5

 

「アッちゃん、これなんだけど」

「これはここに書けば大丈夫です」

「アッちゃん、扶養の件なんだけど」

「これとこれを書類持ってきてください。必要書類コピーしてお渡しします」

「アッちゃん、今月収入をここまで抑えておきたいんだけど」

「了解です!すると週四日の十五時までの勤務で抑えてもらったら大丈夫です」

 


アトリエ・kyoujiの事務所に、私のデスクの横に従業員が押し寄せる。

 

事務所で働いて三ヶ月目に突入する。年末調整等で忙しい時期の入社になったが、業務内容は慣れていたためスムーズに仕事をすることができている。

 

そして、私の仕事で唯一の問題が、販売店に努める販売員のフレンドリーさだったりもする。


 

入社一日目。制服の、黒のポロシャツを頂く。下は綿パンで、ポロシャツ以外自由である。洗い替えと予備分の三着を頂き、「ボロになったらすぐに新しいのと変えてね」と。見学がてら店内の説明を受ける。アンティーク調の家具や小さな雑貨が並び、結婚式で使用できそうなプチギフト、出産祝い等でお祝いで包める雑貨が並び、どれもわくわくさせる品揃えばかりである。

 

ここを切り盛りしているのが、社長である坂下恭治社長、そして時々お店を手伝っている奥様の坂下幸路さん。

 

入社一日目ということで、幸路さんも来てくださり挨拶をした。

 

「うちの馬鹿旦那をよろしくね!」と、背中をバンと叩かれ「がはは」と勢いよく笑う。その人となりに同性の私もついついときめいてしまう。

 

挨拶を済ませ、店内の見学をするたびに、従業員の人が「よろしくね!」「がんばってね!」などと声をかけてくれる。私は自然と、ここの従業員の顔つき・表情をまじまじと見ることができていた。以前の私なら、ありえないことだった。

 

そして、事務所の利用方法や、デスクを教えてもらう。事務所は販売店舗のカウンターの裏にあり、事務所から店舗の状況が見えるようにガラス張りになっている。というのも

 

「ちっす姉さん!以後よろしく!」

「姉さん……」

「いや、写真とか歴書レキショ見てビビっときました!絶対いい人だって!」

「(レキショ…?)」

「履歴書(笑)」

「っつあっ!まあよくあるっす!以後宜しくっす!朱志香じぇしかっす!」

「朱志香ちゃんね!よろしく!」

 


すると、朱志香ちゃんはきょとんとした。



「……ん?」

「てんちょー。やっぱりいい人っす!姉さんっす!」

「でしょ?面接終わった後に佐藤さんが熱く語ってくれた理由がよくわかるね」

「そっすね!」

「そんな見極めた俺、すごくない?ははっ」

「すげっす!すげっす!」

「???????」

 


何か、特別なことをしたわけじゃないのに、褒められることに疑問を持った。



「何か……」

「あっ!大したことじゃないんすけど、ほとんどの奴が、私の名前聞くとにやって笑うんすよ。ま、その場でボコりますけどね」

「名前……?」

「そっす!姉さんは何も思わなかった!それだけでうち、うれしかったっす!」

「朱志香ちゃんの名前、“キラキラネーム”ってよく言われてるんだよ」

「キラキラネーム……確かに難しい名前かなとは思いますけど、私はとても綺麗な名前だって思いましたよ」

「さすが……姉さんだ。一生ついていきやす!」




と、入社一日目にして、アトリエ・kyoujiの従業員がとても暖かい人たちばかりだということをしり、押しが強いことにも驚いた。

 

面接をメインに担当してくれた佐藤さんは、「来てくれて嬉しいよ」と泣いて喜んでくれた。朱志香ちゃんはその様子を見て「ばーかばーか」という。

社長・佐藤さん・朱志香ちゃん・私の四人の事務所に、販売員の皆さんと一緒に働き始める嬉しさの高揚感は、職場で今までに味わったことのないものだった。

 

 

そして、今に至る。

 


「おい!みんなで姉さんを独り占めするな」

「ジェシちゃん、怖い」

「なんだこら、表出ろ」

「嘘ですごめんなさい」

「ありがとうジェシちゃん。それと、今日スクーリングの日じゃなかった?」

「アッ!さすが姉さん、支度しまっす!」

 

朱志香ちゃんは、アトリエ・kyoujiで事務所の経理事務兼店舗営業のヘルプを担当している。午前は店舗のヘルプで販売のお手伝いをする。午後は、当日の売り上げを計算したり、経費などの帳簿を清算する。

 

固定で就業時間八時から十六時の勤務。そして月に二回スクーリングに通う為、平日に通学日を指定している。つまり、朱志香ちゃんは大学生でもある。

 

「んじゃ、いってきまーす!」

「行ってらっしゃい!」

 




