第三十二話『犠牲を擲てと囁く声』
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「その! 大決闘の末! ワドゥーにこの右腕をくれてやったワケ!
何時か其の命で返してもらうぞ!とわたくしは逃げるアイツに叫んだね!」
「へー隊長ってば逞しいー」
022隊は割と遅めに出発した。
その筈、夜更けまで寝なかったのだから、その分、睡眠時間と起床時間がズレる。
テキパキと幕屋を畳み、要らない荷はその場に置き去りにして、彼女達は王都へ向かう為に現在はイズムの森の中を進んでいる。
先頭にて饒舌に語るは金髪隻腕の魔法使い。その話に付き合ってあげてるのが二塔のソーン。
彼女は彼女で世渡りが上手い。聞き上手と言った所か。今の話はもう数え切れない程に聞かされた粗末な武勇伝だ。
本当なら耳栓したいぐらいだが、
「ワドゥーに会って今も生きてる魔法使いはわたくししか居ないのよ!!」
残された腕の拳を空でギュッと握り締めながら、隻腕はそう豪語する。
「たまたまワドゥーの通り道に居てついでの様に斬られたって聞いたけどねぇー」
その話に割って入るは蛇。集団からは三番手の位置にいる。
四番手のメレアがわざと遅く歩いているので、二間は少しだけ距離が離れている。
「聞き間違いだろ。それ話してた奴も死んだんだから忘れろ」
興が削がれたのか、ちらりと蛇を見ながら隻腕は平坦な声でそう言葉を重ねる。
実相は、まあ蛇の言う通りだ。
隻腕の魔法使いテレサレッサ=レスタは以前は007隊に居た。
そこの副長として戦場にて、勿論讃えるに相応しい奮戦はしたのだが、
先に自身の言った宿命じみたものは無く、彼女はワドゥーが斬っていく死の流れに咬まれ、右腕を持って行かれた。
副長を殺さず放っておく等は今では考えられないが、当時はまだ魔法使いは潤沢しており、
007隊も副長に就いている魔法使いは三名も居た。
ワドゥー本人しか知らないし、その本人も疾っくに忘れているのだろうが、その時はわざわざ副長を気に掛けず大将首を取りに行ったのだろう。
テレサレッサ自体その負傷で戦線を離脱して、そのまま敗走となった。
何方にせよ、その戦では007隊隊長のマリナ=レルトレートはワドゥーに討たれ、副長もテレサレッサ以外は戦死している。
その点で言えば、ワドゥーに会って生きている唯一の魔法使いは事実であり、同時に幸運と言えなくはない。
右腕損失を英談に昇華したがる気持ちも分からなくはないのだ。
そうでもしないとやってられない。正気を保てないし、再度戦場に立てはしない。
斬られた腕だって他の魔法使いが、優秀な『ガード』系統が、近場に居たら何とか繋ぎ合わせられたのだが、そう上手く巡り合わせる事も無くこう成り果てた。
そも優秀な『ガード』系統と言う存在すらこの世界にはもう限り程しか存在しない。いや存在しているのかどうかすら霞だ…
その話を軽く聞き流しながら、メレアは蛇の後ろを歩いていた。
挟まれる形でその更に後ろにはもう一人の魔法使い二塔のレゾ。そこからアズサ、012隊水国兵達と集団は縦にして続いている。
「───テレサレッサ隊長、北の戦の戦況はどうなのでしょうか?」
言ったのは二塔のレゾ。直後ろに居るので声がメレアにはよく響いた。
「あーそういや、ちょくちょく報は届いてるね」
「何で参戦しなかったの? デカイ戦だったんでしょ?」
次いで聞く蛇。北の戦とは水国X005隊と火国スキルアード部隊の事だ。
本来なら022隊も参加義務があった。だが隊長の隻腕が体のいい言い訳を見付け、参加はしなかった。
「お前らも此で糞雑魚嬲ってた方が気持ち良かったろ? それに今更誰かの下に就くとか無理ですわ〜わたくし。
結合してX隊ってなんか嫌だ」
本音かは分からない。実際にボールドネット小隊の奇襲を迅速に対処しても、恐らくは戦には間に合うかどうかだろう。
隻腕がそこまで視えるとは思えないが、スキルアード隊のノア中尉の見立てではそうなる。
