ノ肆 『水国皇女と皇女護衛』

 

 

 

……………




……………




……………




「こちらです姫、此なら戦場が一望出来ますよ」



 鬱蒼とした密林の只中


 その木々達の枝から枝へと軽業のように飛び行く人影二つ。


 片方は背中に剣らしき物を背負った長い蒼髪が印象的な女性。

 同性からも好意を向けられそうな中性的な顔立ちだが、凜とした美貌はただ美しいと感じる。


 だが、この女性には異様な箇所が一点ある。それは瞳を閉じていると言う事。

 口で説明すると不自然に思えないが、これは普通に閉じているのではなく、もっと外側からの力での閉塞。


 そう、両瞼をわざわざ糸で丁寧に縫い付けている。


 ある一本の木の枝へと留まったこの蒼髪の女性は、此の場で後ろを着いて来ていたもう一人を招き入れた。



「ありがとう、メレア」



 差し出された手を掴み、もう一人も同じ枝に飛び移った。


 もう一人はメレアと呼ばれた蒼髪の女性より一回り小さい。

 髪は栗色の長髪。顔はやや童顔だが、疲れているのか目には深い隈が、顔色自体も優れている様には見えない。


 共に水国の兵装を少し改造した物を身に付けており、姫と呼ばれた方は空手の状態だ。


 

「フランシーヌの話通り、大きな戦となっています」



 メレアが顔を向けた先には、未だ森が続いているが、その先の先のそのまた先の先ぐらいには平野が覗いている。

 此からなら正に針の穴ぐらいの小ささしか無いのだが、彼女達には充分なのだろう。


 尤も、目を開かないメレアが見えているのか疑問だが…



「兵量は、此から見える範囲だけでも火が優っていますね。

 水国兵は…005隊の存在は確認出来ますが、他は…」



 メレアに姫と呼ばれる女性は、その彼女とは違い、しかと瞳を開いて先を見据えている。


 身体強化で視力を強化した彼女の瞳には、何米離れた場の模様もクッキリと見て取れる。


 その姫の肩を、不意にメレアが掴んだ。



「姫様、失礼します」



 そう断りを入れ、メレアは再び正面に顔を向ける。


 沈黙が続く。姫もメレアも視線は固定され、この間は微動だにしなかった。



「───確認しました。照らし合わせます。時間を下さい」



 沈黙を破って、メレアは右の人差し指を顳に充てるという奇怪なポーズを取る。


 一方姫は振り向きもせず、一度頷くだけだった。



「005隊、055隊、057隊が混じっています。それと記憶に無い顔触れも多々、これは協会から送られた補充員でしょう。

 総指揮は恐らく、005隊隊長のアーゲット=フォーカス」

 