朱志香ちゃんは二十五歳。中学卒業後はどこにも就職せず、地元で友人と「プラプラしてました」という。店長との出会いは、たまたまコンビニの駐車場の車止めに座っていた朱志香ちゃんを見つけ、声をかけたのだという。発見したときは深夜の一時。未成年の子がいてはいけない時間帯。

 


「こら!早く家に帰りなさい!」

「っせーんだよじじい!」

「な…なにおう!こう見えてもお兄さん二十三歳なんだけど……」

「……えっ?」

「「えっ?」ってなんだよ!」

「……っ見えねえんだよ!四十のおっさんかと思ったわ!」

「(涙)」

「うっ……」

 

社長は、たまたま煙草を買いに行った場所に朱志香ちゃんがいたこと、そして夜中に楽しく話したことを話してくれた。あと、コンビニで社長が買ったおでんを分けて食べたのも良い思い出だという。


 

「ところでお嬢ちゃん、親御さんは心配してないの?」

「いねえよ。両方ともどっかふらついてやがる」

「だからこんなところで遊んでるわけだ。二十四時間明るいし」

「ああ?!」

「お……怒らないでよ。あっ!もしよかったらウチくる?」

 


ということがきっかけで、朱志香ちゃんはアトリエkyoujiの従業員になったらしい。働き始めて大検を取得し、幸路さんにもいろいろなことを教えてもらっていたという。恭治さんと幸路さんそして

 


「お姉!いってら!」

 


私の膝の上に座っている樹里ちゃんにとっても、家族のような存在だろう。

 

樹里ちゃんは社長と幸路さんの一人娘。小学生で、いつも学校帰りに会社へ寄ってくる。樹里ちゃんが私の膝の上に載るようになったのは、入社して十日ほど経った頃。

 


「お姉ちゃん!かっこいい!」

 


と、突然言われたことがきっかけだった。会社で見ず知らずの小学生が突然私に話しかけてきたことに戸惑った。樹里ちゃんは、「お膝!」と言い、私の膝の上に強引に座り込んできた。

 

突然のことに戸惑ったが、樹里ちゃんは小学校一年生。まだ膝の上に乗せても重たく感じなかったので、「かわいいな~」とのんきに思いながら、一緒にキーボードを打って仕事に励んでいた。

 

「こらっ!樹里!」

 

幸路さんが事務所に入ってきたことで、樹里ちゃんの存在を知る事となった。

 

「本当に樹里は紅谷さんの膝の上が好きだな」

「うん!敦子姉ちゃん大好きだもん!」

「朱志香が妬いちゃうぞ」

「大丈夫!樹里大人だから!」

 


樹里ちゃんがいることで、事務所の雰囲気は一層明るくなる。膝の上に乗せている樹里ちゃんの居心地よさを体感している幸せをかみしめながら、私はキーボードを打ちこみ、樹里ちゃんは私のデスクに大きく広げた宿題をやり始めるのであった。

 

気づく人も多いかと思う。実は入社二か月ほど経った頃、樹里ちゃんの宿題をお手伝いしていたことがあり、気づかずに自然と就業時間が十七時を回っていた。

 

私は個人的に心地が良かったし、就業時間の十五時を過ぎても無理をせずライティングの仕事も両立できていたことから特別不便に感じたことがなかったのだが。

 


「うちの樹里が申し訳ないことを……」

 


と、社長と幸路さんに頭を下げられた。

 


「えっ?!いやそんなこと。むしろ私はありがたいです。樹里ちゃんに頼ってもらえていますし、こうして仕事も楽しくすることができていますから」

「そういってもらえると、心強いよ。と、少し相談なんだが」

「…?はい」

「最近十七時に就業になっちゃっているというのもあって、もしよかったらこれを機に正規社員にならないか?」

「え?」

「無理にとは言わない。あ、正規職員になったからといって、今と働き方は全く変わらないぞ。残業もしなくていいし、というかみんな定時に帰るし」

「…いいんですか?」

「私もお願いしたいわ。樹里の面倒を見てくれているってものあるんだけど、こんなにも一生懸命働いてくれているんだから。正社員になれば、給料ももっとあげることができるのよ」

「無理にとは言わないが、どうだ?少し慣れてきたか?」

 

こうした気遣いをしてくれることが、とてもうれしかった。逆に、樹里ちゃんや朱志香ちゃん、佐藤さんや社長、幸路さんに支えてもらっているから、こうして楽しく働いているのだと、実感できているから。

 

「…はい!もうすっかり元気になりました!ぜひ、よろしくお願いします」

 

私は深々と頭を下げた。

 

「おおっ!こちらこそよろしくな!」

「よかった!よろしくね!」

 


社長と幸路さんも頭を下げた。

 


お互い同じタイミングでちらっと頭をあげ、目線が合うことに少し照れ笑いをした。





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