第十七話 『第一皇女争奪』

 

 

 

……………




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……………




「レ、レヴェッカ様!? ホントに悪徒なんかに追われてるんですか!? 虚言じゃないですよね? よね!?」



「無礼であるぞ! この第一皇女にして父上殿に次いで水国で二番目に偉い妾が事実無根を並べると思うておるのか? ならば其方は打首獄門確定の大決定じゃ!」



「め、滅相も!! でも追っ掛けて来てるのどう見ても魔法使いなんですよねェー!?

 普通、レヴェッカ様を護る立場にあるんじゃないですか!? それに此ってリエリア城敷地内ですよ!?」



「彼奴は…そうだな。…………諜者、そう! 火国の諜者、即ちスパイであるぞ!

 魔法使いに扮する事でまんまと紛れたのだろう、不埒な奴よ」



「何故だろう! 今取って付けました感が拭えませんッッ!」



「うっさい! つべこべ言わずさっさ逃げぬか馬鹿者!

 もし妾が彼奴めに捕まるような事があれば、其方は妾の権限で一生リエリア城地下に幽閉であるぞ!」



「な、何だってー!?」



 以上の成り行き故、現在のわたしはお姫様を両手で抱えて、不行儀にもリエリア城敷地内を慌ただしく駆け回ってます。


 御偉様方から寄せられる好奇や吃驚の目を掻い潜り、向かうべく場所も解らず、その場その場を適当に進んでいる現状。



「ひッ!?」



 途端、背部から一直線に過ぎ去る小さな光。


 後ろからわたしを追い掛けて来るレヴェッカ様が悪徒と称した、青い髪が綺麗な女性が時折繰り出す雷の球。雷弾。


 チラッと見、魔法学校の制服を身に纏っていました。


 どの塔に在席しているのかは右腕に縫い付けられている腕章の形や色で分かるのですが、生憎そこまで目で追ってしまったら、眼前が疎かになってしまいます。


 見ず知らずの御偉様にこの速度でぶつかり怪我でもさせてしまったら、大変なんかじゃ済まないって事、馬鹿なわたしでも分かりますよ…!


 不幸中の幸いなのかどうなのか、この雷弾自体は威力に欠けたものであるようです。

 でも避けられません、ビシバシ色んな所に貰ってます。

 かなり痛ったいですが、逆に言えば痛いと感想を漏らせる程度の攻撃でしかない訳です。


 恐らくですが、わたしじゃあるまいし雷弾しか出せずしかもこんな脆弱な威力な訳がない。

 やろうと思えばもっと火力を上げれるんでしょうが、レヴェッカ様を抱えてる以上それが出来ないんでしょうかね…

………ん?あれ?悪徒はレヴェッカ様の命を狙ってるのでは?何か逆じゃない?



「ぴ、ギ………あッ…!?」



 い、たたたたた!?


 ほら、こうして意中してる間に、また一撃を脹脛に貰っちゃいました。


 わたしの矮小な脳で察するに威力の低い雷弾を当ててわたしの移動力を削ぎ、確保するつもりなんでしょうね。


 加減無く撃つL1に比べたら赤ちゃんみたいに思えるこの雷弾ですが、それでも塵積もれば、山!

 何とか頭に来る方だけはギリギリで躱せていますが、下半身となるともう全く避けられないので、気付けば一発貰っている感じです。


 今も受けた所がビリビリ痺れて、足が縺れてしまいます。



「コラァア!! あれぐらい機敏に避けて見せぬか! 魔法使いであろう? 身体強化して対抗しろ!」



 胸に抱える傲慢が相応しいお姫様は、わたしの不甲斐さに機嫌が悪くなっているようです。


 一応、わたしはまだ魔法使いではないのですが…


 身体強化? 習ってないし出来ませんよォォ



「あ、待て待て駄目じゃ駄目。そっち側に向くと何れ特設ステージの方へと行ってしまう。

 妾が指す向こう側から大きく迂回するよう行け。ちょうどリエリア城の裏側に出られる。

 流石に父上殿が居る場を荒らすのは不味いのでな」



「お、恐れながらレヴェッカ様に申します!」



「構わん、申してみよ」



「ほ、本当に悪徒に追われてるならラヴァリー皇帝に助けを求めるべきだとわたし思うんですけどォォ!

