第十四話 『魑魅の諷示』

 

 

 

 さて、生誕式典という大それた催しに参加すべく、意気揚々と飛び出した次第。


 実際には師匠欠席の願いをカナード様にお渡しするだけなんで参加とは言えないんですが、

 次いでだから、出来る事なら式典で出される料理を頂戴しようと模索する勘定高いわたしでございます。


 王都に直行するなら、此から西の方角。高地を下って行くとすぐに海が見えます。


 島から島へ渡してくれる漕ぎ屋さんがいますので、彼等に頼んで王都へと連れて行って貰うわけですね。



「まぁ、その前にオディールでやる事が残ってますけども」



 漕ぎ屋さん方がいる方向とは真逆、町がある方へとわたしは足を伸ばします。


 目的の一つであるホグワさんの雑貨店。

 雑貨と言っても魔法使いの島だけあって大半が魔の法に関連性のある品で占められています。


 店の上、大きな看板に『世』の一文字が書かれているので、場所に迷う事は無いですね。


 カランカランとドアを開けた際に、備え付けの鈴が軽快な音を鳴らします。



「はいはい、いらっしゃい」



「こんにちはーホグワさん」



 店に入るとすぐに頭に頭巾を被った恰幅の良い女性が迎え出て来てくれました。

 店主のホグワさん。わたしにとっての雇い主様ですね。



「あれ? アズサちゃん、今日は王都に行くんじゃなかったのかい?」



 ん。この様子だと、珍しく師匠はキチンと話を付けているみたいですね。



「えーっと、これから行ってきます。でもその前に一言お断りを兼ねておきたくて」



 幾ら大義名分あってもお仕事をお休みする事に変わりありませんよね。特にわたしは今まで欠勤した事がなかったのに…

 出席したくないと言う呆れた師匠の我が儘のせいで、無欠記録が今日を以って途切れちゃいます。

 

 ホグワさんは『気にし過ぎ』と苦笑いしていますが、…そうですね、わたしは些か心配性なのかも知れません。

 故郷の先生に『損な性格だよ』と言われていた事を、思い出しました。


 所でそのホグワさんですが、わたしと同じく何かを思い出したようで、両手をパンと景気よく叩き鳴らします。



「は………はぁ…サ、サインですか?」



 式典で『絶壁の魔女』カナード様にお会い出来たらサインを欲しいそうでして。



「実は子供がカナード様大好きでさ。あたしみたいな魔法使いでもない一般人には機会も無さそうだし、もし会えたらでいいから!お願い出来ない?」



 そう言うとホグワさんは胸ポケットからペンを取り、クルリと回してわたしに差し出しました。



「わ、分かりました。貰えるよう全力で善処します!」



 まあ、この方の頼みならば断りません。

 第一、断わる理由もありませんしね。


 うーむ。ともあれ、流石に魔女ともなると町中の人気者なんですよね。

 基本的にアバウト見で、魔法使いの知名度は魔法学校のなん塔に在席しているのかがポイントになっています。


 中でも魔女は協会が『より優れた魔法使い』として渡す称号名。

 力量も人気も魔法学校の頭である三塔在席者より尚々上。


 師匠こと『血吸の魔女』の人気の程は…うーん知らないです。人気ないんじゃない?

 ああ、そうだ。『人操の魔女』ルージュ様もいい噂を聞きませんけど…


………必然的に魔女の人気はカナード様一人で保っていると言っても、過言ではないのかもしれませんね。あははは…


 ん、そうなると、三塔の方々の方が人気で言えば現魔女よりも上…なのかな?

 なにしろみんな『若く』『美人』揃いみたいですからね。


 口に出して師匠に言えば、その場でブッ飛ばされます。


 とまぁ、カナード様は王都護衛の方なので必ず式典に出席なさるでしょうし、わたしのお使いにおける目的の方なので、その際にお願いすればいいでしょうかね。

 

『人操の魔女』ことルージュ様は式典に来られるのかな?


 というか、わたしルージュ様にお会いした事がありません。

 三魔女は辺境のディレイでさえ名を聞くので、是非一度御姿を拝見したい衝動に駆られます。

 そんな考え持ってる時点でわたしもまた三魔女への憧憬の念が強いんですね。


 そんな思考をわたしが広げている間に、ホグワさんは、手頃な色紙を取りに奥へ引っ込んでしまわれました。


 手持ち無沙汰になってしまったので、わたしは手元のペンに視線を落とします。

 実は、さっきホグワさんがやった手の甲で回すテクニック、密に憧れてたり。



「器用だなぁ、どうしたらあんなに綺麗に回せるんだろう?

