第三十話 『似て非なる者達』

 

 

……………





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「月夜の晩に魔物出るー月夜の晩に木霊するー」



 あれから小一時間ぐらい経った。



「赤い月夜に気を付けろーわっるい魔物に気を付けろー」



 メレアにとっては悶絶する様な地獄の3600秒相当だった。

 022隊の拷問は其れ程の物だった。


 気紛れか否か当人にしか分からないが、命迄は取らなかった。石化もしなかった。


 色々と聞かれはしたが、魔法使い三塔以外は答えなかった。聞かれても意味不明な事ばかりで答えようも無い。

 特にアズサ…アズサ=サンライトについて彼女を皇女と呼び関係性を問われたが、まずこの時点で要領を得ない。

 彼女はメレアにとっては客人だ、色々と非礼があったのを詫びて今日帰すつもりの、只の一般の魔法使いの卵。


 皇女じゃないのは皇女護衛であるメレアが一番に分かる。寧ろどうしたらそんな歪な間違いを起こすのかと腹が立った。

 腹は立ったが無抵抗を貫いた。ちょっとでも抵抗の意思を見せていたら恐らくは命は無かっただろうから。



「どう? おねーさん爪痛い? 痛いよねぇ? ごめんね、でもおねーさんなら我慢出来るよ? 出来るよね? ひひひひひひひひひ」



 痛い───なんてものじゃない。


 片方所か両爪を丁寧に剥がした奴がよくも言えたものだ。

 爪一つ剥がされただけでも涙が零れ落ちそうな程だった。それが十回。常人も気が狂う。

 そしてそれを心底愉しそうに見ている三匹の悪魔の正気を疑う。


 歯も欠け腕の骨と肋も何本か折れている。派手に暴行されたものだ。

『ガード』で危うげな内臓の痛みこそ治癒したが、外傷は治さなかった。

 そんな事をしたら拷問にキリが無いし爪を治した所で又剥がされるのがオチだ。


 魔力エーテル共にまだ五十%程の余力があるが、逆に言えば五割しか無い。

 魔力は自然と回復するがエーテルは…『ジュエリー』は現状補給しようがない。

 底を突いた時点でこの身は魔法使いから一般の身と化す。


 どちらにせよ傷の治癒に割く余裕は無かった。

 残りの五割でどう脱出してリエリア城に戻るか、それだけを頭で考えながら、メレアは手を後ろに拘束されて蛇の後ろを歩く。


 その更に後ろには同じく手を後ろに拘束されているアズサと二人の魔法使い二塔。


 アズサは項垂れている。水牢からメレアを見ている事しか出来なかった無力を嘆いているのだろう。水の中だから声にも成らない。


 彼女はその拷問を一時間も特等席で見せられた。



「………これから何処に行く?」



 進む一行の先頭を行く蛇に聞く。


 彼女は終始上機嫌だ。メレアを…同格の魔法使い三塔を散々コケに出来て気分が良いのだろう。鼻歌交じりで歩いている。



「022隊の幕屋。直ぐそこだよ。アズサ皇女はまあ大丈夫だろうけど、おねーさんは隊長の判断次第じゃ殺されるかも知れないねぇ」



 また耳に触る様な奇声で嗤う蛇。


 隊と言う存在さえメレアは初耳だ。

 密にそう言うチームを水国が組んでるとしても皇女護衛で同じく三塔の彼女に情報が一切来ないなんてあり得るのだろうか?