 あそこには魔女のカナード様もいらっしゃいますし、わたしより安全では!?」


 

「こンの不届き者! 水国そのもので在らせる父上殿を火中に巻き込もうなど愚かしい考えにも程と言うものがあるぞ、この駄馬ぁ!!」



「いやだって、あそこにはカナー………いや、もういいです、ううううぅ! 考えが足らずクズな提案をしてしまってすいませんでしたぁ………」



 駄目だー、きっとわたしが何を言ってもこの方の発言が強くて通らないんだ、と早々に断念してしまいました。


 既に何周かグルグルと宛ても無くリエリア城の周りを走っていますが、そこまでの道筋は幾つもあり、わたしが適当に選んで進んでいます。


 何度か、チラホラと式典で見掛ける治安兵にレヴェッカ様を押し付けようかと考えましたが、その間に追っ手からあれよあれよと追い付かれてしまいます。



「……くッ!」



 わたし以外皆さんこれが何かの催し物だと捉えていらっしゃるようで、面白可笑しく笑ってるだけで大きな騒ぎには発展してません。


 いや、発展して!


 ただ同じ所を走って回るだけじゃ、先が全く見えないんですけどォォ!?


 せめて大声で叫ぶ事さえ出来れば───でもそれは早々レヴェッカ様に言の葉で封じられています。



「えと…こっち!」



 グイッと軸足を曲げて、方向を転換。レヴェッカ様が指定した道を行きます。


………?


 この道が最も外周りで、最も城から離れているので、今までより人がグッと少ないように見受けられますね。


 これなら、今までみたく針で縫うような動きで人だかりを避ける手間が省けて、とても走りやすそうです…!

 


 

……………




……………




……………




 迂闊だった。


 姫様の戯れだと思っていた。


 見つけた以上、迅速に捕まえて城に連れ戻すつもりでいた。


 しかしあろう事か、姫様は私が捕えるより先に、何者かに掠われてしまった。



「くっ…、あのポニーテールの女!」



 怨むは己の不甲斐無さ。


 そして、恐ろしきは姫様を掠ったそいつの足の速さ。


 脚力強化した私で互角。


 巧みな機敏さを発して来賓方を避けながら逃げている。



(魔法使いの脚力に迫る程、有り得ない。

 それでも現実が目の前にあるなら、そいつはきっと)



 同じ、魔法使い―――!



 何と言う事だ、姫様を掠った犯人は同じ水国の民か。


 失望以上に渦巻く怒りが込み上げてくる。


 火国による犯行予告はあった。


 結果として今、姫様が掠われている現状ならば、あいつは共犯と見るが然り。

 成る程、この厳重なリエリア城に疚しさを抱いた火国の下郎がどう入れるのかと考えた時があったが、水国の民が背信して仲間内に在るのなら、私が知らないだけで色々やりようがあったのだろう。


 まして魔法使い。火国の奴らだけでは不可能だった物事の幾らかは、可能へと変える事の出来る神秘を手に持っている。


………その神秘を、本来護るべき水国の象徴に向けるとは、不届め。

 幾ら同族と言え、温情酌量の余地が無い、私が許さない。


 あのポニーテールは必ず捕まえて極刑にしてやる。


 そう意気がる反面、それが困難を極める現状の悪さも重々承知しているつもりだ。


 私の使える魔法なら、それこそ一撃で絶命に出来る。


 だが姫様を抱えられている。


 一緒にいる。


 命中精度が百%の魔法以外切り捨てるべきだ。範囲も絞るべきだ。

 誤差一%でも誤って姫様に危害を加えてしまってはならない。


 そうなって来れば私の手札もかなり限られてしまう。


 威力の高いL3魔法は除外

 精度に欠ける魔法は除外


 除外を重ね、初級魔法であるL1で且つ得手の雷ならば、目を瞑っていようが思う場所に必中の自信がある事に至る。


 リーゲルには外での魔法は控えろと仰せ付かっている。

 それが意図する事は、式典で荒事を見せるなと言う意味。


 持て成す水国、その非を外部に見せてはならない。


 この件は最小の内に締めなければならないのだ。

 それなら得手の雷のL1は、視認性も低く大きさも手頃で丁度良い。


 威力こそ低く絞るが、普通一撃喰らえば悶絶する。

 狙いは何発も当てて悪漢の移動力を落とす事。それで確保は出来る。


 そこまで考えて幾何。


 己の考えの甘さに、思わず舌打ちした。


 計算外だったのは、私の雷弾を幾らか喰らっても向こうが全くと言っていい程怯まない事。

 あの脚力も衰えたように見えない。


 そうだ、あれは魔法使いじゃないか。

 脚力以外も身体強化しているに決まっている!


