第十話 『終局・鬼遊戯』
「………フッ、ははは! 流石は我がペットだ。こうでなくてはな。いやぁータフだタフ」
「そんな無意味な虚勢はいいですから! 師匠、もう一回! 魔法やって!!」
空笑いする師匠の袖を掴みながらそう懇願します。
此から見ただけでも、何となく察します。再生したんですよね?
一度バラバラになった肉体をまた繋ぎ合わせるまでわたし達は呑気に雑談してた訳です。
フレイムアルマジロは次第にその身に馴染みの炎が噴き出し始めました。
でもそれは時に小さく、時に大きく、全くと言っていい程安定していません。
それでも鬼気迫る雰囲気を纏っているようにわたしは思えてなりません。
「………妙だな流石に好戦的過ぎる。飼い主の私が分からない程に錯乱しているのか?……ふむ、……………えぇいウッざい離せ!」
わたしを粗雑に振り払う師匠。でもその口元は少し唇を引き攣らせています。
師匠もマイペットの明らかな異常に多少は戸惑っているんでしょうか?
「………苛立ってるな。カデウスそんな臭いか? 一体何がそこまで気を駆り立てるのか───」
吠えるとは違う、静かな重みのある地響き。
それは人の耳には確かに『クサイ』と聞こえます。
わたしにとっては腐る程耳にしたその言葉、それに師匠は何かを思い、
「クサイ、ねぇ…? ……………アズサ、おまえ肥溜めにでも飛び込んで来たのか? うわぁー」
鼻を啄みながら、汚い物でも見るような目で、わたしと距離を取りました。
「ちょっとォー!」
その余りに無神経な言葉と拒絶に、わたしは涙目になりながら、師匠にタックルの勢いで抱き着きます。
『ぐはー、馬鹿者離せ!』と師匠が苦しさに叫んでも自業自得なので気にしませんッ!
「ん…お前なんか変な匂いするな。湿布でも付けてるのか?」
「…はぇ?」
「誰か怪我してる奴に会わなかったか?」
わたしにハグされながら、急に意味不な質を投げる師匠。
「え…っ…と………」
そう言われて、頭の中で思い出すは今日会った魔法使い二人の容姿。
メドゥーサは、知らない人や親しくない人の前ではビクビクオドオドしています。
そのせいで何処か具合が悪いのか心配されたりしますね。
今日の彼女は怪我をしている風には見えませんでした。
魔法学校の制服に身を包んでいますから、内的な怪我は分かり兼ねますけど。
外的な視点からは特にこれと言った疑問譜は浮かばなかった気がしますよ。
次にテレサレッサ。
彼女はわたしと同じで病気にかかり辛い体質で、仕切屋でオーッホッホッホッです。
今日だって最初から最後まで全力で元気炸裂だった気がしますけど…。
───あ、そうだ。彼女はわたしの為に一塔の誰かと戦ってくれたんでしたね。
右頬に創傷被覆材が貼ってありましたから、その時に切れて出血してしまったのかも知れません。
てか、怪我と聞いてわたしが思い至る所はそれしかありませんね。
だから『頬に怪我をして手当してた人とは会いましたよ』と師匠に話すとすぐに『あーあー、それだよお前が追われる原因は』と返って来ました。
「テレサレッサの頬の怪我が??」
「馬鹿。創傷被覆材の方だ。もっと突き詰めるなら、漬けた薬か。苦手なんだよフレイムアルマジロは。カロッサの香り」
漬けた薬…それはわたしには知る由もないですが『カロッサ』について少し考えます。
………うん、『カロッサ』ならホグワさんのお店にも置いてありますよ。
治癒効能があるのも知っていますが、何と言うかわたしはあの香り苦手です。
あ、そうか。あの時テレサレッサから感じた香りは今思えば『カロッサ』だったような気がします。
そしてわたしはその創傷被覆材を顔に引っ付けられた記憶があります。
………それが今まであの火岩に追われていた最もな原因、ですか。
「テ、テレサ………、間接的に貴女はわたしを大ピンチに追いやりましたよ………」
いや、それは責任転嫁。
そもそも変なテンションで希望を胸に怪しい紙切れを頼り、ここまでノコノコやって来たわたしが100%悪いですよね…。
「スッキリしたか?」
「えぇ、何か色々と」
今思えば怪しい紙切れに釣られて辿り着いた不思議な洞窟。
甘い香り、化物、何故かそれに追われるわたし。
おかしいくらい体調不良、よく分からない内に成功しちゃった魔法。失敗した魔法。
この全ての謎が解けて、師匠の言う通り、体調は抜きにして、頭の方はスッキリ爽快な気分にあります。
えぇ、後はこの窮地を師匠に何とかしてもらうだけ!
