第三十四話『終わらない戦場』



……………






……………






……………




 場は急速に煮詰まって来ていた。



「うらァ!!!」



 ゼノ中尉の五尺程の大太刀をウィルグ兵長が七尺の長さを誇るハルバードで返す。


 両雄致命傷こそ負ってないものの、掠った傷跡が生々しく残っている。



「やるじゃん水国兵。まだこういう男残ってんのな」



 軽く言ってゼノは再度大太刀を振る。


 今までこれで水国兵を次々に引き裂いて回っていたが、

 大得物を持った新手の水国兵の乱入によって、急遽対一戦に持ち込まれる。


 どちらも扱う武器は大物故に、援軍も割って入れない。


 迂闊にあのフィールドに飛び込めば味方の武器によって死に兼ねない。



「俺ぁX005隊の兵長だよ、そこらの水国兵の百倍は強いと思え!!」



「なーるほどォ! つまりてめぇ殺せば100人殺した事になる訳だ!!」



 各々用いるのは人を殺す武器だが、気性が合うのか、変に健全な気がするのは恐らくは気のせいだろう。


 どちらにせよこちらの一騎討ちは平行線のまま、体力尽きる迄、終わる気配を見せない。



……………






……………






……………




 確実に死者は増えている。


 総司令同士が戦う最中も、命は瞬く間に世界から零れていく。



「くくくくくくく…どうしたアーゲット、もうそろそろ終いか?」



 余裕あるのはミハエル少佐の方だ。


 X005隊隊長のアーゲットは不格好にも地に尻が付いている。



「クソッ…」



 アーゲットの目が朱く光る。行使するのは『フェイズ』による拘束。



「ん? そうかそういうのあったな、これぐらいか? 離れるのは」



 既に熟知されている『フェイズ』の拘束を当てるのは難しい。


 元々対一には向かない。


 アーゲットだってそれは分かっている。


 その隙に造り出したL2の土槍、これを身体強化を乗せた腕力で放る。


『フェイズ』は囮で本命はこっちだ。



「おっと!? 危ないな…くーくくくくくくく、余程余裕が無いと見える」



 しかしミハエルが気付けなくても『ゼロツー』が気付く。


 土槍は『ゼロツー』の刀身に触れただけで掻き消えた。


 更にと撃つ、苦し紛れの土弾数発も『ゼロツー』の前にて無力。


 あの武器が…魔法を、神秘を、消してしまう。



「最高ッ! 最高だよ! ありがとうアーゲット、一騎討ちに誘ってくれて!!

 公の場で誇張したかった!! 魔法使いを見下す瞬間もこうして見れた!!」



 ミハエルが近付くと、その分だけ、アーゲットが不格好なまま身を引く。



「ん? おいおいやめろよ、そういう見苦しい真似、嫌いなんだよね」



 向こうの火国兵からも失笑が漏れて来る。


 此度の司令塔同士の戦い、もう勝敗は着いている。


 ただアーゲットにも簡単には死ねない意地があるのだろう。


 知るか呆け、とミハエル少佐は走る。疾っくにアーゲットに対する興味は失せた。


 さっさと『ゼロツー』で首を刎ねて、つまらぬ戦を終わらせようと考える。


 対してアーゲットは、思いも依らぬ攻撃をして来た。



「だァァー!? ぺっ!ぺっ! 」



 地面の土…いや砂を投げて来た。


 魔法ではないこの攻撃は『ゼロツー』とてどうしようもない、どうしようもないが、最早この敵に落胆通り越して怒りすら覚える。


 アーゲット、醜い、汚らしい奇術使い。


 死に絶えろ。



「さっさと───」



「ミハエルッ!!!」



「!!?」



 アーゲットは今の目眩しに乗じてミハエルを攻撃して来た。


 魔法造の土剣を握っている。身体強化も施したのだろう、距離も一気に縮める。



(馬鹿が)