 戒めにデコを小突き、埒が開かない今をどうしたら良いのか再度考えを拡げ始めた。



(水国兵は―――)



 使えない。


 彼等に確保の助力を頼めば派手になってしまうのは勿論の事、あの機動力だと挟撃しても魔法使いで無ければ容易にすり抜け突破されてしまう。


 それに姫様を掠ったのが屈強な男であれば、とにかく些かな不審を抱く出で立ちならば、彼等も迅速に動いて今頃取り押さえていたのかも知れない。


 だが、それが姫様と同じぐらいの背丈の少女だったら?


 普段の姫様の破天荒振りを知っているリエリア城水国兵なら今がどう見える?

 毎度の姫様の悪戯に、魔法使い達が右往左往しているだけに映らないか?

 

 幸か不幸か、あの悪徒がリエリア城から離れないで敷地内を奔走しているのも一端だ。


 元よりリエリア城から出る船は一定の時間でないと来ない様になっている。そしてその時間はまだ先。


 目的である姫様を掠っておきながら宛ても無く袋小路とは、此度私も相当の間抜けだが、向こうの無計画さには棚上げして霹靂としてしまいそうだ。


 まあ、他に逃げ道があったが頓挫したのかも知れない。


 とにかく今は、向こうに逃亡の手立てが無く、そして捕まらないよう逃げ回るしか無く、同時に私も愚直な迄にそれを追逐するしかない。


 こうなればもう余興だ。


 リエリア城内を何周も子供遊びみたいに逃げて追い立てて。


 治安兵も来賓客も私を見る目が全く同じであり、余興程度と捉えているようだ。


 来賓客はそれはそれで好都合としても、水国兵については危機感が足りなさ過ぎる。

 だが彼等が出張って場を乱し、周りにこれが余興と言う勘違いを正させてしまっても、上手くはない。


 結局、これが最上なのか。



「クソッ、私を含めて面白い程の平和呆けな国だ!」



 目前にチラつく髪の毛を手で分けて、せめて頭だけピンポイントに狙って昏倒させられないものかと、L1を放つ。


 しかし厄介にも頭だけは確実に避けて来る。面倒この上無い。


 地道に足だけ狙って速度を墜とすしかないのか。


 甘い、甘過ぎるメレア。


 そんなに時間を与えていいのか? まさか悪徒があれ一人だと思っている訳じゃないだろう。


 この滑稽な逃走劇は何処かしら潜んでいる仲間が脚の用意を整える時間稼ぎだと考えろ。


 このまま姫様を連れ去られてしまったらどうする?


 姫様の命に関わって、水国に影響を与えてしまったらどう責任を取るつもりだ。


 己が首だけでは、これはもう日歩にもならない。

 

 そうだ、このまま追い詰めて、あの悪徒が強行に走らない保障も無いではないか。

 そうなれば姫様の命が一瞬の間に危うくなる。


 本来なら、姫様の身を己が魔法にて危険に晒す覚悟で、迅速に悪徒を一時不能にさせるべきなのではないか?



(全く……)



 そんな事は、出来ない。


 姫様を傷付けるなんて自分に出来よう筈も無い。


 無論、向こうが最悪の行動に出た場合は、成り振り構わない。

 余興ではない事を周囲に知らしめる魔法を三秒以内で放つ。


 だから、それまでは。


 そして普通に捕まえられるのなら、それに越した事はない。


 何せ、向こうは袋小路をただ逃げ回っている素早い盗鼠に過ぎないのだから。



(………ん、?)



 そこで、ふと、遠くから私と平走している人物に気付く。


 そいつは徐々にスライドしてこちらに近付いて来ている。


 そこまで横の距離を縮めなくとも、私にはそれが何処の誰なのか直ぐに分かった。



「アーゲット=フォーカス」



「やぁメレア。随分と可愛らしい遊戯に興じてるようだね。

 必要ならば僕が手を貸してあげようか? 此から僕が逆走して挟み撃ち。捕縛率は百%」



 男の身にしては不健康そうな細い出で立ち。

 美形と言われれば美形とでも言える顔の作り、視力が悪いのか特注の眼鏡を着用している。


 同じ三塔の魔法使い。


 リーゲルが呼んだのだろう、私としては余り好んで関わりたくないタイプだ。



「………気持ちは有り難いが、この場で余計な賑わいを起こすと、こちらに都合が悪いのは解るだろう?

