第三章
第二十八話『蛇の魔法使い』
◆
ニタニタと嘲笑いながら狂は動く。
アズサが嘔吐した元凶を雑に足で蹴っ飛ばして、彼女は二人に近付いて来る。
「そこで止まれ。私達まで襲う理由はあるのか?」
「おねーさん魔法使い?三塔みたいだけど隊長なの?どの隊?」
「お前は何者だ、魔法使い三塔の様だが私はお前など知らない」
「ねえどの隊?ナンバー言ってよ」
互いに話が噛み合わない。質の一方通行。
メレアはアズサを護るようにして一歩前に出ている。
そのアズサは未だに衝撃的光景を前に動けない。蹲ったままだ。
「隊など知らない。魔法使い三塔には順位も隊も存在しない」
漸くメレアの方が蛇の質に答える。だがそれに『ハァ?』と蛇の魔法使いは首を一回転させる。
「よく分かんないけど───こう言う場合ってさぁ…!!」
その場を軽やかにステップしてからの、突。
手にした土剣を翳して蛇の魔法使いは不意を突いてきた。
尖った先端はメレアの首筋。軽く振って彼女はそれを避け、逆に蛇の魔法使いの右腕を両腕でガッチリ掴む。
そのまま思い切り放り落とした。
「ぐふっ!?」
奇襲は失敗に終わる。背中から禄に受け身も取れず地へ強打した。
メレアも既に身体に強化を掛けている。その衝撃は痛みと共に全身を駆け巡る。
「………良い」
ゴボ…と口から零れる赤。それを垂れ流す事を気にせず、蛇の魔法使いは嬉々とした笑みを携えて立ち上がる。
「良い!良い!良い!………おねーさんはとても強そうだ。ふひゃひゃははハハハあはハハはハハハッッ!!!!!! ゴホッ…ゴホゴホッ…
つ…強そ"うだからごそ!倒せばボクはまた一歩ワドゥーに近付く!!」
蛇の魔法使いは狂っている。
「避けられそうにないな」
一方のメレアも腹を括った。先程の火国兵とは違い、恐らくは一筋縄ではいかない相手だと承知している。
そもそも戦う事がおかしいのだが、相手が相手なだけにそうも言ってはいられない。
「眠気が吹き飛んじゃったよ!!胸が高鳴って濡そう!!」
その言葉を合図に、本格的な戦闘が始まる予感を受けメレアはその場を駆けた。
此にはアズサがいる。その彼女への流れ弾を防ぐ為だ。
鋭角な土の棘が二本、そのメレアを貫かんと追随する。
「───フッ!!」
蛇の土L1は、しかし彼女は器用に二つとも蹴りと肘で叩いて破壊した。
「まだまだァァ!!!」
土塊にて何本も土の棘が蛇の魔法使いの周囲から飛び出す。
小手調べの手抜きL1二発に比べ、計十二もの強L1を目前にメレアは精一杯の力を込めた『ガード』を正面に展開する。
特化した三塔の『ガード』四割程度の強度でしかないそれは、パキパキと罅割れる音が聞ける心許無い盾だがL1程度なら何発かは耐えられる。
そして突破された時用に、メレア自身は同じ土のL1弾を撃てる様備える。
そして盾は粉々に砕け散った。
蛇のL1はそれと同時に止んだので、辛うじて盾はその役目を果たす。
「得意なのは土か。『アタック』系統だな?」
「ヒヒヒ…そう言うおねーさんはなんなの?」
「さぁな」
雷弾は出さず、メレアはL2を放出する。使うものは同じく土の剣。特に不得手無い彼女は雷の武器しか創れない訳ではない。
「真似すんのやめてよ」
斬り掛かって来たそれを受ける。土塊で固める剣なのに凪げば空気の振動の音がする。
魔法で作った武器に外見はオマケ。その武器は鋭利に満ちている。
更に踏み込んで二、三度、四、五と斬りに来た蛇の魔法使い、それを往なす。
そうして熱中させて、がら空きの鳩尾をメレアは突き刺す様に右脚で蹴り抜いた。
「ごふっ!!?」
身体を強化していてもこれは強烈。衝撃で思い切り吹き飛ばされる。
蛇の魔法使いの戦い方は雑だ。隙だらけ。
「お前本当に魔法使い三塔か?」
メレアにそう侮辱される程に。
「さ…三塔…三塔か…、もう久しくオディールに帰ってないなぁ…」
ヨロヨロと蛇の魔法使いは立ち上がる。先程の蹴りは割とダメージがあったようだ。
