四、アツ子の望

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充実した毎日、充実した生活。


私が望んでいるのはたったこれだけ。


でも、この望みすら私は望んで良いのかどうかさえ、わからない。


資格なんてものは、ない。






「新しい仕事の依頼っていうのはね、今回雑誌に新しく入るコーナーのコラムを書いてほしいのよ」

「コラム……ですか」



一週間お休みをいただき、落ち着いたところでヨッシーさんに連絡を取った。「病み上がりなんだから」と、ヨッシーさんはわざわざ家の近くまで来てくださることとなり、近所の喫茶店で打ち合わせをすることにした。


「そ!コラムの執筆をお願いしたいのよ」

「コラム…私コラムの執筆は未経験で」

「知ってるわよう!だからこそ記事をお願いしたいのよ」

「?」


するとヨッシーさんは、持ってきた資料を私の前に丁寧に一枚ずつ見せるようにおいてくれる。そこには、新コーナーとして「女性の悩み」をテーマにした記事の新規案件に関する情報がずらりと並んでいた。


「今まで敦子ちゃんにお願いしていたのは、記者が取材してきた内容を記事として文章起こししてもらった“コピーライター”としてのお仕事だったんだけど、実はこの記事がかなり好評でね」

「そ…そうなんですか、ありがとうございます」

「ふふっ。記事を構成するコピーライターの中には、ただ文章を起こすだけの人や、取材した人とは異なる文章を構成する人もいるの。うちでお願いしているライターさんは、そのどちらかって人が多いから、いつもだったら何度も校閲に回したり、何回も記事の打ち合わせをしてようやく一つの記事が出来上がるのよ」

「え…私」

「そう。敦子ちゃんは記事の内容が申し分ないからこそ、何度も校閲で引っかかったりすることもないし、取材班とぶつかることもなかった。その理由がね、記事の構成が完璧ってこともあるんだけど、それよりも大きいのが“記事の温かさ”だったのよ」

「記事の…」



ヨッシーさんは、ローズティーを一口。



「取材した記者が敦子ちゃんの記事を見て驚いていたわ。記者が伝えたかったことを、まるで心を映したかのようにそのまま文章にしてくれているって。さらに、読者に対する熱意を感じる文章だって」

「そうなん…ですか…。あまり自覚はないですが、なんだか照れます」

「んもうっ!照れていいのよ水臭いわねえ」



ヨッシーさんは上品に手を口に添えて「ふふふ」と笑う。

私もつられて、慣れない手つきで口に手を当て「ほほほ」と笑った。



「それで、その記事を見たうちの豚野郎…じゃなかった上司がね、半年ほど前に私が企画に回していたコーナーに適任じゃないかって言ってきたのよ。あいつイケメンじゃないのにたまにはいいこと言うじゃないって思ったわ」

「豚…」

「最近は、電子書籍が流行してて、雑誌本体の売り上げは低迷の域をたどっている状態。当初はうちで出している雑誌も何冊か廃刊しようとした動きがあったのよ。今敦子ちゃんが書いている記事の雑誌も、廃刊リストに入っていたの」

「えっ?!」

「でも、私は“廃刊”すべてが解決になるとは到底思えなくって。そこで前から企画として取り上げたかったコラムを、新規格として温めていたわけ」



ヨッシーさんは続けて話してくれた。話してくれる熱意は、言葉数だけではなく表情から、そして視線からわかる目力でじんじんと伝わってくる。



「そもそも、女性って雑誌に何を求めているかってとこなの。敦子ちゃんは何を求めているかって考えたら、何を想像する?」

「求めているものですか…」



漠然とした質問だが、とてつもない難問だとわかった。「簡単にパッと浮かんだものでいいのよ」とヨッシーさんは言う。私は、求めているものとして連なる女性の想いの言葉を、頭の中からふと湧き出てきたものとして、本当にパッと答えてしまった。