どちらにせよ、022隊は幕屋を突き止められ、刺客を放たれた時点で北の戦には参戦出来なかった。
「あとさーこれ暫定報だけど魔法使いまた死んだって」
続ける様にして、隻腕がそう話す。
「005隊? ターゲット…さんだっけ? ホントなの? 魔法学校最古参だったのに」
蛇がその話題を拾う。正確にはアーゲットなのだがそこまで覚えてはいないのだろう。
「そのターゲットさん居なくなったなら、現時点の最古参はー、隊長副長コンビになっちゃったんじゃないですかー?」
名を間違えながら話は続く。ソーンがそう言いながら両手を後ろに組んだ。
微妙に名がズレているせいでメレアはターゲットが誰なのかは分からない。
いや彼女達の無駄話を聞いてはいるのだが、違う所に気を張っていて実際は聞いてはいない。
アズサもそうだ、メレアに過度な詮索はしない様にと厳命されているが、そう器用に不自然なく周囲を見渡すのは苦労する。
「良いねぇ。最強は022隊になった訳だ」
故人で慕った魔法使いならまだしも、余り現存の魔法使いに執着は無い。
特にアーゲットとは022隊の面々誰も会ってもいないので仕方は無い。
隻腕の魔法使いは己が最古になったかも知れない事実に破顔する。
………もう出発から結構歩いた。この様に022隊は特に周りを警戒していない。
目立つ所に不自然な程に着色してなければ気付かないだろう。
メレアは少し焦って来た。愚図愚図していると森を抜けてしまう。
森内だからこそ、逃亡の筋がある。道が開けてしまってはもう遅い。
まさか見落としてしまったのか? そんな考えすら浮かんで来る。
(いや───そんな筈は)
周囲の木々全てに視野を配っている。余りにもやり過ぎなぐらい少量の着色なら見落としてしまうかも知れないが、そこまで愚かとは、
いや、双方互いに顔すら見合わせてない。相手を過大評価も過小評価も出来ない。
だが第三者はちゃんと真っ当だった。真っ当に優秀だった。
「「!!!!!」」
───見付けた。今より先。何て事の無い普通の木に、人の手形程の黄の着色。
他の木より太いとか、他の木より長いとか、そんな事は無く…ごく、普通の。
メレアは気付いた。そして息を止める。願わくば、ほぼ同時にアズサも気付く事。
(黄の着色の木…! あれだ絶対に)
そうしてアズサも気付く。此迄は百%の成果で来ている。
(一分…!)
アズサも息を止めた。022隊は酒がどうたら等どうでもいい様な雑談をしている。
木の着色に気付いた者は誰も居ない。後は第三者が何をするのかに依ってくる。
(一分程度余裕で止められる…けどこう絶対止めなきゃみたいな感じだと…)
まだ気付いて凡そ五秒。言葉の戒めで重みを増した一分は体感が長い。
苦しさを感じる程では無いが現在のプレッシャーは凄い。何か起きるなら早く起きて欲しいとアズサは願う。
そのアズサが知らない所では
既に行動は起きているのだ。
ある程度察しが付いているメレアはその時を待っている。
そして『人操の魔女』の使者シャルルも。
思惑通りに進めば、後はこの場から三人で逃げるだけだ。
022隊を封じるものは、風に乗って流れて来ている。
「!!? テレサ! 睡眠粉だ!!!」
想定外は、蛇なる存在。
(───馬鹿な!?無臭っすよ!? なんで分かる!??)
(馬鹿な無臭だぞ!? どんな嗅覚してるんだこいつッ!!!)
共に声を上げずに驚愕する双方。
使用するは睡眠の粉。作る事も使う事も罪に当たり、今は通常では手に入らない。
しかもそれは無臭で、他者を即昏睡たらしめる破格の物。
この鬱蒼とした森林内で不意打ちで喰らわせるのにこれ程強力な物も無い。そう、思っていた。
「お前ら息止めろ!!!」
直ぐに指示を飛ばす隊長の隻腕。遅れたのか後方に居た水国兵達は睡眠粉を吸い倒れていく。
だが、肝心の魔法使い四人が健在だ。これでは全く意味が無い。
(クソッ…いきなり蹴躓いたな!)