 どれ…、えい! えい! どゥわぁぁ!!?」



 バカみたいにペン回しに奮闘していたら、不意に背中をグイイッと押されて、前のめりに倒れ込みそうになりました。

 しかしそこはわたしだ持ち前のバランス感覚が数歩前への蹌踉だけで持ち直してくれました。



「あやや! すいませんッす!」



 何を思うより先、直ぐに声変わりすらしていないような幼い声色の謝罪が耳に入ります。


 結果的にペンは落としてしまった訳で、足元にあったそれをサクッと回収すると、わたしは声の方へ振り返りました。



 するとそこには―――!



 段ボールの山がありました。



「怪我とかないッすか!? すいません前がよく見えな…」



 だ、だだだ段ボールが喋ってる…!?


 なんて珍事はなく、何やら両手一杯にそれを積み重ねて抱えている子とぶつかってしまったようですね。


 ひょいと背伸びして上から二つ分を取り上げました。


 ありゃ? まだ頭が見えない。


 もう一つ取り上げてみます。



「あわわ!? それは商品ッすよお客さん! 返してください!」



 艶を蓄えた真っ黒な髪、ピョコンと先端だけ跳ねています。


 背丈はちょうどメドゥーサぐらいですかね。前髪を押し上げる形でおでこには緑の無地した布を巻いています。


 

「わたしはお店の人ですよ。お嬢ちゃんこんなに品を抱えてどうしたんですか?」



 顔を紅潮させながら直訴してくる少女を可愛いと思いつつ、わたしは抱えた段ボール一つの重さに少しばかりの驚愕を覚えます。


『返してー』と捲る少女。


 しかし返してあげる訳にもいきません。

 このまま足を踏み外したりして店内を目茶苦茶にされたらたまりません。


 ただでさえ此は魔法道具関係が多いので、割れ物が大半を占めるんですから。



「取りあえずこの分はわたしが持ちますから、どこに置けばいいんですか?」



「お、お客さんにそんな事させられないッすよぉ!」



「だからわたしはお客さんじゃないですってば」



「おやおや、店の中で何を騒いでるんだい?」



 この、ちっとも動かない平行線を見兼ねて助け船が通ります。


 奥に引っ込んだホグワさんが脇に用紙を挟んでわたし達の前に出て来られました。



「それが、この子―――」



「あやや! 店主さん何でもないッす! 私ちゃんとお仕事やってるッすよ!」



 ズズズイッとわたしより前に出て、ホグワーさんにそう強訴する少女。

 それを見てホグワさん、苦笑いと共におでこに手を宛てて軽い溜息を吐きました。



「シャルルちゃん、アタシは『全部持って来て』とは言ったけど、一度に全部持ってこいなんて鬼畜なお願いはしてないよ?」



「え"っ!?!?」



………どうやらこの子、無理をしてこれを運んだみたいですね。

 その根性は見上げたものですが、あははは…、少し空回りしているようで。

 何というかわたしみてぇだ、客観的な見方を見せ付けられると何だか普段の己が恥ずかしくなって来ました。



「ホグワさん、この子って新しく」



「うん。また迷える子羊を拾ってきちゃいました。シャルルちゃんは次の魔法学校入学試験を受ける為にオディールに来たってさ」



 そう言って、恰幅のいい店主さんは朗らかに笑いました。


 ああ、やっぱり。わたしみたいに魔法使い未満をまた拾ってくれたんですね。


 察するに、試験日より早く来たのはいいですが、これから当日までどう過ごせばいいのか分からなくて途方に暮れてた所をホグワさんに見付けられた、とか?


 この雑貨店、店もそれ程大きくありませんし、きっとホグワさん一人で切り盛り出来ちゃうんです。

 でもあの方、わたしみたいな絶賛困り中の子を見付けては、此で働かせて下さります。


 例えその子が、魔法使い候補生だと知っていても。


 わたしと、このお嬢ちゃんは、薄情にも魔法学校の試験に受かれば、この雑貨店を辞めてしまうんです。


 どちらにしろ、ホグワさん一人で切り盛り出来る以上、それも問題にはならないそうですが、わたしはチクリ胸に痛い。



「シャルルちゃん、ほらアズサ先輩に挨拶は?」



 シャルルちゃんと言うんですかね?

