ノ弐 『X005隊 開戦押詰』

 

 

 

……………




……………




……………




 水国の王都からは、遠く離れた地

 他国との国境が近く、南に下れば『ラグーン』と呼ばれる村がある。


 東に行けば直ぐに海が見え、その近くに広がる平野には、最前線を守る水国兵達の身寄り所になる塔が建てられている。


 今此を使い、南からの攻撃に備えるのは、水国のX005隊。



「確報来たな。奴さん先行五千、後続三千の軍勢で来るんだとよ。豪勢だねぇ」



 束ねられた書類をパラパラと捲る。

 

 X005隊の兵長を務めるウィルグは自らの隊長に投げやりな報告を熟していた。



「八千の『疾進』…先行時なら五千か………それでも充分過ぎる脅威だけどね」



 業務用の机の向かい側で柔かい布を使い、愛用の眼鏡を外側から丁寧に吹きながら、

 魔法使い三塔のアーゲット=フォーカスは狼狽える事も無く、そう淡々と返す。



「こっちは協会からの増援に先日の055隊と057隊を結合してやっとこさ四千。

 お前が魔法で無双してくれるとしても数字的にかなりキッッツイ感じだわな」



「馬鹿言え。僕の『フェイズ』は単体相手向けばかり。

 大勢相手に暴れるのは『アタック』系統の仕事だ」



「ンハー、使えねー隊長様だなオイ。フリシア副長ちゃんにすら劣るじゃねーかいよ」



 豪快に書類を机に叩き置き、ウィルグは向かって右側の窓を開け放つ。


 海が比較的近いせいか、ツンと鼻腔を突く磯の香りが緩やかに漂って来た。

 昔、オディールと王都を繋ぐ小舟の渡し屋だった頃の記憶が泳いで来る。

 ガシッと逞しい腕で窓縁を荒々く掴み、遠く先の向こう迄見つめた。



「んで、どーして火国は今更こんな所を欲しがるかねぇ?」



「………さぁな。水国を攻め落とすつもりなら、最東からグルリと回り込む様にして侵略していくのが無難な進路だが」



「此は隣国の『シノ』が近ぇ。迂闊に手ぇ出して水国とシノ相手にしちゃ不味い。

 現時点で火国としては好んで欲しがる場所じゃねー、だろ?」



 開けた窓から隊長室へと乾いた風が吹き抜ける。

 ウィルグの触れば刺さりそうな特徴的なツンツン頭も、今はサワサワと靡いている。


 空は晴々するぐらい快晴だ。



「だからこそ………今回強引に来るのは何かあるよな、やっぱ………。何なのかねぇ…」



 何気無しにウィルグは真正面から下へと目をスライドする。


 そこに在るのは掛け声や剣撃が耐えず響き渡る、今しがた己も混じって汗を流していたX005隊の激しい訓練模様。


 これから、戦が始まる。


 兵装の質は火国に及ばないが、それでも上物で且つ水国にある軽い素材を選んで使っている。


 火兵は百%男性だが、X005隊には一割程女性の水国兵が混じっている。

 女性が人口に勝るとは言え、女性の志願兵までも兵力として組み込まざるを得ない所まで、最早今の水国は劣勢な現状を隠し切れていない。



「考えた所で僕等末端は戦い、生き抜く事しか出来ないね」



 何かを考え込んでいるウィルグのその背中に、アーゲットの声が届く。

 鼻でフンと鳴らし『ちげえねえや』と零すと、クルリと振り向いて窓を背にした。



「───所で022隊はどうなってんだ? 戦が迫ってんのにまだ合流出来てねぇーぞ。何かトラブってんのか?」



 腕を組み、表情を憮然としたものに変え、ウィルグはそう言ってアーゲットを睨む。

 対するアーゲットは『ああ、それか』と返すと眼鏡拭きを一旦切り上げ、机の引き出しから一枚の紙切を取り出して、机の上に置く。

 それをウィルグは歩み寄って疾風の様に引っ手繰った。



「………ンだよこれ………、022隊は『イズムの森』に潜伏中の火の伏兵叩くから合流しないだぁ!!? バカヤロウ! ナメてんのか!!!」



 文面に目を通した瞬間、彼の血色が一気に灼熱へ変わった。

 怒りに任せて激情の怒声が腹から弾ける様に吐き出る。



「022隊には貴重な魔法使いが四人もいるんだぞ!? 今回の寡兵を埋める為の主戦力だ!! 来ねーとか有り得ねーだろ!!?」



「落ち着け馬鹿、誰かに聞かれて得する話じゃないだろ」



「落ち着けるか馬鹿ッ!! 022隊の隊長は誰だっけか!? 隊のナンバーが若い方が偉いんだからテメェがガツンと言えって! 今からでも一筆書いて伝達に持ってかせろッ!!」



 バァン!とアーゲットの机を両手で叩き付け、ウィルグは食って掛りそうな勢いで言葉を捲くし立てる。

 その必死さは022隊の不参加が先の戦には致命的な事になると容易に推察が出来る。


 だが、隊長であるアーゲットはウィルグとは対称的だ。



「だから落ち着け。予め言っておくが、僕はこの戦は022隊抜きでもいいと思っている」



「………正気かテメェ………、負けるぞ絶対に」

 


