第二十七話『綴られし一頁』

 

  

 アランスさんの予告通り、それは二分後ぐらいにわたし達の目の前にやって来ました。



「(………))



 ちょっと、わたしが想像していたのと容姿が違う…。


 一撃昏倒に、長距離移動、そんな離れ業を持つのは奇怪な出で立ちに痩身の男性…というイメージでしたが、

 目の前の人はそれと真逆で、ゴツゴツとした鎧を着込んだ逞しい水国の兵。

 いや、水国兵? それにしては兵装が派手なような…


 それに一人だけじゃない、三人も居る。

 

 獣道から不自然な広い場所に出たからでしょうか、辺りを注意して探っています。

 内二人が火を燈す何かを持っているので、こちらからは向こう側がよく見えますよ。



「(これが、犯人…?)」



 それは隣のアランスさんに聞くつもりで口から出たもの。


 対してアランスさんは『チッ』っと舌打ちした後、わたしには何も言わずにあちら側へと飛び出してしまわれました。



「(え───ッ!?)」



 ちょ、軽率───!?


 慌ててわたしもアランスさんの後を追う形で茂みを抜け出し、身を晒します。



「!?………ボールドネット中尉ッ! あの服装…また奇術使いです!」



「クソッ! 挟撃か! ノアの奴めッ! 情報と丸で違うではないか!!」



 突如現れたわたし達を見て、真ん中の兵士を護る様一カ所に固まる三人。

『ちゅうい』って聞こえましたけど、何だろう?



「火国兵、だな。此は水国の領内だぞ、武装は条約違反だと知らない訳じゃないだろう」



「条約違反? ハッ、何を今更。今はもう喰うか喰われるかでしかないだろう」



 この人達は火国の兵士なの? でも何でそんな人達が此に?

 いや百歩譲って火国の方がいるのはいいですが、鎧で頑強に固めたそれはまるでこれから戦に出向くみたいな…



「………私の問いに答えろ。私を気絶させ此まで運んだ意図は何だ?方法は?」



「?? 何の話だ?」



「惚けるなッ! こんな時間にこんな場所を彷徨って無関係とは言わせない! 一体何を企んでいる!?」



「えぇい! 話術で心を掻き乱すつもりだな! そうはいかんぞ奇術使いめ!!」



 共に最後は声を荒げ、リーダー格のような人が腰に差していた剣を抜き出して来ました。


 暗闇の中でも煌めくそれは、月の光を反射し、寄り刃物としての恐怖感を煽る人を死に至らしめる物。



「(ア、アランスさん…)」



「水国内で抜いたな。重罪だぞ」



 わたしはアランスさんの裾を掴み、彼女はリーダー格のおじさんを睨みます。


 空気が重い。それは凶器を出された事によるプレッシャーなんかではなく、側に居るアランスさんから発せられる圧迫。


 怒ってる…、わたしが思う程アランスさんは冷静じゃない。



「正当防衛だ」



 そう言って、彼女がやろうとしているのは魔法行使―――

『正当防衛』と聞き、向こう三人は何故か失笑を漏らしています。


 ギリッと歯を軋らせ、人差し指に魔力が入るのをわたしは後ろで感じます。



「よかろう。この『ゼロスリー』の力を魅せる時だ。見てろお前達!

 ミハエルの若造に屈辱な真似してまで手に入れた秘剣の凄まじさァアア!」



 言ってリーダー格のおじさんが一歩前に出て来ます。



「その剣が何だ、高慢な態度の根本がそれだと言うなら吹っ飛ばしてやる」



『やってみろ』と声がして、パチンと指がコインを撃つような軽く、そして金切り音。

 光が一瞬迸り、リーダー格のおじさん目掛け走って行きました。


 アランスさんの雷弾。喰らった瞬間の記憶が未だ色褪せない。

 わたしは加減抜きだろうこれ一発で倒されました。


 吹っ飛ばすと豪語した以上、相応の力が込められている筈のそれを



「く………ぐッッ!!!」



 リーダー格のおじさんの剣が受け止めていました。


 おじさんが意図して受け止めたかどうかは定かでは無いのですが、アランスさんの雷弾の軌道は刀身に向けていました。


 本来ならポキッと折れると想像出来たのに、あの剣の刀身は雷弾に抗っている。


 いや、抗うと言うより、発光する玉がどんどん小さくなっていく…?



