ノ弐 『魔法使い vs 魔女』
レヴェッカの宣言の様な叫びを聞きステレアは下がる。
アイシャは既にレヴェッカの近くまで後退していた。
これで『戒めの間』の中心には三人の魔法使いだけが残る。
(さて、どうしましょうか…)
カナードは考える。よもやこの二人を相手に、まともに魔法を交えて殺し合いをする訳にも行くまい。
しかし卓越した神秘は人の命など小枝を折る程に容易く奪う。
手加減など狙って常時上手く行く保証は無いのだ。
まして相手は魔法使い三塔、戦えば傷付くのは必至。
ならば、姫達に気取られぬ範囲で戦う振りをするべきか。
ぶっつけでやるには難しいと呼べる芸当、だが彼女ならばやれない事も無いだろう。
と、なると…
カナードは、共にまだ動かない二人の顔色と動向を伺う。
問題はマリナ達の方だが…
カナードとしては、二人が本気で掛かって来るとは思いたくない所だろう。
彼女達とは少なくない時を過ごし、教えた。親交がある。
こうして対峙する結果になったのも、二人からしたら意図あっての事なのかも知れない。
そうすると、皇女達が離れた今はこちら側には好機となる。
『貴女達………』
カナードは、声を発さず唇だけを動かした。
二人が演技して皇女達に付いているのなら、まともな会話が望める。
だが、姫様に感付かれると上手くない。なるべく自然でこのまま疎通を施したい。
喋る事は出来ない。だから口の動きだけで二人に分かって貰う必要がある。
カナードのこの密な行動に対して、小柄なフランシーヌは何時もと同じく生気の無い瞳を漂わせ、反応して来ない。
考えると、フランシーヌは普段でさえ意志の疎通が不精巧だった。
(ならば)
ちゃんと意を汲み、会話が出来そうなのは一人しか居ない。
髪を束ねる赤いリボンが特徴的な勝ち気な魔法使いの方へ、カナードは視線をスライドする。
少し項垂れているが、あのリボンは健在だ。
ただし、
・・・・・・・・・・
生気の無い瞳を漂わせ
反応して来ない。
「っっッツツツ………!?」
瞬間、カナード目掛け、灼熱の刃が襲い掛かった。
動いたのはマリナ=レルトレート、何時の間に右手には真っ赤に発光する剣を。
それをカナードの胸元へと、飛び込むようにして突き立てる。
だが、刃は通らない。
カナードの身体寸前で何故か炎の剣はやや斜め直角で曲がる。
「ハハッ…始まった! 始まったぞ! それ!
やれ! 殺し合えッッ!!」
斯くして文字通りの口火を切って始まった魔法使い同士の戦闘。
それを嬉々とした表情で第一皇女レヴェッカは目で追い掛ける。
「全くこの姉と来たら…魔法使いの戦いなんて向こうでは珍しくも何ともない、まさか未だに御忘れでありますか?」
「そう言うなステレア…、まっこと面白いではないか、しかと見ていれば話の土産となるぞ。
なにせ向こうでは『絶壁の魔女』は居ないのだからな」
カナードは攻撃する意思を持ってはいない様だが、関係ない。容赦無く魔法使いは追撃の手を緩めない。
魔力で身体強化を施しているだろうマリナの足払いが来ている。
足を払うなんて生優しいものではない。足を身体から断つ程の威力がある。
殺せと後押しされるが如く、加減抜きで全霊を尽くす。
カナードはそれを受けるかどうか考えたが、次の攻撃を見越して跳躍する。
視線の先にはフランシーヌ。
彼女は目を下げ、両手を包み込むようにしている。
「我が魔力の還元によって奉る。其の第一から第三節まで当座」
途端、フランシーヌの真下には緑色が強い発光体が現れる。
浮かび上がる紋様は、ヘキサグラム
そして間髪入れず、カナードを中心にして風竜が成って昇る。
生み出された竜巻が部屋中に豪風を撒き散らし、盛大に駆け巡った。
ステレアとレヴェッカは強風の煽りを浴び、キャーキャーと完全に他人事として燥いでいる。
荒れ狂う風のL3の暴風弾の塊が『戒めの間』を掻き回す。
ズゴゴゴゴと大気を捻らせる事幾何、持続時間はそれ程でも無いのか
次第に風は弱まり、竜巻に似た現象も萎む様にして消えていく。
「すッッごいなぁー、あれをまともに喰らっちゃあ人などズタズタだ」
「まあ、でも効かないでありますね」
第二皇女ステレアが見やる先には、風弾が生み出す竜から解放されたカナードの姿。
まず、肉が散乱せず残っている事が奇跡。
そして、無傷で居てこそ『絶壁の魔女』
「『フェイズ』を施用して彼女達を操っているのは、アイシャ様なのですか?」
瞼を固く閉じ、衣服さえ乱さないカナードは高見の見物を決め込む姫達に聞く。
レヴェッカの隣には瞳孔を真朱に染めた第三皇女アイシャがいる。
会話に加わらないのは、そんな余裕が無いに他ならない。