「これが何時もの戦なら僕も今頃は『なんて事だ』と、頭の一つでも抱え込んでるだろうさ。だが、今回は違うだろ?」



 アーゲットは今まで触らなかった熱い湯飲みに口を付ける。

 そして眼鏡が一気に曇った。



「………ワドゥー、か」



 外回りから話すアーゲットに些かな苛立ちを感じつつ、話の展開から先を読み取ったウィルグは、ある敵将の名を口にする。


 別名『魔法使い殺し』

 火国が誇る二大師団『疾進』に所属する漆黒の騎士。

 火の国、最強と謳われる人物。


 そのワドゥーが来ると云う情報は大分前に、X005隊は手にしていた。



「022隊の隊長は三塔のテレサレッサ=レスタ、副長も同じく三塔のメドゥーサ=ヘルヴィア

 共に悪評の高い『末期』の魔法使いだ。

 普段なら好き勝手させても有り余る戦果を持ってくるが…」



「今回なら『魔法使い殺し』に猪突猛進、即返り討ち、って言いたいのかよ?」



「回りくどく言わないなら、な。水国の際どい戦況はお前も知らない訳じゃないだろう。

 適材適所だ。『末期』組はワドゥーを憎んでるだろうし飛んで火にいる何とやらになるぐらいなら避けた方が善い。

 幾数もの同志を屠って来た『魔法使い殺し』は現戦力のみで倒し、此は必ず奴の墓標にする。

───それが、この急造したツギハギだらけのX005隊、最初にして最後の戦果だ」



 一瞬だけ、気圧された。


 それだけの威迫が、最後には込められていた。


 ウィルグは今更ながら件で取り乱した事を気にし、バツが悪そうに己が髪の毛を乱暴に掻き毟る。



「只でさえ寡兵、頼みの022隊も使わない、隊長に火力は無く、相手は『魔法使い殺し』か。

 これで退けられるってんなら奇跡だわマジで」



「X005隊は兵長であるお前がしっかりと育て上げてるだろ。素早さ、それ最優先にと鋭く磨いてきた。

 軽装で機動性も高い、鈍重な火国兵に劣らない筈だ。

 最終的に押されるにしても、ワドゥーを討つまでは持つ、上に立つ者なら『奇跡』なんて曖昧な表現はしない事だな」



「言うねぇ、まあ端から大将が負け覚悟で居られるより大分良い」



 珍しく強気な隊長に対し、ウィルグはカラッと晴れ上がった笑い顔を作る。


 アーゲットは深めの椅子に座り込み直し、クルリと1/4程それを回転させた。



「………負け戦にしてたまるか。こちとら戦が決まって以降、勝つ可能性を少しでも上げる為に尽力しているって言うのに」



「へえー…なら聞こうじゃねーか確率弾きさんよ。

 022隊を欠く今度の戦、このX005隊が勝つ確率は何パーセントだ?」



 アーゲットは、眼鏡の向こうの瞳を白地に細めた。


 彼は昔から物事の確率を正確に弾き出す特技を持つ。

 それは彼の師から血の滲む努力の果てに受け取った言わば秘術のような代物。