 ミハエルは開かぬ視界から僅かに見えるアーゲットに命の終末を感じ取る。


 視界を封じて斬り付けようと考えたのだろうが、剣を操っているのはミハエルではない、『ゼロツー』なのだ。魔法に反応する。


 その一刀は『ゼロツー』が阻み、土剣掻き消え空手になった所を開けた視界にて首を断つ。


 そう言うシナリオが頭の中で、カチカチと音を立てる様にして組み上がった。


 そしてアーゲットの醜い悪足掻き、その最期を飾る土剣を『ゼロツー』が受ける。



   キィィィィィィン…



「…え?」



 初めて、二者の間で金属の音が此の場に響く。


 それは剣と剣が交わる事で生まれる不協和音。


 魔法の武器消す『ゼロツー』には此の場に於いては聞こえない筈の音。



「只の剣だよ。無様に地面這いながら見付けたこれを、土剣に見せ掛けただけだ」



『ゼロツー』の影響で魔法だけが剥がれ落ちる。


 魔法に依る土剣じゃなく、握られたのは太陽光に反射して銀光するなんて事の無い普通の剣。もっと言うなら火国製。



「お、前…!!!」



 今の言葉を言いながら、アーゲットはミハエルの拳を蹴り上げて『ゼロツー』を放す。


 元より然程力は入れていない。『ゼロツー』が勝手に働くのだから当然だ。


 そして当然アーゲットの身体強化無い蹴り程度で、その手から武器は落ちる。



「ずッ…!?」



 そしてスムーズに、心臓の一回り上の方を鎧事、この変哲無き剣にて突き刺した。


 アーゲットは、剣をそのまま抜く事無く置き去りにし、直ぐ様身を後退する。


 そしてノア中尉達も直ぐ様、倒れ込むミハエル少佐に駆け寄った。



「急所は外してある! だが早く処置しないと死ぬぞ!!」



 既に馬の上に居るアーゲットが、ミハエルの部下達にそう叫ぶ。


 同じくミハエル少佐も「死ぬぅ!死ぬぅ!」と七転八倒して叫んでいた。



「貴様…態と殺さなかったな!?」



 ノア中尉が馬上のアーゲットを睨む。



「考える暇等無いぞ、僕の見立てだと六十%…少佐殿の生死が掛かっている。引け!引け!!」



 全てアーゲットの狙い通りに叶った。


 元より勝ってもミハエルの命を取るつもりは無かった。


 それよりも深手を負わせ、戦場の要人達を引き連れて下がってくれる方が余程効果的だ。


 事実、アーゼ中尉等に抱えられミハエルは自営の方へ引き返して行く。


 ノア中尉もその後を追う、が…、一言。



「残念だったな…少佐が負傷しようが…死のうが撤退はしない。そう言う手筈になっている!

