第十二話 『水国誕生式典にて』

 


 



 魔法学校入学試験まで


 あと 十七日


 


 


 三の十五


 今日が、その日───


  


 

 


 



 王都 リエリア城、城内



「はー、まっこと嫌になるわ。何が『水国生誕式典』じゃ。

 本来ならこんな狭い庭で肩苦しくチマチマやってないで国中で祝いまくる行事だろうに。

 父上殿が集めるのは、上っ面だけ立派な階級野郎やら各所の顔も名もよく知らぬ御偉様、贔屓する他国の貿易相手の方々のみときた。

 皆、愛想笑いがキモいし黒過ぎて、陳列する食事すら豚の餌に見えるわい」



 見渡す者々、みな堅苦しい正装をし、見た目と雰囲気でその格すらも分かる。


 祭と言うよりまるでパーティのような様を見ながら、水国の皇族であり第一皇女であるレヴェッカは失望と同義の溜息を漏らした。


 そんな彼女の左隣りには、彼女の近衛魔法使いである魔法使い三塔のメレアが涼しい顔をして佇んでいる。



「何か言わぬかメレア、妾は独り言を好まぬぞ」



「………僭越ながら、姫様は暫し閉口された方が宜しいかと」



「なんじゃ、此の妾が口を閉ざしたらこの国に神聖なる陽の光は燈らぬぞ

 民は活気を失い、こぞって妾の笑顔が枯れてしまわれたと嘆き悲しむだろうて」



 大袈裟なリアクションで仰々しく言ってのけるその言葉には、一つとして濁りが感じられない。


 レヴェッカは自身の価値を自負し、本気でそう思っている。


 それを分かっているなら、軽率な発言は慎んで欲しいと思うのだが、

 これ以上口を挟めば何時ものように『小言五月蝿い』と癇癪を起こしてしまわれる。


 このヤンチャな姫様相手では何ら助言も全てが徒労に終わってしまうから。


 少しの頭痛に頭を振りながら、メレアは視線を斜めに逸らす事で、このバトンを渡す。


 そこにメレアと同じく、現在、レヴェッカの護衛を任されている者がいるのだが、

 救いの視線に気付いてくれたらしく、瞳は閉じたままニコリとした笑みを返してくれた。



「生誕式典は、そうですね…言わば国治事絡みの方便のようなもの。姫様にはさぞ退屈で窮屈な催しでしょう。

 ですが水国をより良くしようと精勤為されておられる皇帝陛下の事をどうか分かってあげて下さい。

 然り水国の象微と呼ばれる姫様がその珠の様な表情を曇らせると、遠路遥々来られた肝要なお客人の気が沈み兼ねませんよ。

 姫様も後の陛下の御説教が御所望ではないでしょう?」



「ぐ…、説教か。………わ、分かっておるわ! 何時ものように偽笑でも作って腕でも振ってやれば善いのであろう? ほら!!」



『絶壁の魔女』カナードに嗜められ、レヴェッカは多少の癇癪を起こしながらも、顔は淑女のそれに戻り、柔らかく眼下に手を振って見せる。



「ビューティフル、とても良い笑顔です」



 カナードは口は悪くとも陛下の言い付けは守ろうとしている姫を称賛し、小さくそう口にした。



「ふぅ…、こんなの苦の他あるまいて。なぁ、せめて下に降りる事は出来ぬのか? 此で腕を振るだけでは楽しくない」



「ダメですよ。此から動かぬようにとの陛下の命です」



 レヴェッカの願いをピシャリとメレアが遮る。



「………妾は城ならまだしも、このバルコニーすら出る事は出来ぬのか、まさに籠の中の鳥よ…。鬱だ、死にたい」



 手摺りに顔を埋め『妾は不幸だ』とおいおい泣き始めるレヴェッカに、メレアは毎度の嘘泣きを感じ霹靂とする。


 以前はそれで何度、メレアはレヴェッカに騙され振り回されて来た事か、想像に難しくない。



「………姫様、お顔が汚れますのでお止め下さい」



「城の外に出てもよいのか!?」



「ダメです」



 ぱあ!と顔を上げて振り向いたレヴェッカに、メレアは取り付く島を与えない。


『ちぇっ』と舌打ちすると、レヴェッカはそれで諦めたのか、再びバルコニーから笑顔を眼下に送るのだった。



「メレア、あまり姫様に意地悪をしてはいけません。

 陛下から言い付けられたのは『城の外に出すな』だけでしたでしょう、気分転換に姫様を城内に解放してあげて下さい」



 レヴェッカが『カナードぉ!』と救いの声を上げる中、メレアは少し顔を曇らせる。



「カナード様………」



 対応に苦慮するメレアに『顔見せはもう十分でしょう』と『絶壁の魔女』はフォローを入れ



「姫様、ですが条件が二つありますよ。


 一つは私とメレアを必ず同行させる事、もう一つは城を一通り巡ったら再び此へと戻る事、守れますか?」



 レヴェッカが二つ返事でそれに頷く。


 しかし元より、城は城でも此のリエリア城はレヴェッカの御殿である。