「…救済…ですかね」

「救済?」

「あっ!何となく浮かんだ言葉なんですけど…女性って雑誌を読む動機として、新しい情報を求めたいとか、何となく手に取ったとしても空いた時間にっていう様々な動機があるじゃないですか。でも、その動機を雑誌に求める理由って、何だろうって考えたら“救済”っていう言葉が出てきたんです」

「なるほど、具体的には?」

「(ぐ…具体的)…うーん、と。簡単に言うと、“今の私を少しでも変えたい”とか、“新しい情報を得て流行に乗らなきゃ”とか、そういう小さな必死感があるというか」

「なるほど」

「その動機っていうのも、そこに雑誌しかなくても雑誌にこだわる必要はないじゃないですか。…小説とか、漫画とか。その中で雑誌を手に取るってことは、何かしらの目的があって、女性にとっては自分を少しでも動機に直結させたいものがあるの…かな、なんて」

「そう、それなのよ」

「?」



ヨッシーさんは、満足げな笑みを浮かべる。



「それを、コラムとして雑誌に載せたいの。女性が求める情報っていうのが、現代の流行に限ったものじゃないと思ったのよ。それが心理的に共感できる場が雑誌には足りないんじゃないかって。それで、新企画としてコラムのコーナーを作りたいって感じたの」

「そうなんですか…」

「で」



ヨッシーさんは私の手を取る。熱く、そしてやさしく包み込むように握りしめる。



「そんな記事を書けるのが、敦子ちゃんだけしかいないような気がしてね」

「そっ!そんな大役を?!私でいいんですか?!ほかにももっとコラム専門の方とかいらっしゃるんじゃ」

「敦子ちゃんだからこそなのよ」

「?」



熱望をされること、その気持ちはありがたく、そして嬉しい。だけど、ライターとしての経歴も浅い私が急にコラム記事を書くなんて、心底理由がわからなかった。だが、ヨッシーさんの目は本気だった。



「今の女性は、“働きすぎ”に苦しんでいるわ」

「働き…すぎ」

「ええ。敦子ちゃんと同じなのよ」

「え…今の私…働きすぎに見えますか?」

「今じゃないわよ、むしろ今の方がすっきりしてるんじゃない?」

「はい、満足してます…」

「ちなみに、敦子ちゃんの“過去”の話よ」



過去の私。会社で働いていたころの私は、働きすぎだったのだろうか。今でもよくわかっていないが、確かにヨッシーさんには一緒に仕事をする上で私の身の上話をした。過去に何があったのかもすべて話した。その上で、私が働きすぎであったうちの一人だと認識されたのかと感じた。



「敦子ちゃんは、今までの自分が“苦しんでいた”ことを、まだわかってないような気がする。そこで、コラムとしてほかの女性に“働いている”ことへの悩みをどうやって解決できるかのコラムを、敦子ちゃんの思っている通りのこととして、文筆していってほしいの」

「私の…想い…」

「そう。あなたなら、必ず私の思っている以上の“想い”を伝えられる気がするわ」

「…わっかり…ました。自信は本当にありませんが…頑張ってみます」

「そうこなくっちゃ!うふふ」



そういうと、ヨッシーさんは新企画を丁寧に説明してくれた。私は無我夢中でコラム記事の内容や仕事の方法などを聞き、わからないことを一つずつ質問していった。


今までの記事の仕事とプラス、月に一回のコラム記事を担当することになった。コラム記事のタイトルは、ヨッシーさんと私で話し合い、タイトルや概要が決まったらヨッシーさんが編集部と相談して決定まで持ち込んでくれることとなる。そしてタイトルに合わせて記事を考え、執筆した後に校閲に回す段取りとなった。雑誌の観光は毎月五日。月末までに完全な記事を作ることを目標として、毎月十五日前後には記事の文章を起こすことを目標として決めることになる。



大変な仕事になるが、私の中でわくわくが止まらない。また、新しいことを始めて少しでも自分の糧になるのかと思うと、今を少しずつ歩んでいく自分が楽しくて仕方がなかった。



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