第二十九話『022隊のサバト』
◆
夢幻ならどんなに良いか、幻覚であればどんなに良かったのか
それを全否定するかの様に、見た事のない死の塊が目の前に転がっている
非現実的な一端がわたしの目の前に在る
頭が、頭が可笑しくなりそう
その生首は優しくも殺人鬼が蹴り飛ばしてくれたお陰で、わたしの視界からは消えてくれた
けど、残るこの嘔吐感、嫌悪感、絶望感、恐怖感は決して消えてはくれない
───ねぇ、教えて。わたしは今、何処にいるの?
───師匠、師匠───
放心状態は続く
戦意は一切無い
その生半可な覚悟は本物にて叩き折られた
先ではあの殺人鬼とアランスさんの戦いが始まっている
アランスさんは恐らく、自身の、そしてわたしの為に戦ってくれている
わたしは…守られてばかりでいいの?
それでいいの?アズサ=サンライト…
でも渦中は共に手練の魔法使い。とても間に割って入れる余地は無い
それでも行くの? 却って邪魔にならない保証はない
アランスさんが千だとすると自分は一だ。その一に意味はあるのか?
なんて事は無い。わたしは惨めで愚かにも此に留まる理由を模索している
朧げな瞳で只、それを見守る
速くて視界から消える時すらある。これが格上の人達の領域なのか…
それでも、二人の戦いはアランスさんが押している様に見える
殺人鬼は何度も地面に叩き付けられている。上だ。アランスさんのが強い
いい、頑張れ、そいつを早く倒して
普段のわたしなら嫌う他人任せ。それを棚上げしてアランスさんを応援します
それにしても
それにしても
それにしても
あの殺人鬼…
紫髪の女性に何かをわたしは感じている
感じている。しかしそれを思考したり理解する事を無意識が拒んでいる
でも無力で其の場に留まる事しか出来ない今、頭の中ではそれが乱雑に脳を犯す
あり得ない
あり得ない
あり得ない
そんな事は絶対無いし、絶対にあり得ないんだ、わたしは今、何を考えた?
しかしあの見た目、声色、髪の質、ある一人を連想させる
違う、違う、違う、違う、違う
頭から振り払えそれを
だが一度こびり付いたそれは、脳内からもう剥がせない。
似ている
似ている
似ている
私の知ってる、私の親友に
言うな
言うな
その名を言うな───
『メドゥーサ=ヘルヴィア』に
違う
似ているだけで他人の空似だ
あの殺人鬼の見た目に酷似しているが、メドゥーサはあの殺人鬼よりまだ少しだけ、小さい
見た目は酷似しているが、彼女は魔法使い一塔の1位だ
あれから数日の内に魔法使い三塔になってるなんて有り得ない絶対に無い
無い。絶対に無い
あの子が、何の感傷も無く、無惨に人を殺害するだなんて───
でも、
どう頭で否定しても
あの紫髪の女性と
メドゥーサが
重なって見える
その間も激戦は続いている。アランスさんの姿は見えなくなった
と思ったら、先の木の上に眩しいぐらいの発光が
先程見せた雷の上級弾かな…あれなら敵は一溜まりも無い
殺したんだ、殺さなきゃ今度はわたし達がきっと殺される
死んでいい、死んでいいんだ彼女は
そして全て忘れるんだ、わたし
『「Look at me」』
その声は鼓膜じゃなく心に届く
何が起きたのか、状況はよく分からない
そして、わたしは紫髪の女性を見た
彼女は何時の間にか蛇の姿を描いた気持ちの悪い目隠しを取っている
胸の動悸が早くなった。
あれは…あの奇妙な形した瞳孔は…
『石化眼』では?
