第三十一話『活路のメルクマーク』




……………




……………




……………



「じゃあお二方、また明日〜」



 ガチャリと向こう側の錠が閉じられて、ソーンがひらひらと掌を泳がせてこの場を去る。


 アズサもメレアも同じ室内に入れられた。何とも不用心だが、敢えて口に出さない。

 一応両手に縄で拘束されたままの状態だ。



「ふぅ……………」



 メレアは壁際に背を預ける。部屋は質素だった。物が何個かあるが二人にはこれが火国兵に殺された故人の物とは知らない。


 どちらにせよ、漸く、メレアは一息入れる事が出来た。


 ここまで立て続けに色々あった。今も体中痛くて寝れそうも無いが、落ち着く事は出来る。



「アランスさん…指…」



 不安そうな顔でアズサがメレアの指を見ている。

 痛々しく剥がされたそれは、見ていて自分がされた様な錯覚すら覚える。



「言ったろ見た目程じゃないって。それに出血は今止めた」



「………ごめんなさい………わたし見てることしか出来なくて………」



「魔法使いにもなってない半人前が三塔の心配だなんて笑わせるな…」



 精一杯強がって見せている。メレアとしてはアズサに弱みは見せられない。

 それは先輩としての意地でもあり、彼女を不安がらせまいとする気遣いでもある。



「それにしても…君はあの蛇の魔法使いと隻腕の魔法使い、共に顔見知りの様だが?」



 話を変える。別に意図はしてないが、そこは普通に気になっていた。

 尤もその双方から攻撃を受けたアズサは好意的に捉えられていないのは察する。



「………分からない、分からないんです。似た…とてもよく似た人は知ってます。名前も同じ…

 でも違う、別人なんです…わたし…わたし何が何だかよく分からない………」



 今の問いは彼女にとって深く届いてしまったのか、彼女は頭を抱えたまま蹲ってしまった。



「……………」



 メレアはそれを見ながら何も返さない。よく分からないのは彼女も同じ境遇だから。


 アズサ程では無いが彼女も混乱してはいる。表にそこまで見せないのはメレアの方がそれなりに器が熟してる事に他成らない。


 どちらにせよ得体の知れない者達に捕まってしまった。

 その現状だけは受け入れなければならなかった。


 もう今は夜も更けに更け、どちらかと言えば朝の方が近い。リエリア城地下で食事をしていたのが遠い過去に感じる。


 朝が来れば、この不明瞭な状況から抜け出せるのか?

 その自分の問いに、自分自身が否定した。

 冷静な部分の自分がこの状況は不味いと告げている。


 例えこれからの行き先が、メレアが行きたい筈のリエリア城がある王都だとしても。


 このまま大人しくしていれば王都に戻れるのだ、それで全ては終わるのでないか?

 リエリア城に着けば、全ては元に戻るのではないのか?

 その誘惑は確かにある。思考を停止させればその様に考えは終着する。


 だが直感があった。魔法使い三塔まで至る能高き直感が。



───王都に行っても、自分が識ってる王都では無い



 恐らくはこのイズムの森で体感した様な、不明で出鱈目で歪な事が其処でも待っている。


 冷静な部分がそう訴求してくるのだ。



(さて、どうしたものか…)



 彼女は更に考える。痛みで寝れないのは寧ろ良かった。思考放棄で睡眠を取ってしまうと致命的な予感がする。


 寝て朝になれば間違いなく王都へ連れて行かれる。それに抗う術はもう無い。


 だから今、今しかない。誰にも邪魔されず冷静になれる環境の今でしか熟考は出来ない。


 全てを吟味して、そうして結論に至らなければ、不条理な状況は打破出来ない。


 思考参加が欲しい。己一人では一方的な結論に行き着き兼ねない。


 改めてアズサを見た。彼女は未だに頭を抱えてメレアと同じく独り悩ましている。とてもこちら側の思考に参加出来る感じには見られない。

 尤も、彼女も彼女なりに今を考えて考えて考えているのだ。それをどうして邪険に出来ようか。


 彼女のお陰でメレアの石化は解けた、身体もメレア程ではないが無傷ではない。

 蛇からは命を落とし兼ねない攻撃を受け、隻腕にすっ転ばされた時も瓶の破片で負傷している。

 それでも彼女は泣き言一つ言わずに、真っ先にメレアを心配して来た。

 

 そして現状は二人きりなのだ。この状況に急遽追い込まれたのはこの二人だけ。

 極論するとメレアはアズサを、アズサはメレアしか今は信用出来ない。一蓮托生だ。


 だから彼女を助ける為にも



(ちゃんと考えろメレア…楽な方に惑うな。こんな不可思議な現状を前に、安直に王都に行ってもいいのか?)