「アーゲット…、メレア、確かアーゲットさんは貴女と魔法学校同期の魔法使いでしたね?」



「そうですね、開戦前から在席する三塔の男で、系統は『フェイズ』です。

 以前遠くで見掛けた時、汚染された様子を余り感じられませんでした。現状では数少ないまともに頭が働く魔法使いの内一人でしょう」



 向こうからメレア達を確認する事はきっと出来ないだろう。


 姫と呼ばれる女性の視界には、火国兵の鎧の隙間に短刀を差し込む水国兵の姿。


 更に先には、魔法による炎の柱が確認出来る。

 派手なそれは向こう側に『アタック』に長けた魔法使いが居るのだろうと想像出来る。



「………寡兵な以上、この戦の勝敗は魔法使い達の奔走に掛かってきますね。

 他にどの魔法使いがあの戦場に居るのか分かりませんが、状況はどうなのでしょう?」



「アーゲット=フォーカスは強かな奴です。

 見た所、此の水国兵はかなり鍛えてありますね。上手く火国兵の緩みを突いている。

 と言うより向こうは総指揮が戦下手ですね。陣の取り方もなってない。

 此のまま膠着を続けられるのならば、或は五分以上の勝機も―――


「メレア、……………………あそこ、見て下さい…………………………………………………ワドゥーが居ます」



 今までの柔らかな声色よりやや低めのトーンで、姫と呼ばれる女性がメレアの話に遮りを入れる。


 彼女の見ている視界には、黒く塗り潰された剣士が、暴風のような荒々しさで死を撒き散らしていた。


 黒騎士が通った先には、血の噴水が惜し気も無く流れ、骸が地を埋める。



「………五分どころか必敗ですね。アーゲット=フォーカスも此で討たれる事でしょう」



 メレアは今しがた自らが言った事をサラリと覆す。


 彼女は戦況を五分以上から必敗と言い直した。


 それはワドゥーと呼ぶ火国の騎士がそれだけ格外であり、魔法使いですらどうにもならない存在だと示している。



「何故、今頃になってあのワドゥーをこんな所で…、機密が漏れる事を厭っていない?

 ッ………、火国の思惑が読み取れない…」



 険しい表情で姫が『魔法使い殺し』を見詰める。

 このまま行けばワドゥーは先程火の柱が上がった方に搗ち合う。

 魔法使いが挑めば勝機は薄い。彼は『ゼロワン』と言う神秘殺しの秘剣を持っているのだから。



「どちらにせよ、戦の結末を見定めた以上長居は無用。

 戻りましょう姫。万一と言う名の火の粉が降り注ぐ前に」



 メレアはそう言うと、屈み姿勢から直立に戻す。

 だが姫の方はそれに倣わない。未だ視線は戦場に向いたままだ。



「待ってくださいメレア、もう少し…もう少しだけ…」



「戦の帰結を見定めるだけ。姫はそう言って私を承諾させ、約束を結びましたよ」



「それは…、そうなのですが…」



 跋の悪そうに、姫は言い濁す。


 元より二人は戦を見に来る予定など無かった。


 アジトへと戻る途中であり、反対するメレアを強引に説得する形にて、姫が赴いた迄。



「私との約束を反古にしてしまわれるのですか…?」



「そ、そんなつもりは…、第一メレアだってわたしとの約束を破ってるじゃないですか」



「…! 私が姫との約束を? そんな事は絶対に有り得ません」



「どうして断言出来るんですか? メレアの嘘吐きっ!」



「嘘…!? わ、私が何時何処で姫との約束を破ったと言うのですか? いっ、言って下さい!」



…話が逸れた瞬間だ。


 別に姫が意図して逸らした訳では無いので尚始末に悪く、メレアも気付かないので加えて悪い。


 向こうでは生きと死が別れていると言うのに、彼女達は緊張感のない子供の様な言い合いを始めてしまった。



「覚えていないなんて、メレアにとってわたしとの約束なんてそんなものなんですね!」



「そんな事はありません! 姫との約束は私の命より大切!

 空言でなければ私が覚えていない等、絶ッ対に有り得ません!」



「メレアのバカッ! 友達なら…二人きりの時だけは『アズサ』って呼んでくれるんじゃなかったんですかっ!」



「う、あ―――――!!?」



 その時、メレアに稲妻が走った。


 言わせた姫は、彼女を睨んでいる。



「そ、…それは…、…………例え姫にそう命じられても、一国の皇女様を呼び捨てにする無礼には些か、て、抵抗が…」



 しどろもどろになりながら、メレアは言い繕いを続ける。


 何の名誉かは分からないが、その名誉の為に言うと、メレアはこの約束を忘れてなどいない。

 ただ、面と向かって姫の名を呼び捨てる勇気が彼女に無かっただけだ。


 ようは、ヘタレ



「あ、アズ…サ、お、落ち着いて。先ず、落ち着きましょう。私も、落ち着きます。

 話が変な方向へ向かっていますよ。戻しましょう」



 言い慣れないので、アズサの『サ』の部分が妙に上擦った。


 漸く話が逸れた事に気付けたようで、メレアはそれを使って今の話を逸らそうとする。



「………、もう少しだけ戦の行方を見ていたいのです。………」



 アズサ皇女は呟く。先の話はどうやら見逃してくれるようだ。



「……………………………見ている分ならば融通を利かせます。

………私がこの先で危惧するのは、貴女があの場に駆け出して行ってしまわれないかと言う事です、アズサ」



「…っ!」



 見透かされてる。無論違わずその通りで、彼女は先程から何かと理由を付けて参戦出来ないかと模索している。


 普通に言い合っても、理があるメレアに論破されるだけだ。



「自覚しなさいアズサ。行動に軽弾みが過ぎる」



 さっきの取り乱しがまるで嘘だったように、メレアはアズサ皇女を厳しく躾るよう、言い放つ。


 皇女の為を思って彼女に対する悪を買い、その考えを正す。



「………」



 暫く頭を垂れていたアズサ皇女は、やがて意を決したようにギュっと唇を噛み締めながら、メレアを見上げた。



「皇女が…皇族が、国の為、必死で戦ってくれている民を助けちゃいけない理由なんてありますか!?