普段のメドゥーサの目の中は普通です。あんな菱形の歪な形じゃない。
でも昔、ディレイに居た頃のある日、
あの瞳が暴走して菱形に成り…石化眼が獣を一体石に変えたのを、わたしとテレサレッサは知っている。
寿命を大いに削る、魔の眼球。
ディレイの頃の先生や彼女のお姉さん方に抑えられて、暴走こそ止まりましたが、
その時にメドゥーサ含めわたし達はそう教えられました。
あれからメドゥーサは二度とは石化眼を使ってはいない筈。
いない、筈なのに。
わたしは漸く立ち上がります。
『アレ』はメドゥーサの寿命をも縮める危険な眼。二度と使わないと約束した。
─────
『そして『蛇』に遭ったらメレアを助けろ、オマエならあいつの特殊眼を破れる』
─────
何か、何かを思い出した気がしました。
しかしもう関心はそこじゃない。
わたしは走り出しました。
このままじゃアランスさんが石になる。死んでしまう。
このままじゃメドゥーサの眼がダメになる、早い内に死んでしまう。
距離は遠くない。
遠かった距離は急速に縮まった。それはわたしの心理。矮小な心の様。
わたしは走り出す。
薬筒を抜き取って、彼女の石化眼を断ち切る為───
……………
……………
……………
アズサ=サンライトが石化眼を切った。
口で言えば簡単な事だが、そんな事は出来る筈が無いと蛇自身が知っている。
だから今起こった出来事は予想外所か慮外千万の気である。
そのせいで大分心を乱したが、やっと平静近くに戻ったのか、
蛇は遠く木の枝で物干の様になっているメレアから、新たに現れたアズサへと石化眼の視線を移す。
無論そこは承知しているのか、アズサはメレアがした事と同じく目線を下げて目は合わせない。
「………ニオイで分かってたよ。折角見逃してやってたのになんでしゃしゃり出てくるの? アズサ皇女サマ」
「皇女…?」
自身の名前に変なものがくっついてる。そこに疑問を感じたが、やはり名を知っている。
今のどうしようもない経緯はこの際無視して、彼女はメドゥーサなのだとアズサは確信を持つ。
「今すぐその石化眼を切ってください! 分かってるんですか!? それは貴女自身の命も縮めてるんですよ!」
「五月蝿いなぁ…そもそももう切れないよ。ONになりっ放し。だからこうして、物理的に隠してるんでしょうが」
そう言うとメドゥーサはまた蛇模様の目充てを取り出し、それを瞳に巻いて覆う。
当人しか知らぬ事だが、ずっと露出し続けるのは確かに苦しいのかも知れない。
「今更出てきてエラそうな事口にしないでよ、皇女サマが…皇族が無能なせいで戦争終わらないんだよ? 理解ってる?」
「こ…皇女…? わたしに言ってるんですか?」
「他に誰がいるの?」
アズサとしては言ってる事の意味が不明である。この水国に皇女は居るが、それはレヴェッカ、ステレア、アイシャの三人。
自分じゃないのは当たり前の様に自分自身が知っている。メドゥーサの言ってる事のほぼ全てが解らない。
「ちょっと何言ってるのかよく解りませんが、もうこれ以上戦ったりするのは止めて下さい…
メドゥー…貴女…一体どうしちゃったんですか…」
それは心の底から心配しての事。彼女は憂いの眼差しでメドゥーサを見る。
彼女からしたら少し前に指輪を渡してくれたメドゥーサと目の前のメドゥーサが途轍もない程に乖離している。
何かあったか定かでは無いが、だからこそ友人として憂慮しているのだ。
対してメドゥーサは『ハァー…』と溜め息を一つ吐き、額に手を置く。
「流石に皇女サマ殺しちゃマズイだろうな…って思ってたんだけど、
そんな憐れんだ声向けられると………つい…遊びたくなっちゃうよ」
明確に殺気を放つ。だが、以前の様にアズサは物怖じしない。
その圧迫に冷や汗こそ掻くが、後ろ一歩も下がらない。
「アズサ=サンライト、逃げろ…そいつは正気じゃない…まともな会話は…恐らく望めない」
少し遠くからメレアの声が聞こえる。
まだ両手足の石化が戻りきれてないので、駆け付ける事が出来ない。
アズサは薬筒を構える。何がどう引っ繰り返っても彼女に勝機は無いだろう。
「やめないなら…止めますよ!!」
「やれば? すんごい弱そうに見えるんだけど、それでボク止められるの?」
滑稽な状況に可笑しい可笑しいとほくそ笑み、蛇の背後から突風が突き抜けて来た。
