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「しっかし今紅谷さんが何をしてるかなんて知ってる人いるんですかね?」
オフィスの片隅にある喫煙室で、山田と紅谷さんの所在についてを話している。分煙してあることから喫煙室は隔離状態。今ここにいるのは二人だけで、何を話していても外部に会話が漏れることはない。
「もちろん人事部が管理している従業員の帳簿なりを見れば一発でわかる」
「何でですか?」
「紅谷さん緊急連絡先で実家を登録している可能性が高い。あの子独身だったし、実家にコンタクトが取れれば一番手っ取り早いと思うんだけど…」
紅谷さんが退職をして一年以上経つだろうか。私が本社勤務となって激務をこなしながらも、空いた時間に紅谷さんの連絡手段を取れるかと別の部署にいる、かつて紅谷さんと同期だった人たちに片っ端から連絡が取れるかと聞いてみた。
だが、皆が同じように「連絡が取れなくなった」という。もちろん山田も同じように手伝ってもらったが、帰ってくる答えはどの人も同じだった。
「普通一人や二人いるだろうが…」
「そういえば佐藤さん、俺前から気になってたんですけど、どうして紅谷さんにそんな執着するんですか?俺らならまだしも、佐藤さんの紅谷さんとの接点が全く見えてこないんですよね」
「ああ。それはね…」
「それは…」
吸い切ったタバコの吸い殻を灰皿に入れた。
「内緒」
「ええ?!」
「嘘。私も紅谷さんに助けてもらったことがあったのよ」
「び…びっくりした…」
「こんなことで驚かないでよチキン」
「その言葉も褒め言葉に聞こえる俺って、すごくないですか?」
「そういうのを私にいうんじゃなくて」
喫煙席のガラスの窓を指さし、ガラス越しからこちらに手を振る女性を見て焦る山田。
「あの子に言いなさいよ」
「わーわーわーわーわーわー」
「お疲れ様です佐藤さん、…山田」
「お疲れ」
「お……疲れ様」
喫煙室のドアを少しだけ開けてこちらに話しかけてくる女性は、入社三年目の風間さん。
「早速ですが、こちらお持ちしました。コピーなんで持って行って大丈夫ですよ」
「ありがとう。助かる」
「ってえ??これ社外秘って…」
「コピーだからいいんですよ」
爽やかな笑顔で爽やかに山田にジョブを返す風間さん。そしてこの資料は、かつて人事部で働いていた紅谷さんの補填要因として急遽転属となった風間さんにしか頼めない内容だった。
「これって…」
「紅谷さんの従業員名簿、その他各種よ」
「ダメ押しで風間さんにこっそり頼んでみたんだ。そしたら「チャンスを見て隙をついて相手を殺す勢いで行ってまいります」って言ってくれたから」
「え…」
「隙をつくのは大変でした。黒田主任は鬱陶しいし、滝沢さんはめんどくさいし、山之内部長は不在の時が多かったからよかったんですけどね。まあ、佐藤さんの為なら…」
顔が火照る風間さん。山田は見逃さない。
さて、これで情報が手に入った。
「とりあえず、営業まわりがてら行ってくるか」
「えっ?仕事中にですか?」
「当り前よ。私を誰だと思ってるの?」
「営業部のスーパーホープ」
「よろしい。ついでに紅谷さんの実家、弟の勤務先も近いから茶化しに行ってくるわ」
「茶化すって…完全に私用じゃないですか」
「いいな~私も行きたいな~」
「二人は我慢しな。あ、ついでと言っちゃなんだけど、弟も営業やってるからこの名刺配ってあげる」
山吹さんと山田に、弟から頼まれていた名刺を配布した。
「ここ、一回行ったけどかなり雰囲気の良いお店だよ。可愛い雑貨も多いし、あと結婚式の小道具とかプレゼントとかも扱ってるみたい」
「結婚式…ごく」
「結婚式…佐藤さんと…ごく」
「?まあ、良ければひいきにしてあげて」
と、私はその場を後にした。
今の紅谷さんに会いたい。そして、あの時のお礼と、もう一度戻ってきてもらうために。
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