4

 


私は、一歩進みたいと思っている。

 


それに、知らなきゃいけない権利があるとも思っている。






懐かしい私の古巣。この会社に二度と足を踏み入れることはないと思っていた。


でも、今日私は進まなきゃいけない。どんなことがあっても、前を向いて変わらなきゃいけない。


オフィスのドアの前に立ち、自動ドアが開く。私は右足で一歩足を踏み込んだ。



「よし」



そのまま勢いづき、足を踏み入れて前に進む。受付の女性に坂崎さんとのアポイントを伝え、そのまま社長室手前、秘書部に向かった。



エレベーターを使い、最上階に上る。緊張が走る。でも



「踏ん張れ…」



小声で震える喉をやさしく撫でて、私は最上階に降りた。

後方のエレベーターのドアが閉まるタイミングで、スマートフォンを取りだし電話をかけた。



「…もしもし」

「つきました」



すると、秘書部から坂崎さんが出てきた。「待っていたよ」その顔はどこか満足げな様子だった。


坂崎さんに案内されるがまま、廊下を渡り、応接室に案内された。座るよう促され、ソファに腰を掛けた。そのタイミングで坂崎さんも座る。



「あの…」

「まあ、待ちたまえ。今、コーヒーを持ってこさせる」



と、沈黙が続いた。坂崎さんは穏やかな表情で終始無言。私は沈黙が生む張り詰めた応接室の空気に緊張の糸が張り巡らしているように感じた。少しして、コーヒーを持ってくる女性。コーヒーが目の前に置かれ、「どうぞ」と坂崎さんに促された。私は手に取り、一口いただく。



「僕は、キリマンジャロブレンドが好きでね」

「……」

「酸味があるものが好きなんだ」



女性がドアを閉めるタイミングで、坂崎さんが話し始めた。



「…と、君が聞きたいのは僕の趣味ではないかな」

「…そう、ですね。主旨は違います」

「まあ、本題を話そう」



坂崎さんは手に取るコーヒーカップを机に置いた。私を見て、微笑む。



「単刀直入に言うと、僕が今の紅谷さんのことを木下君に教えたんだ」

「どうしてですか?」

「どうしてって…何故かわかるか?」

「わかりません」

「君は、電話で“僕が教えた”ことを言い当てた」

「……」

「だから、その理由もわかるはずだ」

「……初めから、嘘だった…ということですか?」

「そうだ」



坂崎さんの言葉を聞きたくなかった。自ずとわかり始めていたことだったが、肯定したくはなかった。



「私以外に、協力者がいた」

「そうだ」

「黒田君と滝沢さん…ですよね」

「そうだ」

「じゃあ、私を使った理由は」

「それは、大人の事情というやつだ」



坂崎さんは、笑っていた。



「君は、女性だ」

「……そうですね」

「事実、女性であることに罪はない。当時は君も大変評判が良かった。だからこそ、君の部署内の問題を解決するためには、一つの問題を起こさなければならなかった」

「どういう…ことか見えてきません」

「いや、君は見えているはずだ。君は“認めたくない”んだよ」



分かっていた。この数年間の出来事の中で、私がどういう立場で利用されていたのかということぐらい。



「君は、おとりだった、と言えば聞こえが悪いが、木下君を取るか、君を取るかという選択としては、当初は君を守る声が強かった。それはごもっともな意見だ。問題児である彼女を守りたいというものは少ない。だが、君は言ったね、“彼女を守りたい”“自分がやったことにしてくれ”と」

「……」

「それで、僕は君の意見を尊重し、動いた。間違いはないな?」

「……はい」

「それがすべてだ。君の自己犠牲を買い、人事部の尊厳を守るためには別の問題を浮上させて、当初の問題を隠すことをしなければならなくなってしまった。そのため、黒田君と滝沢君を使い、君が恰も“仕事でミスをこなす”不届きもの“”仲間を売った裏切り者“を作らなければならなくなってしまったのだよ…」

それが、女性を乏しく扱う会社の事情である。そんなことは、手に取るようにわかっていた。


でも、合点がいかないことがある。



「でも、どうして私の今の会社を木下さんに教えたんですか?もう私は会社を離れた身です。無関係の人間とはもう無縁ですよね」

「それが、無関係じゃないんだ」



坂崎さんはため息をついた。



「せっかく君が退いて、木下君も転勤させて落ち着いたというのに社内で君を戻そうとする動きをするものがいてね。そんなことをさせるわけにはいかないと、また一つの問題を起こしてもらおうとしたんだ」

「問題……」

「そうだ。君が戻ることで、会社内で君がダメな社員じゃなかったということが、いずればれてしまう。その流れで木下君の問題も浮上する。それを懸念していたんだが…」



坂崎さんは不思議そうな顔をした。



「確かに、私は君の情報を教えた。だがね、それはあくまで“社内にいたころにわかる範囲の情報だけしか教えて”いないんだ」



「…?どういうことですか?」

「つまり」



坂崎さんは言う。



「僕が教えたのは、君のご実家の住所なんだ」

「え……」



“コンコンコン”



「失礼いたします」



ノックと同時に扉が開く。開いた扉の先にいたのは





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る