アズサの目からは殆どそれが見えない。現象も突風としか言い表せない。
「────ッッッ!! ギャッッ!?!?」
見えなくても、構えていたお陰で辛うじて薬筒による魔法行使が間に合った。
………間に合いはしたが、アズサ得意の水L1とメドゥーサの土L1の衝突は圧倒的な程に土が優り、彼女は今の地点から大きく吹き飛ばされてしまう。
メドゥーサの土L1と言えばメレアが軽く捌いていたが、同格以下の場合当然ながらこうなる。
それでも土弾をもう少し鋭角にしていたらアズサは死んでいた。あのメドゥーサ成りに手心を加えて尚この有様だ。
「ハァーほんと可哀想、ボクら可哀想。こんな雑魚の為に掛け替え無い命投げて火国と戦ってるだなんて───」
「ぐ…あ……う……」
衝撃が頭から爪先まで来て痺れている。
身体強化もしていない生身で受けたダメージは大きく、アズサはもう動く事が出来ない。
L1同士は拮抗にもならなかった。以前に『商人』と撃ち合いはしたが此まで一方的ではなかった。今更ながらあの時は手加減されていたと気付く。
撃ち負けはしたがその分の威力は殺した…なんて事はなく十を九にしただけだ。
土L1による衝撃力と乱暴に地面を吹き転んだ衝撃力で息が詰まる。この時点で肋骨が折れているのだが当人は分からない。
あの瞬間、空と地がぐるぐると、脳も揺れまくりだ。地面を噛み締める。只の一撃でほぼ戦闘不能となっていた。
雑魚と言うなら確かに雑魚だ。だが彼女はまだ魔法使いですら無い。
魔法使い三塔相手に勝負の土台に立てる筈が無いのだ。
そうして、メドゥーサが更にアズサに近付こうとした時、そこに雷光の筋を残してメレアが割って入る。
「…なにおねーさん、まだやる気? 今度こそ石になりたい?」
「この子は戦えない。見逃してくれ」
漸く手足の石化が解け落ちた。だが、二人の初撃邂逅には間に合わなかった。
メレアから見て今のでアズサが死ななかったのは僥倖だが、これ以上は例え加減したとしても死んでしまう。
それぐらいの隔たりが蛇とアズサにはある。
「………わた、まだ大丈……戦え…ま………メドゥーサ………止め……ないと………」
ふと、その掠れた声が耳に入った。
目前には敵が居るので振り返りこそ出来ないが、身体がボロボロでもアズサの心はまだ折れてはいないらしい。
だが、残念だが意志が高ければどうにかなるような相手では無いのだ。
「ひゃひゃあひゃひゃひゃ………!!! 流石皇女サマ!!がんばるね!!
でもそんな這い蹲りながらじゃなくてせめて立ってからカッコよく言いなよー?」
言う通り、アズサはメドゥーサを止める所か今、立ち上がる事すら出来ない。
どうやっても今のアズサでは戦力にはならない。
メレアなら蛇の魔法使いはやろうと思えば倒せない相手ではない。だがまた石化眼が来たら彼女は抗えない。
「ぐっ………」
石化から逃れこそ出来たが、メレアにこの場を凌ぐ手立てが見えない。
せめてアズサだけでも逃がす事は出来ないかと思案するが、彼女はこの蛇の魔法使いと顔見知りらしい事は察しが付く。
大人しく下がりはしないだろうと今ので解った。
そうして思考を悠長にしていると、状況は更なる悪化の一歩を辿る。
「漸く追い付けました副長」
「独断行動もいい加減にして下さいよ〜マジでマジで」
それは此の場の三人とはまた違う乱入者
黒髪の女性と金髪の女性
新顔が二人…また、メレアの知らない魔法使いだ。
だが、この二人は魔法学校の制服に、肩には銀の羽二枚が刺繍されている。魔法使い二塔だ。
「来るのが遅い」
「副長が逃した一人追ってたんですよ〜」
「確かに殺しておきました」
黒髪の方がそう言って適当に生首を放り投げる。
そう言えばあの場に火国兵は三人居た。うち一名が直ぐに蛇にやられ、リーダー格の男もその後に殺された。
あの首は無事蛇から逃げられた最後の一人だろう、尤も逃げられなかった様だが。
蛇の魔法使いメドゥーサは『あっそ』と興味無さげにそれに答えた。
「で、これが副長が言ってた新しいニオイ二つですかー?」
「そう。向こうでダウンしてるのが皇女殿下」
「皇女殿下ァ!?」
金髪の方の魔法使い、ソーンはまさかの大物に驚嘆の声を上げた。
「………そちらの青髪の方は? 服装は魔法使いと見受けられますが」
