会えてよかった

 からりとした秋晴れの空の下、いつもは止まらない駅で降りた。ショッピングモールの一階に着き、待ち合わせの相手に電話をかける。今日はあの子と一緒に映画を見に行くのだ。

 

「もしもし?」

『おはよー』

 少しおっとりと間延びしたあの子の声。

「一階のエレベーター前に着いたよ。今何処にいる?」

『あれっ、私も一階エレベーター前にいるよ?』

 そう返されて周りを見渡したが、誰もいない。

 

「え?どこ?」

『エレベーター前の腕時計が並んでるとこよー』

 のんびりとした声が教えてくれるが、見る限り腕時計なんてひとつも飾られていない。

「腕時計……?エレベーター前は眼鏡屋なんだけど」

『えっ、眼鏡……?ううん、エレベーターってここ以外にもあったっけ?』

「案内パネル見てるけど、ここだけだよ」

 エレベーターは入口横の2台のみ。別棟にいるのかとパネルを隈なく見渡すも、棟が分かれるのは三階からだ。

『どこにいるの……?ここ人いなさすぎるしもしかして違う建物とか』

「流石にそれはないかな」

 近くにこのショッピングモールと間違えそうな建物は思い当たらない。映画館があるとなればましてや、だ。

『だよねぇ。今私も案内パネル見てるけど、眼鏡屋さんはこの階にはないみたい』

「こっちのパネルには書いてあるよ、エレベーターホール正面。代わりに時計屋はなさそう」

『おかしいねぇ、こっちは、……あ。ground floorって書いてるけど、もしかして地階?』

 地階、そうか。1階で待ち合わせと決めたけれど、このショッピングモールは普段来ないから階の表記なんて知らなかった。

「あぁなるほどね、こっちはfirst floorって書いてあったから下にいるのか。私下りるからそこにいてね」

 そう言いながらタイミングよく目の前に開いたエレベーターにひとり乗り込み、ひとつ下の階を押す。と、

『まって、私もう上りのエレベーターに乗っちゃった』

「あら、私も下りのに乗ったところ……入れ替わりになってるね。もう開くし、降りたらまた上るから待っていてくれる?」

 エレベーターが開く。もう一つもちょうど同時に次の階へ着いたようだ。ポーンという音が重なって響いた。

『「わかった、待ってるね」』

 二重に聞こえる返事の声。


 「『あれ、どうして居るの?』」


 お洒落なフォントで壁につづられた階数表示は”1st Floor”。

 開いた扉の前には休日の人混みを背景に、不思議そうな顔をしたあの子が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る