 あそこにはワドゥーが居ます! あの恐ろしい『魔法使い殺し』が! 此迄生き延びたアーゲットさんだって殺されてしまいます!

 自軍が負けそうな戦を前に見過ごす事なんて、そんな酷い王様が有っていいんですか!!!」



「有っていい!!!」



 荒げた声は、更に荒んだ声に上から押し潰された。


 ビクリとアズサ皇女の肩が震える。


 そのたった一言が、彼女の言った全てを否定したから。



「いい加減、大人になりましょう、国の上に立つ御方なら思考を熟しなさい。

 今、貴女が必死になってあの戦を手助けして、勝利を納め、それでどうなりますか? 戦争は終わりますか?」



 諭すように、優しく、そして柔らかく語りかける。



「それ、は………」



 戦争は、終わらない。


 仮にX005隊が戦に勝利し『疾進』を退けた所で、それは局地的で且つ僅かな間の安泰でしかない。


 未だ、水国の領土は戦火で燃えている。

 関係のない人達までもが不幸に飲み込まれている。


 それに火国が意味もなく、難しいルートを攻めて来るなんて有り得ない。

 火国最強を駆り出すぐらいだ。あの地帯へは必ずまた攻めて来る。一度撃退されたぐらいでは諦めない筈。



「貴女は水国唯一にして不可欠、絶対にして大切な御方。

 その貴女が、簡単に命を晒す場に参じては駄目。その命は貴女の私物ではなく、水国の民の、そして水国の未来の為にある事を自覚して下さい」



「で、でも! わたしが戦う事で救われる命も―――


「『焼石に水』と言う諺があります。

 焼けた石に、多少の水を掛けた所で、忽ちの内に蒸発してしまうと言う意味です。

………貴女はその水を命懸けで汲みに行くつもりですか!?」



「う………ぐ、………」



 滔々、アズサ皇女は返す言葉を見失ってしまった。

 そもそも真面目な話なら口で勝てた試しが無い。



「焦る気持ちは分かります。ですが水国を思うなら尚更、貴女は堪える事を学ばなくては。

 冷徹な言い方ですが、水国兵も魔法使いもまだ替えは居ます。ですが貴女に替えが居ません。

 皇族はもう、只一人です。王になって民を導けるのは…最早只一人。

 そして誰であろうとアズサの替わりは居ないものと私は考えます。

 だから貴女の騎士として、迂闊な真似を私は断じて許しません。

 時には、貴女の恐怖ともなりましょう。それが必要ならば」



 チャリっと金切り音がする。


 メレアは右手で背中の剣をゆっくり引き抜くと、我が姫へその先を突き付ける。



「貴女は失った王権を掴む迄、越えねばならない障害がある。

 自身の死を偽り、惨めに逃れ、そして少数で『水精の翼』を作り上げた。

 多を守る為に少を切り捨てる覚悟がなければ、この先は到底至れぬ狭き道です。根底に在る甘き考えは捨てなさい」



 一陣の風が吹いた。


 両者の位置に変化は無い。


 メレアは姫を見下げ、アズサ皇女は己の近衛騎士を見上げる。


 共に、重く確かな意志を秘めるたる瞳が交錯する。



「そう、………貴女が言う事は常に正しい。皇族復権への道を真っ直ぐわたしに示してくれます。わたしの替えなき最高のパートナー

 それに比べ、わたしは駄目ですね、駄目な皇女です」



「………だからこそ、私が補うのですよ、アズサ皇女殿下。

 貴女は色々と至らない。ですがそれはまだ、貴女が成長過程だから。この苦渋も、その糧になりましょう」



『行きましょう、陽が暮れない内に』と続け、メレアは剣を鞘に納めると踵を返す。


 姫は漸く、立ち上がる。


 が、まだそこを動かない。



「本当に駄目です、わたしはまだ底が浅い。それに考えが脆く、甘い」



「アズサ…?」



「………皆、水国を思って戦っています。

 そんな人達を、簡単に見捨てる程の器、わたしには未だありません。

 今を救われた命こそ、先見えぬ暗き未来を変える一端。

 この程度の障害、乗り越えて行かなきゃ、身心矮小なこのわたしなんかに誰も付いては来ない!

