第二十五話『人操の魔女』

 


 

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 王都から遠く南東、ディレイと呼ぶ村の更に向こう。

 そこには賑やかさと人の開拓から逃れた鬱蒼な森が広々と長く広く存在を主張していた。


 此は水の民なら誰もが来たがらず。

 此はこれだけ広大で瑞々しい大地。しかし侵略国ですら欲しがりはしない。


 何せこの森にはそれだけ畏怖の意味を成す名前がある。



『赤魔女の森』



 そう人々から呼ばれた森は、水国の内情すら構い無しに今日も変わらずその存在を主張し続けていた。


 誰もが入りたがらない広大な森の中心からややズレた所。


 此には一軒の小屋があり、



「ァ、………ァア…………!? あァああああ!?!?!!!

 き、ききききききききききき来たッす!! お、お師! 今ゲートが開いたッすよ!!!」



 そのやや大きめの小屋の中、突如として有らんばかりの少女の甲高い叫び声が児玉し、

 地で蚯蚓を突いていた鳥達が一斉に空へと避難する。



「んむー、予定よりはぁ…些か遅いけれども、まあ許容範囲って所かねェ…」



「!? お、お師様! てか何時の間に後ろに!? いやそそんな事よりも、ど、どどどどうしましょう!!??」



「なぁにテンパってんの。何事も無いわ。手筈通りにやれよねェ」



 陽の光射す小屋の内部は、書物や薬筒、コインやカード等様々な物々が散乱して足の踏み場も無い惨状だった。


 そのゴミ小屋の約四分の一程の空間を占めた部屋の中では、一人の少女がグツグツと煮え滾る大きな釜の中をオドオドした様子で覗き込んでいた。


 その彼女の背後、乱雑し足首まで伸びる赤い髪にヨレヨレのドレスを着込んだ二十後半~三十辺りと思わしき女が、

 沢山の書物を積んだ上に片膝に片足を置いた状態で腰掛けている。

 その女性、色気こそ感じるが、なんと言うか女性としての色々が不足してる感がある。



「これが正真正銘 ゙本番゙ よ。私様の弟子ならば成果を御見せ」



 豪快且つ荒々しい女は、自分の髪の毛をクルクル巻きながら、前の少女とは対称的な冷めた態度で現象を見ている。


 だが女とて今起こってる事に決して無関心では無い。寧ろそこで右往左往してる弟子よりも気が気じゃない。


 この為に幾つもの時間や労力、そして人の命より重いと自負している金を湯水の如く犠牲にして来たから。



「ぅ……く……ハァ…! ハァ……、ハア… ハア………!」



 危うく大切な緑地の額充てが釜へ落ちそうになった。

 少女は高鳴る鼓動を左手で抑えつつ、右手でそれを持ち上げる。


 分かっている。彼女自身の小さな冷静な部分の彼女には分かっている。


 今、彼女の前に突き出された事柄は急じゃない。

 前々から知っていた事だし、これからしなければならない事も熟知しているつもりなのだ。


 恐らく自分は二人に恨まれる。恐らく自分は悪と呼ばれる物に加担する。


 それでも、夢で唸されるぐらい仮想で繰り返して周密を極めた。



「こ、怖い………」



「あ?」



 だからこそ、今から自分が成す事の大きさ、犠牲、成功する可能性を考えると、プレッシャーで頭の中が沸騰しそうになる。


 ミスは出来ないと言う精神的窮地は、人を無能に変える。


 当たり前だ。練習と本番じゃ心に掛かる負荷が圧倒的に違ってくるのだから。



「やるのよ。お前はや・ら・な・きゃ・な・ら・な・い・の」



 そんな怖じけ腰の少女の背後からは、女が激を飛ばす。

 罵詈雑言も同時に飛んでいるが、それはこの際割愛しよう。



「か、確認すけど…、これをやったら別世界の二人をメッチャ巻き込むんすよね…?」



「そうねェ。愚問」



「一生懸命頑張っすけど、それでも、せ、せせせ成功率は良くて五十パーあるかないか…」



「今更それを聞くゥ? ヒヨっ子には分からないでしょうけど、この半々こそがギャンブルで一番燃える時なのよ…」



 言って女は掌で弄んでいたコインを一枚握りこぶしの親指の上に乗せた。



「あらよっ!」



 勢い良く真上に弾かれたコインは、空中で幾度も回転してから上に向かう力を失い、再度女の手の甲へと落ちて来る。


 コインに描かれるは水国王都の噴水の絵、コインの『裏』側



「ゲッ!? …………………まあこんなトコで貴重な運使わなくて良かったわ」



 女は一瞬表情を崩したが、すぐに気を取り繕うと使ったコインを今度は前方へ飛ばす。


 コツリと前にいる少女の頭に当たると、そのまま足元のゴミの中へと落ちていった。



「………や、やるっす! 必ず成功して見せるっすよ!!!」



「頑張りなさいねェ、アンタのその1レナーの得にも成らない躊躇いが今も私様の勝率を下げているんだから」



 弾かれたコインが彼女の重圧を多少奪い取ってくれたのかは定かではない。

 だが少女は今の間に明らかな決意を目の内に現す。やる気は奮い立たせた。

 呼応するように部屋の中を発生源の分からぬ風が何処からともなく吹き荒れ出す。



「や、やるっすよ………シャルル………シャルル!!」



 自身の名を叫び、強く太鼓する。

 

 瞬く間に部屋の中はグォォォ!ビュオォォ!と嵐が駆け巡る。


 床に散らばった書物や生活品やゴミや何もかもが持ち上がり、周囲をグルグルと回る。


 この多々が少女の体をバシバシ打ち付けるが、少女は気にしない。

 背後の女性などは目さえ閉じない。


 少女の視線は既に固定されて動けない。既に第一段階に入っている。

 意識は全力で今から行う事に傾けている。



「E-3の『アズサ=サン=サアカマウダ』と『メディトギア=レガ=アランス』をこちら側に引き寄せるっす!!!!」



 そう強く叫び立てる。


 彼女が注視する大窯の中からは真っ白な閃光が噴き出し、豪風の唸りも最高潮を迎え、

 愈々耐え切れなくなった屋根がギシギシと音を立てながら剥がれ、彼方へと吹き飛んでしまう。


 書物や紙ゴミが宙を上がる中、女は静かに事の開始を告げる。



「さぁ、始めるわよ…。賞品もルーレットも予め用意されてる、勝負に必要な分のチップもこれで稼ぎ終える手筈。

………飛び入りで参加させて貰うわよ、如何にも『大物』らしくねェ」



 止む事無く吹き荒れる風は、背後の女の外套を捲り上げる。

 この血の色より深い真っ赤な外套には、黒い縁の中に金色の刺繍一文字。


『暁』が雄々しく空に輝きを見せ付ける。



 その時『暁』を背にする女の口元は盛大に綻んだ。




「ゲート事こっち側へ持ってくる! こんな桁外れの想定外一体誰が予測出来るゥ!!?

 小鼠三姉妹も! 火の脳カス共も!馬鹿のクロウデットも! 腹黒カナードも! 王族の暗澹も! その金魚の糞も!

 他の有りと有らゆる何もかもが私様に搾り尽くされるだけ!! 只の養分!!!


───此のゲームに勝つのはこの私様『人操の魔女』ことルージュ様を置いて他に要らないの」






 

 


 

 



 

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