 護衛の責務を全うすべく、このまま私一人で終わらせたい」



 あまり人数で騒ぎ立てると周りに不審を買う。

 それに私が第一皇女護衛だと言う事は大多数が周知の事実。そこにアーゲットと言う不純が加わると荒事を想起させる。

 余興と思われているなら、これは余興のまま終わらせた方がいい。


 

「そうかい。分かったよ。君の立場もあるだろうから空気を読んで僕は下がろう。

 安心しな、このまま君だけで追逐しても捕縛率は百%だ」



「それは安心だ」



 それを言うと、アーゲットの姿が一瞬で真横から消える。

 意図して消えた訳じゃなく、単にその場を止まったのだろう。

 だから私にはアーゲットが消えたように見えた。


 やけにアッサリと引いてくれたが、彼にも預かった仕事があるのだろう。


………さては、私が断ると分かってて来たな。私からの好感度を上げる為。


 なら確率に負けだ。


 アーゲット、私はお前のそう言う打算が大嫌いなんだよ。



「さて…」



 目前に、今まで何度も投げ付たL1を再度放つ。

 目標は脹脛。正確に当てて蹌踉めかせはしたが、転ぶまでは至らなかった。


 今し方、アーゲットから有益なパーセンテージを聞いた。

 あれ自体は嫌いだが、同じ三塔として実力については認めているつもりだ。男の身で三塔まで昇れただけでも驚嘆に値する。


 そのアーゲットは、物事の成失を安易な確率で現すと言う変な特徴を持っている。

 師はあの『人操の魔女』だ、あの方譲りの特殊な技法なのだろう。

 これが何故か実に妥当な確率で、今までの実績により、厚い信頼性が付いている。

 尤も、私は彼に頼った事など無いが。


 百%か。そんなの言われずとも解る。



 そして機は訪れる。


 

 姫様を抱えた悪徒は、今までとは違った道からリエリア城の後背に回った。

 この道は少し進めば山成りとなっているのが分かる。

 城を一望出来る見晴らしを望んだ第三皇女のアイシャ様の意見で、急遽作らせたものだ。


 先の先を見上げても、人らしきシルエットは確認出来ない。

 それもそうだ、こんな整地も碌にされていない坂道をわざわざ登る目的も無いだろう。

 催しも当然無く、此は只のリエリア城の前と後ろを繋ぐ為の道でしか無い。


 邪魔は居ない、地は整地されてない。絶好機だ。


 今より精一杯加速した後、今までより大きく見える後ろ姿。


 棚引く茶髪のポニーテール。


 気付いた姫様が必死にこちらに手を振っているのが、私に奮激を与える。


 これで目算は付いた。


 足を止め、地に手を添える。注力したのは一瞬だが十分だ。

 途端、私の掌からグゥンと影が伸びるように直線を猛進して行く。無論そう見えているのは自分だけだが。


 それは悪徒の足元を、留まらず、更に追い越す――



「うぅわッ!!?」



 そして悪徒の進行を塞ぐようにして、土の壁が地面から怒涛な猛々しさで聳え立つ。

 突如現れた壁に目前を阻まれた悪徒は、慌てて其の場を止まるしかない。



「『フェイズ』で土を操作した。掛けっこは終わりだ、興じる歳は既に過ぎた」



 私が此にいる事で先ず背後の退路を絶つ。


 左は舗装された壁だ。登って逃げようにも向こう側にあるのは青い海。

 大体そんな悠長、させはしない。


 右にはそもそも道が無い。落下防止の手摺りから乗り出し下に落ちたいなら話は別だが、かなりの高低差がある。

 受け身が取れるクッション的な物も無く、自殺する気がなければ飛び降りはしないだろう。

 それでも自棄になって道連れしようなら、姫様だけ救える距離間に私は居る。



「ぐっ………」



 だからポニーテールの悪徒は、観念し、こちらに振り向くしか無い。



「幼い面だ、とてもこのような大事を企てるようには見えないが………物事の善悪が付かない生娘と言い張るなら笑ってやる」



「こ、ここここの、この方は水国の第一皇女レヴェッカ様ですよ!? 正気ですか!?」



「………それを疑うのは私の方だ。さぁ大人しく姫様を渡せ。私はこれより先、躊躇しない」



 静かにそう告げる。


 下らない余興も大詰めだ。


 今更抱く情も無し。



「………レヴェッカ様、わたしの後ろに隠れていて下さい」



 対して、悪徒に従いの兆候は見られない。


 抱えた姫様を降ろし、背で隠すと菱形の黒い物体を右の指の間に縦に挟み、空に掲げる。


 見覚えがある、エーテル液を内封している薬筒という奴だ。

 魔法学校ではもう使う事は無いから記憶から飛んでいた。


 今更これを使う意図は何だ?



「大丈夫! これでも魔法は使えるつもりです」



 ああ…、こいつは、馬鹿だ。



「勝てなくても此で派手にドンパチやっちゃえば、みんなすぐ異変に気ずッ―――ぐ、?………ァ……」



 相対する私から目を外し、完全に後ろを向いて姫様と何やら話している。私も馬鹿にされたものだ…呆れた。


 だから振り向いた瞬間を狙い、指先で照準を定め、その無防備な頭部へと雷弾を見舞ってやった。



「ぁ──ぁ───??──?───」



 呆れたので加減は無い。殺していい気持ちで放った。


 眉間に雷のL1を受け、一瞬で意識が消し飛んだのか、足が地面を離れ、グラリと悪徒の身体が背後へと倒れて行く。



「予め言った筈だが? 躊躇しないと」



 何とも詰まらない結末だが、これが道理。


 これは正当な試合でも無く、悪を前にして卑怯は上等。

 

 さて…、姫様を引き連れてリーゲルの元へ戻らねば。あの男との内通話は、私の方から一方的に切ってある。

 拐われてからは罵詈雑言が鼓膜を容赦無く叩くのだから仕方がない。


 あれの寿命を縮めても利が無いので、姫様の無事を見せて安堵心させてやらねば。

 私の咎は、その後にでも受ければいい。



「お、…おぉ、メレア…」



 倒れ行く悪徒の向こうに少し曇らせた顔を覗かせる。

 それに表情を緩め『姫様、ご無事ですか?』と言い掛けた瞬間、




 私達の前で小気味いい破裂音が炸裂し、鼓膜を穿つ。



「─────!!」



 何が起こったかなんて瞬時に理解が出来た。


 一目瞭然だ。


 何せ、目の前で起こったのだから。


 倒れる悪徒が掲げたままの右手───が掴む薬筒が大きく弾けたのだから。



「暴、発…したのかッ!?…………姫様伏せて下さいッ!!!」



 急いで姫様に指示を飛ばす。


『あひゃー』と間の抜けた声と共にその場を屈んでくれた。

 それを確認し、自分は暴発した魔法の行方を追う。



 ドサリと悪徒が地面に倒れた音がしたが、もうそれには一縷さえ興味が無かった。



「クソっ…分裂してる…」



 右側の手摺りに上半身を乗せ、リエリア城方面に花火のよう拡がる幾数の水粒を見て、自分の額にワッと冷汗が発する。


 どうやら暴発した魔法は真っ直ぐ上空を舞ったらしい。

 

 そして不幸にも潮風に流されて、リエリア城方面に向かってしまう。


 そこには水国の式典に招待した大切な来賓客が。


 魔法使いだからこそ解るものがある。


 あの小さな水粒、一つ一つが水のL1。


 この高さから降り注ぎ、万が一、人に当たりでもしたら頭蓋骨で留まれるかどうか。


 事態は、一刻を要した。

 対応出来るのは、自分のみ。

 


「厄介な置き土産をッ!!」



 眼球に魔力強化して凝視する。

 十八…十九…二十…二十一!



「二十一! 多い!!」



 水L1の不完全な暴発にしてはその散った魔力弾一発一発の威力が落ちていない。

 普通こうはならない、分割される数が多ければ多いほど威力は減っていく。

 L1如きが二十一も割ければほぼ無害だ。なんだこいつは!?


 地を蹴って自らの足下に雷光のヘキサグラムを叩き描く。

 四の五の言わず有る限りの雷弾を生み出す。質より量じゃない、数も質も必要だ。


 同じぐらいのパワーで且つ相殺する加減で空にて撃ち尽くすしかない。


 練り出せた数は十七個、四足りない。取捨選択が必要になって来る。考える暇等無い。

 刹那思い浮かんだ人物にて即決した。



「行けッッッ!!!」



 叫びと共に指差す方角を、雷弾の群が目の前に黄色の残像を残し、飛んで行く。



「ぐッ…っ…!?」



 同時に私の脳内がギリリと捩るような痛みを生んだ。

 これは…強制通信で生じる痛み。


 相手は………リーゲルか。


 今し方の音で、もう居ても立ってもいられずと言った具合か?



『アランスゥゥウウウ!!! 今の爆発音は何だ!!?

 ひ、姫様はどうした!? 無事か!? 無事なのか!? 応答しろ馬鹿ヤロウ!!!』



 頭を叩き割ったような怒声は私の頭蓋骨を振動させる程。


 通信を切りたくなった。


 それが出来ないから、泣けてくる。


 しかしリーゲルの心情察するに気の毒なので、会話には問題無く応えるつもりだ。



「………レヴェッカ様は無事です。実行犯は今し方抑えました…が、最期に悪足掻きを放たれました」



『わ、悪足掻きィ!?』



「魔法のL1です。即死させる程の威力がある水弾が二十一、式典上空から数秒の後に降り注いで来ます」



『は、は、? …………はァァァァアアアアアア!!!???』 



「御安心を。私が即座に迎撃の魔法を放ちました。威力を目算し、巧く相殺出来るよう調節出来たと思います。撃ち漏らしはありません」



『そ、そうか! 流石は魔法使い三塔だ。と言う事は水弾はお前が確かに処理出来るんだな?』



「いえ。弾けた水弾は二十一。対して私の雷弾は恥ずかしながらあの質を一度に十七しか出せません。

 差は四。この四は私では対処出来ません」



 通信の向こう側でリーゲルが絶句している光景が見える気がする。

 これは魂が抜けているのかも知れない。



「───なので優先度を鑑みて、特設ステージ以外を優先に撃ち落とすよう放ちました。

 特設ステージ以外の水弾は私の方で処理出来ますので御安心の程を」



『ば、馬鹿ヤロウォォォォオ!!!!!! 優先度が逆だろうが馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!!!

 特設ステージには皇帝と第二、第三皇女が居るんだぞォオオオオ!?!?!?』



 耳が凄く痛い。脳内に反芻する程。


 凄まじい乱れ方だ。こんな醜態は今まで一度も知らない。人間、冷製さを失うとこうも地が出てしまうものなのか。


 自分も『冷製さに欠けている』と言われているから、気を付けなければならない。



「いや、だから。特設ステージは何もしなくても、何が起きても、安全だと言う意味です。

 だってあそこには─────」






 『絶壁の魔女』が居るから






 パァン、パァン、と式典上空では私の雷弾と水弾の相殺音が、まさに連鎖の名に相応しき連成りで聞こえて来る。


 撃ち漏らしは無いと断言したが、一応、万に一つの可能性を考えて、自分が狙った水弾の行方を目で追い掛けている。


 どうやら、全て私のL1で問題無く処理出来るようだ。


 時を計れば、今は昼の三時ぐらい。これなら雷が水を蒸発させる音も時間による催しだと思ってくれそうだ。まあ呑気な話だが花火のように聞こえる。


 特設ステージの方も問題は無い。あちらは音すら無く、全ての水弾が消えたようだ。




……………




……………




……………




 あれから少しの時間が過ぎ、気絶した悪徒の魔法使いはリーゲルが寄越した水国兵数名が抱えて連れて行った。


 眉間を穿つつもりで撃ったが、改めて見てみれば内出血による赤痣はあるものの、表立った出血は見られない。

 絶命…もしていないだろう。咄嗟に『ガード』で庇ったのかは定かではないが、恐ろしい迄の石頭だ。



「姫様、流石に今回はお仕置きを庇い切れませんよ?」



 そもそも姫様が無断で城を出てしまった事が発端。


 私程では無いだろうが、姫様も相応の罰ががリエリア城で待っているだろう。


 その姫様は、俯瞰からの式典の様子を手摺りから身を乗り出して見ている。

 私の問い掛けに反応して、クルリと身を回して、飛び切りの笑顔を私に向けた。



「うむ! 必ず助けに来てくれると信じておったぞ!

 アズ……っ……悪徒が放った魔法への対応も誠見事だった!」



「………まぁ、少しは口添えしてあげなくもありません」



 それだけで、労が癒えると言うものだ。




 やはり、


 私は甘いな。







 

 

 


 

 

 

 

 

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