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「上出来よ敦子!記事の評判ばっちりよ!」
日曜日の朝。ヨッシーさんから朗報が届いた。
「よかった…ありがごうございます!」
「文句なしよ!文章もコミカルに描かれていて、読者からも評判なのよ!」
「嬉しいです」
「それじゃあ引き続きよろしくね!」
電話を切り、褒められた余韻に浸る。自分の力でどこまでできるかが不安だったものの、丁寧に、一生懸命書いてよかったと思った。
仕事がどちらもうまくいきそう。素直に嬉しい。
「最近よく笑うようになったな」
ユウちゃんによく言われるようになった。自分が少しだけ変われているのかな、前に進めているのかな。
電話をもらい、居酒屋で一緒に飲みながら笑顔が止まらない自分とは対照的に、少しだけ元気がないユウちゃんの顔をその時には全く気付くことができなかった。
敦子が退職をして半年後。
トイレの壁にひっそりと書かれていた電話番号。私が何度連絡を取っても繋がらない番号だった。
「何よ、これ」
首から下げられているネームプレートに「佐藤由紀恵」と書かれている女性。どうしてつながらないのか、どうして「辞めて」しまったのか、この文字でようやくわかった気がする。
「何かがおかしい」
入社して三年目、海外出張をすることになった。その期間は約二年だったが、海外情勢の悪化に伴い、急きょ一年半で帰国した。
久しぶりに来る会社に緊張していた。一年半も離れていたことで、懐かしむ気持ちはもちろんあった。だが、もう一つ危惧していたことがある。
最後まで日本の本社のオフィスから、一度も出社日の予定をもらえなかったことだ。そして、海外情勢が難航し、上層部の会議で帰国が決定されたため、海外出張先の人事部が帰国までの連絡の手続き等を確認するべく日本に連絡をしたが、それに対する返答が遅く、こちらから二重連絡をして確認をする始末となっていた。
最終的に、「予約します」といった本社の人事部が、私が帰国する予定の日の航空券を取り忘れたことに、堪忍袋の緒が切れてしまった日本にいる直属の上司が、人事部に怒鳴り込みに行き、人事関係のやり取りを営業部の上司と直接やり取りすることとなった。そのため、実際に帰国した飛行機のチケット代も私個人で予約し、前払いをしたため、その時精算した領収書を切って本日提出する予定である。
一体人事部はどうなっているのか、と不安は的中した。
「えっ?!今日帰ってくる予定だったの?!」
「お前・・・来週じゃないのか?!」
「・・・やっぱり」
私の席は用意してくれていたものの、やはり「来週」となっていたかと大きくため息をついた。
実は、直接連絡をした上司には、先に「航空券が二十一日に取れたので、帰国してからの翌月一日には出勤します」と連絡をしていた。
だが、赴任先でもやってくれた人事部の“使えない合いの手”が、来週にしたのだと簡単に予想がついた。
航空券を自分で取得し、帰国する段取りを、一応オフィス共通の人事部あてのメールで連絡し、領収書は直接経理部に持っていくことの内容を添えて報告していた。
その内容が、「二十一日に予約が取れたので、翌月一日に出勤します。もし、時差ボケ等で体調が思わしくない場合には、有給を使用するなどして来週あたりに出勤する予定です」というメールを添えたのだ。
以前と同じで、メールの内容を細かく把握せず、「来週あたりに出勤」としか読まないことから、上司に「来週帰国するって連絡がありました」なんて言ったんだろう。
以前あった問題は、「営業部の仕事を引き継ぎするために、帰国を最低一か月は開けてほしい」と打診したところ、なぜか上司より「お前航空券取ったのか?一か月後って早すぎやしないか」と言われ、勝手に日取りを決められていたことがあった。もちろん、人事部から何も報告はない。
こんなやり取りが会社の、しかも本社で行われているなんてことはにわかに信じがたいが、帰国することが「こんなにも大変だったっけ?」と思ったことは間違いない。
とりあえず、自分のデスクに荷物を置き、上司に挨拶をした。
「突然の帰国?になっちゃいましたね。…あー。本当すみません」