「妾達など今はどうでもよかろう。お前は目前の二人をどう撃破する事だけ考えろ」
このレヴェッカの返事は、マリナが放った炎弾の轟音によって掻き消された。
掌で作り出した拳大の火のL1は、狙い通り吸い込む様を宙に描きながらカナードの顔面を目掛けて飛んでいく。
しかしカナードの目の前で弾かれる様にして、軌道を変え、左右や天井を駆ける。
「………これは?」
カナードは真上を見る。
別に彼女達の行動に驚いたからではない。
今のマリナの炎弾が、天井に当たると同時に掻き消えてしまったからだ。
その間にも、フランシーヌが作り出すL2の風鎌が首元を刈る。
魔力を持たぬ者には視える事の無い空気の刃は、しかし『絶壁の魔女』を避ける様に明後日の方向に伸びる。
彼女は舌打ちして魔女を蹴る。まるで鋼鉄の様な感触に、蹴った本人が逆に痺れるおかしな現象に戸惑いながら、距離を離した。
再び、胸に突き立てようとするはマリナのL2の炎剣
しかし前回と同じ結果となった。
次にマリナは左手で腰に差したる魔法造で無い小剣で刺そうと試みる。
しかし『絶壁の魔女』の脇腹を狙ったそれは、それ以上の力を以て弾かれ、マリナの手から離れた小剣は宙を滑る。
今ので左手指の何本かが歪な方向に折れ曲がったが、彼女は然して気にしない。
フランシーヌは一度大きく飛び退く。
マリナは今の炎剣を掌から放し、更に別の炎剣をもう一本創り出すと、
後ろに跳躍しながら、それをカナードへと投げ付けて、
「───ワ、我ガ魔力…ノ…還元によって奉る。其の第一節から第六節まで当座」
最後にパチンと指で乾いた音を鳴らす。
マリナの真下に浮かび上がるは赤が派手に迸るヘキサグラム。
バチバチと魔力が弾ける音がする。その方陣には今以上無い格外の力が込められていた。
「おっと、これはマズイ」
レヴェッカは側のアイシャを引っ張り、ステレアと共に、玉座の後ろへ避難する。
渾身の火L4。長い詠唱は大きくカットされ、合図を受けた二本の炎の剣が眩く発光し、カナードを爆心地とし囂しい大爆発を引き起こす。
カナードはその間も、物思いに耽るよう、天井だけを見上げていた。
凄まじい耳鳴りが、皇女達に襲い掛かる。
今のは『戒めの間』…いやリエリア城そのものが吹き飛んでしまう…それ程の火力を秘めていた。
しかし此はまだ現存し、爆発の煽りを受けただろうマリナ達も無事で、硝煙の先には最後に見た時と変わらぬ姿勢で君臨している『絶壁の魔女』
不思議な事に、今の超常に対し窓硝子一枚すら割れてはいない。
「あああァー、ちっくしょー、こっちは生身だぞ、考えて攻撃して欲しいものよ」
玉座から身を乗り出した第一皇女レヴェッカは、咳込みながら、そう悪態付く。
「姫様、初めに『この部屋』こそが根源だと、そう仰りましたね?」
「おう、言った」
「成程。絡繰は解り兼ねますが、これはそういう物ですか。他国に渡れば危険ですね」
「だろぅぅ?」
カナードが至った結論に、レヴェッカは咳ながら涙目で笑みを浮かべる。
そしてカナードが健在な事で、三塔の二人が再び各々の武器を創り出し、床を踏み抜く程に加速して向かって来る。
やはりカナードは避けない。
充分な助走を付けたマリナの炎剣は、本来なら火国の強固な兵装すら軟体。楽に斬る。
フランシーヌの鎌も、向けられれば、人体などバターの様にして裂けるのだ。
しかし『絶壁の魔女』だけはどうしても貫けない。斬れない。裂けられない。
「魔力と体内の『エーテル』の無駄ですよ。特にL2をそうして出し続けると『エーテル』は呆と言う間に底を突きます」
やんわりと微笑む。
これはカナードの魔法。マリナ達の『アタック』がカナードの『ガード』に劣るので、破る事が出来ない。
「流石は『ガード』最高峰」
『アタック』『ガード』『フェイズ』『シェイク』
此の中で稀有な『ガード』系統の魔法使い、其のトップに立つのがこのカナード。
生半かな『アタック』では到底切り崩せないと第二皇女ステレアは思う。
「しかし───」
フランシーヌが風のL1を数発放つ。
だが風の弾丸は、滑るようにしてカナードを避ける。そこで又一度下がった。
攻撃主が入れ代わる。
一言二言紡いだ後、ゴォォォとマリナの周りに赤のヘキサグラムが描かれ、灼熱の炎が右腕に絡み付く。
ゴバァっとマリナはそのまま、掌から昇る炎を下手投げの要領にてカナードへ放つ。
生み出された炎は宙で小気味よい音で破裂。
不規則な二十九の塊となって、主が示した敵を襲う。
やった事は今日、アズサ=サンライトがリエリア城外で行使したのと同じだ。
「………L3を分割してL1に。それでも威力は高水準を保っている様ですね。ビューティフル。善い筋です」
対して受け手のカナード。
この炎の散弾へも回避という選択を取らない。
ただ、彼女を前に炎の散弾の方が避けていく。例外無く全て。
「ッ…?」
「格下と侮るでないぞ、三塔は皆お前に近しい才気を持っておる、重々承知ではないかぁ?」
炎弾は僅か、本当に僅かばかりの間カナードの視界を遮った。
それは刹那と説する間。
だが身体強化後のマリナの瞬発力では肉薄するに充分の間。
豪と燃え盛る炎剣を握り、舐めるように地を這うリボンは、
カナードの両足を両断しようと剣を真横から殴り付けるように振るって来る。
同時、カナードはマリナの背後にいたフランシーヌを見る。
瞳孔が朱く光っている。
『フェイズ』による身体の束縛。
狙いは、そちらもカナードの足。
先程とは違い、カナードは明らかな回避行動に出る。
とは言え、三歩程、大きく後退しただけだ。
此れだけで炎剣と『フェイズ』の拘束範囲からは逃れる事が出来る。
「確かに、侮ってはいけませんね」
語るカナード。声色に変化は無いがこれでも精一杯に避けようとした三歩。
見た。今ので掴んだ確かな事がある。
第二皇女ステレアは、皇女とは思えない下卑た笑みを作り上げている。
「貴殿の力は強力なれど所詮は『ガード』の域を出ないでありますね。
強固な盾を作る『ガード』でも『フェイズ』を防ぐ事は難しい。
魔女のお前もその輪からは例外では無い筈。いや、寧ろお前のその自慢の盾は『フェイズ』に滅法弱いのではないでありますか?」
冷淡な声にして、そう紡ぐ。
これは一塔の授業で教わる魔法使いにおいて基礎的な知識。
『フェイズ』の息が掛かる攻撃は『ガード』特効。ただしレベル差で強引に防ぎ通す事は出来る。
『ガード』で創る盾が全くの役立たず…と言う訳では無い筈なのだが、
カナードが『フェイズ』を極端に嫌っているのを知ったのは語る第二皇女ステレアではなく第一皇女レヴェッカの方だ。
彼女は、自身の近衛魔法使いメレアとカナードの手合いを何度も見ている。
そこで、明らかにメレアの覚束ない『フェイズ』さえ嫌って避けていたカナードに、ずっと思う所があった。
強引に弾けるレベル差があろうに、彼女は今日までの手合い、必ず回避していた。
恐らくは、魔法学校内での指導に当たる時もそうして避けていただろうと想像する。
無論、バレバレに避けるではなく、ほんの自然に、誰の目にも然程着目されぬ様、狡猾に隠して。
(今、フランシーヌの『フェイズ』を避けた。マリナの強襲だけならきっと普段通り避けなかった。だから明らかに『フェイズ』を嫌った…)
レヴェッカが選んだ答は一つ。
『絶壁の魔女』は魔法の『フェイズ』に対し、無力。
それにカナードはフッと笑みを零し、今より少し脱力する。
そうしてゆっくりと、滅多には見せない己が盾を顕著させ始めた。
「この際です。特別として見せてあげましょう。普段は誰もが視えない、それでは愉しくないですからね。
久方の御目見です。私の魔力で展開する十二枚の護り手。『ガード』として私が作り上げた私だけの魔法」
次第に輪郭が顕になる。
カナードの周りを回転する長方形の物体。その数、十二。
これが、彼女を魔女として『ガード』最高位にまで押し上げたオリジナル。
この域に迄至る魔法使いは世界三人しか居ない。其れが魔法絶一
カナードの、魔法絶一『十二硝』
「『アタック』最高峰『血吸の魔女』が撃つ災害クラスのL5魔法でも破れはしません。
しかし、ステレア様が指摘する様な欠点は、あるのかも知れませんね。
尤も、それを知覚出来るような人間は、まだ魔女のクロウデッドとルージュだけと思いましたが、
よもやよもや姫様方に勘付かれるとは、その着眼の良さにはビューティフルと評しましょう」
グルリとカナードを覆うように展開する十二枚の盾は、不規則な速度で回転を続ける。
この硝子の様な物は今までカナードの全てを護ってきた。
薄く透明で脆く見える総身、しかし実際は厚く固く、遠い。
この『絶壁』を正攻法で斬り裂いた者は未だこの世に存在しない。
身内で彼女の盾を抜く者はレヴェッカが知る限り、居ない。
だから彼女が『最強の魔法使い』だと、知る者は言う。
「尤も、私に『フェイズ』が通ずるか通じないか。私に見事当ててみない事には解らない話ですが」
レヴェッカ達の推測はまだ半分だ。仮に『フェイズ』を苦手とするのなら、
今度はどうやってこの『絶壁の魔女』にそれを当てるか、になる。
無論カナードは回避してくる。唯でさえ『フェイズ』は発動時に瞳が朱になる特性を持つテレフォン魔法だ。
延々と回避されてしまう様では、それはやはり弱点にならないのではないか?
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