第十六話 『不慥かな謀略』

 

 


 その男は、明らかに挙動不振な態度を取り、九番テーブル付近を歩いていた。

 先程から腕の時計を見ては、チラチラと周囲を見渡して辺りを宛もなく彷徨いている。



「ふぅ―――」



 仲間内が上手く事を運んだらしく、城内の一人と繋がった。

 それが裏から手引きしてくれたお陰で、彼は招待状も無いのに式典に出席を果たせた。


 此までは首尾よく進んでいる


 後は、仲間の一人が城内で何かしら騒擾を引き起こしてくれるのを待つだけだった。


 兎に角騒ぎが起こるなら何でもいい。火を放つのは最終手段だが。

 それでも何をどうしようかは城内の仲間の好きにさせておいた。


 重要なのは、


 "今回の騒動が先に送った脅迫状の主の仕業だと疑わせる事"


 "火国が起こした仕業だと思わせて、少しでも両国の関係を拗れさせる事"


 そう、彼等こそ脅迫状を送り付けた一派。


 目的は、友好の兆しを見せる水と火国の関係悪化。



(………遅い! 一体いつになったらブッ飛んだ騒ぎが起きやがるんだ!?)



 苦虫を噛み潰すように、苛つく気持ちを足で地面を強く叩く事で発散させる。


 今は当初予定していた時間を遥かに超過している。

 なのに未だ周囲に変わった所は見られないから男は焦る。


 特設ステージでは話の種にもならない皇帝の式辞が行われているが、それも終盤に差し掛かろう雰囲気だ。

『城内へは侵入のプロである俺に任せろ』と豪語していた仲間を思い切りブン殴りたい気持ちに駆られる。


 火国の過激派


 脅迫状の件に魔法使い三塔のメレアはそう目算していた。


 しかしそれは大きな見当違いであり、それこそ一派の目論見通りと言う事になる。


 頭の固いメレアでは導き出せないだろう真実。


 そう、彼等は過激派。



 ただし、この水国の―――


  

(やはり博打が過ぎたのか? だが今日を見逃せばリエリア城に近付く機会もない)



 噂など所詮は噂。


 そう言われたら身も蓋も無いが『火の無い所に煙は立たない』と言う言葉もある。


 箝口令を敷いても、それは精神的な戒めであり人の口に物理的な戒めは出来ない。

 全ての草を刈り取っても、次の日には小さくも新たな雑草が生えて来る。

 

 意図しない所から内報は底に小さな穴が空いていたかのように少しずつ漏れていく。


 彼等もそんな所から此度の情報を仕入れてきた。だが他と違うのは次の通りの確報を持っている。



【今宵の式典、裏では火国との友好取引が行われる。

 上手くいけば、二国間は近い内に大々的に平和調停を結ぶ。】



(させてたまるか…。奴らの魂胆など見え見えよ。

 大方、水国の神秘を持ち帰るつもり。そうだ、鼻から友好を結ぶ気など毛頭無い。

 今の皇帝は腑抜けてそれすらも見抜けぬ)



 火国が水国を嫌うように、水国もまた、火国の民については善い思いを抱かない。

 特に九年前の戦時を体験した、この男はそれが如実だった。



(出来れば、此に火国の外交が居るなら───)



 そうなれば話は早い。


 そいつに深手でも負わせればいいのだ。

 それだけで、今回の話は一気に流れてしまうだろう。


 とは言え、物事そう都合良くとはいかない。

 リエリア城敷地に踏み入れてから早速怪しまれない程度でそれらしき人物を探っては見たが、

 他国の外交官や水国の上流階級ばかりでお望みの人物は見当たらなかった。


 違う場所に招いている。


 水国は相当に慎重だ。


 かなり前からこの日の為の用意を熟していただろう事は容易に想像出来る。


 やはり、脅迫状の通りに何かしらの騒ぎを起こして、火国への疑いの余地を与えてやるしかない。



(まだか………!?)



 だが肝心のこちら側も何やら暗雲が立ち込めている。


 彼は右手に持っていた空のケースを壁に立て掛けると、自分も仕切りに身を預けた。


 彼等の逃亡手段はこのケースにある。


 騒ぎを起こす予定の仲間は必ず顔が割れる。

 無事にリエリア城から脱出するのは不可能と見ていいだろう。

 そうなれば結果自分等の仕業だと暴かれて全ては無意味となる。


 それをどうにかするのが彼が持つ大きめのケース。

 中身は空っぽであり、容易に持ち込む事が出来た。


 柔軟という特徴を活かして潜入が得意な仲間をこのケースに押し込めて、脱出。


 それが逃亡手段。



………言っておくが、彼等は大真面目だ。


 もっと彼等に時間があり且つ冷静であったのなら、子供の浅知恵のような今回の計画を見直す事も出来ただろう。


 しかし知ったのが三日前と来れば、浅知恵出して練れる計画の完成度もこれが限界である。



(……………)



 賑やかな内に過ぎてしまった三日間

 睡眠すらろくに取らず、仲間内と話し合い続けた。


 式典から少し引いた所で、男は無意識に大空を仰いだ。


 途端、今まで何とかやり過ごしていた睡魔が襲って来る。



(……………、…ん…?)



 微睡に包まれ、深い森の誘いに手を取ってしまいそうな時、漆黒の視界から彼を現実に引き戻す喧騒が聞こえた。


 綴じかけた瞼が、覚醒したように開かれる。


 明らかに周囲の反応が違う。


 彼等の留意の眼差しの先には、何やら怒涛の勢いで敷地を駆け抜ける剛馬の姿が───


 いや、あれは人間?

 


「は、ははは………!!!」



 何と言う事。


 彼を散々待たせた仲間は、その失態を補って余りある想定を大きく越えたスケールの騒ぎを持って来てくれたのだ。


 それは、胸に大きな爆弾を。


 第一皇女であるレヴェッカを抱いて真っ直ぐ男の下へ向かって来る。



「よ、よし…! よし………」



 何もそこまでやれとは言わなかったが、彼は今一度、横に立てたケースに目を配った。


 柔軟じゃなかろうが、レヴェッカほど小柄な女性なら身体を丸めたら余裕で入る。

 窮屈で仕方ないだろうがレヴェッカには少しの間、此で我慢して貰うしかない。


 此の時点でケースに入れる予定の仲間をどうするのか見失ってる時点で計画は破綻している。



 何も彼女を傷付けるつもりはないのだ。


 ただ、騒ぎが欲しい。


 火国との溝を深める程の。



 第一皇女が火国であろう手紙の主に掠われたと言う『騒ぎ』を───!



(ん………?)



 そこまでは考え、漸くにして彼はそこに気付く。



「誰だぁ、アイツ………」



 大きな結実を持って来た仲間だが、早過ぎて顔立ち迄はよく見えないが、容姿と体格があの柔軟性が自慢の男ではない。

 レヴェッカを抱えてこちらに来るのは、見て呉れ同じく女の身。


 彼の組する一派に女は居ない。


 あれは、何者だ?


 改めて周りを見れば、この男と違い他の来賓達は皆、この騒動を何かの催し物と捉えているようだ。



「………成程、手引きしてくれた内通者か」



 睡眠が足りない頭をフル回転させ、男はそれに至る。

 そう、この安易な計画には強い味方が、内通者がいる。

 だが顔も名も分からず、城内で働いていると言う事以外全てが伏せられていた。


 今回の風の噂から流れた情報も、それが確報へと昇華した。



「あれは雇われの使用人か…それとも魔法使いか、いや、今はそんな些事どうでもいい!

 己を身捨てたその蛮勇なる協力!感謝す───


『あそこにはカナー………いや、もういいです、ううううぅ! 考えが足らずクズな…』


 るぅぅ───???」



 第一皇女レヴェッカを抱え、人間とは思えない速度で疾走する女。


 それを両手を広げて迎え入れた男だったが、豪と唸る風が真横に突き抜けて、女は男を追い越して疾っくに彼方へ去っていた。



「は?」



 男は訳も分からず、迎え入れる恰好のまま硬直している。


 そんな男の横を、もう一度、同じような風が突っ切った。


 先程とは違う女性の声が聞こえた気がした。


 男の思考は真っ白な灰と化してボロボロと崩れていく。



 家族にも隠していた彼の人工の髪が、風に煽られ、式典の空を軽快に舞い上がる。





  

  

 

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