 この程度で命が果てる女に、国なんて背負える筈が無しッ!!!」



 言って、足場の木の幹を激しく蹴り上げる。



「ッ…、これだけ言ってまだ分からないのですか!?」



 流石のメレアも、声だけでなく表情さえ怒りの色が付く。


 追って、もはや力づくで主君を止めようと、足に体重を掛けた瞬間───、



「水国『サアカマウダ』暫定皇帝にしてラヴァリー=サン=サアカマウダの実娘、皇女アズサ=サン=サアカマウダが命じます!!!

 メディトギア=レガ=アランス、貴女は陽が赤に染まるまで此で待機。その後ポイント六に向かい、フランシーヌと合流した後、日没まで待機。

 その後、ポイント十一に向かい他の『水精の翼』と合流した後、夜明けまで待機。

 それ迄にわたしが戻らない場合、各自の判断に先を委ねますッ!!!」



「なっ―――!!?」



 暫定皇帝による、勅命。


 それは、二人の間では使わないと決めたもの。


 論で崩せないと見るや、皇女は最終手段を使って来た。

 友情に亀裂が入る事も構わず、それすら覚悟して。


 この間にも、木の幹を次々に伝い、アズサ皇女の姿は森の向こうへと消える。

 突風が通り抜けたような物々しさと疾さで、遥向こうの戦場へと一輪の花が飛んでいく。



「―――大丈夫、わたしは誰にも殺られたりしません。だって私より強い魔法使いなんて世に存在しませんからね。

 サクッとワドゥーを殺して勝利を取ってきますよ!


 心配しないで。行ってきます」



 木と木の間から覗いたメレアの複雑そうな表情を見て、そう口走るアズサ皇女。


 切ない顔のまま薄く笑って、彼女はX005隊の戦力になるべく参じる。


 決めたから。使わない奥の手でメレアを捩伏せたから。


 彼女の瞳には迷いが無い。


 滾る魔力を迸らせ『最強の魔法使い』が森を駆け抜けて行く。


 それを、メレアは見送った。


 やろうと思えば力づくで止められただろう。

 暫定皇帝の勅命? そんなもの今は何ら力も無く、彼女にその発言権さえあれば、水国は此まで酷い惨状になっていない。


 しかし、足は動かなかった。


 そして、独り残された。



「あのバカバカバカ姫。自分の価値と立場がこれだけ経った今も、未だ分かっていない。

…………力はあれど、見るからにコンディション最悪の不健康者が無傷で『魔法使い殺し』を倒せると思ってるのか。…浅い。考えが甘い」



 額を押さえて、彼女はぼやく。


 聞かせるべき小言も、向ける姫君はもう此には居ない。


 何時までも鎖に繋がってる方ではない。見出だせば、呆っと言う間に羽撃いてしまわれる。


 そう、此に連れられた時点で、こうなるとは思っていた。


 予想は裏切らなかった。


 ワドゥーさえ居なければ、戦の終結が明確に見えなければ、アズサ皇女はきっと留まっていただろうに…。



(貴女が頻繁に戦へ出しゃばりたがるから、私やアイツが『雷速の右翼』とか『二刀舞の左翼』とか変な呼び名で呼ばれるんですよ…)