そうして、彼女は独り悦に浸る様に、赤く染まる口を三ヶ月に歪ませる。
「───我が魔力の還元によって奉る。其の第一から第三節まで当座」
「!!」
魔法詠唱のカット。此れから強めの魔法が来る。
メレアは身構える。使い手の質に左右されるがL1やL2程度なら自身の『ガード』でも護る事が出来る。が、それ以上の位の『アタック』系の魔法はもう無理だ。
「行くよ? まだ死なないでよね? おねーさんなら出来るよ」
掲げる土剣の先に集約される魔力。黒ぼく色のヘキサグラムが闇に光る。
集められた巨大な土塊の弾は魔法使いを砲台として射出される。
豪と鳴る音と共にその巨体に見合わぬ速度を持って人一匹喰う為弾き出る土のL3
地面が衝撃で捲り上がりながら猛進する。
「ぐっっ………」
身体強化を全力で使って方向と発射を見極め、メレアは何とかこれを避けようと試みる。
巨大な土塊は轟音と共に木々を纏めて吹き飛ばし、進行方向を粉々にしながら進んで行った。
「ひゃひゃひゃ…おねーさん本当に魔法使い三塔?」
意趣返し。完全には避け切れず余波を喰らい吹き飛んだメレアに返す余裕は無い。
此が多少開けた場所とは言え、狭い範囲内で今のを回避は無理があった。胸から迫り上がる鉄の味を飲み下す。
内臓に傷みを感じた彼女は『ガード』の魔法で密に治癒を施した。
「ひ、ひ、ひひひひひひ…我が魔力の還元によって奉る!! 其の第一から第三節まで当座ァ!!!」
そのメレアに容赦無い追い撃ちが来る。
今後も何があるか分からない状況で、手の内を出来る限り惜しみ、エーテルも温存している彼女に対して蛇の魔法使いは惜しまない。
惜しむ理由も先の考察も彼女に無い。ただ自分の理想的障害を前に出し尽くすだけだ。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!! 此は地面が土だから相性良いや!!!」
再び頭上に集まる魔力の渦。地の利も得て絶好調の蛇の魔法使い。
元々土は無から有を作る手間無く下に幾らでも有るのだから五属性の中でも強い部類。
その分の魔力は抑えられる。節制した余分は当然の様に威力へと上乗せ。
次は絶対に避けさせまいと、蛇の魔法使いは猛る魔力を吹き込む。
それは先程以上の土の縮合体に姿を変え、
───直ぐに散って只の土くれに還った。
「うエッッ?!」
蛇の魔法使いが狼狽えるのも無理はない。そんな現象初めて見た。
そうして自分の魔力が押さえられた事に漸くにして気付く。
知らず、右足は拘束されていたのだがその場を動かなかった彼女は分からなかった。
視線を敵に向ければ、瞳が朱く発光している。当然目を塞ぐ蛇には見えないが。
『フェイズ』は言わば見えない三の手。
それが相手を掴んだり又は物体を掴んで飛ばしたりする。
自らの『フェイズ』の大凡の飛距離は分かる。
それほど射程は長くないメレアは先程の土のL3を避けて不自然無く、蛇の魔法使いに近寄った。
そうして自分の『フェイズ』が届く射程内へと。
蛇の魔法使いは次弾装填で無警戒だった。
目前の土L3に没頭し、彼女の瞳が朱く発光するのを見怠った。
尤も見えぬ蛇にそれは無可能な事、つまりはもっと『フェイズ』に対して気を配るべきだった。
魔法使いの対一戦で『フェイズ』に捕まるなど滅多に無い。
「へぇー、おねーさん『フェイズ』か『シェイク』だったんだ?」
笑みを浮かべながら蛇の魔法使いはメレアを見る。追い込まれたと言う変事を差して気にした様子は無い。
そんな彼女の頬をメレアが叩く。
「やはり高が知れてる」
身体強化が乗っている。平手打ちでさえ身が軽く吹き飛ぶ威力がある。
そして蛇の身体強化は今しがた取り上げられた。
「………仕方ないよ。うちの隊『フェイズ』使える魔法使い、居ないんだし………
全員脳筋『アタック』系統とか笑っちゃうよねぇ…」
背を地面に、蛇が語る。これで倒れたのは三度目。
その頬にはくっきりとメレアの掌の跡が付いていた。
