第二十三話『門の起動』

 

 

 

 

 手首のスナップを利かせ、手早く鍋を回し、魚に火を通し、山菜を皿に乗せ、彩りを加え、拝借した余り物の食材で料理を見繕ってみた。

 余りとは言え素材は極上。それを私なんかが調理するのは烏滸がましい、正に金を鉄クズに変えている気分に陥る。


 無論、料理の心得はある。不味く作っては食材の命に対して罰が当たるからな。



「このサラダ美味しい! このドレッシング何ですか?」



「ああ、それは―――」



 使用人達が使う地下の食堂。


 私は今そこに居て、目の前には『アズサ=サンライト』と呼ぶ少女が、瞳を輝かせながら私が早拵で作った料理を胃袋へと流し込んでいた。

 何でも、朝を抜いて来たらしく、昼飯も半端しか摂ってなかったようだ。


 その空腹の少女を連れて、食堂に来たはいいがこの時間だ。既に厨房内は蛻の空。

 仕方ない。余り食材を拝借し自分が作ってやる他無い。

 それでも美味しいと言われたら、悪い気はしないものだ。



「落ち着いて食べればいい。終わるまで待っていてやるから」



「あのーアランスさん、わたしって今日帰れるんでしょうか?」



「ん………帰らせたいのは山々だが、リエリア城には夜の二十一時以降は船が無いし、来ない。

 アズサさんには今夜は此から先、突き当たりにある客室に泊まって貰うしか無いな…」



 時刻は深夜を指している。


 彼女にはこのまま泊まって貰うのが最善だろう。

 無理して帰らせる必要もなければ帰らせる手段も無い。



「あ、の…、その『さん』って付けるのは、出来ればやめていただきたいなー、なんて」



「ん?」



「そ、そんな呼ばれ方されたら背中が痒くって! わたしなんか呼び捨てで充分ですよ!」



 両手を振りながら、アズサ=サンライトはそう言ってくる。

………『さん』を付けるのはおかしいのか…、付けないより付ける方が良いと思っていたが。



「なら甘えて『アズサ』と呼ぶ事にしよう。所で君はまだ魔法学校には在席していないのか?」



「え? あ、はい。春の試験を受けるつもりです。

 と言うかまあ…それがラストチャンスなんですけどね…」



 あははは、と渇いた笑いを作るアズサ=サンライト

 魔法学校の入学試験は…確か十六迄だっただろうか。

 私はついこの間十七になったばかりだ。



「見た所、魔法の素養が無い訳ではなさそうだが…」



 一人だけで食事させるのも食べ辛いだろうから、私も野菜を油で揚げた物を摘んでいる。

 それを口に運び、シャリシャリと音を立てながら咀嚼する。



「色々事情があって、今まで落っこちてたんですよ…

 でもですね。今回は絶対!受かります!わたし!」



 アズサ=サンライトはフォークを持ってない方の手で握り拳を作り、真上に突き立てる。

 まだ青々としている。無論私も人の事を言えた義理じゃない。

 だが、愚直に真っ直ぐなその瞳は見ていて嫌いじゃなかった。



「受かるさ。今日見せた身体強化、それにL1の水弾、見事だと私は思う。

 あの水のL1を試験で見せる事が出来れば必ず合格出来る」



 アズサ=サンライトの空のコップに水を注ぎながら、私は思った事を告げる。


 L1暴発事件の事は伏せておいた。原因は辿れば私だし、教えれば彼女は要らぬ罪の意識に苛まれ兼ねない。


 だからそれは置いておくとして、特に水弾の良し悪しは撃ち落とした私が実感出来る。それは中々に洗練された物だった。

 思い返せば暴発して散る前はL3相当に匹敵した気さえする。

 いや、まさか…正に気のせいだろう。L3なんて二塔で修練を重ね、三塔に行けるか行けないか辺りの際どい所で漸く会得出来るような物だから。


 そんな考えを巡らせていたので、私は目前のアズサ=サンライトが瞳の中をキラキラさせながらこちらを見ている事に気付くのが遅れた。



「な、何だ?」



「アランスさんってすっごく良い人ですよねっ!!

 その上、魔法使い三塔ですし皇女護衛ですし、格好良くて憧れちゃいますよ~っ!」



 ブンブンとフォークを振るアズサ=サンライト


 やめろやめろ、そう言う褒めてくるやつは恥ずかしい。



「馬鹿な事言ってないで食べてしまえ。もう要らないのなら片付けるぞ?」



 そう言ってやると、アズサ=サンライトから無駄口が無くなった。

 私は、目の前で皿が空になって行く様を見ながら、軽く息を吐いて気持ち分椅子を引いた。

 

 今頃、お師は―――『絶壁の魔女』はどうしているのだろうか………


 最近は何やら思う所があるらしく暗躍しているようだ。あの方らしい。


 協力させて欲しい所だが、上手く言葉を濁してしまわれる。何となく蚊帳の外に居る心地だが足手纏いなら仕方が無い。

 今日は今日とて、不可解な事を頼まれた。この場合、頃合いを見計らって鍵を開けに行けばいいのだろうか?


 どうやらアズサ=サンライトを客室に送った後も、まだ眠れそうにない。



「そう言えばアランスさん、魔法使うのに薬筒は使わないんですか?」



「ん…、そうだな。君はあれで魔法を行使していたな」



 私にとっては遠い話だ。薬筒を触った事すら記憶から薄れかけている。

 薬筒の中にエーテルを入れて持ち運ぶか。利便性はかなり悪い。



「協会経由で魔法学校から飲用のエーテルが支給される。名は『ジュエリー』宝石だ。

 魔法学校に入れば君も薬筒を携帯する事は無くなるだろう」



『へー凄い!』と感想を漏らすアズサ=サンライト。

『ジュエリー』でお腹を満たすと妙な心地になるが、それで派手に立ち回らなければ一日はエーテル不足を解消する。

 魔法使いの弱点を消した画期的な代物だ。


 私には欠落した感覚だがアズサ=サンライトが言う所エーテル原液は高価なようだった。それを無料でくれるなんてと感嘆の声を彼女は上げる。



「………だが、苦いぞ?」



 フッと笑って後輩に助言してやる。


 彼女はビクっとこの発言に反応する。


 飲用エーテルは私も未だに抵抗があるぐらい苦い。飲めるように配合された過程で味が変容したのだろう。

 知ってる限りでは誰一人として好んで愛飲する味ではない。



「そっかぁー、でも魔法協会って凄いですね。魔法使いの法を作ったり、飲めるエーテルなんかも開発しちゃったりして」



「凄いも、過ぎれば驚異にしかならないが、な…」



 そう、昨今の魔法協会の功績は著しい事この上無い。



「?」



「何事も程が肝心と言う事だ」



 皇族の威厳と権威に霞みが生じ兼ねない程に。


 火国と見えない火花を散らしながらも、水国は協会派と言う身内の敵を作りつつある。



「な、何だがお偉い方々は色々と複雑そうなんですねー」



 明確な言葉としては表さなかったが、アズサ=サンライトは今ので触れ辛い何かを汲み取ったのか、口をへの字に曲げ、難しい表情をしている。

 尤も、可愛い気があるのでその顔が難しいそうとは見えないが



「失礼。変な方向に話に曲げてしまった。忘れてくれ。

 さて、今は遅過ぎる時間帯だ。今後の事は明日君が起きた時にでも話すとして、これから寝床へと案内しよう」



 そう言って私はカップに残った茶を飲み干す。

 賄った料理は完食されていた。

 アズサ=サンライトはニッコリと無邪気に笑い「ご馳走様でした」と手を合わせた。


 私は、料理に真心を込めない質なので分からないが、普通なら作り手として彼女みたいな人は嬉しい事この上無いのだろうな。


 そんな事を思いながらアズサ=サンライトを伺うと、ふとある小さな発見をした。

 考える必要すら無く、私は行動を起こす。



「リエリア城に泊まるなんて一生に一度あるかないかの経験ですよね。

 オディールに帰ったらみんなに自慢───んぎゃッ!?」



「じっとしていろ」



 ん~と背伸びしてリラックスしていたアズサ=サンライト

 その額に、赤く腫れ上がる患部に、私は指で触れる。



「いったぁぁあああ!!??」



 アズサ=サンライトが、その瞬間ギャグのような悲鳴を上げて後ずさった。



「な、何するんですか!!? あれですか! 飴と鞭作戦ですか!!?」



「いや…、君の額に私の雷弾の傷が残っていたから。

『ガード』で治療しようとしただけだ」



 もの凄く拒絶されたので、少しだけ気落ちした。

 急せず前持って主旨を言えばよかったか…



「おでこ…? あ、傷が…? 膨らみがない? 痛くない!」



 少し遅れて、アズサ=サンライトが今やった事に気付いてくれたようだ。

 額を触りながら『凄い!凄い!』と、例えば尻尾でも付いていれば振ってそうなテンションでテーブルから身を乗り出した。



「魔法って凄い! 傷も治せるんですね!

 これです! これぞわたしが成りたい魔法使いの在り方ですよっ!!」



 瞳に星を散りばめながら嬉々としてそう話し掛けてくる。

 ふと大分昔、私もカナード様に傷を治して頂いた時の事が、不覚にも今の彼女に重ねて見えてしまった。



「私の場合は『ガード』の力は弱く、この程度を癒す物でしかないが…

 高位の『ガード』特化や『絶壁の魔女』なら重体の者をも完治させる事が出来ると聞くぞ」



 カナード様に比べれば、魔法使い三塔と言え、自分はまだまだ半人前だと痛感する。


 元より私は系統が『シェイク』なのだ。

 どれか一つが突出する方が強い魔法使いに対して『シェイク』は満遍なく使えはするが一つを極める事は絶対に出来ない。所謂ハズレ系統として皆に認識されている。


 しかしそれでもアズサ=サンライトは私を『凄い』と言ってくれる。



「わたしも! わたしも何時か傷や病気を癒やす魔法!使いたいです!」



「その問いには無責任に答えられないな。こればかりは系統に選るから。もし君が『ガード』系統なら───」



 その時だ。


 得体の知れぬ不気味な音を鼓膜が捉えたのは。



「…? アランスさん、何か聞こえませんか?」



 私の空耳では無いらしい。アズサ=サンライトが聞くが、私は答えられない。

 等間隔に鳴る歪な音色、私はこの音を一度も聞いた覚えがないから説明出来ない。



「寝る間も惜しんで音の練習なんて、やっぱり御偉様はわたし達凡人とは違いますよねー

 あ、また近々盛大に披露する場があったり?」



 いや、そんな話は知らない。


 音楽隊なら存在するが、こんな深夜に音を鳴らす不届き者など今までリエリア城に居て経験した事がない。

 

 と言うより、これは、…鐘の音?


 何方にせよ、皇帝陛下、三人の姫君の安眠を妨げる行為は、恐れ多く、そして余りに無礼。



「………誰だ、こんな粗忽な真似をしているのは。

 アズサ、悪いが少し此で待っていてくれ。直ぐに戻る」



 既に音の出所に誰かが向かっていると思うが、聞いた手前、私も行かなければなるまい。

 それにこの軽佻な珍事、誰が奏っているのか、それが純粋に気になって確かめたくなった。


 アズサ=サンライトにそう告げるが、彼女はポカンと天井を見上げながら上の空だった。

 音の発生源は、この地下より遠く上の様に思える。


 そして彼女は呟く。



「何て言うか…この音、



 胸によく響く……」




 それから先の事は記憶に無い。


 私の、

 今日リエリア城内での記憶は、

 此でプッツリと途絶えている。


 後にアズサ=サンライトから聞いた話だが、私はどうやらあの後直ぐ、糸の切れた人形のように不自然に倒れて、動かなくなってしまったようだ。


 それも、今となっては、最早どうでもいい話だ。


 ただ、自分はあの時、何かの陰謀に巻き込まれたんだと、漠然にして思い噛み締める。



 全て剥がされた指爪の痛みと『蛇の魔法使い』共にいいように嬲られた身体全体の痛みで、

 今夜はとてもじゃないが、寝られそうにない。

 

 



 

 

 

 

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