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「働くこと」




「…?」




「うーん、働くこと!」




「…敦子さん?」

「うん?」

「なんかめっちゃ独り言激しいっすよ」




目の前に朱志香ちゃんがいたことすら気づかず、私は独り言を話続けていたらしい。朱志香ちゃんだけじゃない。佐藤さんも、社長も、ほかの従業員さんみんなも、私を見て心配そうな視線を向ける。



「何か悩んでるんすか?それともまだ体調が完全じゃ…」

「アッ!いや違うの!独り言!ヒトリゴト!」

「あんま無理しないでくださいよ~!ずっと“ハタラクコト”って連呼してましたから」

「…ああ…」

「…やっぱ思い詰めてるんすか?佐藤なにかセクハラしました?」

「ちょっと待ってよ、なんで俺なんだよ」

「お前の存在が…姉さんを苦しめてるかもしんねえんだよ!」

「あっ…敦子さんにとって…僕が負担…」

「断じて違います!」



佐藤さんはほっとした様子を見せ、朱志香ちゃんは歯がゆい表情。だけど、二人は“解決”を望んでいるようで、まだ私に視線を外さない。ほかの従業員さんも同様に。


私は少しだけため息をついた。聞くことを躊躇ったが、こうした悩みを少しだけ打ち明けるのも頼ることになるのかと思い、ほんの少しだけ気持ちに寄り添ってみることに勇気を振り絞った。



「あの…」

「何なりと!」



佐藤さんと朱志香ちゃんが声をそろえて言う。まるで「待ってました!」と言わんばかりに。



「…」

「(うずうず)」

「(これは…逃げられないな)」

「(うずうず)」

「…二人にとって、“働くこと”ってどういう風に考えてる?」

「働くことっすか?」

「そう」

「働く…ことかあ」

「うん」



二人は腕を組み、目を瞑って真剣に考えてくれている。「働くことかあ」と悩みに悩んでくれている。



「簡単でいいの、こうパッと浮かぶことを少しだけ意見としてくれれば」

「う~ん、僕にとっては人生ですね」

「人生」

「そうっすね。俺は一回引きこもってからここにきて、今では営業してますけど、“引きこもり開け”っていうんですかね?俺、人と話すことが最初できなかったんです」

「そうだったんですか」

「で、なんで俺が営業?って思ったんですけど、面接で幸路さんが「あなたの話し方が営業に向いてそうだから」って言ってくれたんです。それを聞いても、さっぱり理由がわからなくて」

「確かにわかんねえ」

「朱志香ちゃんはいつも俺に冷たいよね」

「鞭と鞭ってやつだ」

「飴と鞭ね、俺、毎日拷問受けることになるじゃん」

「いいじゃんかよ。似合ってんぞ」

「…それで、幸路さんに聞くのが恥ずかしくて、こっそり社長にその理由を聞いてみたことがあったんです。そうしたら、俺の話し方は人に対しての想いが伝わる話し方だって」

「確かに、佐藤さんの話し方って温かみがあるというか、とげがないですよね」

「そう言ってもらえると、今日ご飯三十杯いけます」

「セクハラ」

「俺どれだけ逮捕されるんだよ」

「逮捕されちまえ」

「…そこから、俺自身も意識して、人とコミュニケーションをとるようになって、次第に新規の顧客獲得ができるようになっていったというか、それで新しい人生歩んでいるなって実感がわいたというか」

「それで働くことが人生だと」

「漠然としてますけどね。俺にとって人生っていうのが一概に働くことではないんですが、ああ。人生っていうよりも“人生を歩める場所”ですかね」

「人生を歩める場所・・・素敵ですね」

「…今日俺寝れない」

「セクハラ」

「…これで俺二回目の逮捕かあ」



朱志香ちゃんが、佐藤さんの話を適当に聞いていると、何かを思いついたように言った。



「うちは、生活っす」

「生活?」

「そっす!働くことは生活っす!お金ももらえるし、なにより学校に行ける!働くことで生活が成り立つ!これがうちにとっての働くことの意味っすね」

「生活かあ」

「うちにとって、働くことって生きてるって実感もできます。前までは干物?みたいにぷらんぷらんしてましたから。働いていると、人間だなって思います」

「人間…」

「敦子さん困ってるじゃん」

「んだとコラ」

「はい、ごめんなさい」

「いや、朱志香ちゃんの言っていることわかる気がする」

「ですよね!人間になるって感じしません?!」

「人間に…とまではいかないけど」

「(泣)」

「(笑)」

「(怒)」

「(冷)」

「私もここで働いていて、“生きてるな”って思うことはよくあるんだ」

「敦子さんが?」

「そう。私も前の会社で生きた心地がしてなかったことがあって、…それでここで働くようになってから、毎日楽しくて、次の日が来ないかななんて思う…ように」



すると、頭の中でひらめく感覚を覚えた。



「…これだ」

「?」

「働くことの意味、これだ」



咄嗟に手帳を取り出し、思い付くままにタイトルからコラムの内容をずらりと書き連ねていった。


佐藤さんと朱志香ちゃんも手帳をのぞき込む。私の書き連ねる内容をじっと見つめ、「これを記事にするんすか?」「なんか面白そう、よくわからないけど」と、意見交換をしている。

 


そして、メモ書きを書き終わり、私はその日、自宅に帰ってからすぐヨッシーさんに連絡をした。



「コラム記事…タイトルで書きたいものがひらめきました」



そして、手帳には私が無作為にメモ書きを書き写した中に、大きくボールペンの字で書き、鍵カッコで囲んだタイトルがあった。メモ書きに混じらないように、青い蛍光ペンで一本の線を目立つように強調させた。





「○○の事情」と。




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