「よし未練は無いな、じゃあ離せ、私は逃げるから」
「はい! ………え?」
「え? じゃない。幸いカーくんの狙いはお前だけなようだし私はもう帰る。じゃあな!」
シュパっと敬礼の合図を送ると、師匠はわたしを引きずりながら、意地でも歩を進めようとします。
ですが三歩もしない内に無理だと判断し諦めました。
「離せっての!」
「嫌っ! 師匠わたしを助けに来てくれたんでしょう!? なら助けて! またあんなのと鬼ごっこなんて出来ませんって! 絶対無理!」
「頑張れ!」
「頑張れじゃなぁぁああいッッ!!!」
くんずほぐれつ、ひっちゃかめっちゃか
何故か戦ってくれない師匠に業を煮やすわたしと、そのわたしを力ずくで引っぺがそうと奮闘する師匠。
ずったんずったん、バッタンバッタン
端から見たら危機感無さ過ぎと呆れられるかも知れませんが、本人達は本気の本気!
幸いカーくんは形を元に戻した事がやっとな状態らしく、今はまだ転がって来ません。
しかし何時始動するのか、それが分かりません。
「奴隷なら奴隷らしく、御主人の贅となれ!」
「いィーやーッ!」
師匠のアイアンクローを喰らいながら、それでも離れまいと抵抗。
こんなアンポンタンな小競り合いを繰り広げていく内に、わたしは師匠の消極的さにある一つの理由を思い当たります。
「あ…うぐ………、師匠…、まさか…、エーテルカラッカラで此にやって来てません?」
『ビクッ』とわたしの顎を掴んでいた師匠が、その一言に対し過剰な反応を示したので、わたしはこれが正解だと確信しました。
「ウソ………、信じられない、師匠、何しに来たんですか?」
「いや、まだお前が生きてると良いなー程度で………な。
別に仕事じゃあるまいし、一回大きくブチかませるぐらいのがあれば事足りるな…と
それにあれだ、お前のピンチに詠唱当座したからあれで大分エーテル持っていかれた!」
早口でそう巻くし立てる師匠。
助けに来たヒーローが助けにならないなんて、ほんとマジでほんと…返して、感動返して!
「仕方あるまい、燃料切れ! 出せないものは出せん!」
うわーぉ、開き直った。
「体内でエーテル作れるでしょ! 作って今すぐ!」
稀有な特異体質を此の場こそ活かすべき
師匠はエーテルを体内で精製出来るまるで宝石箱のような方です、だって高いエーテル液買わなくて良いんですよ!?羨まし!
「一発ブチかます迄貯めるのに何時間掛かると思ってるんだ!」
「何とかして!魔女でしょ!」
「出来るなら疾っくにしとるわ!馬鹿!」
師匠は九年前の火水国間戦争で特に名を上げた魔法使い。
ただ敵味方問わず魔力を吸い上げてエーテルに変換させるその戦い方は他の者にはよく思われなかったらしくて、畏怖の魔女としてかなり嫌われています。
特に魔女の称号を渡した協会には皮肉を込めて『血吸の魔女』と名付けられて、そりゃもう険悪です。
「ええいもう───わかった、なんとかするわ」
「ホント!? 何か奥の手が?」
意外にも早く師匠が折れてくれたので驚嘆の声が出ます。
目を輝かせるわたしに対して、師匠は意地悪な笑みで答えます。
「魔力を吸い上げる」
「は? まさかこんな酷い状態のわたしから魔力を…!?」
『いやそれじゃ間に合わんから直で行くわ』と有無言わさず、師匠が手首に噛み付いて来ました。
「ギャ───!?!?!?」
電撃に似た激痛の後『ちゅ~』っと何かが吸われている感覚が身体中に感じられて、ゾワゾワぁぁ
し、信じられない…!
こんなにも体調が悪い愛弟子の血液を奪うなんて…!
