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徒歩で駅まで向かう途中、コンビニに立ち寄りタバコを買う。このご時世禁煙推進が進んでいることから、喫煙できるスペースは限られている。駅の広場のホーム付近、広場の片隅にある「分煙スペース」に入る。中は空気清浄機が常備され、煙が散乱しないような設備となっている。二帖ほどのスペースで壁と天井に覆われている。ドアを閉め、そこで新しく買ったタバコのフィルムを外してタバコを取りだし、火をつけた。
タバコを一息吸い、一息吐く。
カバンから手帳を取り出し、ページをめくって後方ページにあるメモ用のページで山田君から聞いた内容を簡易的に書き込む。
「(それにしても、なんか引っかかるな)」
事件の大きな原因は、営業二課の書類手続きの件。
とりあえず、引っ掛かることをいくつか書き足してみた。
① どうして紅谷さんがいじめられる原因となったのか
② なぜ部署全員が味方じゃなくなったのか
③ 紅谷さんは、何をしてそうなったのか
大まかに引っかかるのはこの三つだった。山田君の意見はあくまで第三者としての意見。とすると、当事者の内容とは多少異なる部分もあるだろう。
そして、肝心の人事部との亀裂の問題。紅谷さんの当時の様子を聞いている限り、退職した理由はここからエスカレートしたことにあると考えられる。
当時は、あんなにも人を思い遣り、笑顔の絶えない子だったのに。
「あっ」
ボールペンと一緒に持っていたタバコの灰が落ちそうなほど長い。慌てて吸い殻に落とした。
帰国して早々、このようなミッションが私に降りかかってくるとは思わなかった。でも、“あの紅谷さん”のためになるなら、少しでも何かしてあげたいという思いがある。
口にくわえなおしたタバコを吸い切り、灰皿に吸い殻を捨て、喫煙所から出た。
突然だった。
私のスマートフォンから電話の着信音が轟いた。
仕事帰りにコンビニに寄り、少しだけ贅沢をしようとコンビニ限定の「〇ヤバ!劇癒しチョコレートクッキー」を購入した。
最近このお菓子がSNSで話題となっているらしい。実は、ライターの仕事をするようになってから、SNSを登録して利用するようになったのだ。
ユウちゃんが「せっかくならSNSを使って記事を宣伝するとかどう?」とアドバイスをもらい、初めは三十過ぎて……と躊躇ったが、「仕事のためだ」と言い聞かせて登録してみた。
アカウント名:アツ子
職業:ライター、OL
SNS'を使い、ハッシュタグの意味などを検索して調べながら熟知していった。そこで、たまたま話題になっていた「〇ヤバ!癒しチョコレートクッキー」を見つけ、買いに来たのである。
コンビニでおやつを取り、文章校正の参考にと雑誌を手に取ろうとしたとき、その着信に気づいた。
それは、突然の着信相手。
鳴り響く画面。
この場所で。
私は、その着信が鳴りやむのを待ってしまった。出ることができない。
すると、しばらくしてもう一度かかってきた。頭のてっぺんからしびれるほどの悪寒を受け、背筋が凍った。
出たくない。
出たい。
出たくない。
「あれ?やっぱり紅谷?」
声のする方を見ると、入り口から入ってきたコンビニの客が声をかけてきた。黒田君だった。
スーツ姿に身をまとい、あの頃よりも“自信にあふれた”男性が、こちらの様子を伺い、ゆっくりと笑いながら声をかけてきた。
「やっぱり紅谷だよな」
「……」
「あの頃と結構雰囲気変わったよな」
「……」
「俺覚えてねえの?忘れちまった?黒田だよ黒田」
「……覚え」
「はっ!相変わらず感じ悪いな。それ、直した方がいいぞ」
「っ……」
どうしてこのタイミングで、こんな人に会ってしまうんだろう。
「お前、この前水族館にいたよな。あれって」
気が付いたら、私はお菓子を本の棚に置いてその場を逃げた。
自動ドアが全開になる前に、開いた隙間に体を入り込ませた。その場にいると、あの頃を思い出してしまう。
逃げたい。
その一心で走り切った。何も考えず、ただ走り切った。
なんで電話が来るの?
どうして今日に限って会うの?
コンビニの駐車場を飛び出し、歩道を走った。曲がり角に差し掛かった先で、急な腹痛に襲われた。
「うっうっ」
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