 今はまだ目立ちたくは無い。『水精の翼』自体は隠れていた方が都合良い。

 だが、戦の大きさに大小あれ、アズサ皇女が劣勢の戦場へ飛び出そうとするケースはそう珍しくない。


 その度に彼女を押し止め、代わりにメレアと今は居ない相方が、顔が割れないよう面を被って出て行く事になる。


 今も、自分が行くと言ってやれば良かった。

 己もメレア自身も簡単に命を投げれぬ身。ワドゥーが居たから、そのような軽い真似が出来なかった。


 結果、勅命を使われて、此に縛られてしまった。


 裏目ったと、メレアは後悔の溜息を吐く。


 そんな中で浮かぶのは、アズサ皇女が去り際に残した言葉。



「捨てられない、か」



 そんな甘っちょろい想いが未だ根を張っている様では、国を統べる者として不適格もいい所だ。

 だが反面、それでこそと思う事もある。


 この国は、優しき頼りない彼女が統べれば必ず平和になる。


 黒い部分など一掃してしまう、それだけ輝かしい光、太陽。



「………フランシーヌ、居るんだろう? 出て来い」



 不意に、メレアが誰も居ない森の中で誰かに語り掛ける。


 呼ばれた名の主は、別に隠れる気は無かったのか直ぐ今より高い木から現れる。

 枝に両足を器用に掛け、下方向に顔だけ覗かせた。



「ん?」



 姿形は小柄。アズサ皇女より未だ幼い。


 身を紫の服で纏っており、足は大胆に露出していてツルツル滑らな太腿が見える。



「他の『水精の翼』の趨勢を教えてくれ」



 現れたフランシーヌの顔は見ず、ただアズサ皇女が去った先の戦場を見詰め、メレアがそう促す。



「………クルジリスとファンロは手筈通り赤魔女の森へ………ロサとユージン達はポイント十一に向かってる………」



 他の『水精の翼』は実に律儀。予定通りの行動を取っているようだ。

 そのリーダーたる者だけが予定外の行動を取って組織の輪を乱している。


 メレアは些かの頭痛を伴い、落胆の溜息を一つ零す。



「暫く代わりに此に居て戦を監視してくれ。姫に縛られてしまって身動きが取れない。

 後、お前まで戦に参ずるな。姫に何か遭ったら青の煙玉を打ち上げろ」



「把握。………追い掛…、ける…?」



「誰が。約束破りまくりの姫なんて私はもう知らん。

 絶対に目の前に現れてやるものか」



 フイッと拗ねたように皇女が行った方とは逆へ外方を向く。



「じゃ……何処に……?」



 フランシーヌが首を傾げる。


 そんな彼女へ分かるよう、メレアはある方角を指した。



「聞こえないか?」



 それだけ言って、黙る。


 常人なら小鳥の囀りと葉が擦れる音しか聞こえない。



「………………音。………多い………2000? 否、3000前後。

 音………重い………、水国兵…じゃない………火国兵」



 それはまだ視認すら出来ない。今見える山の更に向こう側の光景。


 聴覚強化で耳を澄ましたフランシーヌが言った通り、そこには火国の後続三千が規則正しい足音で並べ、戦地へと進んで来ている。


 此度の戦に興味は無かった。


 アーゲットも此で朽ちるなら、それだけの男と言う話。


 しかし、今は事情が違う。


 アズサ皇女が、戦に参加してしまった。


 それだけで、…いやそれが全て


 メレアが剣を振るう理由は。



「皇女護衛と言う仕事はストレスが溜まって堪らない。

 手頃で、次いで結果的に良い方向に転ぶ強かなやり方で発散させるのが賢い」



 先程迄ならあの三千など無視だ。勝敗は見えてるし、負けがより盤石となっただけだ。勝手にやれと思っていただろう。


 が、今はこの戦で姫の身に掛かる可能性がある火の粉を一粒でも潰さなければ、不安で仕方が無い。


 尤も、三千程度、アズサ皇女なら魔法絶一からのL5で一掃出来てしまうだろうが。

 そうであっても『魔法使い殺し』と相対するのなら魔力は無駄に使わせないに越したことはない。


 彼女は改めて、剣を引き抜く。


 ゼロシリーズへの対策として魔法で創る武器とは別に普通の剣も携帯している。

 此れでも水国随一の匠に打たせた最高級の一振りだ。


 太陽光に反射し、刃を煌めかせる。


 そしてフランシーヌへと振り向き、見惚れしそうな程、美しく笑った。



「あ・ば・れ・て・来・る」



「………行ってらっしゃい」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 



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