 ホグワさんに小さな背中を叩かれながら、わたし達は向かい合わせます。


 わたしは言葉より先に右手を差し出し、微笑みかけます。



「此のバイトの先輩のアズサ=サンライトです、宜しくねシャルルちゃん!」



「…アズサ!? 貴女があのアズサさんッすか!?」



 わたしの紹介が何に触れたのか、ガシッと右手を両手で掴まれて、シャルルちゃんは瞳の中に星を散りばめながら、わたしを見上げます。



「は、はいィ!? そうですよ!?」



 なんだァ!? わたしは有名人なの?



「魔法の片鱗ひとつも見せずに二連続で魔法学校試験に落ちているって言う!三回目も狙ってるって言う!

 普通の良識ある人なら一回で諦める所を、諦めない人!!

『血吸の魔女』の奴隷『三無』のアズサ=サンライトさん!!」




 あ



 あああ、あああ………



 あああああああ………!!!




「シャ、シャルルちゃん…!?」



 慌ててホグワさんがシャルルちゃんのお口を後ろから手で塞ぎに掛かりますが、もうすっごく遅いです…


 それは、悪意無い、真実の塊………

 テレサぁ…三無、もう結構有名になっちゃってますよ…嗚呼

 

 わたしは二の句も上げる事も出来ず、フラフラと側の壁に凭れ掛かって頭をぶつけます。



「フ、フフフフ…、すいません紹介がちょっと足りませんでしたね。

 どうもわたし、クズの中のクズです。どっかの魔女にはクズサと呼ばれて奴隷しています」



 壁に譫言のように話し掛けるわたしの目は死んでいます。


 フ、フフフ、ですよね。


 多分、オディールのみんな気を使って言わないだけで、心の中ではそう思ってますよね…


 う、うわああああああ…!!!


 見てろ!見てろよ!もう魔法は使えるんだから!次の試験なんてもう内定済みたいなものだから!!



「シャルルッす! マウスピーツから来ました! 系統は『フェイズ』ッす! 宜しくお願いします先輩ッ!」



 そんなわたしの右手を掴み、悪気これっぽっちも感じさせず、惚れ惚れするぐらい晴れやかな笑顔を携えて、

 シャルルちゃんが両手でブンブンと振り回します。



「あはは~、ヨロ。今回が崖っぷちのバイトの先輩です。

 ディレイから来ました。系統は…系統ってなに?」

 

  

 

……………




……………




……………




「菓子折りはこんなものでよかったんですかね…」



 万を越える値段を持つ高級菓子折りをまじまじと見つめ、降った峠をまた登り始めて漸く頂上が見えてきます。



「ハァー………」



 師匠の工房を出て、また師匠の工房を通り過ぎるという段取りの悪さに、思わずな溜息を吐いてしまいました。


 雑貨店では急遽カナード様のサインを頂戴すると言う命題が上乗せ、

 そこではシャルルちゃんと言う可愛い後輩も出来ました。

 明日からビシバシ扱いて行こうと思いますよウッフフフフ………


 さて、これから漕ぎ屋さんに船で王都まで渡して貰う訳ですけど………


 降りに入った峠から見える眼下の海の様を視界に納めます。


 実は王都には一度しか行った事ないんですよね、わたし。



「あそこって煩瑣ですよねー、水国の認証票が無いと先に行けませんし」



 皇族が住むリエリア城、秩序を司る魔法の番人、魔法協会とかがありますし、

 水国の心臓部として、それだけ警備が厳重なんですよね。


 心臓と言えば、魔法学校があるこちらオディールもそう。

 王都からめちゃ近いですが警備はそれ程強くありません。


 ま、オディールで何かあったら強力な魔法使いが、い───っぱい控えてますからね。

 忽ちの内に粛正ってのがオチでしょう。


 よし! 後の事は後! さっさと海に出ましょうか。船の上でのんびり波の音を聞くのも中々出来ない経験ですからね。


 活気よく足を踏み出し、峠を降って行きます。


 さっき無垢な一撃を受けて心を乱したわたしには、波の音と言う癒しが必要ですよ。うん!

