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「今更何?俺用事があるから忙しいんだけど」

「…」



オフィスがあるビルの一階。


来客が来ると各部署に直通で繋いでくれるように受付スタッフが社内電話で連絡をくれる。その電話から、俺宛の来客が来たという連絡が届いた。


外回りを終えたばかりの俺は、午後からのアポイントは一件もなかったはずだと焦りながらも、訪ねてきた人物の名前を聞いて驚きを隠せなかった。



「課長、すみません来客が来たのでちょっと降りてきます」

「おう。急なアポか?」

「…はい」

「もしかしてプライベートか?あんまり長居するなよ。ほかのやつに見つかると面倒な噂立てられるぞ」

「…ざっす」



急いでエレベーターを降り、一階の共有フロントに向かうと、「あちらです」と。


視線の先には、元妻がソファーに座り待っていた。


早々にソファに向かい、元妻が座るソファの反対に乱暴に座った。




「…」

「…単刀直入に聞きたいんだけど、再婚する予定あるの?」

「は?急に来たと思ったらいったいなんだよ。会社に急にきて、迷惑だって思わなかったの?」

「あなた連絡しても電話もメッセージも連絡来なかったじゃない」

「それは俺がしたくなかったから。…それに俺が再婚しようが何しようが勝手だろう」

「そうもいかないわ」

「…何?俺が再婚するのを今更“反対”でもするってか?」

「そうは言ってない。けど…」

「何かあんのかよ」

「…」



急に呼び出しておいて、自分のプライベートを詮索されることに嫌悪感を抱く。別れ方が“別れ方”だったことから、俺はこいつに詮索されたり、束縛される筋合いは毛頭無い。



「あの子はやめて」

「あの子?」

「…紅谷さん」

「?!なんで知ってるんだ…お前まさか人のプライベートを掘り下げたり調べ上げたりとか悪趣味なことしてたのかよ!」



咄嗟に机を強く叩く。人は少ないが、歩く人がちらちらとこちらを見る。俺は視線に気づき、平静を装った。落ち着け、自分。



「…あれだけ人を扱き下ろすようなことをしたお前が、今更どういう知り合いだったかわかんねえけど、俺のことを否定するのはよくないんじゃないの?」

「わかってる…けど、あの子はダメなの」

「…最低なやつだな」

「最低なのは…あの子よ」

「は?どれだけの知り合いかわかんねえけど、俺だけじゃなくあいつのことを言うのは本当にやめてくれ。それに、付き合ってもいない。俺が一方的にそう思ってるだけだ」

「…そうなの…ね。なら安心した」

「心配される筋合いはない」

「わかってる」



すると、元妻が、俺の前に何十枚もの髪を出してきた。それは、くしゃくしゃになっているものも含めて見るからに数十枚もある。



「もちろん、私が悪かったわ。でも、この紙を見て欲しかったの。あの時、あなたと別れたときに、このことを伝えきれなかったままだった。でも、あの子と仲良くしているっていうことを知って…いても立ってもいられなくて…」



その紙は、元妻と当時名古屋に転勤していた妻の直属の上司との不倫を告発する文章が書かれていた内容のものばかりだった。



「…」

「これを会社の、社内の社長室のFAXに送ったのが、紅谷さん」

「…は?」

「紅谷さんなの。紅谷さんが、これを送ったの。告発したの!」

「…」

「…なんとも思わないの?」

「…自業自得だろ」

「え…」

「結局、お前は不倫をしたって事実は消えない。告発しようがされようが、お前が俺にしたことは全く変わらない」

「でもっ!これがなければ私たちは…」

「別れてたに決まってんだろ!それとも何か?!あいつが俺たちを別れさせたっていうのか?!」

「そうよ!そうに決まってる!あなたがあの子と一緒になるならと思うと、私…」

「それに、俺の気持ちは変わんない」

「…変わってよ」

「は?」

「ヨリを…戻して欲しいの…。あなたと別れて、本当に大切な人が良く…わかった。だから」

「それは、アッちゃんだったからだろ」

「!?っ…」

「お前…相変わらず最低だよな」

「…私の気持ちは変わらない」

「俺の気持ちは変わらない。もう二度と来ないでくれ」



無殴祖悪い。ムシャクシャする。早々に席を立ち、俺はオフィスに戻るためにエレベーターに向かった。元妻はどういう表情で座っていたかなんて確認したくもなかった。




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