「な、なに、あの剣…?…??」



 思わず口に出ました。こんなの初めて見るのだから仕方ありません。


 掌サイズの雷弾は剣を折るに相応しい力なのは魔法の心得があるわたしにも解る。


 剣の強度は知りませんが、普通はこうはならない筈。


 雷弾は剣にくっ付いたまま小さくなり、滔々消えて無くなってしまいました。


 唖然と見ているわたしを他所に向こうの仲間二人が驚嘆の声を上げます。



「これだ、これが欲しかった! 通用するぞ! 勝てる! こいつらになら!!」



「ハァァ───…………」



 額に手を置き、青い髪を掻き毟りながら、アランスは深く息を吐きました。


 予想外の事で落胆している───

 と言うのはわたしの思い過ごしで



「わっ!?」



 ギョッとしてわたしは彼女から離れます。足元には大きな大きな六芒星。

 真っ黄色に強く発光し、膨大な魔力を犇犇と感じる。



「いい加減にしてくれ。式展の前から気を張っていたし、その式展も姫様に振り回されてクタクタだ。

 揚句お師様に叱られ使わない部屋を何十も栓錠し、寝惚け眼で料理も作り、やっとベットの上で休まろうって時に、訳の分からない事態に巻き込まれて…………」



 六芒星は更に光輝きます。


 わあ、うわわわぁ…、これ、こんな感じ見た事ある。

 えーと師匠が洞窟でフレイムアルマジロを粉々にしたやつ!



「無駄が分からんか! 効かんよ奇術など今の儂には!!」



 この只事じゃない光景を見てあのリーダー格のおじさんは先との違いを分からないんですか!?

 ほら、他の二人は貴方の背後に隠れてますよっ!!



「気付けば何処かの森。『イムズの森』? なんでそんな辺境に来なくちゃならないんだ。

 果て、嫌いな火国の兵に剣を突き付けられ、調子付かせてああ───もう!!!」



「我が魔力の還元によって奉る。其の第一節から第三節まで当座」



 右手を翳すと更に魔力の上がり。バリィバリィと放電しながらも集束するエネルギー。


 もはや此だけ夜じゃなくなりました。

 朝とも言えず、ただアランスさんを中心に光が漏れ出す程に輝く。



「その岩顔事消えろ。影形遺すな」



 音はありません。カッ!と一際強く発光してそれで視界が奪われたので、どう言う現象が起こったのかも分かりません。


 一つだけ分かるのは、呆然と刃の無い剣を見ているリーダー格のおじさん…の真上を通過したのでしょう、不自然に背後の木々が吹っ飛ばされて大穴が穿たれています。


 威力は先程とは比較になりません。あの剣には何か秘密があったみたいですが、圧倒的な魔法を前に成す術なかったみたいですね。



「「「ひ、ひぃぃぃいいい!!!??」」」



 ガランと使い物にならなくなった剣を落とし、鬼気を放つアランスさんを見て心底震え上がる三人。


 リーダー格のおじさんも一転無口となりました。


 言った通り高慢な態度の根本だったようで、その光景が何だか不謹慎にも面白可笑しくて、わたしは自分の置かれた状況を忘れてしまいそうです。



「た、戦える訳ねえよ! こんな化物相手にどうしろってんだ!!!」



 内一人が裏返った声でそう叫びながら、来た道を大急ぎで引き返して行きます。

 もう一人も言わずも同じ気持ちだったようで、リーダー格のおじさんを置いて走り出しました。



「お、おい馬鹿共! 儂を置いて行くとは何事か!!