 彼女にとって真新しい物など何も無いが、今日は年に一度の水国生誕式典。


 なので、城内でも普段とは違った喧騒が見られる。


 それは、バルコニーに縛り付けにされていたレヴェッカには新鮮に映る光景となるだろう。

 少なくとも、此で不貞腐れ、ストレスを溜め込むよりは機嫌が好転する筈だ。



「上から押さえ込むだけでは、仲良くなれませんよ?」



 やんわりと、カナードが弟子を諭す。


 その教授をしかと聞き入れたメレアは、恭しく頭を下げた。


 その頃にはメレアの右手はレヴェッカに掴まれ、部屋の外へ連れ出されようとしている。


 それと時を同じくして、開放してある部屋の入口から一人の男が入って来た。


 メレアは即座にその男に一礼を。


 その男は真っ先に、目前のレヴェッカに一礼を送ると、二人の後ろに佇むカナードにこう告げた。



「『絶壁の魔女』、間もなく陛下の式辞が始まります。特設のステージへ御足労下さい」



「あら、もうそんな御時間ですか。

───申し訳ございません姫様。御付き添いが叶わなくなりました」



「構わぬぞ。早う行って父上殿と妹達の側に控えよ」



 メレアと違い『絶壁の魔女』ことカナードはレヴェッカの近衛魔法使いではない。


 正確には王都護衛魔法使いとして、主に皇帝陛下を、そして城を、更には王都も守る冠絶した魔法使いにある。


 今までは、待機としてメレアと共にレヴェッカの付き添いをしていたに過ぎない。


 これから彼女は陛下の護衛として本来の役割に戻るのだ。



「では姫様、私はこれにて失礼致します。メレア、引き続き姫様の護衛を抜からないように。

 あともう少し融通を効かせてあげなさい、良識の範囲内で」



 そう言い残すと、カナードは嫋やかで且つ品のある足取りでバルコニーを後にする。


 彼女もレヴェッカ第一皇女に負けないぐらい豪奢なドレスを身に纏っているが、その仕草に動き辛さは微塵も感じ取る事が出来ない。


 それを見惚れするように見ていたメレアは、男に三度声を掛けられて漸くそれに気付いた。



「………は、はッ! 何でしょうか?」



「………第一皇女を連れて何処へ出掛ける気だ、アランスよ?」



「は! 城内を歩くだけです。城外に出る事はありません!」



 話し方を見れば分かる通り、男はメレアより上の位にいる。


 名をリーゲルと呼び、総務系を統括、多々な事情を主管し、水の国でも重要な立場にいる人間の一人だ。


 外交に出向く事柄が多いので、普段は城に居ない人間だが、水国生誕式典だから今日は特別なのだろう。


 因みにリーゲルが呼んだ『アランス』はメレアの名で、メレアというのは彼女の愛称である。


 親しきレヴェッカやカナードが呼ぶ『メレア』を彼女は甘んじて容認している。むしろ呼ばれる回数はこっちの方が多い。



「頼むから用心してくれ魔法使い。輓近の脅迫状の件もある。

 城の中とはいえ、何が起こるか分からないからな」



「分かっています」



 脅迫状…、それはメレアの耳にも入っている。


 中身は、噛み砕いて要点だけ言えば『今般の式典を中止にしろ、でなければ城に火を放つ』との内容だった。

 大方、火国の過激派が寄越したブラフ物だろうと見通しが付く。


 だが、これのせいでレヴェッカは今日を、城外を自由に闊歩する事が出来ない。


 つまり、犯人はレヴェッカの楽しみを奪った事になる。


 それがメレアには許せない。


 零細だが、表情に怒の色を付け、リーゲルに尋ねた。



「リーゲル様、脅迫状の送り手は判明したんでしょうか?」



「それは、お前が気にする事じゃない」



 やはり、これは火国絡みか。


 リーゲルがこうして突き放した言い方をする時は、決まって原因は火国にある。


 こうして避けるのは我々に探られたくないからだ。


 水面化では、未だ領土争いで小さな火花を散らしつつも、水国は九年前の戦争で大きく消耗し、もう戦争を望まない。


 余力がある火国側が煽って来ても大体は無視する傾向にある。


 元より国の大きさで劣り、兵の質でも劣り、まともに戦って勝算は泥海の中。


 だから、今の水国の閣僚達は穏便に済ませたいのだ。


 余計な火種を作りたくないから、原因が火国にあってもこれを揉み消す。



 一体何の為の『魔法使い』やら


 メレアは心中で舌打ちした。



「取りあえずは気を付けろ。後、城内ならまだしも外では派手な戦闘は避けろ。

 こんな席の場で万が一でも火の粉が降り掛かりでもしたら水国の沽券に関わる。既に待機させてる他の三塔にも伝えてある。

 不審な者を見掛けたら、速やかに且つスマートに片付けるようにな」



「………御意」