「………乗らすな。僕はもう、確率は弾かん」



 短く、そう答えた。


 ウィルグも別段期待はしていない。

 息を一つ吐き、ヤレヤレと掌を回すとアーゲットに背を向ける。



「お前も休める内に休め。少なくとも僕とお前、そしてフリシアは万全の状態で臨みたい」



 そのまま隊長室を出て行こうとしたが、このアーゲットの言葉で留まった。

 言われた中身に対し、ウィルグは唇の先を吊り上げる。



「それはこっちのセリフだバカ野郎が。隊長ともあろう奴が死人みてーな目してんじゃねぇぞ」



 ウィルグにこう返され、アーゲットは迅速に引き出しから手鏡を一枚取り出す。

『むっ…』と目の下の具墨を指で押さえた。


 振り返ったウィルグは『気にかける所が違ぇだろ』と、溜息の様に鼻で息を吐く。



「あれか、テメェが言ってた『ジュエリー』って奴が体ん中で悪さしてんのか?」



「だろうな。だが反して魔力の方は漲って仕方が無い。

………そう言う風に仕組まれてるんだろう」



 アーゲットは自分の足元に目を配る。

 そこには空になった空き瓶が何本も転がっていた。


『ジュエリー』と呼ばれる飲むエーテル。魔法の着火剤。


 彼は、それが毒に変容した看破した日からなるべくは口にしないよう過ごしていた。

 それは同時に、魔法を極力使わないと言う意味でもある。


 好戦気分、魔力向上それらと引き換えに魔法使い達は皆、理性の箍が外れつつある。

 滅茶苦茶で出鱈目もよくやらかす。その中でアーゲットが比較的冷静を保っているのはそう言う理由がある。


 アーゲットは此れ迄の戦、殆が消費低い身体強化の魔法のみで生身で普通の剣を振るい、生き延びてきた。


 後は今日まで『魔法使い殺し』と会わなかったと言う幸運もある。



「もうそれ呑むな、………とは言えねえな。流石に今回はテメェの魔法全開にしてもらわなきゃ戦えねぇ」



「分かってるさ。僕は『魔法使い』だ。魔法を使うのが本分。

 これを呑まねば果たせないのなら、これはもう致し方無い」



 そう言うとアーゲットは、足元から未開封の一本を持ち上げて机の上に置く。

『ジュエリ』はよくある硝子瓶の中に並々と容れられている。


 キュポンと栓を指で弾いてから、ラッパ飲みの要領で直接口の中に中身を流し込む。


 ウィルグは何も言わず、その毒々しい飲みっぷりを難しい表情のまま見守っていた。



「………ただ、時折漠然と思う事がある」



「あ? 何を?」



「今さ。今のこの有様。白。真っ白。まるで空を泳いでいるかの様な虚ろさじゃないか。

 今、皇族の残りは何してる? 皇帝、皇女が殺されてから、政治はどう動いてる?

 今、魔法協会は何してる? この酷い毒薬は何だ? 勝つ為か?

 寄り善い方向に向いているのか? 僕は何も知らない聞かされない。

 僕達は一体何の為、誰が為に今を必死になって戦っているのか、ってね」



 半分まで飲み下した瓶を見つめ、アーゲットはそう愚痴る。

 そうして透けた先を、頼りない瞳のままに。


 ウィルグはアーゲットの側に居る時間が誰よりも多い。

 何よりも古くからの友人だ。

 だから、彼が他人に絶対に見せない弱さも、垣間見ている。



「こんな時に、野暮な事考えてんじゃねぇよ…!

 テメェさっき俺に言った言葉棚上げしてんのか!? 今は戦い、お前も俺も必死に生き抜く事しか出来ねぇんだよ!!!」



 だからこそウィルグは、労るよりも、敢えて突き放す。

 叱咤するように、声を怒り色に染める。


 今、主君が抱える悩み自体は阿呆な自分ではよく分からない。

 分からないが、一つだけ分かるのは次の戦で思わぬ重荷と成り兼ねない、この一点。


 払拭させる為にも、それに耳を傾け、乗っかってやる訳にはいかないと、ウィルグは普段それ程使わない脳で論を叩き上げる。



「………そう、だな、もう僕に考えるだけの時間は残っちゃいない。戦が、迫ってる。分かってる、分かってるさ………」



 それはきっとウィルグに向けて言ったのでは無いのだろう。


 それっきり室内には外の音しか響かなくなった。


 隊長室に確定報告書を届けると言う仕事は既に終えている。

 ウィルグもこれ以上此に留まる理由もなければ居る気も無い。


 今度こそ彼に背を向けて、ドアノブを握り閉める。



「ワドゥーはこの僕が仕留める、必ずな」



 そんな声が聞こえた気がした。


 構わずドアを開いて、ウィルグは隊長室を後にするのだった。



「お疲れさん、ほらよ、預かってた大事な彼女だ」



 隊長室から出たウィルグをそう言って迎え入れたのは、005隊古参の水国兵だった。

 壁に立て掛けていた棒をウィルグに差し出す。



「おうサンキュな」



『彼女』と言われたその棒をウィルグが受け取る。


 長さは七尺はあるだろうか、先端は鋭利に尖り、その少し下には両面斧の刃のような物が付いている。

 俗に言うハルバートと呼ばれる武器に酷似している形だ。



「何かお前さんの声が響いてたが、一悶着あったのか?」



「ンハー、俺の声がデケェのは何時もの事だろー?

 何もねーよ、滅多に顔を出さない隊長殿も頗る良好の様子だぜぇ」



 実りある何かがあった訳でもない。


 強いて挙げるなら022隊の不参加だが、ウィルグ自身がそうであったように、言えば無闇に不安と憤りを与えるだけだ。


 兵長として土壇場で告げた方がまだマシだろうか。果たして士気を下げずに何て言えばいいのか…



「そうか。お前さんがそう言うならそうなんだろう」



 ウィルグよりは若干歳を刻んでいる水国兵は、そう言ってそれ以上の言及はしない。

 それだけで彼からウィルグへの信頼が見えてくる。


 思う。ウィルグが005隊に入ったのは一年と少し前だ。

 以前所属していた007隊でも兵長を務めた実績、それに隊長であるアーゲットの友人ともあって、

 直ぐに005隊でも兵長の位へと押し上げられた。


 不服が出ると思って顔を顰めたものだ。005隊内での反感や凝りが己に向けられるのだと。


 だがそれは全てウィルグの杞憂となる。実際に異義を唱える水国兵は出て来なく、当時の兵長であった横で歩いている水国兵もアッサリと席を譲ってくれた。



「ハー、数分動かなかっただけで身体が鈍って仕方ねぇ…

 カリム、これから例のマル秘、付き合ってくれよ」



「例の? ああ、アレか。アレは二日前を最後に完了としたんじゃなかったのか?