 考えている。痛みに心の中で喘ぎながらも必死に考えている。


 だが、どうしても手札は足りない。

 まず、情報が足りない。

 成す術が無い。


 歯痒いが時間ばかり過ぎていく。



「───王都に行けば、メレア先輩達は間違いなく今より危うくなる」



 それは天啓だった。天啓に、聴こえた。



 メレアはもう驚かない。一夜にして多々な知らない人物と接してきた。慣れも才能だ。



「…貴様は誰だ?」



 新たな来訪者は恐らくメレアアズサが捕らわれた部屋、その外側に居る。


 魔法で聴覚強化しないと聞こえない小さな声だ。メレアが返事をした事でアズサも気付くが、その第三者には気付いていない。

 メレアはアズサに対して口に人差し指を立てて、今は黙る旨を伝える。



「言っても信用出来ますか?」



「出来ないな。行動で表さないと今は誰も信用出来ない」



「そうでしょう。だから先ずはメレア先輩アズサ様を此から助けるっす」



 自分を先輩と呼ぶ壁一枚向こう側の人物。声色は女性だ。

 

 メレアと言う自分の愛称を使っているのが気になるが、どちらにせよ今宵で初めて自分の事を知っている人に出逢えた。

 この時点で信用度はアズサ除いて一番手になる。だが、まだ早計だ。結論を出すのは。



「助け? これからこの隊は王都に向かうらしいが。私の目的地はその王都だ。貴様はそれに対して何をどう助ける?」



 見方を変えれば、王都へ行くのを阻む第三者だ。

 これより先はその探り合い。メレアからは今より情報を得られる絶好の機会。



「先も言った通りっすよ、メレア先輩だって薄々勘付いてる筈。今王都に行けば取り返しの付かない危機になると」



「勘付いていないが。何がどう危機になる? お前はそれを知るのか?」



 アズサから見たら勝手にメレアが独り言を喋っている。エクスクラメーションだ。

 そんな彼女を置いてけぼりに、二人の探り合いは続いている。



「貴女がそう警戒するのも無理ないっす。まさか022隊に拐われるとは思わなかった」



「答えになってないぞ。会話をしないなら信じる事は出来ない。このまま朝を迎えるだけだ」



「メレア先輩───私は貴女方に『説明』が出来る。それは救出した後で必ず。だから今は信じて下さい」



『説明』その言葉を聞きメレアの目が見開く。

 今一番聞きたかった言葉だ。


 説明なんて言葉を使う時点で、間違いなく自分達の不可思議な状況に絡んでいる。

 敵味方は別としてそれは疑い様もない。


 遂に答えが現れた。向こうから現れた。全て元に戻れる可能性の鍵が…

 真実がぐっと近付くのにメレアは内からの興奮が止まらない。咄嗟に胸を抑える。痛みさえ消し飛ぶ程の脳内麻薬。


 そうだ、この状況に追いやった第三者が何も無しにこのまま放っておくなんて考えられない。それでは無意味ではないか。

 だから最初は必ず接触して来るとは思っていた。思ってはいたが火国兵、022隊とどれも違っていて希望を見失い掛けていた。



「もう一度聞きたい。貴様は誰だ?」



「私はシャルル=フォーカス。元魔法使い二塔。───そして『人操の魔女』の使者っす」



『人操の魔女』…!


 現状が一気に動く様を感じる。三魔女が絡んでいる、『人操』の名をこの場で聞くとは思わなかった。

 謎の多い魔女だ。それだけに謎の多い今に対しての説得力が強い。


 まだ五十%程の余力を残している。『人操の魔女』は無理でも今話している人物を締め上げれば自ずと答えも出よう。


 敵か味方かは最早関係ない。関係あるのは、この状況に『関係』してるのか、その一点。


 不明瞭なまま王都に行くよりも、こちらに付く方が正解に限りなく近付く。

 メレアはそう確信した。勝算は十分にあると思っての判断だ。



「分かった。シャルルと言ったな、それで具体的にどう私達を助ける?