 えぇい! えいえい!! いいか貴様等、儂を殺せば『疾進』が黙ってないぞ? スキルアード隊の名を知らない訳ではなかろう!?」



「スキル、あーど?」



 首を傾げて考える。…たべもの?



「知らない。もう一度聞くがリエリア城の件はどうやっ───


「ぎァアアあああああァああああああああ!!!?!?!!」



 突如割って入った悲鳴が、アランスさんの言葉の続きを掻き消します。



「ひえッ!?」



 なになになに!? こんな暗闇の中で大声で驚かさないでよ…

 今のは、真っ先に駆け出して行った兵隊の人の声な気が


 咄嗟に何かあったのかと確認する為にアランスさんより前に出ましたが、手を掴まれて再び背後に引っ張り込まれました。



「追い付いたよ中尉ィィイイ、新兵置いて逃げるって尉官としてダメだと思うんだ、

 あの人泣いてたよぉぉぉシクシク…シクシク………ひゃっひゃっひゃっ…幻滅しちゃう」



 新しく聞こえてきた、軽い透き通るような女の子の声。

 ドサリと何かが崩れる音も同時に発したような気がします。


 ヌルリと影から現れる。それはわたしと同じぐらいの背丈を持つ女の人でした。

 月夜に映えない紫の髪、顔は気色の悪い大蛇が描かれた布で目の辺りを覆われていて口しか分かりません。

 

 服装は魔法学校の制服、肩には金の翼三枚の刺繍、魔法使い三塔…?



「くッ………おのれ………おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれェエエエッッ!!!」



 爆発したように咆哮を上げ、リーダー格のおじさんが地面に落ちている別の剣を持って紫髪の女の人に向かって行きます。


 逃げて!と叫ぶつもりでしたが、間に合いません。

 大きく振りかぶったリーダー格の人に隠れて今の場所から紫髪の女の人が完全に見えなくなりました。


 バゴッ!と斧で大樹を叩くような音が聞こえます。


 紫髪の女の人は、横に跳躍して渾身のそれを回避したようです。


 でもまだ終わらない、これでもかとぐらい剣を縦横無尽に振るうリーダー格のおじさん。

 わたしからはわざと紙一重で避けていると感じるほどに身スレスレで全ての剣戟を避けていく紫髪の女の人。

 その様は、まるで曲芸───



「あはははは!!! おっそ!!! おっそォオオおおおお!!!!!」



「力で儂が負けるかッ!!」



「いい加減その外れた考えやめなよ。魔法使いは接近戦に弱いなんて誰が決めたの?」



『強化したボクに力で敵う訳無いんだからさぁ…』と続き、瞬間、リーダー格のおじさんの巨体がフワリと空に浮きました。


 そのままわたし達の近くまでドーンと飛ばされてきて、お腹の辺りを押さえ苦しんでいます。

 蹴ら…れた? でも大の大人を此まで吹き飛ばすなんて───



「ヒ、ヒヒヒ…、残ァ念だけど…中尉とはもう遊んであげなーい。ばいばい」



 !? リーダー格のおじさんに気を取られている間に、紫髪の女の人はわたしの直ぐ側に居ます。

 わたしは慌ててその場を飛び退きました。


 当の紫髪の女の人はわたしを気にする事無く、咳込むリーダー格のおじさんの鎧の首根っこを掴み、



「ええッ!?」



 軽く持ち上げて、その状態で腕を伸ばします。どんな腕力してるんですかこの人!?


『それっ』と陽気な掛け声と共に横に放り投げる紫髪の女の人。


 陽気なのは声だけでバッッゴォ!!と恐ろしい音が響き、リーダー格のおじさんが一際太い大樹に叩き付けられ、白目を剥いてガクッっと頭を垂れました。


 その髪を掬い上げる紫髪の女の人…が何時の間にか手にした獲物。


 木製の…剣? え、あれ…? 腕から直に生えてる?