「………しょっ、と」
蛇の魔法使いは再度立ち上がる。と言っても右足の腿の所まで奪われているので、不格好に藻掻いて漸く立てたのだが。
その無防備な間にメレアは十分に動けた。が、やはり手で直接殺害となると多少の躊躇が生まれる。
気丈にしていても、彼女に殺しの経験は無い。
「ヒヒヒ…やさしー…でもボクこんな所じゃまだ死ねないの。おねーさんに殺されてもあげない」
言って蛇の魔法使いは、背後に手を回し、蛇の絵の描かれたあの目充てを此に来て外す。
シュルシュルと解かれ、封じられていた二つの瞳が顕わになる。
「ん………?」
そして初めて蛇は戦ってる相手…メレアの姿形を瞳に納めるが、彼女は蛇にとって予想外の行動を取る。
「そんな物をわざわざしてるんだ。何か目に秘密があるんだろう? 誰が見るか」
彼女は蛇の魔法使いの顔を、現れた眼を見ない。下に俯いている。
当然と言えば当然の対処だ。その当然が頭から抜けている蛇には予想外に映る。
『フェイズ』で足を掴んでいるので機敏に動けない筈。だからメレアとしては蛇の足下さえ見ていれば十分だった。
「へえええ! 初見でそこまで分かるなんておねーさん凄いよ…ボクが今まで会ってきた中で三番目ぐらいには強いか───
素直に驚嘆する蛇の魔法使いの顎を膝で蹴り上げ黙らせて、メレアは土剣を消すと今度は大きく距離を離し、遠い木の上に乗る。
射程外になったので『フェイズ』はこれにて解除される。メレアの瞳も正常な黒へと戻っていた。
しかしこれで良い。元々下手に高威力を乱発されるのを防ぐ目的。次に繰り出す攻撃が向こうより速ければ『フェイズ』を切り離すのも悔いは無い。
即座に幹を蹴り雷光のヘキサグラム。
「我が魔力の還元によって奉る。其の第一から第三節まで当座」
今度はメレアが雷のL3を唱える。此で終わりと言わんばかりに威力は高めに範囲は絞る。
この時点で蛇が土L3を当座しようがもう遅い。土L3と雷L3では速さが段違いだ。撃ち合いにすら成る前に雷が届く。
蛇の魔法使いのL3よりは熟れてる。高速にて的を外さない自信があった。
魔法での遠距離からの殺害なら多少は嫌悪感を拭えるかという目論見もあった。
落命させる気の、夜に輝く大きな光源は
『「Look at me」』
その声がメレアに届くと、即座に雷砲が暴射した。
多大な魔力が籠る雷のL3は『蛇の魔法使い』に当たる事は無く、明後日の地面へと着弾して大穴を穿つ。
「な……!?」
当て損なった訳では無い。だからメレア自身もこれには戸惑う。
コントロールしていた筈のL3が突如としてそのコントロールから切り離されたから、結果として標準不明瞭なまま出鱈目な方角へと飛んで行ってしまったのだ。
『フェイズ』に捕まった? いいや四十米程距離を離した。仮に喰らったにしても発動が速すぎる。
それに『フェイズ』に捕まったならL3は撃てはしない。使えなくなって魔力事無に還る。だから魔力が封せられた感じは無い。
『フェイズ』に捕らえられた感触は無いのだ。なのにメレアは今、一切の身動きが取れない。
身体が急に鉛の様な倦怠感に襲われる。
あの声を聞いてから『フェイズ』では無いが、同じ様に身体を束縛される現象が今のメレアの身に起きている。
それも足とは言わず口以外の全て。
そして心さえも。
魔力を押さえても尚眼を露出して来た。何か切札があるのだろう、だから蛇の魔法使いの眼は絶対に見ない様にしていた。
見ない様に視線だけは外してある。
なのに、見えない力に無理やり抑え付けられる様に首が、瞳が、蛇の魔法使いの眼球の方に徐々に吸い寄せられる。
「はい、おしまいまい。此れでボクから逃げる事は出来ない。
今発した声は耳じゃなく心に向けて響かせた。もう何やっても無駄なんだよ」
一転して詰まらなそうに、そう吐き捨てる。
「この眼で見さえすれば意中の相手はもう動けない。逃れられない。強化した魔法使いの眼ならどれぐらい遠く見えるか、当然分かるよねぇ?
