7



「約束を忘れたのは、ユウちゃんじゃない」

「あれは……その時の流れで」

「その時の流れで一人の女性と結婚するの?」



そんな問題じゃない。大事なのはそこじゃない。



「ちがうの…大事なのはそこじゃなくて…」

「じゃあ、なんだって言うんだよ!」



ユウちゃんが声を荒げた。チャペルに響き渡る。私は、言いたくなかった。けど、言わなければ、誰も報われない。



「……木下さんは」

「……あいつが?」

「なんで私の職場を知ってたの?」



その言葉に強く反応した。ユウちゃんは、目を泳がせた。



「それは……」

「ユウちゃんだよね、教えたの」

「……片づけたかったんだ。あの場で」

「何を?」



ユウちゃんは言葉を掻い摘んで話し続けた。



「あの時、清美が実家に行っているっていう話を聞いてた。で、一度は離れてもらったんだけど、何度も何度も連絡が来て、しまいにはヨリを戻そうって言いだして」

「それで、私を利用したってこと?」

「利用したわけじゃない!ただ、助けてほしかった……」



優ちゃんは右手で目を覆った。



「俺じゃあ……どうにもできなかった。だから、一緒にいる場面ではっきりものを言えるとおもった。拒絶できると思った。だから、アッちゃんの仕事先には申し訳ないことをしたけど……俺一人じゃ勇気がわかなかったんだ」


ユウちゃんは、大きくため息をついた。「ごめん」とつぶやき、屈服した様子だった。



「なんで、先に相談してくれなかったの?」

「それは……」

「関係が切れなかった。……そうだよね?」



近づいてきたユウちゃんとの距離を一定に保つために、私は自分のスマートフォンの着信履歴を見せた。ユウちゃんはぎょっとした顔を見せた。



「この着信、何を意味しているかわかる?」

「え……」

「これ、全部木下さん。まだ未解決だったってこと」






あの後、ひっきりなしに木下さんから連絡がくるようになった。久しぶりの再会と、知りたくない事実を知ってしまったことで、木下さんとの距離をまた縮めることができる。そして、私はまた佐藤さんと同じように仲良く関係を築ける。

と、思っていた。



「まだわかれてないの?」




久しぶりの再会から二日と経ってない頃に、電話で唐突に言われた。決して棘のある言われ方をしたわけじゃない。でも、その言い方はどこか違和感を覚える言い方だった。



「まだ、別れたいと告げていなくて……」

「ダメだよ!別れなよ!」



始めは心配してくれていると思っていた。自分の元夫を庇い、自分の醜態をさらすようになったことを罪悪感を抱いていた木下先輩が、以前と同じ口調で私に忠告してくれていると、そう思っていた。


けれど、毎日毎日かかってくる電話を出るたび、「別れてないの?」「いい加減別れたら?」と、ユウちゃんの話題ばかりだった。段々嫌気がさしてきた私は、気づいたら別れることを躊躇うようになっていた。


数々の従業員に手を出して、社内で問題になったユウちゃんを切り捨てることができなかった。それは木下さんのしつこさ故、女としての意地の張り合いをしていたのかもしれない。


そして、ついに木下さんは私にこう言った。


「私はね、彼にふさわしいと思ってるのよ。自分の地位を捨ててまで愛している女でしょ?彼のために私、別れてあげただけなの。あなたにそんなことできるかしら?」


そこから、電話の内容がエスカレートしていき「今でも連絡を取っている」こと、そして「あなたの職場を教えてたのはあの人よ」と、まるで私が売られたかのような口ぶりを放ってきた。


耐えられず、何度か吐いた。だけど、以前の私とは違う。すぐに山之内部長に連絡を取り、事実確認をしてもらう。



「プライベートなことで相談に乗っていただき申し訳ありません」

「いや、かまわないよ。無理をさせてしまってすまない。すぐに着信拒否にしてくれ。実害があってからでは遅いから、すぐに東京には連絡を入れておくよ」

「ありがとうございます」

「木下は……精神を患って休職している。だから何をしてくるかわからない。何かあったらすぐに連絡をしろ」

「はい」

「紅谷」

「…はい?」

「すまないな。俺にできることはこれくらいだ」

「部長……」

「お前が悪いことなんて何一つない」

「部長、大丈夫です」

「…?何がだ?」

「私、強くなりましたから」



部長は少し無言になった、と。急に大声で笑いだした。「そうか、それはたくましいな」と、あの時の部長のはつらつとした声が聞こえた。懐かしかった。






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