 此で無理に救出しても直ぐにバレるぞ。022隊相手にアズサ=サンライトも連れて逃げ切れる算段は有るのか?」



「ありがとう信じてくれて。無論今は無理っす、救出のチャンスは王都に行く時、このイズムの森の内にて」



 信じた訳では無い、その気になればお前を殺す覚悟で締め上げるだけだが、と思った。口には出来ないが。


 取り敢えずは目前、この鍵を取り逃がす訳にはいかない。

 今はこの向こうの第三者、『人操の魔女』の使者シャルルの言う通りにする他に無い。



「辿るルートは分かる。だから二人は合図があったら息を止めて欲しいっす。凡そ一分」



 外での救出作戦。明けた視界ならまあ逃げようがある。

 ただ隊全員を出し抜くと言うのは難儀しそうな気がするが。



「合図と言うのは? 音なんて鳴らしたらそれだけで周囲も私達も警戒されるぞ」



「合図は音じゃないっす。場所は此で説明する術が無いので先輩達がよく見て探して下さい。

 一本の大木に黄の着色を塗ってるっす。それを発見し次第息を止めて下さい」



 合図はこちら側で確認。割と雑だ。実際に急遽立ち上げた雑な作戦だろう。

 が、雑だろうが何だろうが道は一つしか無い。そして道が存在するだけで機はある。


 蛇に一度連行されたが、目隠し迄はされなかった。そこまで警戒されていない。

 逃げると言う可能性をあの隊は考えていないのだろう。慢心の現れか自信の現れか。


 そうなると合図となる目印発見までメレア側は終始気を使って歩かねばならないのだが、それ位の努力は必要なのだろう。

 今のシャルルの説明だけで何となくメレアには救出方法に察しが付いている。


 無輪、シャルル側でも肉眼でメレア達を確認してから作戦を開始するだろうが、スムーズに行く様にメレア側が迅速に発見して息を止めるのが肝心だ。



「───では手筈通りに。アズサ様にも説明宜しくっす」



 そう言って背後の気配は消えた。022隊が何かする気配は無い。上手くこの場から去れたのだろう。


 メレアは改めて今の話を吟味しながら考える。


 巡り合わせとは数奇なものだ。


『絶壁の魔女』の関係であるメレア

『血吸の魔女』の関係であるアズサ

『人操の魔女』の関係であるシャルル


 丁度三魔女の関係者のみが絡んでいる。運命と言うには出来すぎだ。


 だが、今そこに何を思っても仕方が無い。本当に出来すぎた結果なだけかも知れない。

 寧ろ自分にはまだ魔女の加護があると思うと心強い気さえしてくる。



「アズサ、黙っていてくれてありがとう。そして今からの事よく聞いてくれ───」



 メレアは今の事をアズサに分かり易く説明する。勿論密談する様に顔を寄せて。

 人に説明とは慣れないので難しい所だが、今は自分がキチンと伝える、それが重要だ。


 アズサは偉かった。黙る旨を示したがちゃんと今まで一声すら発さず黙っていた。

 発声は少ない方がいい、彼女までメレアの謎の独り言に対して何かしら喋っていたら、022隊の誰かに勘付かれる可能性もあった。



「…呼吸を…止める…」



「そう大体一分ぐらいだ。道中隣同士という都合の良い展開にはいかないだろう、アズサも周りに注視して黄色を探してくれ」



 第三者の名前、そして『人操の魔女』が背後に居る事は伏せておいた。

 そこまで話する状況では無いし、言わなくても救出が成功したら後に分かるだろう。


 何より理解してくれる事が重要だ。

 己は問題ないだろうが、アズサは上手くやれるか心配だ。


 黄の着色と言ってもそんなバレバレな程に大きく付けないだろう、つまり事情知ったるメレア達にして漸く気付ける、その程度の規模。



「わ、分かりました! 黄色ですね」



 若干不安だが、彼女も魔法使いの端くれだ。

 精神的そして身体的に今は共に不調だが、この橋は渡り切るしかない。



「私の独断だが、成功すればこの隊とは離れる事になる。いいか?」



「はい。…あの二人とよく話していないので未練はありますけど、アランスさんに着いていきます」



 アズサはアズサで、テレサレッサみたいな人物とメドゥーサみたいな人物の事は気掛かりだ。

 あの時は感情のまま、メドゥーサと思って対峙したが、今でも疑問符は止まらない。


 テレサレッサもそうだ、彼女は縦ロールの髪を大事にしてたのに、今は乱雑にバラしてある。

 高飛車感のある、あのお嬢様口調も止めている。一見すれば別人だ。


 いや、別人なのだ。実際は。

 微かな面影だけを感じ取り、アズサは二人を見抜いた。実際に名前はその通り合っている。


 だが、それでもどうしようもなく別人。そうとしか見えないし、彼女達はアズサに対して面識が無い。

 同じディレイで育った親友達だ、そんな事はあり得ない上に、二人共三塔になって恐ろしい迄の強さを身に着けている。


 あんなに似ているのに、どうしようもなく本人だと自分自身がそう告げてるのに、アズサはそれが認められない。


 もう此に居たら、その鬩ぎ合いで、独り勝手に気が狂いそう、彼女はそんな心情だった。

 あの『二人』があの『二人』と重ねて見えるだけに、訳も分からず、頭の中はグチャグチャに掻き回される。


 メレアが言った第三者の存在を彼女は感知出来なかったが、あの二人から離れられるのなら願ってもない。


 それにメレアがそう思う様に、アズサも今一番頼るのはメレアしか居ない。


 その彼女が決めた事に従う。それが間違いなくオディールに、師匠である『血吸の魔女』の工房に帰れる最短だと自覚している。



「逃げましょう、此から!」




───斯くして二人のE-1、始めの陽が明ける。








 

 


 

 





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