 三塔の件は初耳だったが、メレアは自身の他に魔法使い三塔が数十名…いやほぼ全員近く呼ばれている事を既に知っている。


 バルコニーの上から眺めた時に見知った三塔の顔をチラホラと見かけたから。


 普段、此に居る事を許されている三塔は第一、第二、第三皇女の近衛魔法使いであるメレア、マリナ、フランシーヌを合わせ三名しかいない。


 リーゲルは既に万全に手を打っているようだ。


 不測の事態にも対応出来る戦力を存分に招集している。


 更に『絶壁の魔女』であるカナードが既存しているのだから、此は正に不落の要塞と呼べるだろう。


 そう言えば、魔法協会から王都を出禁に処された『血吸の魔女』も今回は招かれていると聞くが、下の来客達に紛れているのだろうか?


 皮肉にも今回、三魔女を含め魔法使い勢は豪華な顔触れになっている。



「……………?」



 そのような他愛無い考えが頭を巡る中、ふと此で、メレアはある事に気付くのだった。



「あぁ、そうだ城の下に行くなら厨房に十四番テーブルの料理が無くなりかけていると伝えてくれ。全く、どこの大飯喰ら………予定よ………予算が………」



 気付いた瞬間、冷汗が飛び散る錯覚に捕われる。


 リーゲルの言葉すらもはや耳に入らず、メレアは大袈裟な動作で左右を見渡す。


 そう言えば、静が過ぎた。


 そう言えば、このような会話はあの方を退屈にさせる。



「姫様………? 姫様ッ!?」




 メレアのその呼び掛けに答える主は、既に此には居ない。




 メレアとリーゲルがそれに気付いた時は余りに遅かった。


 二人が話し込んでいる隙にパパっと機敏に部屋を抜け出したレヴェッカは、

 場内の人目を隠れ進み、とうとう城を抜け出すまでに至ってしまった。



「ははははは!! 天運に恵まれておる!! 流石は妾じゃ!! ははははは!! ほれ、捕まえてみせろ~」



 カナードとは違った意味で動き辛さを感じないレヴェッカは、ドレスを靡かせて知らぬ群衆の中を駆け抜けていた。


 今までは、テーブルの上に陳列している料理を食べたり、催し物を眺めて笑っていたり、

 自身に気付いたお客人に声をかけられて、急いで姫様モードになって対応したり、

 目紛るしい式典を堪能していたのだが、それも長くは続かない。



「姫様…! 止まりなさい!」



 遥か後ろにメレアが追って来ている。


 少し時間が掛かった事を想像するに、まず城内を探し回ったのだろう。



「リーゲル様、姫様を発見しました。シングルです」



 そう言いながらメレアが自身の左耳を押さえる。

 すると右耳からはリーゲルの声が聞こえてきた。



『………そうか、ハァ………良かった…。拐かされてないのならそれに越した事はない。

 よし………なら早々に捕らえてしまえ。このまま随意にさせたら何を為出かすか分かったものじゃないからな』



「同感であります」



 リーゲルの声には焦りと疲れの色が見える。

 それもその筈、さっきまでやれ誘拐だの城内で二人して大慌てしていたのだから。


 姫様が城外に出たがっていた事に思い至ったメレアが、レヴェッカをすぐ見付けられたのは御の字。


 この失態の罰は後に受けるとして、リーゲルに言われなくても早々に捕まえるつもりだ。


 メレアは少し歩を止め、屈み込むと、小さく何かを口走る。



「───姫様、追いかけっこで私に勝てるとお思いですか?」



 その言葉をスタートの合図とし、メレアはさっき迄とは比べ物にならない速度で、レヴェッカ追跡を開始した。


 魔法の『アタック』による脚力強化を施したメレアと一般以下の脚力でしかないレヴェッカでは、正に比べるにも値いしない。


 共に、過ぎ行く来客を器用に避けながら、しかしその差はドンドンと縮まっている。




 あははは、楽しいな!




 次の段階に移る頃合い、既に下準備は整っておる




 その為の今日が───




 その為の───




 怒涛の勢いで迫るメレアを特に気にする事なく、レヴェッカは十四番テーブルに差し掛かると、


 その中の調度いい引っ張りを目にする。



「門がある! 世界は変わるぞ! 妾が変える! 平和呆けなE-3は口惜しいがなに、暫しの別れよ!

 はッッ、はははははははは!!!!」



 レヴェッカは迷うことなく、そのポニーテールを引っ張った。



「むぐぅ!!?」



 魔法使い未満のアズサ=サンライトは、急に髪の毛を引っ張られたので、


 食べ物が喉に痞えて噎せた。


 


 


 


 第一章   End


  

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