だからと言って今更止まれない。
この機しか無いのだから完全に道が塞がれる迄、止まる訳にはいかない。
022隊の四人は今、混乱している筈。周囲には睡眠粉。息を止める事に注力する。
完全にメレアはその警戒の外側にいる。
「グッ…!?」
瞬時に懐に入り、背後に居たレゾの顎を頭で打ち抜いた。
身体強化も乗せたその一撃は睡眠粉を吸わなくとも一撃で意識を彼方まで吹き飛ばす。
二塔だが、これで魔法使いを一人無力化させた。
その後に拘束の縄を無理矢理引き千切る。
倒れたレゾの背後に居たアズサの拘束も腕力で解き、その身を軽く持ち上げた。
後ろの水国兵は息止めに間に合ったのか無事だった。が、メレアの一睨みで動けない。
「まーたテメェかシャルル!! 逃げた腰抜けがハエみてぇにウロチョロしてんなよ!!!」
ボゴォ!と前方にて音がする。どうやら第三者のシャルルが見付かってしまった様だ。
彼女はたった今、木から引き摺り下ろされて、隻腕に顔面をぶん殴られた。
殴ると言うよりは体重乗せて叩き付ける様で、シャルルは地面に激突する。
その直後、彼女の周りから白煙が広がる。
「くっそ…こいつ! うぜぇマネしかしねえな!!」
予め隠し持っていたのか、周到に白煙玉まで用意していた。
殴られた瞬間を狙ってシャルルはそれを炸裂させた。
吸えば睡眠粉。視界は白煙。
場は急激に混迷の荒れ模様を見せる。
(…これじゃ私も見えない! 何処に向かえばいいのか分からない!!!)
周囲は白濁で染まる。022隊の三人どころかこれではメレアも視界を奪われる。
睡眠粉もずっと残る訳ではない、数秒で空気にて分解される。既にその効果は無くなっていた。
「メレア先輩!!!」
「!!」
その声に反応して、彼女は視界ゼロのまま今の場より跳躍する。
先のは何者でもない第三者。
声で誰かを判別出来る程ではないが、少なくとも022隊の面々は『メレア』とは呼ばない。
つまり今の声の方角に跳ぶのが正解とメレアは判断した。
「ったく…やってくれるわ。狙いは皇女か」
急に視界が元に戻った。
隻腕の魔法使いが強烈な風L1を其の場で打ち上げ、白煙事吹き飛ばしたからだ。
視界は先程と変わらず鮮明に開ける。
睡眠粉の効果も今はない。
だが、既に後手に回っている。
先の木でアズサを抱えたメレアはシャルルと合流していた。
割と距離がある。このまま追っても届かないだろう。
だから、
「石化眼使え蛇」
「はいはい」
何も躊躇わず、隻腕は蛇にそう告げる。
「夜言ったけど、殺っていいんだよね?」
「逃げられるぐらいならな。いいからやれ」
二人の間での会話。蛇の石化眼が効かなかった事は既に隻腕に報告している。
それでも隻腕は石化眼を行使しろと蛇に言う。
意味する所は───
「このまま逃げるっすよ!自分が先行しますから付いてきて下さい!! あとアズサ様はもう息していいっすから!」
「あ、ああ…」
少し戸惑いながらもメレアは頷く。
その掌にはアズサがまるで置物の様に微動だにしない。
彼女は彼女で息を止めるので精一杯で今まで起きた一瞬の喧騒にとてもじゃないがついて行けなかった。
漸く息を吐いて吸って虚脱した。メレアの方は睡眠粉の効果時間を予め知っているので途中で呼吸している。
シャルルと名乗る少女は、やはりメレアは一切面識無い人物だった。
目立つのは緑の額当て。自分よりも小柄でアズサと同じぐらい。
艶を蓄えた真っ黒な髪、ピョコンと先端だけ跳ねている。
直前に隻腕に思い切り殴られたせいか、頬は腫れ上がり、唇からは朱色が零れている。
何方にせよ長居は無用。メレアは言われる通りにシャルルに付いて行こうとした時、
『「Look at me」』
一行を襲い来るは以前もやられた、記憶に新しい…蛇の言霊。
石化眼。
「ひゃは! 逃げられると思った? 思ったでしょ? 残念だったねぇ…」
蛇の魔法使い、メドゥーサ=ヘルヴィアは蛇の目宛てを外している。
遠く離れても、あの菱形に捉えさえすれば、この言霊からは逃げられない。
体は『フェイズ』を喰らったかの様に硬直し、首と目は自然と蛇の眼球へと吸われる。
メレア───に使っても駄目だ。一度それをやってアズサに切られている。
二の舞いになる可能性は大いにある。
シャルル───に使っても駄目だ。
同じくアズサに切られる可能性が大いにある。
「ぐっ…!!?」
ならもう使う相手は一人しかいない。
そのアズサ=サンライト本人だ。
「な、なんて事を…! 自国の皇女殿下に攻撃だなんてアイツ等!!!」
シャルルが顔を怒りに染め上げる。標的はは自分ではない。メレアに抱えられているアズサだ。
その彼女は今不自由を強いられ、顔は022隊の集団を、蛇の裸眼と視線は交差する。