黒髪の方の魔法使い、レゾがメドゥーサ副長に聞く。
「知らないおねーさん、見た通りの魔法使い三塔だよ…所属は喋んないから分かんない」
もう言わずもがな、新手の二人は『蛇の魔法使い』の味方だとメレアは認識する。
流石の彼女も現状打つ手が無い。今を動けないし、迂闊に喋れない。
「で、副長はどうするんですか?」
「ソーンあれ作れるでしょ、水牢。あれで皇女捕まえといて。死なないように呼吸はさせられるようにね」
「はいはい〜」
言うとソーンは直ぐ様、行動に移す。
メドゥーサ副長を通り過ぎ、その直ぐ側のメレアも通り過ぎ───られない。肩を掴まれ止められた。
「抵抗するなら後ろの殺すよ?」
直後、蛇にそう言われて、彼女は掴んだ肩を渋々離す。
ソーンは今のやり取りが何事も無かったかの様に軽やかに進む。そうして未だ無様に這い蹲っているアズサの前に来た。
「あは♪ マジでその面アズサ皇女じゃん。死んだとか協会の奴等嘘吐きやがってさぁ」
「??………な、に………?」
アズサはまだ動けない。そもそもメドゥーサの一発が強烈で最早動けない。
そんな彼女を見下すのは全く知らない魔法使い二塔の人。金の髪の毛にはジャラジャラとアクセサリの様な物が下げてある。
「大人しくしててねーん」
そう言うとソーンは魔法を行使する。
やったのは水のL1だが威力を根こそぎ排除してただ体積だけを伸ばす。大きさだけならL3とハッタリが効きそうだ。
これでもこの中からは魔法才無き者はソーンの許可無くば出られない。
火国の兵は多くこれに飲み込まれ苦しみ藻掻いて溺死した。
その様を、最期まで見守るのがソーンは大好きだった。
だが今回は上司から殺さぬようにと言われている。ソーンとしても自国の皇女を自分が殺したとなると後が怖い。
彼女はアズサを水牢の中に入れると空気穴を数点作る。これで一応は呼吸が出来る筈だ。
「皇女様のお城の出来上がり〜」
皮肉を込めてそう言い放つ。アズサは水牢の中に閉じ込められた。
依然苦しそうにはしてはいるが、それは先程の戦闘の影響で、呼吸出来ずに苦しんでる訳では無さそうだ。
「さておねーさん、これで助け舟は無くなったねぇ?」
アズサが無力化したのを見届けた所で、メドゥーサはそう言って目前のメレアを煽る。
当のメレアはその挑発に対して際どく見詰める事しか出来ない。
魔法使い未満のアズサに救われた事自体がもう異様な状況だが、実際に彼女が居なければメレアは疾っくに死んでいる。
あの特殊眼で石像と成れば命が終わるのは明白。そしてそれを破れる彼女が水牢に閉じ込められた時点で勝算を失った。
「皇女サマに石化の言霊切られたのは謎なんだけど、まーいいや…皇女だから切れたんでしょ知らないけど」
頭の狂った彼女でもやはり先程の事は未だ気に掛かる様だ。
メレアは知らない実相だが蛇の特殊眼から逃れた人間は今まで居ない。
火国最強のワドゥーすら響かせたら倒せる可能性はある。尤もそう上手く行かないので火国最強なのだが。
「続き、やる? ハンデとして眼は使わないであげるよ。三対一だしね。ひ、ひひひ…」
そして敵が三人に増えた事で愈として逃げる事も厳しくなって来る。
幾ら加わったのが格下二塔とは言え、三人同時に相手して勝つ見込みは無い。
これより水牢を蹴破ってアズサを抱いて先も分からぬ闇夜の森を抜ける、不可能だ。
「おねーさんには二つの選択肢がありまーす。一つはボク達に嬲られながらみっともなく命乞いする事。
もう一つは勇敢にも戦って名も無きよく分からなかった魔法使い三塔として此の地面に埋まる事」
メレアは歯痒さに唇を噛み締める。
三対一と自ら言う以上、蛇の魔法使いにフェアな矜持は無い。
頭の中では幾つものシュミレートを繰り広げていた。が、全て詰みだ。
そうして、苦々しくも一つの返事を導き出す。
彼女は『蛇の魔法使い』に告げた。疲れ果てたその表情は、もう何もかも諦めていた。
「死なない程度で、よろしく頼む…」
良い答えに022隊の狂気三匹が同時に嗤う。
気色の悪い笑みは残虐の印。
図らずとも巡り合わせた二度目の狂乱の宴に皆して歓喜する。
水国皇女をギャラリーとして022隊得意の拷問が始まった───
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