 そもそも魔法使い相手でも容赦無かったこの三名は自由が過ぎる。不明な火国の兵も残らず殺害してしまった。


 謎が謎を呼び、混迷し混乱し、本当に頭がおかしくなって来そうだ。

 またメレアはそこについて考えるのを止めた。


 次第に森に灯りが一部見えてくる。あれが幕屋だろう、簡易的に建てて簡易的に仕舞える様に出来ている感じに見える。

 二つある内のその一つにメレアとアズサは連れて行かれた。



「レゾ、隊長呼んできて」



 蛇に言われて、レゾと言う魔法使いは別行動を取った。


 幕屋内は殆ど何も無い。目立った物と言えばテーブルが一つあるだけだった。


 そこに二人は座らせられる。メレアの横には蛇が、蛇の対面にはアズサが、そのアズサの後ろには残った魔法使い二塔が立っている。腕は拘束されたまま。



「アランスさん…大丈夫ですか?」



 アズサが心配そうな表情でメレアを見る。


 今までは直線で歩いて間には魔法使い二塔が居たので話せる機会が無かった。

 嬲り者にされて心配で堪らなかったのだろう。



「大丈夫だ、見た目程じゃない」



 大嘘だが、そう言って強がった。蛇はその様子をニヤニヤと嘲笑っている。


 今いる人物以外の人の気配は殆ど無い。側にはメレアがよく目にする『ジュエリー』の空き瓶が何本も乱暴に転がっていた。



「お疲れェ!わたくしの部下共! ちゃんとゴミ掃除して来たみたいね」



 一際大きな声が聞こえる。この幕屋にやって来た新たな来訪者。


 メレアからは知らない女性だが、魔法学校の制服に肩に金の翼三枚の腕章。魔法使い三塔だ。


 髪の色は金。髪はかなり長いが乱雑になっていて先端まで手入れが行き届いてない。

 昔は巻いていたのか知らないが、その名残りが感じられる。



「!!?テレサ!!!