豆粒になる程に逃げようとも今の一声で全ては徒労になるワケ」
淡々と話す声は、此度の戦いの終結を現す様を隠していない。
蛇の魔法使いはこれで終いと思っている。
メレア本人はこれに必死で抗おうとしてるが、どうにもならない。
木の上直立不動の体制のまま、意思では無い力によって首だけ動く。
『フェイズ』と違い、自力で脱出が可能な感じが一切してこない。
全くの正体不明の現象を前に、何をどうしようが無力だ。
そして、滔々、瞳と瞳は交錯する───
蛇の魔法使いの、菱形の奇怪な黒目をメレアは二つの目で凝視してしまう。
そうして、彼女の石化が始まった。
「おねーさん特別に首だけ残して飾って上げる。強かったご褒美だよ? 喜んで?」
『フェイズ』ではない、魔法でない、これは蛇の奇怪な特殊眼。
それにメレアは捕まった。いや、初めから使われたら終わっていた。
蛇は只単に此までメレアとの、強敵との戦闘を楽しんだだけだった。
蛇は技量としてメレアよりは劣るのだろう。だがこれ一つで全ては覆る。
「ねえ…石になるってどんな感じ?暖かい?…冷たい?…」
手の爪先から足の爪先から蛇が這いずる速度で石になっていく。
メレアには初めての経験だった。何も出来ない、蛇の魔法使いの菱形の眼球を見ながら為すが侭だ。
「く…そ…何なんだお前は…なんなんだ此は…なんなんだ本当に今日はッッ!!!」
それは吐き出し所が無かった叫び。石化は止まらない。もう両足の付け根まで来ている。
このまま進めば心臓まで石になって鼓動が止まる。果たしてそれはもう生きている状態なのか?
「ひゃひゃひゃあひゃひゃひゃ───!!!それ!そぉゆうの聴きたいから口だけは自由にしてるんだよ!!! サヨナラおねーさんサヨウナラ!!!
何時か『フェイズ』の魔法使いが石化を解いてくれたらいいね!! あはッあはははははあはははははは!!!」
四十米程離れているが、その線と線はしっかりと交わっている。
まるで見えない糸が二人の間で繋がってる様に目と目は外せない。石化は止まらない。
メレアの石像と言う形で、もう直ぐ終わりが見えている。
二度と逆転は出来ぬだろう
その見えぬ糸を───
薬筒を叩き付けて、断ち切った。
「───ッ!!?」
「…え?」
体が自由になったと感じた瞬間、石化の進行も止まった。
メレアは急いで此の場から跳躍し、隣の木々に移動する。手足が使えないので胴から不格好に着地するしかなかった。
石化は完全に終わらないと解けてしまう様で、少しずつだが石になっていた足や手に肌色が戻っていく。
「ボクの言霊を………切った? 馬鹿な…そんな事…」
蛇の魔法使いは今の光景、理解が出来ないと、その場で放心状態になる。
石化の言霊を切り離すなんて事、所持者の本人すら聞いた事が無い。
と言うかそもそも有るか分からないその糸を切れるものなのか?
矮小になった脳味噌がエクスクラメーションで埋め尽くされるその彼女に向けて、
躊躇無く確実に断ち切って見せた本人が吠える。
「メドゥーサ!! その石化眼はもう使わないってディレイで約束したでしょう!!!」
アズサ=サンライトはそう言って、薬筒を掴んだ右手を蛇の魔法使いに向けた。
夜は続く
混迷した魔法使い達を導く光は未だ───
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