美少女のお誘いより優先すべきものがあるのか?

@chino117

第1話

 「ここ最近のラノベとかネット小説ってプロローグは必ずって言っていいほど自己紹介が入るよな」

 「………どうした急に?」


 何てことのない平日の放課後。水曜日というのは俺的に一番辛い週の日付だと思う。だって、あと二日もあるのだ、約九時間の拘束が。マジクソだろ。


 「いや、不意にというか、なんとなく思っただけだ」


 発言には気をつけなければ。悪気がなくても喧嘩を売っていると思われてしまう。誰かとかじゃなく、世の中の小説家さんたち全員に。まじで、そんなつもりはないっす。尊敬してますし、なんなら観賞用とかも買うレベルで心酔してると言ってもいい。体は小説でできている。血潮も心も、紙と文字で形成されてるレベル。

 てか、小説の登場人物はみんなそうだよね。あるとしたらイラストぐらい?


 「自分語りをしなきゃどんな奴なんてわからんから、仕方ないんじゃねぇの?」

 「確かにそうだけどな」


 でもなぁ、ほんとおかしい。


 自分は友達が少ないとか、イケメンじゃないとか、そんなことばっかりだ。

 特徴の一つだし、間違ってはないんだが。全て自己評価でしかないのでは、と思うのだ。

 どれもが、客観的ではなくて自身から見た自分。一人称視点の小説なら逆に客観的の視点を知ってる方もおかしいのだがね。


 何が言いたいのかというと。


 「あいつら、自己評価低い呪いにかかってるんじゃないかと思う」


 自分のことを嫌悪、憎悪するほどなら仕方のないことだが、人間が一番好きなのは自分自身だ。だから、登場人物というのは感情移入も自己投影も出来る人たちではない。


 「そもそも自己投影をしなければいけないものが小説って訳でもないだろ?神様視点って言えばいいのか、他人のことだから楽しめるってのも人間の本質だとは俺は考えるが……」

 「ああ、クソ野郎しかいねぇもんな」

 「お前もそのひとりなんだけど?」


 自覚があるからいいんだよ。


 自覚が無いクズより自覚があるクズという名言があるぐらいなのだ。開き直りとも言う。


 「認めて、そういうものだと決めつければ傷つくこともなくなるし、無駄な感情の変動も起こりしないからな」

 「陰者思考だな」


 全て自分が悪いと思い込めば折り合いは簡単につけられる。あくまで、俺はだが。


 「お、勧めた実況動画みたのか」

 「キッズになること即決」


 固い握手を交わす。まじで神様。ありがとう、毎日楽しみにしてます。


 「どうする、帰って何戦かするか?」

 「いや、シーズン代わったから育成期間に入る」


 ずっと同じというのは安らぎを覚えるが、不安になるもの。新しいことにチャレンジしなくては、目指せ俺はチャレンジャー。


 二人して鞄を持って立ち上がる。教室には何人か残っていて、俺と話していた奴に挨拶をしていく。番長か。


 「……」

 「面倒くさいことやってんなってか?」


 問いに鼻で笑って返す。


 「俺がそんなこと気にするとでも?……他人なんてどうでもいい」


 どんな奴にも事情があるし、見えない縛りがある。こいつみたいに、カーストの上位にいなければならない奴なら縛りは何重にもなっているだろう。

 スポーツができて、愛想もいい。顔も当然のように悪くないし、爽やかだ。必然的に社会の縮図である学校の中での立ち位置は強制的に決まってしまう。


 かわいそうだとも、哀れだとも思わない。心の底からどうでもいいのだ。


 ただ、


 「対戦ならいつでもやってやるよ、早瀬」

 「……」


 どうでもいいが、俺からしたら唯一の友達だ。ストレス解消に対戦しようというなら受けて立つ。


 「さっき断ったじゃん」

 「数秒前の発言を覚えてるわけねぇだろ」


 三歩歩ったら忘れる鶏男だぞ俺は。都合の悪いことなら尚更記憶に残す気は無い。

 クズの極みよのぉ。


 吹き出すように奴は笑う。


 「ゴミのような人間性だな、蓮は」

 「おいおい、今さらだしあの人のキッズだぞ」


 一緒に廊下に出て下駄箱まで歩く。階段を降りて進む足に迷いはない。そりゃ、通ってる学校だから当然だろ、逆に分からなかったら阿呆だ。

 あ、キッズだからといって他の人の動画を見ないわけじゃないですよ。ちゃんとゆっくり実況動画とかも見てます。


 屈んで下駄箱から靴を取り出す。そのときに、かけてた眼鏡が落ちてしまった。


 野暮ったい、黒縁の眼鏡。よく見ると度が入ってないレンズが付いているものだ。


 「いい加減その眼鏡も目元まで伸びてる髪もやめたらいいんじゃねえか?」

 「ふん」


 言われたからではないが、眼鏡を雑にポケットにしまう。所詮安物なのだ、雑に扱おうが知らん。


 意図せず自分の容姿を晒されたが気にしない。早瀬、後で覚えてろよ。


 ついでに、ポケットからヘアゴムを取り出して前髪を縛り、髪の毛越しの世界がクリアな世界へと変わる。


 「目つき悪っ」

 「ぶちのめすぞ」


 だから、プロローグとかで自己紹介するの多いからやめろって。


 意図せずやっちまったじゃねえか。不可抗力で許してくれないかなぁ。

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