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父が仕事から帰ってきて、そこから母の唐突すぎる発言の意図が紐解かれていった。


 

母がお手伝いをしているお弁当屋さん「久二達くにたち」は、母が仲の良い悦子さんの自宅でもある。秋になると、近所の交流会やイベントでお弁当を注文する人達で忙しくなるため、短期で母が午後にお手伝いに行っているのだ。

 

ことの発端は今日。いつものように久二達に到着すると、店の前で見慣れない若い男性が立っていたという。その男性は母と同じ久二達のエプロンを着け、店内に入っていった。

 

母は「アルバイトの人かしら?」と思いながらも、その時は特に何も思わず悦子さんに挨拶をしていつものように弁当の盛り付けの手伝いをしようと厨房に入ったのだという。

 

すると、先ほどみた男性が母と同じ場所で弁当を仕分けたり運んだりしていたため、母が悦子さんに聞いたという。

 


「悦ちゃん、私あの子初めて見るんだけどアルバイトの子?」

「あらりっちゃん、なーにいってんのよぉ!」



悦子さんは母の言ったことに目を開き驚いた表情を見せて大笑いしたという。母はこの時、その男性がほんとに身に覚えがない人物だと認識していたため、「頭の中が“?”でいっぱいだったわ」と少し恥ずかしそうにいった。

 

すると、悦子さんは「ユウ!ちょっとおいで!」とその男性を呼んだという。その「ユウ」で、母はようやく思い出したのだというのだ。

 


「ユウ君がね、戻ってきてたのよ。ほんとにびっくりしちゃった」

 


その男性は悦子さんの息子、優紀君であった。私の同級生である。悦子さんと母が、私が小さい頃から仲が良かったこともあり、小さい頃によく遊んでいたことは覚えていた。小学校に上がると、お互い別々の仲の良い友人と一緒にいたことからあいさつ程度しか言葉を交わすことがなく、中学校に進学するころには疎遠になっていた。

 


「で、その“結婚”ってのはいったいなんだ?」

 


父はそこが気になったようだ。もちろん、私もその話題が気になって仕方がない。

 


「それでね、悦子さんとユウ君と仕事が終わってから話し込んでねえ。うちも最近娘が戻ってきたわよって話をしたら、悦ちゃんがいうのよ~。「だったらうちの息子どうか」って」

「…えっ?!」

「…えっ?!」

 


父と一緒に驚いた。そして、あまりにも唐突すぎる話題に困惑しかなかった。

 


母はふんふんと機嫌よく鼻歌を鳴らす。

 


ふんふんと。

 

ふんふんと。


ふんふんと。

 


「………それだけ?」

「えっ?それだけよ~。」

「それが…事件?」

「そうよお!事件よ事件!アツに結婚できるチャンスがあるなんて!」

「……ちょっと待て。そこから「じゃあ見合いしようか」とかいう話になったのか?」

「えっ?ないわよ」

「……だよね」

「……だよな」

 


母は話すことが大好きなのは知っている。立ち話で一時間以上家に帰ってこないことは当たり前の話であった。そしてまた、いつものように悦子さんとの“ご婦人トーク”が盛り上がった“だけ”の話であると、父と私は「またか」とあきれた。


母は悦子さんと“盛り上がる話題”を事件として扱う傾向がある。事件、というか二人にとってはスクープを捕らえた感覚なのだろう。今回もこれにまんまと騙されたが、母が私の話題でこんなにも血相を変えて喜び事件として取り上げてくれたことには少しだけ、うれしさを感じた。


いつものことだと分かっても、当事者の私は一瞬焦った。そもそも今まで接点もなかった優紀君と突然結婚するなんて話、普通ならあるわけがない。

 


「いつものことかぁ。まったく」

「いつものことって何よぅ!」

 


あきれ顔の父に、むすっとした顔の母。

 


「まあいいじゃない。で、優紀君は元気だった?」

「元気だったわよ!アツがいるって言ったら「じゃあ、明日家にお邪魔します」って。そういえば昔、アツって優紀君と何か約束してたの?」

 


父と私は一斉に天ぷらの衣を噴出した。

 


「………えっ?」

「明日来るらしいわよ~!久しぶりに会いたいからって。あと約束覚えているかどうかの確認しにいきたいからって!やだあ~」

「……ごめん、お母さん。大事な話は先に言ってほしかった」

「えっ?」

「……」

 


父は、「それだそれ」と机に散らばった衣をかき集めながら言った。私は吹いた衣が口にくっついていることも気づかず、突然の久しい同級生との再会への緊張と、「約束」が思い出せないことに呆然としていた。

 


母は、「楽しみね~」と、ニコニコと満足げに天ぷらを食べ始めた。







 

そして今日・土曜!どうしよう・動揺!

 

・・・という、頭の中で韻を踏むラッパーのようなセリフが流れていた。

 

いつも通りとは思ったものの、疎遠になっていた同級生と久しく再会することに緊張しない人はいないと思う。

 


「アツ?なんで玄関で仁王立ちしてるのよ」

 


朝食後すぐに掃除機をかけ、洗濯を回すなどして一通りの家事はこなした。午前中に来るという優紀君と悦子さんの時刻に間に合わせようと急いだ結果、手持ち無沙汰になってしまった。

 

落ち着かないまま家を徘徊していたら、気づけば玄関で腕を組み、足を肩幅ほど広げて立っていた。

 


「いやあ、久しぶりの再会だからね。さすがに緊張するよ」

「わかる~!」


 

と、両手を握りしめてわくわくしたポーズをとる母。

 


「それでそれでっ!約束って何なの?」

「うーん…」

 


昨日から優紀君が言っていた「約束」が、今も思い出せていない。確か会話を最後にしたのも小学生の頃でほんの少しだけ。その時にした約束なのかなと小学校の思い出の詰まったアルバムを見返してみたり、卒業文集を読み返してみたものの、何もヒントは得られず、結局思い出せないままでいた。

 


「あー・・・どうしよう」

「まあもうすぐ来るから直接聞いてみたら?何かしらね、約束って!」

 


と、いつも以上にわくわくする母。そして

 

“ジリリリ”とチャイムが鳴った。

 


「はあい!」

 


母がチャイムと同時に玄関の戸を開ける。「ドア開くのはやすぎるわよ~」「玄関でアツと待ってたのよ~」と、悦子さんが玄関から入ってきた。

 

そして、悦子さんの後ろから、長身の黒髪の男性が入ってくる。

 


「おっ!久しぶり!」

 


小学校のアルバムを見返した際、優紀君の小学校の時の写真を見た。その時の髪型と少し似た耳が見えるほどのショートヘアの髪型をした男性。

 


「久しぶりだね、大きくなって」

「おい、近所のおばさんみたいなこと言うなよ」

 


ニッといたずらっぽく笑う笑顔は小学校のころと変わらない。そこに立っていたのは紛れもなく大きくなった優紀君だった。





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