  

 しかし、そんな陽気な気分などは、次の瞬間には既に踏み躙られています。



「…………?」



 視界の隅。


 私の瞳が目敏く、何やら黒い不審を捉えました。


 首を傾げます。

 えーっと………黒いフード…を被った


……………人、なのかな?


 道の隅っこに置物みたいに不動のまま、黒い物体が胡座を掻いています。

 その下には、腰掛けになるような物がありません。


 ええ、確実に浮いてますねあれは………


 あああ、何か不祥の感じ。


 干渉したら駄目なものだと直感がわたしに訴えます。


 触らぬ神に何とやら。


 わたしは取り急ぎの足取りで、黒いフードを被ったの人を過ぎ去ります。


 別にわたしに何かある訳じゃないでしょうし。

 何事もなく、通り抜ける筈―――



「やぁ───、待ってた」



 ちっくしょー!

 やっぱりそうはいかないか。わたし不幸ですな。


 如何しさを地で行く黒フードの人は、素通りするわたしに向けて、そんな言葉を投げ掛けて来ました。


 こうなれば、明らかにわたし待ち。無視する訳にもいかず、グッと踏み止まって振り返ります。



「………失礼ですが、どちらさまでしょうか?」



「ん───この場合は二塔の2位って言えば伝わり易いか?」



「………ッ、商人!?」



 その応えに、訝しげだった眼が一気に見開きます。


 この人が、二塔の第2位…!?

 テレサレッサとメドゥーサに呪いを売り付けた…!


『どうして此に?』と言う疑問より先に、件について頭の中で一気に沸点を越えそうな気持ちが怒涛の如く埋めていきます。


 咄嗟に抜いた薬筒は、宛もなく掌の中で待機中。てか何で身構えているんでしょうね、わたしは…



「そーんな怖い顔するなよ───、何かわたし───、オマエに酷い事でもした?」



「えぇ、自分の胸に聞いても解らないなら救えませんね」



 自称、商人…らしき方は、わたしを嘲弄しているのか、さも愉快であるように、僅かに見える唇を歪な物へと枉げます。



「マガラーニャの指輪はお気に召さなかったのかい?」



「そんな人はいません! と言うかあれのせいでわたし死にかけましたよ!」



「一度は外せるよう細工してたから大丈夫だったろ───うん、此だけ他とは些か事情が変わってるからか今のわたしでも多少なり介入出来そうか」



 何やら考える仕草の後、不意に、商人はローブに隠れた右の手をわたしの眼前に差し出します。

 わたしは警戒に身構えながらも、その右手に焦点を充てました。


 それは、何の変哲も無い右の腕。

 開いた掌に何もありません。


―――だから、商人が軽く振っただけでそこに黒柄の筆紙らしき物が出現して、わたしは呆気に目を奪われます。



「さて───、アズサ、これからわたしが言う事───今は気にしなくていい。

 ただ記憶に留めておくだけでいいからさ───黙って聞いてくれる?」



「気にしなくていいのなら、聞く価値も無いですよね。

 わたし、これでも暇な身じゃありませんので、失礼させてもらいますよ」



 これ以上、この方とは関わるべきではないと直感と言う警鐘が危険を脳内にて打ち鳴らします。

 それでなくても、この方に良い思いを持たないわたしは、足早に商人を通り過ぎようと歩を進め―――



―――――られない事に、


 漸くにして気付かされました。




 へ…?


 なに、これ…?


 何か…された?



  

「此の "わたし" は本当無知だな───魔法使いに不用意に近付く事無かれ───

『フェイズ』に捕まらないよう気を配る事だ」



「ッ………、魔法………!?」



 足が、…足が動かない…


 比喩でも何でもなく、文字通り両足が。

 まるでわたしという固体と決別してしまったかのように、言う事を聞いてくれません。


 何か師匠に蝋で足首をガッチリ固められた事もありますが、その感覚に似ているような気がします。


 なんの、でも手は…


 手…手も動かない!?


 なんじゃこりゃ! 身動き一切取れない!?