…………レッ…………サ……?」



 その人物が現れるや否や、ガタンとアズサがその場を勢い良く立ち上がる。

 だが直ぐにその後ろに居る魔法使い二塔のソーンに両肩を掴まれたが…



「テレサ…腕…」



 アズサはそれを気にせず金髪三塔の腕を見る。

 左腕は健在だが右の腕は…肩から下が無い。


 隻腕か、とメレアは思った。

 彼女からしたら全く知らない人物がまた現れたと言う程度の感想でしかない。順応性高いのか最早慣れた。



「うわ!?アズサ皇女じゃん。レゾが言ってたのマジか。ビックリだわー」



 そんな隻腕の彼女は彼女で、アズサの姿を見て大きく驚いている。

 彼女の記憶の中では他と同様疾っくに故人だったのだから、目の前のそれは宛ら幽霊みたいな者だった。



「ソーン、ちょっと手退かしてみ」



 そう言って同じ金髪の魔法使い二塔に指示を飛ばす。言われたソーンは無言で直ぐ様アズサから手を離した。

 そしてアズサが隻腕の元へ駆け寄る。



「テレサレッサ!あああ貴女腕どうしちゃったんですか!? どうしてそんな酷い怪我───」



 瞬間、幕屋はゴチンと大きな音を立てた。


 衝撃でアズサがすっ転んで床の瓶が割れる。

 隻腕の魔法使いに急に頭突きされたのだ。



「気安く話してんじゃねぇよクソ皇女が。お前等の為に何人の魔法使い死んだと思ってんだ?」



『ってか痛ぇ石頭かこいつ』と続けながら隻腕の魔法使いは自身の額を撫でる。



「蛇、どういう経緯で皇女拾った?」



「んー急に出てきたとしか。ボク達がイズムの森に来た時は居なかった。火国兵狩りに行く時も『その時は』居なかった」



「貴女の鼻を信じるわ。つまり変で妙で迂闊にわたくし達が触らない方が良い訳だ。

 王都行って協会に押し付けるか…褒美貰えそうだし」



 隻腕は隻腕で蛇を信頼している様だ。アズサの処遇は022隊の手に負えないと判断する。

 死んだ筈の皇女を連れてきた。確かに見返りは期待出来るかも知れない。

 しかし何故そういう状況なのか迄に思考の手が及ばないのが限界だ。



「テレサ! ワドゥーと戦えるかな?」



「ワドゥーなんて死ななきゃ何時か必ず逢えるだろが。んな事より酒貰おう! 酩酊ちゃん飲みたいだろ?」



「飲みたい!」



 隻腕の魔法使いと蛇の魔法使いはまるで少女らしくキャッキャと騒いでいる。


 蛇のあの壊れぶりを見ている方からしたらテンションの落差が激しい。

 共に仲が良いのだろう。メレアは痛みと葛藤しながら光景に関しては冷めた視線を送っていた。


 ひとしきりそうして隊長副長が騒いだ後、隻腕の魔法使いは、蛇の隣、メレアへと視線を向ける。



「ん…? 誰これ」



 今頃気付いたのかと言いたくなったが、メレアからは口を挟まない。


 アズサが頭突きされた時も危うく立ち上がりそうになったが、恐らく自分は下手に動けば隣の蛇が無慈悲な行動を取ってくる。



「皇女と一緒に居た、魔法使い三塔。こっちは殺してもいいかなって思ったけど何となく生かして連れてきた。強いよ。石化眼無かったら勝てなかった」



「へぇー貴女どの隊所属? わたくしは022隊隊長のテレサレッサ=レスタ」



「………第一皇女レヴェッカ様の護衛、メディトギア=レガ=アランス。隊なんてものには所属していない」



 三塔同士の自己紹介。共に面識は無し。


 隻腕が蛇に向かって何言ってるのこいつ?みたいな表情を向けるが、蛇は両手で『知らない』のポーズを取る。



「レヴェッカ…? 隊に所属してない? それに聞いた事無い名の三塔だわ…いや昔そんな三塔居た…ような?」



 隻腕の魔法使いは考える。皇女と言うのは彼女からしたらそれは目前で転げてるアズサ皇女一人でありレヴェッカ等聞いた事も無い。


 そして現在、魔法使いでありながら隊に所属していないのは一部例外を除いて有り得ない。変な事を言う。

 だが、名前だけは何処かで聞いた覚えがある様な…そんな気はする。



「テ…テレサ…」



 ふと隻腕の魔法使いが見ると、アズサが立ち上がって来ていた。瓶の破片で切ったのだろう肩が少し赤く滲んでいる。



「アズサ皇女、この人は誰かしら?」



 だからと言って特に気にはしない。隻腕の魔法使いはメレアを指差す。



「…その方は…皇女護衛の人です。とても強いので手を出さない事を勧めますよ」



「皇女護衛…ねぇ…」



 隻腕の魔法使いは又考える。まあアズサ皇女の側にいる魔法使いならそうなんだろう。

 隊に属さないのもその特別さ故なのかな、と安易に結論付ける。


 さっき引っ掛けた名前の方はもう疾っくに頭から離れていた。



「おねーさんの方どうする?」



 蛇がそう聞いてくる。