「ぐ…あ…」
石化が始まった。このまま無理矢理にでも遠くへ逃げてしまってももう遅い。
一度掛かれば手中だ、止まらない。
「前に私にやった様に自分で切る事は出来ないのか!?」
「あ…あの時…無我夢中で…やり方が分かりません…」
以前メレアの石化眼を切った時、自分がどうして切れたのかアズサ本人が分からない。
そもそも切ったと言う自覚さえ彼女には無かった。
第一、今は身体が石化眼に縛られて、アズサからは身動き一つ取れはしない。
「止めろメドゥーサ!!! アズサ皇女を石にする気かッッ!!?」
シャルルが向こうを見て吠え滾る。
対してその向こう側は、ただ嘲笑う様にこちらの光景を見ていた。
「なら戻っておいでよ…見殺しにしたくないんならねぇ…」
「ったくアズサ皇女とか知らねーよ。そんな大事なら鳥籠にでも閉まってろ」
ボリボリと髪を掻きながら、隻腕はそう毒突き、付き合ってられないとそっぽを向く。
元よりアズサが皇女だとしても大事にはされていない、少なくともこの022隊は。
(……………)
シャルルの見解は甘かった。まさか石化眼をアズサに使うとは思わなかった。
蛇の石化眼は噂で聞いていた。それがどれ程の物かまでは計れなかったが、
最悪自分が犠牲になっててでも二人を逃がすつもりだった。
彼女に対してのアズサの価値と022隊に対してのアズサの価値に大きく相違あるから、こうなる。
思いもよらぬ詰み手に歯噛みするシャルルは、逃亡を諦める選択肢すら出てくる。
一方のメレアは、静かに、注意深く手元のアズサを観察していた。
(両手足同時に石化してきた私とは違う…)
アズサの石化は何故か左指から始まっている。他の部位は無事だ。
それでもそれは遅くない速度で進行しており、既に手首から先まで犯されている。何れは全てが石になる結果は変わらない。
ただ、その過程がメレアとは大いに違う。
メレアは即断即決する。
自分ではこの石化眼の言霊を断てない。
此で止まる事こそが致命的。ならまだ致命では無い筈の選択を。
石化眼を切れた特殊な少女、ならばその影響下でも又特殊ではないのか?
それがこの左手からの石化として現れたとしたら、
(こんな事になるのなら、寧ろ睡眠粉で眠っていた方がよかったな…)
一瞬、目を閉じる。メレアにも覚悟はいる。
そして、アズサはそれ以上の…
「すまない、許せ───、断面を綺麗に断てば『ガード』で繋がる可能性は…多いにある!」
アズサを木の幹に身を預け、
L2を、雷剣を創り出す。
「───!? メレア先輩!??」
不意にメレアが攻撃の意志を示した事に、シャルルは戸惑った。
彼女はその時分からない。刃の矛先が何処なのかを。そして直後に気付く。
「石化は左腕のみ来ている。つまり石化の根本を断てば、或いは………石化も斬り離せるのでは」
言って、メレアは雷剣を振り上げる。
「馬鹿な!??───やめてッッ!!!!!」
幾ら何でも根拠の無い論が過ぎる。全ては宙に描いた憶測だ。
それに賭けて、今やる事は、メレアらしく無い。
シャルルは咄嗟に止めに入るが、一瞬の逡巡のせいで間に合わない。
悲鳴の様な叫びの後、
朱の鮮血が、晴天を汚す。
……………
……………
……………
外は、先程の晴天が打って変わって、大雨の模様を呈していた。
魔法の熟手者なら分かる。何処かの阿呆が暴れている。
「はぁ…なにやってるんだか…」
『人操の魔女』ことルージュは、今更ながらに物事首尾良く行かない様に煩慮する。
飛び入りの参加は叶った。だがいきなりその洗礼を手厚く受ける事となった。
手元にはアズサ、メレア、シャルルと言うカードが揃っている。
これ以上無い程に勝ち目はある。
ただ、勝利の女神は安易にギャンブラーに微笑みはしない。
ゲームに勝つ以前に、ゲームを進める事すら大いに阻んでくる。
「お師!!! アズサ皇女を!!! 姫様を助けて!!!」
ボロボロと涙を零しながら、意識無いE-3のアズサを背負うは、ずぶ濡れの我が弟子シャルル。
その横にはE-3のメレアも居る。その手には『腕』が握られていた。
メレアシャルル共に『ガード』を際限無く使い、止血と現状の鮮度を維持しているが、
これ以上は手練である『ガード』系統で無いと、これは元には戻せない。
片腕となったアズサ=サンライトを見ながら『人操の魔女』は思案する。
それでも嫣然と笑っていた。ギャンブラーは苦境にこそ愉しみを見出す。
そしてこれが初手の苦境だと立ち塞がるなら、生温いとさえ思っている。
「早速試されるって訳ねェ、上等。この『人操』嘗めるで無いわ」
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