 今度はその卑怯な手でワドゥーと対峙するがいい。通用するか知らんがな!!」



 捨て台詞の様に吐いて、ノア中尉も『ゼロツー』を拾い上げ、引き上げる。


 如何にもな捨て台詞だが、アーゲットには結構これが響いた。



「撤退…しないのか…クソッ、最悪のプランB。ワドゥーを殺すしか無くなったな…」



 ミハエルが生死掛かる負傷をして、全体が引いてくれるのが理想的だった。


 だが、ノア中尉の発言が事実とすると『魔法使い殺し』は止まらない。


 ミハエル率いる2200程は少佐重傷によるアクシデントで動揺しながら撤退し始めている。


 これだけでも良き事だが、アーゲットは左側を見据える。


 こちらの陣は残存兵力1700程残している…が、分けたもう片方、フリシア副長率いる陣の方は見た所、赤い防具しか見えない。


 散り散りになって逃げている水国兵を考えても、あちら側は間違い無く全滅していた。


 フリシア副長も恐らくは…



「おい大丈夫か!?」



 馬を伴って兵長であるウィルグが駆け付けた。


 先までゼノ中尉と良い感じに競り合って居たのだが、

 ミハエルの撤退を見て、ゼノ中尉もまた撤退を始めたのでアーゲットの方に来た。



「良いタイミングで来たな。喜べプランBだぞ」



「ヒュー、マジかよ嬉しいねェ。ほんと此の世の神様は冷てぇなあ。ウンディーネ信仰辞めたくなるわ」



 ウィルグ兵長が言ってる事は何かチグハグだが、実際にそう言う気分なのだ。


 宿敵ワドゥーと相対出来る事と、隊長が上手く立ち回っても争いは止まらない嘆き。



「いいか、忘れるなプランBだ」



「わぁーってるよ」



……………






……………






……………




 ワドゥーは高地に立っていた。


 此が見晴らし良く開ける。X005隊が拠点として構える敵国の城も見える。


 周囲は死骸と血で塗れていた。それでも黒の騎士は何も思わなかった。


 殺した数はざっと1500、この高地迄はその1500の骸が道を作っていた。



「よう大将、高い所から見下ろす死の景色はどうかね?」



 声がした。振り向いた。


 大きな得物を持つ屈強そうな男が一人、眼鏡を掛けた痩身の男が一人


 痩身の方はX005隊長『アーゲット=フォーカス』だ。


 殺せと命じられたリストに入っている。



「「ッ!!?」」



 ワドゥーは背を向いていた。そして小休止とばかりに止まっていた。


 だからウィルグ兵長が声を掛けた時はまだ分からなかった。振り向いて、それが分かった。


 奴は右手で髪の毛を掴んでいた。



「落ち着けウィルグ…冷静になれ…」



 アーゲットがそう悟す。果たして相方の耳に届いているのか。



「下でカリムが死んでたよ。オメーは知らないだろうがめちゃ良い奴でさ、共に訓練し共に飯食って生き抜いた戦友って奴だ」



 平坦だが、静かに、震える声で、X005隊兵長ウィルグは話す。


 ワドゥーは無言だ。右手に持っているモノも特に何の感傷も無く、ただ『持っている』


 最期の一人だったから


 髪の主はX005隊フリシア=アイデルフィアー副長


 肩から下をバッサリと斬られて絶命していた。


 顔は涙でぐちゃぐちゃだ、逃げようとしたのだろう…必死に。



「なぁ…ワドゥー…お前は何人魔法使いを殺した? マリナ様、クレア様、フリシアちゃん…俺の目の前だけでこれだけ可愛い命が惨く散っていく」



 肩で震わせながら、ウィルグ兵長は続ける。


 既にワドゥーはフリシアの首を放り、黒剣を抜いている。


 ウィルグの話なんて聞いてはいない。



「降りろ屑。その首今日断ち斬ってやる」



 話を聞いてない。聞いてないが、ワドゥーも此の場では戦い難いのだろう。


 図らずもその通り、平地へ降りてきた。


 既に周囲は、水国兵の骸の死臭が漂ってきている。


 そして囲む様にして火国兵の姿。


 この場に乱入するつもりは無いのだろうが、漁夫の利を得ようと屯している。


 もしもワドゥーが負けた場合、満身創痍のアーゲットでも倒したいのだろう。


 尤もこちらも残存の水国兵1700を待機させてある、そう都合良く行くかどうか…


 どちらにせよ、此度の戦その最後を収める戦いに介入する者は居ない。


 骸が死して動く事でも無ければ、此の場の三名で決着は着く。



「冷静になれ。数の利を活かすぞ」



 アーゲットが、そう耳打ちする。



「冷静だよ俺は、何時も…今もな!!」



 ワドゥーにまだ動きは無い。その初動を兵長は押さえた。


 自分の身が鈍いとは思っていない。


 重い武器を持っても、速さを補える様にと鍛錬して来た。


 一挙に開けた距離を縮めてウィルグ兵長の大得物ハルバードが、不意を突きワドゥーを袈裟掛けに斬り裂く。


 かに、見えた


 実際は豪っ…と宙を斬ったのみ。



「なに…!?」



 ウィルグ兵長は振り返る。直後、風が哭いた。


 其処には自分を気にする事無く、アーゲットへと歩み寄るワドゥーの姿。



「ばッ…逃げんじゃ…」



 言葉は遣える。


 何故なら腹から爆ぜる様に血が吹き出したから。


 アーゲットはこちらを見てはいない。冷汗を掻きながらワドゥーを見ている。


 勿論ワドゥーも見てはいない。端からお前は眼中には居ない。



 待て


 待てったら


 こんな筈はねぇだろ…


 あの血の滲む努力はなんだった───



「あんな…必死に……鍛錬して………

 そんで…………そんで、こんなに…………


 こんな…遠いのか………よ……………………」




 X005隊ウィルグ兵長は、そのまま前のめりに倒れた。



 怨念、執念、執心、憎悪、全て唯一に向けられた積年の一身。


 但し圧倒的『力』の前では、それすらも一切合切寄せ付けず只管に容赦無き。


 






 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る