「どうするって…そりゃ皇女護衛さんなら皇女様と纏めて王都にブチ届けるしかないでしょ」



「よかったねぇおねーさん」



 散々痛め付けた癖に何を…と言いたげな視線を蛇に送りながら、メレアは閉口。


 アズサはアズサで蛇と隻腕に対して頭で錯綜してるのか、グシャグシャと髪を掻き回している。


 アズサへの頭突き以外は割と和やかだ。蛇の魔法使いが異端過ぎた気さえする。


 殴られた顔に剥がされた爪からジクジクと血が滲み出ているメレア自体が、この場でかなり浮いた存在な程だった。



「ところで蛇ぃ…仕掛けてきた火国部隊のヘッド…見ないけど、どうした?」



「殺したけど」



 瞬間、隻腕が蛇の頭を掴んでズダァン!と机に叩き付ける。


 当たり前だが机はそれに耐えられず、折れ曲がる様にして破壊される。

 アズサは当然として流石のメレアも不意打ち過ぎてこれにはビックリした。



「生かして捕らえとけってわたくし言ったよな? 聞こえなかったか? メドゥーサちゃぁん?」



 何度もガンガンと乱暴に、尚も崩れたテーブルに頭を打ち付ける。


 終始見てるだけのソーンは心の中で『あーだから言ったのに』と思っている。

…言ったのは彼女の方では無いが、確かに提言はしていたのだ。蛇の魔法使いは聞く耳持たなかったが。


 そしてアズサメレアには全く知らない事だ。

 そもそも二人はこの022隊とボールドネット小隊の悶着自体を知らない。


 北で始まる戦に参戦する予定の022隊を奇襲する様に誘導した火国スキルアード隊のノア中尉

 バレバレのそれを奇襲返しで叩き潰そうと考えた022隊テレサレッサ隊長

 尉官級は一応残しとけば何かに使えるだろうと思っていたが、副長であるメドゥーサの独断で一個隊を率いていたボールドネット中尉を殺害してしまった。


 総合的な客観から見れば、この時点で022隊は戦には間に合わないのでノア中尉の掌で上手く転がされた。

 尤も、未だ022隊テレサレッサ隊長は嵌められた事すら気付いてないが。



「イテッ!?」



 不意にそのテレサレッサ隊長が叫ぶ。押し付けた掌は土の刃が貫通していた。



「ならお前が直接行けばよかったんだろうが。殺すぞ」



 血糊がベッタリと付いたテーブルから顔を上げて蛇が殺意の籠もる声を発する。



「お使いすら果たせないとは思わなかったんだわ、役立たずは死ね!」



 掌からボトボトと流れる鮮血も気にせず、隻腕もその殺意に負けていない。

 本当に殺す気でこの場で魔法行使をしようとしている。



(何なんだこいつ等は…狂ってる…)



 メレアがそう思うのも無理はない。さっきまでキャッキャしてたのに一転して、これだ。


 最早理解が追い付けない。理屈でない。現状を現状としてあるがまま受け取るしか無い。


 一方のアズサはアズサでやはりオロオロしている。止めようとは思っているのだろうが、何かを判断し兼ねて迷ってる様にも見える。

 取り敢えず飛び出して止めに入るのはやめてくれとメレアは願う。


 そんな事をすれば二人は躊躇無くアズサへ攻撃するだろう。



「あのーお取り込み中に恐れ入りますがこの二人はどうしましょうかー?」



 一触即発な雰囲気。ビリビリと殺意が幕屋に充満するこの空気の中で、意外にも二塔のソーンが口を開いた。



「あ゛ー? 三人死んでるからその分空いてるだろ。そこにブチ込んどけ。今日此を発ってそのまま王都に行く」



 テレサレッサ隊長が不機嫌なままそう返す。

 八つ当たりはして来なかった様でソーンはホッと胸を撫で下ろした。



「死体で王都に行けたらいいねぇ…行けるよテレサなら…」



「向こうでメドゥーサ副長の死亡届も書かないとねぇ…」



 仲が良いのか悪いのか。隊長副長はその空気のまま外へ出て行ってしまった。

 この場には三人だけが残される。



「じゃ、まあそういう事で奥で大人しくしててもらうからねーん」



 ソーンが軽いテンションでそう言う。



「よく今の状態で口を挟めたな」



 メレアが口を開く。あの場面で発言しようものなら流れ弾が飛んできてもおかしくなかった。

 そしてこの二塔の…ソーンにはそれをやる程、度胸のある人物には見えない。



「まーあれよくある事だから。理解出来ないなら理解しない方がいいよん」



「………そうする」



 その後アズサメレア両名、彼女の下を付いていく形で幕屋の奥に行く。


 相手は二塔だ。今ならメレアならば逃げられない事もないがやめておいた。

 逃げた所で頼りが無い。そして外ではさっきのイカレ二人組がいる。


 どちらにせよ心身共に疲れていた。疲れ切っていた。




 


 

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