八、アツ子の情

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私は馬鹿な女だってことぐらい、自分でも痛いほどよくわかる。



ユウちゃんと出会って二年が経つ。そして私は今、ユウちゃんと二人で結婚式場選びにきていた。





紅谷敦子、三十三歳。





ようやく。








ライターの仕事を始め、私の書いたコラム記事「○○の事情」に読者からの人気が集まり、数件の記事を連載し続けた頃、ライターとして取材を受けることとなった。

取材は株式会社ゴーウィズのオフィス内で、コラム記事とは別でコピーライターの記事で打ち合わせをしている記者の方が担当してくれることとなった。



取材記事は、写真などは掲載せず文章のみ。顔出しだけは避けたかったこともあり、こうした形となった。



「緊張しないでよ!リラックスリラックス!」



ヨッシーさんが取材を受ける横で私に声をかけてくれる。



「いやあ…そういわれても…」

「大丈夫よ!」



どちらかというと、ヨッシーさんの方が落ち着いていないように見える。取材の立案が飛び交ったことも、私がライターとして成長していることも、すべての私のことをヨッシーさんは「自分のことのように嬉しい」と言ってくれた。

そういってくれたことを思い出しながら、落ち着き、少しだけはにかむ。



「さて、アツ子さん。早速ですがインタビューを始めたいと思います」

「はい、よろしくお願いします」



記者がボイスレコーダーをオンに切り替え、インタビューが始まる。



「なんか、いつもお話しているのにこうして話すとまた新鮮で…僕も緊張してます」

「うふふ。そうですね。私もいつものように感じません」



他愛のない談笑から始まり、インタビューはスタートした。



「さて、それではまずアツ子さんの「○○の事情」が読者からの反響があったということで、今回インタビューをさせていただくことになったのですが、アツ子さんご本人は何か影響があったとかありましたか?」

「ああ~、特に何もなかったですね。…あ、SNSのフォロワーはじわじわと増えていきました。そのお陰で、少し寝不足になったこともあります」

「寝不足?」

「はい。夜中にスマートフォンが鳴りやまなくて。なんで?どうして?って思いながらスマートフォンの画面を見つめていました」



ヨッシーさんがうなずく。



「まして、三十過ぎた女のSNSを誰がフォローするんだ?って疑問を抱くほどでした」

「いやいやいや」


二人で笑う。


「それは、雑誌で載せたSNSのアカウントからつながったみたいですね」

「そうみたいですね」

「それほど、アツ子さんの記事に共感を持った人が多かったということですね」



そう、あの時ヨッシーさんに言われたことがどれほど嬉しかったか。



「とても嬉しかったです。私というライターを初めて日が浅い人間に、共感してもらえることがどれだけありがたいことだったかということを肌で感じる良いきっかけにもなりました」

「なるほど」



メモを取る記者。



「さて、そこでアツ子さんに質問なのですが、そもそもライター業が未経験だったアツ子さんがどうしてライターを始めようかと思ったのか、まずはそこから掘り下げていこうかと思いまして」

「それは…ですね」



記者の質問に淡々と答えていく。水族館で出会った面白い文章、そして活字が好きなことから興味を抱いたライターという仕事のことを話した。



「ライターを始めてから意識していることがあって」

「それは何ですか?」

「人に伝えることができる、共感を持ってもらえる文章を丁寧に仕上げたいという気持ちをもって執筆することです」

「ほーほー。それはどうして?」


「○○の事情」を書き始めた頃に思った“伝えきれない文章”に悩まされた私は、生きる頑張る女性を観察することで、“共感する”ことの執着を持った。


「伝えきれなければ文章じゃない。そして、丁寧に書かなければ、伝える人に“申し訳ない”と思ったんです」

「申し訳ない?」

「はい」



私が文章を書く理由は、当初は自分を変えたいがために始めたライターとしての職業の存在だけに視点がいっていた。だけど、ライターの仕事を始めてからは、文章に深く拘り始めた自分に気づいた。



「それを、ただ自分の気持ちだけに寄り添うだけでは、読者…相手に対して気持ちを一方的に伝えるだけで申し訳なくなってきまして」

「それで、丁寧に書くことを」

「ええ」



ひたすら、文章を丁寧に書くことにこだわった。何度も何度も文章を打ち込んでは「これは違う」「これも違う」と、自問自答を繰り返して文章に気持ちを丁寧に敷き詰めていくように努めた。



「それを気づかせてくれたのも、「○○の事情」だったのではないかと思います」

私は、この仕事で少しずつ自分を変えたいという一心から、誰かに自分と同じ思いをしてほしくないということも、しっかりと伝えたいと思い始めていた。







……のかもしれない。






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