「ア、アランスさん!」



 さっきから挙動を取らないアランスさんに声を掛けます。


 これ以上はやり過ぎが明白、それにもうあの人、気を失っています。

 止めに行こうにも、アランスさんが腕を離してくれません。

 彼女はただ首を振って『見ない方がいい』と言うだけ。


 ザクザクザク、ギギギギギと大樹が雄々しく薙ぎ倒されていきます。

 高く突き出ていた木は、この深夜に突然の終わりを迎え、地に伏せる事となりました。


 アランスさんの腕を振り解き、紫髪の女の人を止めようとしたわたしは、そこで不自然に転がってきたボールに気が付きます。



 ボール…?




 なんで此にボール…?




 ボー…



「へ、ぅ………!?」



 ボール、じゃない。丸くない、蹴れるフォルムじゃない。


 髪、め…目、は…鼻、く…口、


 切断部からは夥しい液体が垂れ流しにされ、中には妙な果実と白いのが入ってる。


 目が、目が、合う。


 砂浜に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を動かすと、苦悶の表情でわたしを見たまま瞳孔が開いてゆく。


 灼熱―――、喉が熱い。頭が脱色されて言葉にならない。



「ぐ、おぇエェエエェエェ………!!!」



 膝を着き、胃の中にある物が無意識に全部吐き出る。

 脳裏に刻み込まれた。最期の表情が消えない。一瞬だった筈なのに永続的に脳内で再生されていく。

 その都度喉から迫り上がってくる嘔吐感に逆らえず、吐き気は納まらない。



あ、あっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 人? 死? 死体? 殺し? 何かの催し? リアル? 夢? わたしは今何処に居るの?


 断続的に頭の中で色んな事がチカチカ浮かんでは消える。

 

 目が合った。目が合った。人が死ぬ瞬間を見た。

 何で、わたし、こんな、何で



「祈っていてくれ」



 不意に傍のアランスさんが一言、わたしにそう呟く。

 こんな状態でも耳に届くわたしは実は冷静なのかそうではないのか。


 祈る? 意味、分からない。わたしは誰に対してどう祈るべきなのか。



「可能な限りで全力で行く。でもそれで私がもし敗れる様であれば………恐らく、次は私達が」



 アランスさんは打ち捨てられた亡骸を一瞥すると、より真剣な表情で前方を見据えます。


 口の中に残る酸っぱいものを何とか飲み下して、わたしも生首を見ないように恐る恐る顔を上げます。


 森は普段あるべき静寂を取り戻していました。今この場に無駄口を叩く者は居ない。

 記憶に新しい見ず知らずの三人の兵隊さんも、もう居ない。


 視界を染めるは、人殺し。殺人鬼。


 首の先から液体を噴水のように吹き出す物の近くに、非現実の塊が佇んでいます。


 眼布には本物のような質感を思わせる大蛇の絵。

 手には、木製に見える剣

 月光に照らされ、引き裂かれる歪な口元。


 彼女は、火国兵の人を攻撃していてわたし達に対しては無関心だった。


 本当に…?



「ひゃっ、ひゃひゃひゃひゃひゃあああひゃひゃひゃひゃ…

 あ゙あ゙あ゙―――――ぁ───雑魚相手だと味気無いなぁ…、

 ねえ…おねーさんならボクを楽しませてくれるぅぅぅぅううう??」



 生まれて初めて感じる自分を『殺す気』に、再び胸底から灼熱が込み上げてくる。

 ぺたんと尻餅を着いて、不様に手で地面を掻いて後退します。


 強大で明確な敵が居るのに、戦うって豪語したのに、わたしは戦いて戦意を持ちません。


 家に、師匠の工房に帰りたい


 帰れない、帰り方が分からない───







 平凡と非凡の薄皮一枚



 自覚も覚悟も無いまま

 こうしてわたしは非凡へと飛ばされた



 これが、誰かの綴った物語と言うのなら、

 きっと此が始まりの一頁

 

 

 

 


 

 

 

 

 第二章   End

 

 

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