれないのに。
寝て起きたら元に戻るのか?
全部が全部夢でしたーってことになってはくれないか。
寝てみるべきか。
でも意識のない間にまた別のおかしなことが起こったりしたらどうする。
朝になればまた違うか。
あ……。
ちょっと待ってくれまた外で音がする。
誰かが外を歩いている。
ほっとするべきなのに不安しかない。
誰だ、誰が歩いてる。
外に明かりが見えない。
どうしよう、確認するべきか。
でもまたさっきと同じだったら。
玄関を開けた拍子に、見えない何かが家の中に入り込んだりしたらどうするんだ。
開けるべきじゃない。
開けたら駄目だ。
カーテンを締め切るか。
いやでもなにも見えないのもそれはそれで不安だ。
どうする。
どうする。
どうしたらいい。
取り敢えず早く朝になってくれ。
明るくなったらまたどうするか考えるから。
隣町まで歩いて様子を見に行ってもいい。
っていうかみんな帰って来てくれよ。
どこ行ったんだよ。
こんな一人だけでなにをどうしたらいいんだよ。
取り敢えず寝よう。
寝てみよう。
起きたら元通りでありますように。
頼むどうか。
どうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます