ノ参 『魔法絶一』

 

 

「………姉様方、は、早くケリを付けてくれんと流石にキッッツイでありんすよーォ!!

 てかいてて!!目が!目が失明するううう!!!!」



 カナードが手の内を見せた事により空いた閑話状態。


 そこに苦言を差し込んできたのは、マリナとフランシーヌ両名を『フェイズ』でコントロール下に置いている第三皇女アイシャだ。


 一応空気を読んで二人の動きを止めていたのだが、これ以上は余力的な意味で付き合えない。


 即座にその戒めを解き、アイシャに縫い止められていたマリナとフランシーヌが動き出す。



「だ、そうだ。『絶壁』と言うお前に相応しい看板、この場で降ろしてやろうぞカナード。それはさぞ荷が重たかろう」



「有り難い。実は国に縛られない生き方が羨ましくもありました。

 クレアを含め、これだけ有能な若者が居るなら、一歩退くのも良いのかも知れません。

 尤も、そう思っていたのは今日迄。姫様方のお陰でとても休まりそうにありませんね」



 放つ炎剣、真正面から叩き斬る豪火を一枚の盾が阻む。


 次いで、キーンとした耳鳴りの様なものをカナードは敏感に感じ取る。

 斜め上、首筋を狙いに来る風のL1鎌鼬を認識し、一枚の盾がそれから護った。


 全ては彼女の意思では無い。盾は自らが独立起動して主を護る。

 だから不意打ち意識外からの攻撃、どれも『絶壁の魔女』に効きはしない。


 大きく空気が畝る。


 途端、攻撃を防がれたフランシーヌの瞳孔が深紅に染まる。



(フランシーヌ、『アタック』系統のマリナと違い、彼女は厄介な『フェイズ』系統…)



『フェイズ』の攻撃。

 皇女の話が的を得てるのなら『十二硝』でも防げない。


 狙いは先程と同じく、足。

 

 部位の違いに多々あれ足ほど拘束難易度が低い場所は無い。それに見事掴めればそれだけで其処に釘付けに出来るのだ。

 

 急いで大凡の効果範囲を予測し距離を取ろうとした瞬間、カナードの周囲を爆炎と灰色が纏った。


 マリナが火のL1を惜し気も無く放ち続けている。

 しかしそのどれもカナードを護る『十二硝』に防がれる。



(これは…)



 紛れも無く目眩し。当然狙いはフランシーヌの『フェイズ』を回避させない為。



「それならば」



 直に発動者を潰す。その場で大きく踏み込み、カナードは初めて攻撃の一手に出る。


 爆炎が包む中を引き裂いて飛び出す『絶壁の魔女』


 フランシーヌの目の前に出た。


 彼女はまだ硬直の段階だ。

 発動が遅いのも又『フェイズ』の欠点。


 カナードは身体強化を施した右手で、床に押し潰そうとしている。

 フランシーヌは反応が遅れて、これに対応が出来ない。


 一秒が通り過ぎる一瞬。






 そうして、『フェイズ』に捕まった。






「………っ……!?」



 右足首が自らの意志より切り離されて、踏ん張りが効かない。

 フランシーヌの頭を掴んだが、身体強化の魔法が掻き消えて、そのまま押し潰すより先に逃れてしまった。



「……、貴女………」



 右足の自由が奪われたので、簡単に振り返る事が出来ない。


 首だけ回したカナードの先にいるマリナは朱く発光した瞳を携えて彼女を見ている。



「チェックメイト、かな?」



 レヴェッカが心底楽しそうに、追い込まれた魔女を見下ろす。

 件の『十二硝』で弾けず捕まった事で、先の姫の思案は見事的中した様子。



「───マリナは『フェイズ』系統でありますよ。尤もそれを嫌って『アタック』だけ専攻しているらしいのですが』



 瞼を閉じ、第二皇女ステレアが語るはマリナが秘めたる内情。

 その隠された細く見えない糸にカナードは今、引っ掛かった。



「『アタック』ばかり使い、周りにも自身は『アタック』と嘘を告げている彼女が『アタック』系統に見えるのは、まあ仕方がない事でありますねぇ?」



 カナードは嵌められた。

 見事に嵌ってしまった。



 フランシーヌの『フェイズ』を見せ付けられたので、相方のマリナも『フェイズ』系統だとは───


 いや、そうでは無い。自然と頭から排除させられた。


 マリナの振る舞いは完全な『アタック』系統のそれで、事実カナードは彼女が『アタック』系統だと何より本人自身から聞いていたのだ。


『フェイズ』は『フェイズ』系統の魔法使いと器用貧乏タイプの『シェイク』系統の魔法使いだけが扱える。


『アタック』系のマリアの『フェイズ』を警戒するなんて有り得無い。

 有り得無いからこそ、簡単に捕まった。


 幾ら魔女でも知りも出来ないそんな出鱈目な話で虚を突かれてはどうしようも無い。


 直前の火L1の弾幕は、確かにカナードへの目眩しだったろう。


 ただし、それはフランシーヌの『フェイズ』をカナードに当てる為の目眩しではなく、

 カナードに見せずに途中で火L1を放つのを交代する為の───


 後半、火L1を撃ち続けていたのは『フェイズ』を使う振りをしたフランシーヌで、

 マリナは悠々と警戒の外側にて『フェイズ』を行使する事が出来た。


 それからフランシーヌが『フェイズ』を重ね掛け、カナードの両足の自由を完全に奪う。

 本当は全身を捕縛して傀儡にしたかったが、そこは流石は『絶壁の魔女』、下半身だけで精一杯だった。


 それで『フェイズ』を切ったマリナは、床に屈み込み、大きく息を吐いて吸った。見れば滝の様な汗が吹き出ている。


 彼女は『フェイズ』系統なので『フェイズ』こそ伸び代があるが、根暗な感じが嫌だとそれを捨てて『アタック』に走ったので、

 今では『フェイズ』が一番弱々しい。辛うじて使える程度だ。最早才枯れ果てコップ一つ動かすのも渋難する。

 同時に『ガード』も枯れており、盾製造は疎か自身の傷さえ全く治せない。左手指の骨折はそのままだ。


 先程カナードに向けた『フェイズ』も百%中の百二十%を見事に酷使してのけたと言っていい。

 それこそ火L4発動より魔力エーテル心体これら四つ全てが辛かった。

 フランシーヌと交代する迄の数秒程度とは言え『絶壁の魔女』を今のマリナが『フェイズ』で拘束するのは重荷が強い。


 交代する迄が策略としても要領悪く噛み合わなかったりして数秒ロスしてしまうと『絶壁の魔女』は破いてしまっていただろう。


 もう一度だけ、深く吸い息を吐いた後、マリナはゆっくりと立ち上がり、右掌に馴染みの炎剣を創り出すと切っ先をカナードに向ける。

 フランシーヌは『フェイズ』を使用したまま後方にて動かない。


 それにピクッとカナードが反応する。



「『絶壁の魔女』もクソみたいな弱点持ち。この程度でありますか。魔女魔女と持て囃され聞いて呆れる。

 三魔女でこれなら『魔法使い殺し』相手はそりゃあ難航する筈───」



 事の終決に、第二皇女ステレアは失望に似た眼差しを向ける。


 その視線を受けるカナードは、目前のマリナを見詰める事しか出来ない。


『フェイズ』で身体を、動きを封じるのはまだいい。

 カナードは何も足や腕で『十二硝』を発動している訳ではないので、箇所を捕縛されただけなら問題は無い。


 だが『フェイズ』は対魔法使い戦だけ特大の効力がある。


 魔力が、封じられる…


 傀儡として動いているマリア、フランシーヌは魔力をアイシャが任意で与えている。

 つまり『フェイズ』に一旦捕まると魔力の主導権を奪われると言えば解りやすいかも知れない。


 そう、足指一本すら魔法使いなら喰らってはいけないのだ。


 自力で『フェイズ』の束縛を破る事は出来る。

 向こうが拙い使い手であって心得がある者なら直ぐにでも破ってしまえる。

 だが、只今相手が『フェイズ』特化の魔法使い三塔フランシーヌだと、これはもう難儀する。



「まだ時間は余ってるぞぉー、それじゃあまあ、裸の魔女の絶ッ叫ォでも聴きながら待つとしようか」



 第一皇女レヴェッカの一言が合図となったのか、マリナが炎剣を構え『十二硝』を失い無防備となったカナードの右肩目掛け、勢い良く縦に振り下ろす。



 瞬間、『絶壁の魔女』も動く。



「無駄じゃ『ガード』は使えん」



 レヴェッカのそれは耳に入ってるのかどうか、しかしカナードは尚動く。


 脚は向こうに奪われたが、彼女にはまだ腕が残っている。

 魔力は奪われたが、思考力は取られてはいない。


 何処から取り出したか小袋を掴んだカナードはそれを即座に両手で潰す。

 当然袋は破裂。中身の粉末がカナードとマリナの間に舞い上がった。



「あっ…」



 フランシーヌが堪らず声を漏らす。




 そして、断行者であるマリナ=レルトレートが其の場に崩れ落ちた。




「―――は??」



 今の事が一瞬で起きて、脳の処理が追いつけない。

 予想を大きく外れた事が目前で起き、皇女二人は呆気に取られた顔で互いを見る。


 フランシーヌだけ、理解が出来たのか珍しく唇を引き締める。



「強烈な睡眠粉ですよ。姫様、薬草学も学ぶべきでしたね」



 カナードは袖で自らの口を抑えながら片方の手で宙の粉を払う。



「三塔なら、意識が彼女の物であったのなら、今の粉は危険と察して逃れていたでしょうね」



 薬草学も魔法学校の課題の一つだ。


 調合で生み出される危険な品も、魔法使い三塔なら熟知している。


 そして、操られたマリナはこれを目一杯吸い込んで昏睡した。



「上手い具合にマリナ一人になってくれて助かりました。

 尤もこの粉、即効性が有り過ぎて人体に悪影響及ぼし兼ねないので悪用は御法度です。

 マリナは魔法使いなのであの量なら一日昏睡するぐらいで目覚めるでしょう」



 眠る魔法使い三塔に向けて微笑みながら、カナードは述べる。

 なんて事は無い、彼女は魔法を使わずに此の危を逃れた。



「ま、魔女ともあろう者が………魔法以外に頼るとな………?」



 歯軋りでも聞こえてきそうな悔しさが滲む表情で、レヴェッカが呟く。


 どうしてこうなった? 何時の間にか流れは『絶壁の魔女』の掌にある。



「皆様は私を美化しておいでです。私はこの様に無様な小細工も使いますし、時には卑しくも偽る。

 私の語る言葉に真実は有ったり無かったり、本音で有ったり無かったり、行動に意味は有ったり無かったり───」



「アイシャァアア!!! マリナが切れた分でアイツを拘束しろッッツツ!!!」



 今一番、窓硝子が割れてしまいそうな声量で叫ぶ第一皇女。


 反応して第三皇女アイシャが弾かれる様に飛び出し、フランシーヌも更に前へと踏み出る。


 四の朱い瞳孔がカナードを視る。


 アイシャの射程範囲はフランシーヌより尚広い。

 この『戒めの間』ならほぼ収まるだろう。

 遊び無い彼女の『フェイズ』からはこの部屋に限り、逃れる事は出来ない。


 そして、下半身は依然フランシーヌに掴まれたままだ。

 アイシャが残りの部分を補う様にして『フェイズ』を撃ち込めば、もう自由は無い。


 カナードの切り札が今のであれば、今度こそチェックを掛けられた事になる。



「 " 3rd " 」



 瞼を固く閉じ『絶壁の魔女』が静かに呟く。


 そして、ゆっくりと玉座の方へと歩んで来る。



「お…おい!! 何をやってるでありますか!? さっさと止めろッ!!!」



 居ても立ってもいられず、第二皇女ステレアがアイシャに激を飛ばす。


 もう『絶壁の魔女』は脳まで乗っ取られて傀儡と化している筈。


 なのに何故、止まらない!?


 何故、こちらに向かって来る!?


 人は予想外を引き起こした相手に、一種の恐怖を感じずにいられない!



「そんな…、こいつ…こいつぅぅう!! フェ、『フェイズ』を弾いてるでありんすッッ!!!」



 彼女らの前に居て『フェイズ』を行使しているアイシャが、悲鳴のような叫びを上げる。



「なんだと…!? そんな」



 流石の第一皇女レヴェッカも、表情から笑みが消える。


『ガード』は相性の関係上『フェイズ』に弱いのではなかったのか?


 いやそうじゃない。事はそんな低中の話では無い。カナードはメレアへの指導の時すら『フェイズ』を頑なに嫌った。

 弱点───つまり、あの『十二硝』では弾けないのではなかったのか?


 そんな考えが脳を埋め尽くす中、『絶壁の魔女』はフランシーヌの眼前に立つ。


 マリナの寝顔を見取った時とは違い、冷たく凍る様な無表情を浮かべながら。



「っ………!!」



 余りの圧迫感にこっちの足が縫い付けられそうになる。


 フランシーヌは、強大と見えた敵を前に、L2で創り上げた風鎌を振り上げる。


 狙いは生身の左腕。もうそこには肉と骨しか無い筈!



「 " 1st " 」



 しかし届かない。近いのに遠すぎて届かない。

 鎌の刃は弾かれ、明後日の方向に飛び、床に突き刺さる。



「~~~~~!?!」



 堪らずフランシーヌはその場で屈み、爆発的な跳躍で後方へ逃げる。



「 " 6th " 」



 瞬間、ズダァンと、勢いに任せて跳んだフランシーヌの背中が固い壁に突き当たった。


 その激しい衝撃に、呼吸すら一瞬止まる。


 そこに壁は無い。何も無い。


 無い壁に弾かれた身体は同じ速度で前へと進み、そこでまた新たな無い壁に拾われる。


 更に無い壁から壁へ壁から壁へ


 無い壁と言うのは、勿論カナードの『十二硝』

 先程はサービスで見せたが今は消している。本来ならカナード以外の第三者にそれは視認出来ない。



 バタッ、ガスッ、ゴキッ、


 グチャ、ベチャ、



 壁から壁へ壁から壁へ壁から壁へ壁から壁へ

 壁から壁から壁から壁から壁から壁から壁から壁から



「あ、あぁ………」



 呆然と見上げる皇女達には、フランシーヌが空中で軽やかに踊っている様に見えた。

 何度も何度も空の見えない何かに弾かれて、好き放題弄ばれ、ボロボロになっても続く死の乱舞。


 一頻り空の滑空を堪能したフランシーヌは、真上の盾に墜とされ、再び『絶壁の魔女』の下に来た。



「が、あ、あ……っ゙…ァ、び………ハ………」



 しかし先程の様な面影は今のフランシーヌに無い。


 顔面はこれでもかと言うぐらい赤く腫れ上がり、前歯が欠け、身体はもう何処がどうなって何処の骨が折れているのかも判別が付かない。


 そんな彼女を、しかし『絶壁の魔女』は先程のような無表情で迎えていた。



「何故、マリナと違い、こんな事をされるのか、フランシーヌ、解りますね?」



 その、圧の掛かった見降ろし。


 既にフランシーヌは虫の息だ。


 たった一分未満での出来事で、三塔がこの様に壊された。


 三塔が魔女に近い? 馬鹿を言ってはいけない。

 確かに三塔に居るのは強力な魔法使いだ。何百もの兵を相手にそれを薙ぎ払える力を持っている。


 それでも三塔と魔女とは、大きな隔たりが存在する。


 そう易々と近付けはしない。


 これでも尚『絶壁の魔女』は可能な限りの手加減で包んでいるのだ。

 本来の『十二硝』はもっと鋭利であり、殺す気が初めから有ったなら、

 二人は早々に、この不可視の盾達の角刃にて八つ裂きにされ細切れとなっている。



「ぐ…ガ……ギッ………」



 質を受けたフランシーヌだが、答えられない。

 気にせず『絶壁の魔女』は話を続ける。



「貴女はマリナとは違い『フェイズ』の影響下に居ない。自分の意志で、姫様方の企てに加担した。

 ラヴァリー皇帝殺害に関与したとして罪を償って頂きますよ」



 しかし、と『絶壁の魔女』は言う。



「貴女が、貴女が知っている姫様方らの話を私に御聞かせ下されば、些かの恩情を差し上げましょう」



『絶壁の魔女』は取引を持ち掛けた。


 すぐに首を捻る立場に居ながら『絶壁の魔女』はあくまでフランシーヌから自白してくれるのを待った。


 その後に、静寂が訪れる。



「……………」



 彼女が『フェイズ』の傀儡で無いのは事実だ。『絶壁の魔女』は戦闘に入って少ししてからそれに気が付いた。

 そして何とかマリナだけを無力化出来ないかと模索する様になる。


 もし常頭の彼女が近くに居てさっきの睡眠粉を撒けば、マリナの制服の襟でも掴んで強引にその場を離れただろう。


 結果論だが『フェイズ』で捕まえた事で、消耗著しいマリナの代わりに『フェイズ』役を代わった事で、

 マリナ無力化の絶好機を魔女に与えてしまった。


 暫くしてフランシーヌは膝を立てて、曲がった両手を床に付けて、

 何とか俯せの状態から身を起こす事が出来た。


 それを後ろで見ている皇女達は何も言って来ない。ただ、目の先の光景を見ている。

 それが何を意味するのかは、第三者には分からない。


 そしてフランシーヌは、頭を上げて『絶壁の魔女』を見上げると、観念した様に、ガクッと項垂る。


 そして又、見上げる。瞳は朱かった。


 少し前にマリナが使って乱雑に地に落ちた魔法で創り出した物では無い小剣が、勢い良くカナードの眉間に刺さる。


 至極当然、刃は『十二硝』に阻まれた。


 カランと落ちた小剣を前に『絶壁の魔女』は、フランシーヌが出したその答えに、一瞬だけ悲しそうな表情を見せ、

 其れから噛み締める様にして呟いた。


『 " 6th " 』と。


 それだけで、目前で哀れに這い蹲っていた少女の姿が視界から消える。


 真横から不可視に弾かれたフランシーヌは、再び何度か遊ばれた後、本物の壁へと顔から突っ込んだ。


 グチャリと肉が潰される嫌な擬音が響き、三塔最年少である少女は、もうピクリとも動く事は無かった。



───魔法使い二人は此れにて消える。



 カナードは目前を見据えた。


 大きな鐘の真下に座する第一皇女レヴェッカを。


 そのレヴェッカもカナードには聞きたい事があった。



「のうカナード、妾は前にお前がメレアの指導をしている時、あいつの拙い『フェイズ』を躱したのを見ている。

 自慢の『ガード』は『フェイズ』を弾けないのではなかったのか?」



 それに、カナードは柔らかな笑みを返す。

 子の悪戯を叱った後に、抱き締める親のように慈しみ深く。


 そうして、語る。



「私の『十二硝』は『私達』が通さないと思ったものを通さない。

『フェイズ』も例外ではありません『十二硝』が私に害成す外敵を跳ね退きます。その様に熟達させました。

 端的に言ってしまえば、全ては偽演。残念でしたね姫様、不正解です」



「欺いてたか…、だが、自国内で何の為に? そんな事をして何になる………!?」



「だって、こういう一見無意味な消閑こそ私は愉しいですし」



 温和な表情で慈しみ深いまま、


 滅多に開く事の無いコバルトブルーの目を爛々とさせ、



「誰が何時何処で如何様に見ているか分からない…

 そうして『血吸』でも『人操』でも我が弟子でも他の誰であっても、嚮後引っ掛かってくれたら愉しいじゃないですか。見ていて、そう、可愛らしくなる程に。

 愚にも私に勝算を感じ、耽溺し、鉾を向ける其の刻、それを嗤いながら『十二硝』で叩き折るのを冀望して態と作って欺き続けていました。年、数年、将又…」



 マリナの時の意趣返し。此度は皇女達が狂気の泥濘に嵌った。


 彼女もまた魔女、歪な性格は煩雑に絡み合って一筋縄ではいかない。

 先で自分自身が言っていた様に、その内情には真偽が等価値。誰が理解出来ようか。



 レヴェッカは、また笑った。


 しかし今度は、何時もの様な無邪気な笑みで。



「はははは。解ったよ。妾はお前をE-3で『最強の魔法使い』だと認めよう。

 いやはやお前がE-1に居なくて幸運だったなぁ…お前一人で情勢が傾くぞ』



 彼女は心底そう思って賞ずる。


 カナードからしたらイーワンやイースリーと言う単語が意味不明である。



『合格だ『絶壁の魔女』今度は妾が直にお相手仕ろう。負けたら煮るなり焼くなり好きにせい!!」



 レヴェッカは叫びながらその場を立ち上がると、両手を勢いよく天に翳す。


 一瞬だけ、迸る光。


 それに呼応するように、頭上の錆び付いた大鐘が、微かに、だが確かに、震え始めた。



 カーン……



 鳴り始める。


 不吉を呼び込む鐘の音が



 カ───ン…………



『絶壁の魔女』カナードは、何を思うでもなく、勝手に鳴り始めた鐘を見上げていた。



 カ───ン……………



 地下の食堂に居た二人の魔法使いも、これを耳にする。


 一体何の音だと、二人して首を傾げるのだった。






 レヴェッカ達が待つと言うその刻まで、あと五分───




 舞台がE-3からE-1に移るまで、あと───







 


 


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