 止めとけ、戦に間に合わなくなったら元も子もないだろう」



「心配ねーよ、俺は頑丈さだけが取り柄だからな。

 カロッサ塗り付けて一晩寝れば傷も塞がってフル回復してんよ」



 005隊はよく出来た隊だ。己が隊長が推すのだからそれが全てと思っているのだろう。

 だからこそ当時新参にして彼等の上に立ったウィルグに嫌悪を抱く事無く迎え入れてくれた。


 055と057隊、協会からの補充員も今の所、問題なく指示に従ってくれている。


 無論、時には反感を抱く兵もいた。その時はウィルグ自身が積極的にその兵と接して解消して来た。

 現005隊の人達はもう気付いているだろう。彼には人を魅き付ける所謂カリスマ的な物を少なり備えている事に。


 カリムと呼ばれた水国兵はそれを真っ先に感じ取ったからこそ、兵長の座を呆気無く譲り渡したのかも知れない。



「………、チッ、嫌な奴が来たぞ」



 不意に、隣を歩くカリムが低い声でそう吐き捨てる。


 彼が見た先をウィルグも擦る様にして目で追う。黒髪が靡くのが微かに見えた。


 ウィルグとカリムが行く先から逆に歩いて来るのは、魔法学校の制服を身に包む此の場に不釣り合いな少女の姿。

 凛とした表情のまま、こちらへ向かって来ている。このままでは直ぐにでも二人と搗ち合う事になるだろう。



「カリム、わりぃけど俺の『マリナ号』持ってってくれねーか? 塔の入口にでも立て掛けてくれればいい」



 首も振らず、表情も変えず、ウィルグは側にいるカリムにしか聞こえなさそうな小さな声でそう呟いた。



「馬鹿か。副長の激情の吐き所なら俺も付き合うさ。

 次にお前さんと会うのは一階の医療室かな」



 カリムもウィルグと同じ器用さで呟き返す。



「野郎とベッドの上で会う約束なんざお断りだよ。

 いいから行けって。俺ほど女の扱いがうめー奴はいねえよ。なんつったって超が付く程の美男子だからな」



 言って、ウィルグは今まで平歩していた状態から一歩先にと出る。

 逆にカリムは一歩下がり、ウィルグの手からハルバートを引っ手繰ると、踵を返して隊長室へと続く今来た道を早足で戻って行く。


 そうしてウィルグとX005隊副長フリシアが搗ち合った。



「兵長、………随分長い事隊長室に居たのね、アーゲット隊長と何を話していたの?」



 凛とした雰囲気は既に崩れつつある。

 自分の頭二つ分先にあるウィルグを見上げるフリシアは、だが見上げると言うより見下ろすような脅嚇さを放つ。


 005隊『フリシア=アイデルフィアー』

 ウィルグよりも少し前に005隊に入って来た魔法使い二塔の少女。


 見掛けに依らず…いや見掛け通り気性は荒く攻撃的で、魔法使いを上の上、部下である水国兵を下の下に見ている節がある。


 彼女の逆鱗に触れ、魔法の的になった者も少なくない。


 005隊で唯一、ウィルグに対し友好的では無い人物だ。



「なに、副長てば嫉妬? 心配しなくても俺はどの野郎よりフリシア副長みたいな可愛い女の子の方が大せ――――――ふゥ、ぐッ…!!??」



 ウィルグのくぐもった鳴声が己が軽口を割る。


 ズドォンと塔内に響くような音は彼の脇腹から発した。


 そこに食い込むのはフリシアの足の甲。

 手加減一切無しの魔法使いによる身体強化後の蹴りが、ウィルグへと突き刺さる。



「~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?!!!??」



 堪らずその場に蹲る。人は余りすら越える痛みには悲鳴を上げる事すら忘れてしまう。

 不様に床を舐めるウィルグは、固く目を閉じ、唇を噛み千切る勢いで締め、急に来たこの痛みを必死で抗っている。


 その無防備な頭を、フリシアは容赦無く踏み付けるのだ。



「調子乗るなよ…只の一般人のゴミカスクズの癖に。

 アンタみたいなゴミ、私は何時でも気分次第で殺せるのよ」



「ぐガ、ァアアァ、ォアアアアア!!!!!!!!!!!」



 メリメリメリとフリシアの靴がウィルグの頭を圧迫する。

 彼女の加減一つで、ウィルグはそのまま惨い死様を咲かせる事になる。



「アーゲット隊長に気に入られて気分良い? どうせアンタなんて使い捨てよ。水国兵はみんな使い捨てのゴミ!

 ゴミが一匹急に居なくなろうが、問・題・無・い・の・よッ!!」



 愈、ウィルグの頭を踏み潰そうと、フリシアは調節し、更にもう少しだけ足に力を加える。


 ミリミリミリと頭蓋骨からは嫌な音が聞こえて来る。


 ウィルグは脇腹の痛みと頭の痛みが同等の痛みに思え、何が何だか分からなくなり、ドロドロな意識が遠く彼方へと飛んでしまいそうだ。

 それは不味い。それだけは、



「ァガあァアぁアアアァアアァァアアアアァ!!!!!!!!!!!! ま、まっ、……待て、って…ッッ!!

 もうすぐ、戦、始ま、……、ゴミの一匹、で、もッ! 多いに越した事はねぇぇ…はずッ………だろッ!!!」



 絞り出した声を荒げ、飛びそうな意識を何とか保つ。


 目前で大男が這い蹲る光景を見ながら、フリシアはヒョイと靴底を宙に上げた。


 そして腰に下げていた瓶を手に取る。



「フン、ゴミの一匹や百匹。いや千匹。私が楽にカバー出来るわよ。

 せいぜい私達魔法使いの盾になって虫の様に死になさい」



 そのままグビグビと瓶の尻が上に来るような格好で中身を飲み下す。


 先程アーゲットも呑んでいた『ジュエリ』

 彼女は躊躇いもせず、口から零れるのも気にせず、これを浴び続ける。



「プハッ! ………ワドゥーが『魔法使い殺し』なんて呼ばれてるけど、アンタも立派な『魔法使い殺し』よね。

 知ってるわよ、アンタがX001隊のクレア様も007隊のマリナ様も守れずに死なせた事。行く先々で魔法使い死なせて今度はアーゲット隊長も死なせる気ィィ?


 ギャハ、ぎゃははははははははははははは!!!! 死ねよ、もう早く死になさいよ、今度こそ兵の役目を全うしてワドゥーに斬られて死ね!!」



 空になった『ジュエル』の瓶を壁に叩き付ける。


 ウィルグの古傷を抉る事で満たされたのか、ハイになったテンションのまま、小さな悪魔は隊長室の方へと消えていった。



「………いっっっ……」



 彼女が去った後も、暫くは満足に手足を動かせなかった。

 痛みが若干引いた頃合いを見て、ウィルグは最寄りの壁までノロノロと這って行く。


 深々と背を預け、漸く安堵を得る事を出来た。



「ハァー………………、これ………、俺じゃなきゃ肋バッキバキに折れてんぞ絶対。

………いや折れてるな、これ。まぁ……、燃やされたりしなかっただけ、幸運か」



 痛めた脇腹を気遣いながら、ウィルグは自分のズボンを弄り始めた。

 そうして取り出したのは掌サイズの細長い筒のような物。

 特殊な葉を乾燥、加工したもので包んであり、市販は無い。

 ウィルグはこれをグーレイと言う町の闇市で手に入れた。


 別に取り出したマッチ箱から一本を掴み、掌を返しそれを壁に擦る事で着火。

 馴れた手付きで包みの先端に火を付け、それを口に銜える。


 途端、何とも言えない味が咥内を満たし、ウィルグが上を向いて息を吐くと、白濁した煙が勢いよく昇っていった。



「今度こそ兵の役目を全うしろ、か………

 ああ、やってやるよ。守り切ってやる


 今度こそ、な………




 必ず、だ」

 

 

 

 

 


 


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