「高レベルの『フェイズ』に操られちゃあ終わりだよ───でもちゃんと対処法もある

『フェイズ』は発動前に瞳が朱く発光する───見逃さずちゃんと視ろ」



「………ぐ………」



 見ろってあなたフードで顔隠してるじゃないですか、って言いたいですが会話をするのが癪なので黙っています。


 そんなわたしの頬を一閃、何かが高速で通り過ぎました。

 遅れて頬から薄く出血、側の木の小枝が折れてそれが自分に飛んで来たのに気付くまで時間が掛かりました。



「こういう事出来るのも『フェイズ』な───」



 背後の木が、何もせずとも、枝が一人でにボキボキと折れていきます。

 鋭く尖ったそれは商人の周りを浮遊し、狙いを付けてわたし目掛けて飛んできます。



「これが刃物とかだったらめちゃくちゃ死んでたな───

 一つ学べて良かっただろ───アズサ=サンライト」



 初手の一発以外は当たりません。当てる気が無いのか木枝の槍は全てわたしの周囲を通り過ぎて行きました。


 こんな、身体の動きを封じたり、何かを自在に操る魔法があるなんて、わたし知りません。

 それらしき似た魔法を師匠が使ってる所なんて見た事がありませんよ。


 ああ、そうです。師匠は自分で言ってたじゃないですか。

 自分は攻撃に特化してる魔法使いなんだって。


 この…、商人と師匠とじゃ、魔法の質が大きく異なるって、訳ですか。



「………わたしを、どうするつもりですか…?」



「別に?何もしないさ少し…お話をしたいだけ───

 凄く待ってたんだからそれぐらい良いだろ?」



「わたしのような有象無象の一人に、二塔の第2位なんて方が、一体何の話をするって言うんですか…?」



「今、魔法使いでない事がそんなにコンプレックス?

 なら安心するといい───オマエは飛び級で二塔、晴れて "魔法使い" の一員だ」



「は、はぁ…???」


    ・・・・・・・

「尤も、今日に帰れたらの話なんだけど」



 い、一体何を言い出すんでしょうかこの人…

 何と言うか、口には出せない暴言ですが………アタマが格外の方なんでしょうか?


 大体、魔法学校の試験は今日よりまだ先の話です。


 先程ホグワさんの店で出会ったシャルルちゃん何かが、来たるべきその時に備え、オディールに来て日々を過ごしていると言うのに。



「さて───この世界じゃわたしは何処まで話すのを許されているのか───

 ・ソ譁・ュ怜喧縺代→縺ッ縲∵悽譚・陦ィ遉コ縺輔l繧九∋縺肴枚蟄励′豁」縺励¥陦ィ遉コ縺輔l縺ヲ縺・↑縺・コ九r險縺

 縺ゥ縺・@縺ヲ譁・ュ怜喧縺代′襍キ縺阪k縺ョ・溘ヰ繧ォ縺ェ縺ョ・▼ あ───駄目か」



「???」



 んんん………な、何語…?


 今、何言ったの? 言葉に成らない言葉だった気がしますが、理解出来ません。



「やっぱり駄目っぽいね。分かってた事だけどショックだね───ならせめてこれぐらいなら言えるだろ


『水精の翼』にはメレア共々気を付けるがいいよ。互いに接触するのは多分よくない

 そして『蛇』に遭ったらメレアを助けろ、オマエならあいつの特殊眼を破れる

 後向こう着いたら宛て無いだろうから『赤色のギャンブラー』を頼れ

 それと『魔法使い殺@¢A¢o±がlc@Ao¢\cccA^}iOH@A@wZw±bB、ああ───クソこれは駄目なのか」



 まだ何か言いたげな商人。


 対してわたしは『ビキン』と短い破裂音の後、思い切りの一歩をグイッと引き寄せるように踏み出します。


 薬筒を握り締め、振るう唯の拳は正確に商人の顔面を捉えましたが、感触がなくスルリとすっぽ抜けてしまいました。


 商人の口から紡がれるのは本当に意味不明の荒唐無稽。


 わたしに真っ当な感性が備わっているなら、もう、これは聞くに堪えません。

 これ以上の戯れは、私の嫌悪感が天上を突きます。


 標的を見失ったわたしは、次にその薬筒を自分から見て右斜め上一直線へ、振り向き様に投げ込みました。



「チッ、直情径行の塊が───」



 そこに浮いていた商人との間で、わたしのエーテルが成した水撃と同じ水撃の爆発による撃ち合いが、秒で起こります。


………加減はしてないつもりですが、と言うかわたし加減なんてそもそも出来ないですけど…

 残念。どうやら相殺されたみたいです。



「どわッ!?」



 前言撤回。相殺どころか切り替えされました。

 商人の方の水撃の圧で堪らずその場を吹き飛ばされそうになります。



「わたしの『フェイズ』から抜けたのは褒めてやる───だがまあ落ち着けよ単細胞」



「ぐぅっ………よく解りませんが………喧嘩売ってるなら買ってあげますよ?

