七、アツ子の光
1
私にはまだ、折り返していない電話がある。
あの、コンビニでかかってきた電話だ。黒田君との再会から倒れて以降、忘れようとしたけど、こうしたタイミングは“折り返すべきだ”と、そういっているように聞こえた。
「…もしもし」
「お久しぶりです、坂崎さん」
「久しぶりだね。電話をくれたということは、君の周りで何かが起きたということかな?」
「……はい」
坂崎さんは、わかっていた。私の周りで起きることを。
「坂崎さんが、私の場所を教えたんですよね」
「……そうだ」
木下主任が偶然にも私の職場を知る術はないはず。それを誘致した誰かがいるとすれば、誰なのかと考えていた。だが、電話の履歴から、偶然のタイミングにしてはおかしいことだと、当てずっぽうだが勘が働いた。
「どうして……」
「それはね、後で話そう。明日弊社に来てくれないか?時間は午前中がありがたい」
「……」
「嫌かな?」
「……大丈夫です。伺います」
久しく足を踏み入れなかった会社に行くことになった。動悸が止まらない。その様子を風間さんが勘づく。
あの後、久しく再会した風間さんと食事に行くことになった。あまり気が乗らなかったものの、幸路さんに「こういう時こそご飯いってらっしゃい!」と背中を押してもらい、落ち着いたところで近くのレストランで食事をすることとなった。
当初は仕事帰りに一緒にご飯を食べる約束をしていたユウちゃんだったが、「せっかくの際かに水を差しちゃいけない」と、今日は父たちの飲み会に参加しに行くことになったみたいである。
そして、風間さんにはこのタイミングで辞めた経緯からすべて話そうと思っていた。でも、偶然が偶然を重ね、話す前に一つ引っかかっていたことを解決してからにしようと思い、坂崎さんに電話をさせてもらうこととなった。
「大丈夫ですか?坂崎さんって…」
「そう…あの坂崎さん」
木下主任がユウちゃんの元妻だったことは知らなかった。でも、その関係からユウちゃんにも過去のことを話さなければならないと思った。落ち着いてから話そう、全てを。
そして、ゆっくりと坂崎さんとあの時何をしてしまったのかをすべて話した。
「……」
「最悪…だよね」
話し終えてすぐ、風間さんの言葉を失わせてしまったことを後悔した。話を聞いてていても、自分が仲の良かった上司を別の人と結託して陥れたようにしか聞こえない“裏切り行為”であることは明白だった。
「……いや、紅谷さんは何もわるくない…です」
えっ
「紅谷さんが思っていたこととは違った結果になったとはいえ…自分のリスクを背負ってまで挑もうとするのはなかなかできないことですよ。」
肯定…?
「それ。私だったら「さいあくーふたりとなかよかったのにー」って思うし、そんな話を聞いてからでも二人を話してなかったようにすることまで、やさしくはできないです」
「…なんで?」
「えっ?」
「なんで怒らないの?貶さないの?」
「なんでってそれは……」
私は混乱した。私は悪いことをしたと思っていた。裏切ったとばかり思っていた。自分を殺して、あの二人にはもとに戻ってほしかっただけだった。目を覚まして欲しかっただけだった。でも、結果的に悪い方向にさせてしまった。
なのに
「それはね、紅谷さんがやさしいからです」
風間さんは“うんうん”とうなずく。
「……やさしくなんか」
「まあ、唯一怒るとしたら、それは“本当の優しさじゃなかった”ってことぐらいですかね」
風間さんは、「唯一ですよ、唯一」と念を押した。
「本当にみんなが幸せになるには、気づいた本人が真っ先に本人たちに注意をすること。それを間接的に“気づかせよう”として、結果的に紅谷さんが不幸になってしまったんです。だから、紅谷さんが悪い意味でやさしすぎたから、結果が悪くなってしまった。それをもうちょっと周りに相談するなり…できませんよね。内容が内容だし。」
「……でも」
「それでも、紅谷さんがやさしかった。そして人のために努力をした。私はそこに結果の価値を求めるべきだと思うんです」
「そーそー!だから私も心配だったのよ!!」
と、レストランの席の横に立つ突然の女性の声。「久しぶり」と、私の頬をつんとつつく。
佐藤さんだった。
「佐藤さん……」
「本当久しぶりだね…こんなにも疲れた顔しちゃって」
ニカっと笑い、私を強引に抱きしめてきた。佐藤さんに遭えた喜びが涙を流して表現された。
「僕も忘れないでくださいよ~」
「げ、山田。お前も来たのかよ」
「“げっ”って悲しいリアクションするね~!俺のこと好きな」
「山田アアアアアアアアア」
「ほわああああああ???!!!」
風間さんが席を乱暴に立ち、山田君に食って掛かる。山田君は少し嬉しそうだった。佐藤さんがまだ放してくれない腕の隙間から山田君を見た。昔と変わっていない。
「久しぶりだね…山田君」
「えっ!紅谷さん山田には気づいたんですか?」
「あっ…風間さんはなんか昔と違って大人っぽくなってたから気づかなくて…」
「美人になったってよ」
「(赤面)」
「えっ…ってことは俺、成長してない……」
「いや…そんなことは…」
ない、と言い切れるかどうか。昔と話し口調も見た目も全く変わっていないから。
しかし、なぜここにも懐かしい二人がいるんだろう。私は不思議でならなかった。
佐藤さんは私を抱きしめる腕の力を緩め、近くにいた店員さんに「隣の席使っていいですか?」と尋ね、山田君と対面する形で座った。
「まだわかってないのですが、なぜ皆さん久しく会ってないのに私に……会いに来たんですよね?」
「そ!紅谷さんが辞めた後、紅谷さんのことを心配してた山田や風間ちゃんたちに力を借りて、紅谷さんのことを調べてたのよ」
「私の…ことをですか?」
「そ」
佐藤さんは得意げに言う。やっと佐藤さんの腕から解放された。
「じゃあ、今日一緒にいるってのは」
「はい。私はさっきこっそり佐藤さんに連絡しておいたんです。佐藤さん、紅谷さんのことすごく心配してたんですから」
「え……」
「そうだよ~!外国からだからなかなか連絡取れないし、帰国しても連絡つかないし、本社戻ったら辞めてるし、もうびっくり!」
「すみません……」
「ぐすっ……」
「山田が泣くな」
「俺……こういうドキュメンタリーに弱いんす」
涙を手で拭う山田君に、風間さんは嫌々ながらもハンカチを渡す。
「さて、本当は何があったかを紅谷さんから聞こうかなと思ったけど、それは後にしよう。さっき盗み聞きしたから、大体はわかったし」
「え……今から何を」
「決まってるじゃない」
佐藤さんは席を立ち「ちょっと待ってて」と店の外に出た。そして店の外から誰かを連れてくるのだ。
そこには、黒田君と、滝沢さんがいた。
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