第5話 見捨てられた

 相変わらず学校は冒険のための前座にしかすぎず。俺の女性恐怖症も治らないまま灰色の高校生活を送っていた。鳥羽と冒険の進み具合を話してみたが、彼は某小説の世界のように美女のパートナーを従えてハーレム的冒険道を邁進していた。くそ、うらやましいぜ。


 俺が男の娘と筋肉OLのパーティで冒険していることは秘密だった。こちらの性癖まで疑われたらますます女性と縁遠くなってしまう。今は我慢の時期だ。いつかオレの内面の良さに気づいた女性が告白してきて……。


「林田、起きてるか?」

こちらの白日夢を引き裂くような野太いオッサンの声で目が覚めた。俺はあわてて教科書を音読した。


「足利義満は金閣寺を建て」

「おい。今は地学だ。しっかりしろよ」


 爆笑の中頭をかきかき、悪戯をとがめられた子供みたいに少しはにかんでみるも、女子生徒の「林田君キモ~イ」という声に現実に引き戻される。



 そして待ちに待った冒険の時間。たえやあさいと合流して、森の中へ向かう。今日のモンスターはなんなのか。いいや何が出ようが新しく買った鉄の剣でぶった切る。俺がダメならあさいさんの鉄槌が敵を打ちのめす。それでもダメならたえの魔法が炸裂する。これで準備万端だ。俺は肩で風を切った。切られた風はきれいな弧を描いて飛んでいった。


 「あの子にまた会えるかな」ふと頭は比企氏らあふの姿を回想していた。背筋を伸ばし黒い瞳は何物にもたじろがず、遠くを見据えていた。そして不思議な戦い方。おそらくラスボスには勝てないだろうが。いい線行くのではないだろうか。もし彼女を助けられたなら二人の距離はぐっと縮んで……。


「あのーよだれが出てますよ」

両声類のたえの裏声に起こされて白日夢は終了した。そばではあさいが甲高い笑い声を立てている。

「色気づいているのね。おーよちよち」

「いやこれはおいしそうな枝豆が目の前に」

「なんでビールのつまみなのよ」


 ほのぼのとした雰囲気はここまでだった。前方から雲のような何かが近付いてきた。気がつくと雲のような何かが波のように迫ってきている。不安になった俺は新しい剣で雲を切った。雲は剣にへばりつき振り払っても取れなかった。俺はあさいさんに目くばせをする。


 あさいさんが鉄槌を振り下ろすが雲は先ほどと同じようにへばりつくだけで、後から新しい雲が出てきて、だんだん口元に迫って来た。


「綿あめか」

「嫌だ砂糖の塊じゃない。昼食ライ麦パン主体のヘルシーメニューなのに台無し」

あさいさんの文句が聞こえる。彼女の場合は糖分でも筋肉になるのだろうと言おうとして口をつぐんだ。やばいやばい俺がピラピラになるところだった。


 たえが火球を放った。燃える球は雲を寸断したが、じゅっという音がして一部を焦がしただけで終わった。ついに雲が口の中に入り込む。懐かしい甘い味がした。

「私の魔法でもダメだわ」

「もう少し景気のいい攻撃はできないの!? 炎のじゅうたんとか」

「まだレベルがそこまで行ってないの」

すまなそうにうなだれるたえ。みんなの口元に少しずつ綿あめが入っていく。万事休すだ。ああクラスメイトの品川さんや綿貫さん、彼女らとも愛を交わさず俺は醜く太るんだな。


 俺は心の中でらあふの登場を心待ちにしていた。このままでは負けてしまうと思ったからだ。隣ではたえが何度も火球を飛ばしている。一面に火を飛ばせば勝てるかもしれないが、彼女はまだそこまでの能力はない。


 「ひゅーぃ」

 風を切り裂くような透明な草笛の音色が聞こえる。スエットに身を包んだ少女がこちらを見ている。


「らあふさん!助けてくれ」

 俺は彼女に助っ人要請をした。正式なパーティではないが、彼女ならこの難局を何とかしてくれると思ったからだ。


「新聞を良く読め」

それだけを言い残すと彼女は俺たちを後にして森の中へ消えていった。


「えっ何今の?」

あっけない幕切れに俺も他の二人も何も考えられずに虚空を見つめていた。口元に毒甘さをしっかり味わいながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る