2
脚が、震えた。
「あ……あ……」
「紅谷……」
まっすぐな視線を二人は私に向けた。その視線を一瞬自分の目で拾い、瞬く間に視線を外して俯いた。
何しにきたのよ。
またいじめるの?
視界がぼやける。もう嫌だ。あの頃に戻りたくない。戻りたくない。
助けて。
私の肩に
強い力を感じた。
「紅谷さん…ごめんばざいっっっ……」
顔を上げると、黒いアイライナーをダラダラに流した滝沢さんが、私の両肩をつかみ、大粒の涙を流していた。
「ご……ごべんなざいっ……」
「滝…沢さん……」
いつも嫌味を振舞って苦手だった滝沢さんが、私に謝罪をしていた。手を震わせ、何粒も何粒も涙を見せ、涙をこぼしていた。
「え……」
「すまなかった……」
黒田君は、滝沢さんの後ろで立ち、頭を深く下げていた。私に向かって。
一体、どうなっているの?
「……事情があってね、二人はずっと謝りたかったんだって」
佐藤さんが滝沢さんの言葉の間を縫って話してくれた。
「紅谷さんの所為じゃないことを、仕事でずっと横流しにしたり、無視をしたり、そういう行為を紅谷さんにずっとしてきたことが忘れられないって思ってたんだと」
「……ぐすっ」
「……」
佐藤さんは少々乱暴な口調で話す。佐藤さんの表情は硬い。憤りを見せているようにも感じる。
「紅谷さんのことを聞くために、結局二人にも確認をしたんだわ。そうしたら出るわ出るわ悪行の数々。…おばちゃんも驚いたわ」
「ほんと、最低ですわ~」
「間違いない。最低です。腐ってます」
「……返す言葉もない」
「……あい」
「だから俺らが紅谷さんのことを調べてるってわかった途端に、あんな恐喝を……」
「はあ?!恐喝うう?!」
「あっあれは恐喝じゃなくて……ただ紅谷のことを調べているかと思って、それで俺らのことも告発されるんじゃないかと……」
「告発されて、自分の立場が危ういとでも思ったのか?」
「最低ですよ、黒田先輩。それじゃあまるで“謝って自分たちの立場を守りたい”としか聞こえないんですけど」
「ぐっ……」
「ち……ちがいます!それは確かに私たちもそう思ってる節もありました!けど…やっぱり紅谷さんに悪いことをしたという気持ちが拭えなくて……それで」
「で?」
まるで尋問のようだ。気づいたら話に耳を傾けすぎて、視界がもとに戻っていた。
「あの……」
「紅谷さん……」
滝沢さんの手を肩からゆっくり話してあげた。そのまま私の手の平に重ね、私は両手で滝沢さんの手をやさしく挟んだ。
滝沢さんは、入社当初から明るい子だった。よく笑い、苦しい時にはよく笑ってくれていた。よく話しかけてくれていた。そういえば、嫌みを言われても滝沢さんは私にずっと話し…かけて…
「やっぱり……だめだね」
「え……」
私は手をやさしく握り続けた。
「あの時は本当につらかった」
「……」
「紅谷……本当に」
「いいの」
黒田君は同じ同期で、私と同じ部署に配属された仲間だった。大変な仕事も一緒に協力し合い、お互いをたたえあってきた仲だった。あの時から無視をされたり、濡れ衣を重ねられたりしていたけど、黒田君もまた、あの頃から…笑っていなかった。あんなにも、無邪気に笑ってくれていたのに。
「二人とも……苦しかったよね。ごめん」
二人の顔を、二人のメッセージを見つけてあげられなかった。
それは、自分が精いっぱいだったからというのもあった。
二人は私に「助けて」って言ってたんだ。
駄目だ。もう。
「二人の気持ちは受け取るね」
「紅谷さん……」
「佐藤さん。明日坂崎さんに呼ばれているんです」
「……」
「このままじゃ自分が変われないし、前に進めない。だから」
「一人で何でもやるってのはなしよ」
「え?」
「“頼りなさい”。あの時の約束よ」
「……」
「私は、あなたに貸しがあるのよ」
「……明日の午前中にアポがあるので、朝の十時ごろに伺います」
大好きな仲間と、一緒に自分を変えたい。
すべてを知って、すべてを受け入れて、すべてをまっさらにして。
私は、変わりたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます