第三十三話『斯くも酷な死の世』
……………
……………
……………
イズムの森で022隊相手にアズサメレア救出作戦が展開されるその日、
同じ世界、別の場では血が犇めく荒れ模様を想起させていた。
水国兵、合計四千
火国『疾進』スキルアード隊 合計五千
劣勢の中、X005隊の水国領土防衛戦が展開される。
「奴ら軍を二つに分けました。こちらは『鶴翼の陣』でじわり包囲していく形を取るのが宜しいのでは?」
望遠で覗きながら、火国ノア中尉が告げる。
「数で勝ってるんだ。同じ様な陣形でぶつけりゃ必勝だろうが」
ノア中尉の提案は却下。ミハエル=スキルアード少佐は余り考えもせずに、陣を2500ずつ分ける様に指示する。
片方には『魔法使い殺し』ワドゥーを
片方にはミハエル少佐自らと三中尉を
確かにこの振り分けなら盤石だろう。
斯くして北の戦、開戦の狼煙は上がる。
「アーゲットとか言うやつ何処か分かるか?」
雑に水国兵を斬り裂きながら、ミハエル少佐は隣に居るノア中尉に聞く。共に馬で走っている。
少し後方にはアーゼ中尉、ゼノ中尉は遊兵として好きにさせておいた。
「こちらの塊の先頭に居ますね。確率に負けた。あっちの陣に居たらワドゥーで直ぐに仕留められたのに…!」
望遠で見渡すノア中尉に斬り掛かって来そうな水国兵を兜ごとミハエル少佐が穿つ。
「まあいいさ。この『ゼロツー』のお披露目会には打って付けだ」
頭蓋ごと抉って割いたそれは漆黒の剣。
ワドゥーの持つ剣と酷似している。
……………
……………
……………
二つに分けた2000。見事にそれに向こうが合わせてくれた事にX005隊隊長のアーゲットは感謝する。
やはり向こうの総指揮は大いに嘗めている。付け入る隙は必ずある。
自分は今、集団グループの先頭に来ている。
それは指揮する自分が前に出る事で味方を太鼓する意味もあり、同時に向こうに己を見付けて貰い易くする為だ。
この戦、まともに戦ってもX005隊の勝機は薄い。
寡兵なのは勿論の事、火国最強と呼ばれるワドゥー迄来ている。
ならば試す選択肢の一つ。この戦の総指揮を取る火国ミハエル少佐の首。
ミハエル少佐を討てば、火国は撤退してくれる可能性がある。
ワドゥーも位は少尉だ。上官の撤退命令には逆らえないだろう。
ただ可能性だ。ミハエルを討ったとして止まらない事も又有り得る。
その場合は最早、ワドゥーの首をも取って火国の勝機を消すしかない。
それがどれ程難しい道なのかはアーゲットも承知している。
だから、先ずはこの一手を試す。
開始早々、総指揮同士の一騎討ちを
「おい! お前の読み通り、スキルアードがこっち来てるぞ。いいんだな? 本当にテメェ一人にして」
横で共に馬を走らせているX005隊兵長のウィルグがそう聞いてくる。
「ああ構わない」
「横に居るノアって奴は弱そうだが、後ろに居るだろうアーゼってジジイは結構な手練と聞くぜ。囲まれたらヤベーだろ?」
「スキルアードは一騎討ちを望むさ。そう言う性分なんだ。まあ任せろ」
スキルアード隊がX005隊の情報を識る様に、同じくX005隊も敵勢力は調べてある。
情報力は五分、後は共に隠していた力の行方で勝敗が変わる。
「分かった。俺はちょっと離れてあのゼノって奴を止めてくるぞ。
危うくなったら雷のL1空に撃てよ。そっちに行くからな!」
言って、ウィルグの馬が離れていく。
これでX005隊総指揮を取るアーゲットの周囲に盾と言える強者は居なくなった。
次席の兵長候補もフリシア副長に付けて、向こうの陣に置いた。火国はほぼ盤石の体制に対して水国はなんと軟弱だろうか。
仕方が無い。寡兵とはそう言うものだ。
(さてと…)
アーゲットの目が朱に染まって光る。
既に此の場は血に塗れている。
骸が持つ地に伏せし剣、計六本を『フェイズ』で手繰り寄せ、目前の火国兵へと放り投げる。
内二本が馬に当たり、残り四本が火国歩兵の体を突いた。
「よし…鈍っては無いな」
久方振りの『フェイズ』の感触を握り、アーゲットの馬は止まらない。
土弾も作り、火国兵を薙ぎ払って行く。
一騎当千と云われる魔法使いを一般兵がどうこう出来はしない。
近付けば無駄に躯になるだけだ。
向こう側では派手に火柱が上がっている。
フリシアがL3で文字通り千の兵分の働きをしているのだろう。
アーゲットも出来るなら強めの魔法を放って少しでも敵数を減らしたい所だが、彼の『アタック』の伸びはL2で止まってしまった。
L1と『フェイズ』を巧みに使って、道を阻む火国兵を地道に殺して行くしかない。
「いやー見事なりアーゲット殿。貴公の前では火国兵がまるでゴミの様に散っていく」
そして、総指揮同士が、搗ち合う。
ミハエルは既に馬を止め、アーゲットから来るのを待っていた。
そして先の言葉を白々しく述べながら、乾いた拍手を送るのだ。
「少佐、僕は一騎討ちが望みだ」
アーゲットも馬を止める。側に迫っていた火国兵の首をL2土剣で跳ねた。
「何言ってるんだそんなのが通る訳───」
言いかけたノア中尉を手で制し、ミハエル少佐が一歩だけ馬を前に進めた。
無論、応じた訳では無い。
「アーゲット殿は周囲を承知かな? 明らかに火国兵が多い。この状況で一騎討ちのリスクを私が背負うとでも?」
「雑兵如き魔法で一掃して見せるさ。それより少佐は物量で押して何が何やら分からぬ間に他の誰かにこの首を取られてもいいのか?
ミハエル=スキルアードともあろう者が、誰かに武勲を奪われて気分は良いかい?」
言いながら、アーゲットは此れ見よがしに自分の首をトントンとジェスチャーを示す。
アーゲットは陣の先陣を、対してミハエル少佐は陣の殿付近に居たので、
自然とアーゲット達先頭は火国兵の陣に食い込み、じわり囲まれつつある。
陣自体も横に広がりを見せている。
なるべく魔法使いとして此に来る迄に数多く敵を殺して来たが、それでも2000と2500の差はまだまだ埋まらない。
先に言ったのもハッタリだ。彼は火力が無いから大立ち回りは出来ない。
「おやおやおや、位高き奇術使いともあろう者が酷い挑発の仕方だ。安い安い」
「本当はワドゥーにも武勲を取られたくないんだろ? お膳立てしてやったんだ勝算有るなら遠慮無く取りに来い」
「………くっ、くくくくく!!!」
額に手を宛てて、ミハエルが嗤う。
アーゲットが言ったのは、もうその通りだった。まるで心を見透かされてる程に。
『ゼロツー』があるのにわざわざワドゥーを連れて行くのがそもそも不服だった。
武勲を上げたくてもワドゥーが居たら上げれるものも上げられない。
一騎討ち…向こうが言ってくるのも分かっていた。X005隊が勝算を持つとしたらもう自分を先に討ち取る他無い。
だから勿論悦んで応じるつもりだった。
尤も彼は死にたがりでは無い、そして自分の剣の腕が卓越してるとも思ってはいない。
強気の根拠、全ては手にする黒剣にある。
相手は知る由も無いだろうコレがあれば、魔法使い等、怖くは無い。
「ノア、他の奴等を下がらせろ。俺が早々にこの戦の決着を付けてやる」
ノア中尉がやけに嗷訴して来るが、ミハエルは無理やり下がらせる。
奴は『ゼロツー』を知らないから過保護な程に心配する。
火国の『疾進』とは違うもう一つの組織『Dr.』に直に見せてもらった火国の要人のみがこの力を識る。
「アーゲット、お前も部下に手を出すなとちゃんと伝えろよ?」
「ああ、分かってるさ」
共に馬から降りて、部下に告げる。
自ずと、不自然な程に広場が作られる。
「格好良いじゃないか。こうして戦の主たる者が殺し、殺され…
それこそが戦の誉れ。くっくくくくくく」
「よく笑う奴だ。魔法使い相手にその余裕は、さて、何処から来るのかな?」
アーゲットは既に身体強化を施している。L2の土剣も丹念に練り上げて精巧に造り出した。
幾ら武芸達者でもこのドーピングを越せるもの等、それこそワドゥー並の規格外でも無ければ同じ魔法使い同士でないと勝負にすら成り得ない。
つまりミハエルが受けた時点で、アーゲットも分かっている。ミハエルに勝算がある。
勝算がある、そこ迄は事前に情報を掴めた。が、その細部は未だ謎のままだ。
どちらにせよミハエルは必ず決闘を受けると言うアーゲットのシナリオは滞り無く。
これから先は、純粋に相手の上を行く事でしかない。
アーゲットとしてはミハエルの勝算を乗り越えて勝利する必要がある。
「ん? そんなに変か? 構えた方がいいのか? こうかな?」
対してミハエルは黒剣を持って棒立ちだ。
寧ろ挑発する様に不格好な構えも見せる。
「さてと。来いよアーゲット。負け戦の手向けに死に花を咲かせてやろう!」
言葉より疾く、アーゲットは動いた。
踏み込んだ足は大きく、駆ける幅は大きく、
先んじて動いて即、斬り捨てる気の眼前
その目前に、もうミハエルの姿があり、
「!!!???」
驚愕して急にその場を留まる。
アーゲットの…身体強化極まる魔法使いの動きに、ミハエル少佐が付いてきた!
その黒剣は直ぐアーゲットの首を目掛け、
「ぐっ…!??」
回避出来るか危うかった。首を自ら折りかねない程に曲げて、その突きを回避する。
留まった判断が早かったのが奏したか、何とか首の動脈は斬られずに済んだ。
この時点、先手打つつもりが後手へと回ってしまった。
当然次も攻撃を許す事になる。無造作に竹割りの要領で黒剣が縦に来る。
無造作言えども、その動作は疾い。これには土剣を横にして受けるつもりでいた。
瞬間、アーゲットに纏う『死』の予感。
予感に引き寄せられ、後ろに跳躍した。
黒剣とアーゲットの土のL2は確かに邂逅した。
後ろに飛んだ後、アーゲットの頬から胸に掛けて、出血が走る。
土の剣は黒剣と接触した途端に、只の土塊に還る。
そしてあの黒剣に剣を通して触られた瞬間に、身体強化の魔法が掻き消えた。
予感を信じて後ろに飛ばなかったら、目の前には真っ二つにされたアーゲットの死体が転がっていた筈だ。
(成程、これが勝算か…)
「『ゼロツー』我々はそう名付けた。この黒剣の効果はお前達が嫌でも知ってるだろう?
絶望したか?『魔法使い殺し』が此にまた一人生まれたんだよ!!」
叫びミハエルは止まらない。対してアーゲットは自力で回避する事を余儀無くされる。
だが魔法抜きの自力は無理だ。直ぐ身体強化を掛け直し、黒剣の軌道を、操るミハエルの手首を見極めて避ける。
避ける。避ける。避ける。
全て魔法で体を強化した上での紙一重だ。余裕持って避けられる様な剣速では無い。
掠った側から身体強化の魔法は掻き消える。そして直ぐ掛け直す。繰り返しだ。
そうして頭の中では、この黒剣について考えていた。
(あれはワドゥーが持つ剣と効果は同じか…、なら魔法を断つのだろう…
L2や身体強化が消されたから違いない。そしてあの妙な身体能力もこの剣あっての事か!)
転んだと見せ掛けて土を掬い上げる。
投げた土は五発の土弾に姿を変え、それを一つも零さずにミハエルは黒剣を振り回して消して見せた。
「ん〜〜〜いいね。スリーはゴミだった。だがツーまで行くと完成度が高いね!
自分の体なのに自分の限界を超えた動きに感動さえするよ」
この戦、大将vs大将の行方は、
水国アーゲットの思い描く想像とは外れて、足元が揺らぎ兼ねない雲行きを現していた。
……………
……………
……………
X005隊副長フリシア=アイデルフィアーは好調だった。絶好調だった。
小さき彼女が両手で振り撒く火の玉は、浴びれば二度と消える事無い火の塊となって皮膚を焼き尽くす。
「ぎゃは!ぎゃははは!!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!」
火国兵が悶絶する声だけが木霊する。水国の片翼の陣の方はフリシアを中央にして、周りを水国兵でガッチリ固めてある。
そして肝心のフリシアは遠慮無くその身を砲台として思う存分暴れられるのだ。
約束した。此度の戦、無事終えたら隊長アーゲット=フォーカスに三塔になれる様にと魔法協会に掛け合ってくると。
元よりそれぐらいの力はある。そこに戦果も伴えばそれはもう依り確実に。
もし当のアーゲットが此で死んでも果たせる様にと、005隊はフリシアが継ぐ事を一筆してある。
005隊を継ぐ以上三塔にしない理由は無い。
上手くアーゲットにコントロールされているとは思ってない。
そんな事を考える頭は何処かに置いてきた。殺せば三塔。殺せば三塔。殺せば三塔。
フリシアの頭にあるのはそれだけだ。
「我が魔力の還元によって奉る。其の第一から第三節まで当座」
足元に灼熱の赤色ヘキサグラム。行使するのは火のL3。
「取っておきよ。だから100人はァ………死になさいッッッ!!!」
創り上げし、巨大な炎塊を火国兵の陣の中央へと放り投げた。
大きな地鳴りの後、人が、まるで玩具の様に散っていく。
全う直撃を受けた者は一瞬で炭になっただろう、周りに居た者も無事じゃ済まない。
L3の塊は地に接触した後に大きく弾けるのだから与えた損害は甚大だ。
本当に有言実行で100名は戦闘不能になった。
X005隊、小さき悪魔は絶好調だ。
「副長、もう少し抑えた方が。いきなりこれでは、いざって時にガス欠するのでは?」
こちら側の兵長を任されたカリムと言う名の兵が、フリシアにそう助言する。
「黙れ。役立たずの虫ケラ。お前達は私の皮膚だ、服だ、盾だ。服が勝手に喋るな」
「へいへい…」
もう戦始まってずっとこの調子だ。兵長ですらこの遇い方なのだから、挟める口も無し。
事実これでアーゲット率いる本隊よりも相手側を大いに削っているので、何とも言えない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
呪詛の様なそれは火国側に向けられていると知りながらも、
間近くで聞かされる側としては己に言われてるみたいで参る。
既に火L3は三発放った。しかも全部詠唱は当座している。
向こうから狙われる心配は今の所無いので、余裕持って詠唱して魔力の節約を努めたらいいだろうに、フリシアは構わない。
恐らくは知らずに芯が分かっている
恐らくは知らずに芯が焦っている
理由分からず、分からないから暴力の様な魔法を振り撒いて発散させている。
そしてある変化にカリムが気付く。
先方が嫌に進軍が遅くなった。
何かに止められる様に、何かに堰き止められる様に。
「左右後方も前に出て来い!!!副長を最奥にする様に陣形を組み替えろ!!!」
判断は迅速だった。フリシアが狼狽しながらも水国兵の陣は動く。
今までと違った手応えに、寒気を感じながら
「───何よ、何だって言うのよ!!!」
フリシアが吠える。再び唱えるのは火のL3、当然詠唱はかっ飛ばす。
「ちょっ…待ってください先方には味方が───」
「消えろおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
四度目、今回が一番に大きく魔力の吹き込まれた巨大な火弾だった。
陣の組み換えにより人の波に流されながら、フリシアはこれを放った。
場所は停滞していた最前線、そこには停滞させた原因の火国兵もいるが味方の水国兵もいる。
「なんて事を…」
カリムは呆気の様に見ているしかなかった。
まさか味方まで巻き込むとは…
「…フン、兵の命なんて安い物よ、私に比べたらね!」
しかしどうしてか、火L3が地に接触した破裂音は聞こえない。
「え…なに…」
前方は変わらず停滞…いや圧されている。
「逃げろフリシア! 恐らくワドゥーだ!!」
カリムが険しい顔で叫ぶ。しかしもう遅い、死の乱風は直ぐ其処迄、迫っている。
多大な血飛沫を道標に、『魔法使い殺し』が向かって来る。
「クソ!!!せめて手負いにしろ!!!誰でもいい!!!それだけで褒賞は十倍出す!!!」
言いながらカリムも剣を抜く。誰でもいい、後にアーゲットとウィルグが果たす。
だからせめて、一太刀───
一度下げた、目線。見えるは地面。
もう一度上げた視界
には、『死』が居た。
あれだけ存在した水国兵は物言わぬ骸と化していた…道譲る者は恐怖に震えて場を動けない。
黒い兜に黒い鎧に四尺程の黒剣。
返り血を浴びに浴びて、黒を赤で染め上げようとしている。
それでも尚として、黒い。
カリムは無言だった。無言で剣を構えた。
カリムの側に居た水国兵達も同様だった。
仲間を、今まで共に居た仲間を惨殺せし目標に向かって殺意を投げ付ける。
怒涛の勢いで駆けるカリム達。
陣を突き抜けて来た敵は只の一人、数の暴力で押し潰す。
そんな彼等を生温い温度の風が撫でる。
「……………?」
斬り掛かった筈だ。
ワドゥーは何処にいる?
カリム達の目の前から突如としてワドゥーの姿が消えた。
その場の水国兵全員が辺りを見渡す。
遅れて
腹部から
鮮血が───臓物が───
弾け飛んだ。
(なん…!? ………ウィルグ───逃げろ───こいつ───こいつは────────)
最期に映った視界には、泣きながら逃げ惑うフリシアと、ワドゥーの姿が…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます