第十五話 『水国王都へ』
……………
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「すいませーん、船を出して欲しいんですけど、空いてますか?」
予想外なイベントもありましたが、予定は恙無く進みます。
出来る事ならば、もう何事も起きずに、と祈らずはいられませんけどね。
商人が待っていた辺りから更に下り、漕ぎ屋さんが船を停泊している場所へ着きました。
調度、向こうから人を渡したばかりな感じの小船が停まってて、わたしはその船主さんに声を掛けます。
「ん、あぁ、空いてるよ。どこ行きてぇの?」
「ちょっと王都のリエリア城近くまで」
「あいよ王都ね。乗り込む時ギッシギッシ言うけど、一回も沈んだ事ねーんだから心配するんじゃねーぞ」
なにその沈むフラグ、と突っ込みたい衝動に駆られますが、ちょっと気分が乗らないのでパス。
船はともかく、気さくそうな船主さんみたいで、無言で接客されるよりは乗り心地が良さそうですね。
見た目、わたしと同じ年ぐらいの髪の毛ツンツン頭な青年ですし。
「よっと。う、うわわあ!?」
飛び乗った瞬間、船全体がギシギシィ!と大きな悲鳴を上げました。翻訳したら『もう寿命だから無理!』とでも解釈出来そう。
あ、あれ…、あれは接客トーク的なジョークじゃなく本気もんで言ってたんですかっ!?
「ひぃぃ!? そ、そーっと乗ってくれ! マリナちゃん号はまだ現役でいて貰わないと困る! 買い換える金ないし!」
漕ぎ屋さんの船は、総じてそう上等なものではありません。
オールを持つ漕ぎ手の船主さんを含め、二、三人乗れればいい所の簡易なものです。
畳んだり伸ばせたり出来る板があり、小雨程度ならそれで凌げます。流石にそれ以上になると休業するみたいですけどね…。
「すっっつつごいオンボロ………王都までに沈みませんよね?」
「あ、ああ安心しろい。この無事故の看板に嘘偽りはねぇ!」
言われて見上げて見れば、成る程、大漁旗よろしく『超安全!』と男臭い太字で大きく描かれた旗が掲げられています。
………まぁ、何とも頼りないですが、王都までは確か三十分も掛からなかったと思います。
その間は、どうぞ安全漕ぎでゆったりと進行してもらいたいですね。
ギィ…ギィ…、と木のオールが水を掻く音だけの世界。
あまり好きになれない海独特の香りが鼻の奥底まで突き刺されます。
くしゃっと湿気た前髪を左手で掻き分け、わたしは流れる水の中に理由もなく右腕を突っ込んでます。
冷たい冷たい流水。
生き物のようにこの腕に絡み付くそれは重みがあり、何ともいえない感触の様。
「あんま身を乗り出すと落ちんぞー、お転婆娘ー」
「落ちたら全力で助けて下さいよ船主さん」
こうして静かな時と優しい海の音に身を任せていると、頭がやけにクリアになって来ます。
今、考えている事は、やはり先程会った『商人』───
その中で、解りそうで引っ掛かってるギャンブラーと言うワード
「ねぇ、水国の何処かにお金を賭けて何かやっている所って、ありますよね?」
「賭け? あー、グーレイの地下賭博場の事か?」
「あ…、あああ! そうだグーレイだグーレイ」
『あん? なんだ急に?』と聞き返すツン毛船主を無視して、思考の渦中へ閃光の一石を投じます。
そう、賭場がある街の名前はグーレイ。此オディールからは少し遠く、後輩のシャルルちやんの出身地マウスピースからは近い。
"荒くれの街" とも呼ばれます。師匠がデロンデロンになるまで飲みに行くのが大体此。
治安が酷く、毎夜のように喧嘩や何やらが起きて、水国の兵―――治安兵とでも言いますかね。その治安兵にとっちめられているそうです。
「なに、金でも欲しいの? やぁめとけやめとけ。
あーゆーのは最終的に胴元が勝って客が負けるよう、うまーく出来てんのよ」
「体験談?」
「10万レナーを一晩でスッた海の漢の話」
賭博、そしてグーレイ。
確か商人はギャンブラーを信じればいいとか…何かそんな事を言ってた…ような?
えー、………そんな人達を信じれる訳ないじゃないですか。
て言うかそもそも何の事に対して誰を信じればいいのやら。
「酒はともかく賭博は主法で禁止されてる筈なのに、よく潰されないですね。
グーレイの治安兵は気合い入れて探してるんですか?」
「潰れる訳ねーよ。賭博場を管理してんのは王都って話だべ。
賭博場へ続く地下階段前を治安兵は平気でスルーってさ」
「うわぁー黒い。黒すぎる。聞きたくなかった………」
「ンハー、大海を知れてよかったな小娘」
そんな話、本当に聞きたくなかった。
確証も無い悪い情報は、要らぬ雑音にしかなりません。
ん…、話が脱線しかけたので、再び思考の彼方へ意識を飛ばしてみます。
………ギャンブラーについて、賭博場がグーレイにある事ぐらいは知れましたが………だから何だろう?
わたしが二塔に飛び級とか言ってたり、水の翼…?が何だったり…
むむむ…、本当、何が言いたかったんでしょうかね…
一概に無視するのも悪いとは言え、あの人、気持ちが悪いと言うか何と言うか、不気味で怖い───
「………二塔2位の人って誰か知ってますか?」
「あー? 魔法使いか?」
「そうです、えーっと魔法学校では『商人』って呼ばれてる人」
「知らねーよ。魔法使い三塔ならまだしも二塔とか多すぎてみんな知らねぇ」
「三塔の方なら知ってるんですか?」
本当、何気なく寄越したその問い掛け。
それに船主は『ああ!』とやけに弾んだ声を返し、ニヤリと笑って見せました。
あ、何かやな感じ…
地雷踏ん―――
「先ずは栗色長い髪に大きなリボンが超キュートな『マリナ=レルトレート』ちゃん、この子がさぁ、もう可愛いのなんの!
天使? つーか神? ああ、正しく俺にとっての水精ウンディーネだッッ!!
前に一度さ、この超マリナラブアゲイン号がトラブって沈みかけたっつーか沈んだ時に、たまたま通り掛かったマリナちゃん達が魔法で溺れた俺をマリナ号ごと持ち上げてくれたのよ! あれ多分風の高い位の魔法だぜ? すげえ超すげえ! しかも俺に「怪我はない?」なんて向日葵のような笑顔くれちゃって、しかもグシャグシャに濡れてる俺に手なんか差し延べてくれちゃってさ、もうハートにオールが刺さったね! こうグッサリ!
そんで俺はイケメン笑みを返してマリナちゃんの神々しいお手手をうおおォォォオオオオオオ!!?」
勝手に思考回路が焼け切る程にヒートアップした阿呆を黙らせるべく、船尾部分を思い切り蹴り付けて船を派手に揺らしました。
「キっっっっモ」
てか一度沈んでるじゃないですか、この船。うそつき。
当の船主は落ちそうになるのを変な体勢で何とか堪えてます。
此でトドメの一撃を見舞えば変態を一人海に屠れそうですね。でもそうするとわたしはこの只中の海に独り取り残されてしまうので心を鉄にして我慢します。
「調度良い。そっちに博識みたいですし他の三塔の方についても『キモくない』程度に教えて下さいよ」
「お、おま…」
「お客様にはトークで楽しませなきゃ♪」
体勢を立て直した船主に、わたしは見逃してあげた見返りに他の三塔の方の情報を強いります。
そもそも魔法学校三塔にどんな方がいるのかすら実は全く知らないでいるわたしにとって、これは本当に調度良い機会です。
わたしは鳥頭なので三魔女しか禄に覚えてませんが、魔法使い三塔に名を連ねてる方々は有名です。
ついこの間は三塔の長を為されてると聞く『クレア=ミシェル』さんをオディールの雑踏の中心で御見掛けしました。
とんでもなく人気だったので、わたしは一切近付けませんでしたが…
「他にはな───第一皇女の近衛なんつー大層な役を任されてる『メディトギア=レガ=アランス』とかぁ?
あ、因みにマリナちゃんは第二皇女の近衛だぜ?」
「皇女様を護衛してる魔法使いなんているんですか?」
へー初耳。水国に三人いる皇女様は新聞などでその姿を見る事はあります。
強力な魔法使い三塔を護衛に付けていらっしゃるんですね。それは心強い。納得です。
「皇女護衛のメディ、マリナ、フランシーヌの三塔三人はめちゃ有名だけどねぇ、お前なんも知らねーんだな」
他の近衛魔法使いお二人はともかくマリナさんについてはさっき何か熱く語られたので知りましたけどねぇ…
「メディトギアは長髪青髪で普段からツーンとしてるクールな感じが素敵なお方で、フランシーヌは黒髪ショートで小柄。12歳にして魔法使い三塔になってる超天才だ、どっちも数ある三塔の面子からわざわざ皇女護衛に選ばれたんだからすげーんだ」
へぇ、つまり魔法学校三塔の中でも特にエリートって事なんですかね?
何を基準で選ばれたのかそれこそ選んだ側の人のみぞ知るって感じですが。
いつか、わたしも彼女等にお会いする日が来る…でしょうか?
いやいや、わたしが三塔になれば嫌が応にも顔合わせする筈。
魔法学校に何百といる魔法使いの中の頂点
この水の国、要の方々
「そう言えば船主さんは魔女には興味ないんですか?」
「ないないないないないないないないないない」
「どうして? 魔女は三塔よりもーっと強くて偉いんですよ?」
「『血吸』『絶壁』『人操』だろ。ね───よ、みんなもうババアじゃん。
特に同じオディールにいる『血吸』なんかもう駄目だわ。
昔は味方さえ見境無しに殺しまくってた殺人鬼だったんだろ? こわっ! すっげぇバケモン、オディールから出てって―――――ぅわでッ!!?」
「続 け て」
先程と同じく、船尾を強く足蹴りしました。
その後『うふふふふ』と勿体ない程の淑女の微笑みをプレゼントして、先を促します。
「じ、『人操』は………人間のクズみたいな奴だし、消去法でマシなのは『絶壁』しかいない事になるが、こぉーゆー奴に限って裏が黒かったり一物抱えてたりするんだよなー
まあ確かに人気だよ、何せ九年前の戦争で獅子奮迅した水国最強の戦士だからな。特に『絶壁の魔女』はな! だが俺はよく見かける三塔の子達のが好きだね!」
「魔法学校内で同じ事言ったら八つ裂きにされそうですねー」
少なくとも『絶壁の魔女』カナード様にその暴言は、彼女を愛し尊敬している方々に聞かれたら即抹殺対象として煮るなり焼くなりされてしまいそうです。
サクッと焼かれれば善いと思います。
現に『血吸の魔女』を貶された人が今、面白い感情を胸中で巻いてたりしますしね。
フ、フフフ───
……………
……………
……………
「おーい、もうすぐ王都に着くぞ。下着とか忘れ物ないようにしろよー」
「死ね。抱える程大きい荷物なんてありませんのでご心配なくー」
やっぱり片道五十分は掛かりましたかね。
漸く、目的の王都が見えて来ました。
何だかんだで船での道中、退屈せずに済みました。
これがこの船主の話術ならば大したものです。
「ンハー、同業が沢山いやがる。今日は人多そうだな」
船主のオール捌きで、船が王都の船着き場へゆっくりと横付けされていきます。
船着き場自体は長い板のようなもので、それが幾つもあり、それぞれの先には同じく漕ぎ屋さんの姿。
「ほら、掴みな」
碇のような物を船着き場の引っ掛ける所に括り、いの一番に船主が船から踊り出て、わたしに手を差し延べます。
「あ、ありがとう…」
そっ、と掴むと力強くグイッと引っ張られ、強制的にわたしは船主の小船とお別れしてしまいました。
「お前の事ならオディールで有名だからよぉく知ってるぜ。春の入学試験もうすぐだろ? 超頑張れよ!」
そう言ってツン毛の船主はカラっと晴れた笑顔でわたしの頭を豪快に撫でます。
痛い、と苦情を訴えたい所ですが、わたしはそれに終始成すが侭でした。
そして、一言。
「………まさか、わたしのストーカー?」
「ねーよ。さっさ1400レナー払えやウマ頭」
キッチリお金を支払い、共に悪態を付きながら別れた後、わたしは船着き場を真っ直ぐに歩いています。
どうせまたすぐに船に乗らなきゃいけないんですよね。
暫く進むと、大きな門が前面に見えて来ます。
全ての船着き場は一直線にこの門へ続いてる訳です。
「認証票の提示を」
「はいどうぞ」
わたしは予め用意していた認証票を、門の手前で仁王立ちで構えている治安兵に渡します。
認証票は水国の人間としての証みたいなもの。
水国出身者なら必ず持っている身分証明。
これが無いと、王都は門前払いと言う訳です。
招待と言う形で特別な認証票でも無ければ此の中には入れません。
「確認した。十一番を通れ」
義務的な感じに治安兵に認証票を返されます。
それから治安兵が門を開き、わたしがそれを潜ると、小さな扉多数が迎えます。
此では言われた通り十一と書かれた扉を通りますね。
ギィッと押して開いた先、しかし未だ街みたいな光景は霞さえ見えません。
またしても、治安兵の姿。
「何処へ行きたい?」
「リエリア城です」
「ならば五十二線の漕ぎ屋を使え」
指された先に、来た時と同じく幾つもの枝別れの道。
これ全部、先には個々の船着き場に続きます。
そう、此から更に無料の漕ぎ屋を経由して王都の中に直で行きます。
王都城下街や、協会等に行きたかったら、その都度、こうして控えてる治安兵に言って、そこへ渡してくれる漕ぎ屋を教えてくれる形になります。
王都は正に水の都。道が無いんですよ。
因みに行ってくれる漕ぎ屋は日によってバラバラです。
簡単に言えば、明日の五十二線はリエリア城行きとは限らないって事ですね。
「宜しくお願いしますー」
五十二線の道の先、船着き場で控えていた漕ぎ屋の方にお会いします。
今度はかなり年配の方で、こちらに軽く会釈するだけで、言葉を交わしませんでした。
「いい天気ですねー」
「……………」
色々な漕ぎ屋が横切る中、わたしが乗る船は、どういうルートを辿るのかは知りませんが、確実にリエリア城へと向かっています。
うう…、それにしても空気が重い…
あのツンツン髪の船主が良い漕ぎ屋なんだと、まさか別れて間もない内に実感してしまうとは…!
「着きました…」
「はやっ!」
寂しい程何事も無く、小船はリエリア城城門前に到着したようです。
わたしは会釈と感謝を述べて、この船を下りました。
「めんどくさいなー、流石は王都」
余りにも大き過ぎる城門を前に、塗しい太陽を遮るように片手を翳して見上げます。
これ、実際には開く事はなく、近付くと更に小さい門があってそこから入るそうで、見栄っぱりが垣間見えてちょっと笑えちゃいます。
「さぁ、あとワンステップ!」
城の敷地に入るには、城門にて構える治安兵に師匠から預かった招待状を渡すだけ!
「何用か?」
「用件を簡潔に述べよ」
少し歩みを進めたら、治安兵二人が手持ちの槍でわたしの前にバツの一文字を描き、封鎖します。
火国に比べたら水国の兵って装備が軽いんですよね。
確か、教科書通りなら火国の兵は鎧や兜で身をガチガチに固めるとか。
逆に水国は機動性を活かす為に、最低限の兵装しかしていません。
「式典に招待されて来ました『血吸の魔女』の代理の者です。これが招待状です」
そう言って取り出すは、師匠から預かった封筒。
それを面倒くさいので、片方の保安兵にそのまま渡してしまいます。
後は、黄色い紙の招待状が確認されるまで待つだけ───と、思ったのも塚の間。
いきなり胸に封筒を押すようにして突き返されました。
「う、わ…!?」
「招待状ではない。立ち去れ無礼者」
「…!?!?」
そんなバカな…!
確かにこれは師匠から預かった確かな招待状が入った封筒………ってあれ?
黒、い…封筒?
確か、封筒は白かった筈…
「あ…!」
その時、わたしの脳内に稲妻が落ちました。
わたしは、これに似たものをついさっき見た気がします。
そう、これはあの『商人』が一瞬わたしに見せた………!
探してみれば、師匠から預かっている方の封筒は直ぐ見付かりました。
ですが安心より先に、今は怒りが込み上げます。
「あんにゃろう!!」
紛らわしい事してェェ!!
わたし何か貴方にしましたか!? 滅茶苦茶容喙して来て…うッにゃぁああああ!!
わたしは黒い封筒をクシャクシャになるまで丸めて、そのままポイしてやろうと考えました。
「…………」
でも治安兵が『ここでゴミを捨てるなよ』と刺すような目で言ってくるので、複雑な悔しさのまま、それをポケットの中に突っ込みます。
「すいません、間違えました。こちらが本当です。お願いですからもう一度だけ改めて見て下さい………」
「………確認した。無礼を許されよ客人」
「さあ、胸を張り我が皇帝陛下が住むリエリア城に入られよ!」
渡した師匠の封筒は中身を改められ、一発で本物と確認されたようです。
丁寧に返され、二人の門番が守る正門がわたしの目の前でゆっくりと開かれていきます。
「し、失礼します!」
リエリア城を外で見る事はあれ、敷地に入る事なんてこれが初めての経験です。
粗相が無いよう、カッチンコッチンになりながら、雄々しい正門を潜りました。
背中にはギィィと門が古めかしいそれを立てて閉まる音。
「まだ歩くんですかね…」
豪奢に整地された地面を踏み締め、端には圧倒的な存在感を放つ小さな女神の像の列。
それを抜けた後
漸く、わたしは生誕記念式典に出席を果たしたようです。
「うわ…、すごい…」
まるで此だけ絵画の世界を切り取ったかのような光景が、そこにはありました。
リエリア城の真下、色んな装飾が施された会場。
一目で見て偉い方だと分かる貫禄を持つ人達が、正装姿で飲み物片手に語らっています。
それに白と青が際立つ服装の魔法学校の生徒も見掛けます。肩の金の腕章見る限り…どの方も魔法使い三塔…!?
こんな人達の中を見窄らしいわたしが混じったら一気に浮いてしまうんでは…!?
側には豪華と言う言葉さえ霞む料理の数々が、惜しみすら知らないくらいに大量に盛られ置かれています。
リエリア城の真下に設置されたステージでは、今正に皇帝陛下の式辞らしきものが始まっているようですね。
「あ、」
そこに早くもわたしの目的の方を見付けました。
皇帝陛下の両脇に控えるは、確か…第二皇女殿下で在られるステレア様。そして第三皇女殿下で在られるアイシャ様。
その二人から尚横で伏し目がちに笑顔で控えるのは『絶壁の魔女』ことカナード様。
「う───ん…あれは………やっぱりカナード様にお会いするの難しそうな…」
まあ、ずっとあそこに居る訳ではなさそうですし、此は素直に待つべきですね。
どうにか不行儀無く邂逅出来るタイミングを模索しましょう。
「ん…?」
その時、ステージ上の第二皇女ステレア様と目線が交差した気がしました。
あれ? 何か、寒気がするような冷笑を浮かべていたような?
「き、気のせいですよね…」
あの御方がわたしと言葉を交わす事などきっと無いでしょうし、一生わたしみたいな有象無象など知りはしないでしょう。
だから目が合い、笑われる事なんて、わたしの気のせいに過ぎません。
「ま、カナード様がフリーになるまで、大人しく待っていますかねぇー」
勿論、指を銜えて待っているつもりは毛頭ありません。
その間、この前面に広がる極上の御料理に舌鼓でも打ちましょう。
それが本当の『わたし』の目的ですもの!
わたしの存在が浮いてる? そんなの知らない! なにせわたしは歴とした式典招待状持ちなんですから! 堂々としてて問題ないんです!
あ、すごいこの料理、本で見た事ある!
これ近海で取れる一番高い御魚じゃないですか!
このフルーツ、初めて見ますけど、どんな味なんでしょう? うわー!!舌が蕩けそう…甘くて美味しいー!! なにコレなにコレ!?
朝ご飯を抜いて来た甲斐があり余ってヘブン状態!
これなら別腹として幾らでも胃袋に納まりそうですよー!
……………
……………
……………
「………で、どうしてわたしは今、こう言う状況になっているんですかねぇぇえええ!!?」
「ほらほらほらぁ! もっと早く逃げぬと妾が悪徒に捕まってしまうぞ?いいのかー?
水国第一皇女を護りたくば!魔法使いであれば!シャキッと気合いを入れて走れ走れ走れェ!! あは、あはははははははは!!!!」
両腕に抱えたレヴェッカ様にそう叱咤されて、込める力を全て足に集中させます。
しかしその時、足の太腿辺りにビリリッと痺れるような痛みが走りました。
「う、いっッ~~~!?」
レヴェッカ様が悪徒と呼んでいた後ろの人が放った雷の弾が当たったみたいです。
蹌踉めきながらも、辛うじて転倒はせずに走り続けます。
放たれたのは雷のL1、恐らく殺傷力や大きさを極限まで削りコントロールしている感じです。
わたしの水のL1は加減とか出来ないからその手練の差が如実に感じます。
か、確実に向こうは『魔法使い』…!
何でー!? 何でそんな人に第一皇女殿下が追われてるの!?
何で───
「何でわたしはこうトラブルばっかり起こすんですかねぇぇ!!?今回は絶対わたしのせいじゃないですよ!!!
チクショオ!!! 悪運命のバカやろオオオオオ!!!!!」
かつて洞窟内でやったフレイムアルマジロ戦以来の全力疾走。
群集を掻き分け、只今リエリア城敷地内を後ろの撹乱の為にあっち行ったりこっち行ったり
今宵、護る物は己の命ではなく───
第一皇女殿下のレヴェッカ様…!!!
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