「いや…俺も人事部のやつから「来週に帰国するって変更がありました」って言われたから信じちゃったよ」
「やっぱり…」
「どうなってるんだ、人事部は。ここ半年間は本当におかしいことになってるぞ」
「やっぱり…」
「やっぱり?」
「心当たりがあるようなないような…とりあえず人事部の隣にある経理部に用事済ませてきます。」
「おう」
領収書をもって、エレベーターで三階に上がる。三階に人事部と経理部があり、すぐさま実費の航空券代をどうにかしてもらおうとしていた。
「すみません、営業部の佐藤です」
「またかお前ら!!!なんでこうなるんだ!!!」
「???!!!」
経理部のカウンターの左隣で怒涛が響き渡った。経理部の面々も人事部を凝視する。
パーテーションで区切ってある二つの部署は、経理部から見えずとも物々しい雰囲気を醸し出していた。
「なんだありゃ」
「ああ、いつものことですよ。ほい、領収書預かります」
「あの子は?」
「あの子?」
「紅谷さん。あの子一番動けたんじゃない?」
「?!…ああ、辞めたらしいです。しかも突然ですよ。急に出勤してこなくなって。その頃からおかしいことになってますよ。別の部署とか俺たち経理とかが、手続きが遅くなって見かねて「あの子は?!」って聞くぐらいでしたから。そしたら人事部の面々が、「関係あります?!」って逆切れしてきたんですけど、だんだん逆切れする気力なくなってきたみたいで、「辞めました」って教えてくれるようになりました」
「原因は何だったの?」
すると、経理部の男性が「ここだけの話ですよ」と小声でささやき始めました。
「どうも、“いじめ”があったらしいです。紅谷さん仕事できるし優しい方だったので、言われっぱなしのやられっぱなしな状態だったらしいです。それに、上司も加担したとか。結局突然来なくなったのも、人事部で誰も気に欠けずで理由すら聞かず、家にも尋ねずで原因が全くわからないんですって。うちの部長が人事部長に聞いたら「連絡取ってないって平気で言ってんだぞ?!」ってあきれてました。退職の手続きも郵送で送っては送り返してのやり取りだけ。普通理由とか、訪問とかしますよね?そこで部長も無関心を通り越してるといって管理不届きだって問題になったんですが、この引き金になったのは社内いじめじゃないって主張したのが人事部の面々なんです」
「・・・一体どんな主張をしたの?」
「本来だったら降格人事のはず。でも、それを紅谷さんが三年目の時にしてしまったことが原因で、信頼関係を本人が失ったから仕事をさせるのが怖かったとか言い訳をしていたらしいです」
「それってつまり、人事部全体で彼女を陥れたってこと?」
「僕”ら”から見るとそうですね。あの事件、紅谷さんは明らかに”何もしていない”てわかってますから」
「事件?」
「そうです。だってその時の新入社員が、僕でしたもん」
男性は人事部の方を見ながら嫌味を言うように鼻で笑った。そして続けて言った。
「紅谷さん、なんも悪くないですよ。悪いのは、あそこにいる人事部です」
「…悪いんだけど、その人事部の事件ってのを教えてくれない?」
「いいですよ!ここじゃなんですから、仕事帰りに一杯行きません?」
「いいわね」
「じゃあ連絡先交換してください!くうう!佐藤さんと飲みに行けるなんて俺今日ついてるわー!」
「大げさね。っていうかごめん、君の名前知らない」
「まじっすか!俺、山田っていいます!山田哲也!」
さて、なんとなく聞けそうな人事部の件と同時に、私の問題も解決しそうな予感。
「辞めた」と確信づけたのは、もちろん人事部の段取りの悪さが確定づけたわけじゃない。私も紅谷さんがいるかと人事部に問い合わせると、「辞めました!」と怒鳴られて電話を切られたのだ。まるで何度も聞かれてうんざりしているような言い方だった。
彼女には、幾度か助けられたことがあった。だからこそ、彼女は会社にとっても必要な存在だったと私は思っている。
今どこで、何をやっているのだろう。
そして、私はその事件が発端となった、当時の新入社員だった経理部の山田君から、事件の全貌を聞くこととなる
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