 もしわたしが勝ったら、この指輪をちゃんとした物と交換して貰いましょうか!」



「あの指輪はわたし特製の『呪い』だよ。この『世界』しか存在しない。

 こちらは譲渡する気───相手は受領の気がないと渡らないよ。残念だね。

 まぁ───アレはさながら魔力貯金箱みたいなもんと思っておけばいいさ───使う機会が来たら感謝しろ」



 飛ぶ、ではなく、浮く、ようにして空を漂う商人。


 それを見上げて静かな怒りに眉を下げるわたしを他所に、その肩には何処からともなく羽撃いて舞い降りた一羽の小鳥が留まります。



「勘弁してくれよ───こっちはこっちで色々と制約と言うか制限があるんだから」



「また意味不明な事を…。人に何かを伝えたいのなら 解 り や す く 説明するのが筋ですよ」



「あ゙───それが出来たらこんな苦労はしねーって」



 ボサボサと頭を掻くような仕草をして、その言葉を最後に、商人の姿は一瞬と言う時の間に掻き消えてしました。


 留まり所が急に無くなった小鳥が危うく落下しかけ、下に放物線を描くようにして飛んで行きます。



「……………」



 それを見届けながら、わたしは少しの間、警戒心を上げて周囲に気を配ります。


 暫くそうして初めに感じた特有の "何か" も一緒に消えたと気付き、それを以って、商人はこの場から去ったと判断する事で緊張の糸を緩めました。



「───………二塔って変な魔法使いばかりって耳にしますが、本当っぽいですね」



 何がしたかったのか、何が言いたかったのか。

 それすら何も見えて来ず、わたしに泥のような嫌悪感だけ植え付けて、商人との短い邂逅は終わりました。



「ん……………」



 わたしは無意識の内に渋い顔を作って、己が掌に視線を落とします。



「………人に、魔法を向けてしまいましたね……」



 先に手を出して来たのは向こう側です。

 正当防衛と言い張れば通るものなのかも知れません。


 だけど、本来、魔法なんて人に向けて撃つべきじゃない。


 故郷の先生が今のわたしを見ていたら『軽率』と叱られていましたかね…



「軽率か、ですよね…」



 昨今では魔法の訓練として師匠相手に魔法をぶつける事もあります。

 それは絶対の信頼の下、師匠ならわたしの魔法なんかでは傷すら負わないと思っての事。


 実際、先程商人が見せたように魔法に対し魔法をぶつけて師匠はわたしの魔法の威力を潰してしまいます。

 まぁ、潰すなんて生易しいものではなく、商人以上に一気に押し返されてわたしの方が傷付くんですがねー…


 

「軽率、でした…、わたしが思うより魔法はずっと強くて、人を傷付けるのに………」



 苦虫を噛むような表情から、ふぅーっと溜息を吐きます。


 胸に刻み込み、改めてわたしは商人が言った事について多少なりとも考えてみます。



「ギャンブラーとか言ってましたね。賭け事? 水国のどっかの街の地下には賭場があるって聞いた事ありますけど…」



 それは何処だったかな…


 生憎、興味が無いので思考の彼方へ飛んでいる知識を手繰り寄せる事が出来ません。



「あと、二塔がなんちゃら…」



 飛び級で二塔?

 なにそれ、何かの心理的暗示みたいなものでしょうか…


 後は蛇とかメレアとか…、蛇は分かりますがメレアって何?食べ物?



「あー、もう、ワカラ~ンッ! こんなの無視ですよ無視!」



 大量の疑問符が処理されずに流れ落ちる現状に郷を煮やしたわたしは、一人叫んでフッ切れます。


 何がしたいか、何が言いたかったのか解らないし、説明がなかった以上考えても無駄です。


 こうしてわざわざ出向いて来た以上、何か意図があっての事。

 わたしが全く理解が出来ないのは、向こう側が困る所では?


 商人にとってそれが重要ならば、また現れるかも知れません。


 その時はこちらも…少し控えますから、キチンと意味が通るように伝えて欲しいものですね!






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