おおぉぉ………、でも最終的にこうなるであろう事は、僅かながらですが予期していましたよ、えぇ。
「あは、あははははは………もう好きにしてぇ………」
泣き崩れながらも、師匠の頭の上から見えるは、炎が安定して愈々動き出そうと見えるフレイムアルマジロの姿。
猶予はもう無さそう───
わたしの命を削った師匠の一撃の下、また暫くバラバラになっていて欲しいですね…
「ふむ、期待した程は美味くはなかったな、評する気にもならん」
「………酷い、もう色々と」
食事を終え、そのあんまりな言葉を残すと『血吸の魔女』はスラリと軽やかに立ち上がります。
魔力、体力、血液が低下して…嗚呼、頭がボーっとする…。
「なにしてる? 立てアズサ」
「………それ、本気で言ってるんですか?」
「当たり前だ。この非常事態に洒落など言うか。
いいか? L3は撃てそうだが節を当座するほどのエーテル量が確保出来てないから私は次の十字路に先回りして魔法を先んじて詠唱しておく。
お前は今からこの先をずっと駆け抜けろ。囮だ」
フ、フフフ、危惧した通りになりましたよ。
フレイムアルマジロがわたしを目標にして向かって来るんですから、わたしはどうにかして、それから逃げなければいけませんものね。
少なくとも、師匠の魔法が炸裂する迄の間………!
フ、フフ……フ…───
力が入らない両腕に力を
力が入らない膝に力を
力が入らない足首に力を
風が吹けば飛んでしまいそうなフラッフラな状態ですが、何とか足が地面を捉えます。
師匠は『よく立った』と、わたしを満足気に見遣り、それから大きな唸り声に反応して
後ろを振り向く事なく、虚空から華麗な捌きで箒を取り出しました。
「来たぞ! 魔法使いになりたかったら、これからの数十秒死ぬ気で走れッ!!!」
師匠はその箒に腰掛けるように跨がり、わたしから見たら左の十字路へ呆っという間に飛び去って行きました。
この十字路に残されたのは、わたしと───
「うわああああああ!!! 師匠なんて大嫌い!!!!」
始動にゆっくりを伴いながら迫り来る火岩は、今生わたしの瞼に焼き込まれるでしょう。
さぁ、
最後の追いかけっこ。
十数秒間の第三ラウンドが、フレイムアルマジロが前進する度に起きる地響きを合図にして、打ち鳴らされました。
わたしは踵を返し、走り出そうと足に力を込めます。
途端、ガクンと膝が折れてしまいました。
やっぱり無理、が…
こんな状態で、走れる訳…
「じ、冗談じゃない…! 折角魔法が使えるようになったのに! 漸く第一歩が切り開けそうなのに!
こんな所で!
こ・ん・な・所・で!!
死んで! たまるかァアアアアア!!!!!」
グイッと倒れそうになった身が、鉄のような左足に支えられます。
そして、右足を釘を打つぐらいの勢いで地面に叩き付けて、更に左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足!!!
「ァァアアアア!!!!」
気力という最後の砦が、瀕死のわたしに喝を、疲労困憊の両足に鞭を入れます。
再度加速した速度は最初のそれと変わりありません。
いや、寧ろ初めの頃よりずっと速いのかも。
後ろから烈火の如く勢いで転がり攻めて参るは、熱い熱い炎が纏う大岩。
その距離はホントもうかなり近いので、背中が焼け焦げる程に熱いです。
あああ、
超絶に熱いですッ!
「うッひぃぃぃいいいいいいいいい!!!!」
やはり気力だけでどうにかなる程、甘くはありません。
たまにガクッと膝が折れそうになるのを何とか堪えて、走り続けます。
わたしの体調を脅かす指輪は既に取り除きましたが、未だ満足のいく体力なんて回復していません。
疲労と言う重りが、生命線の両足に括り付けられ、著しく速度が落ちています。
更に近付く距離。
まだ…
まだ…
苦しい、地獄の一本道…
まだ、見えない…
まだ、次の十字路は見え……… ───見えた!
「お、おおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおッッッ!!!!!」
狭い狭い、蟻の通り道のような綱渡りも此まで来れた。
わたし以外ならもう疾っくに潰されているのでは?
色々とありましたが、未だにこの命、消えていません。
これは幸運? 悪運?
どちらにせよ、わたしは此で、朽ちるなんてしないッ!
───何か、地面に赤黒い光の複雑模様が描かれている十字路中枢を、一心不乱の思いで渡り切ります。
直後、クルッと反転し背中からズササーっと、勢いに任せて倒れ込みました。
「ッハァ! ッハァ!……… ハァ! ハァ! ハァ! ……、ハァ───………」
止め処なく零れる荒い息を吐き出しながら、頭の中はもうデロンデロンの真っ白。
貧血の症状なのか、視界に砂嵐のようなノイズが走っています。
終わっ…た?
遥か遠く、大きな呻き声が聞こえた気がします。
これで、終わったの………?
言葉に出来ない不安が込みあげますが、もはや指一本動かせそうもありません。
視界は漸く元の着色に戻っていきますが、今の不安を拭い取るに至りません。
自分の身が未だ無事な事がその答えな筈なのに、
わたしは師匠が傍に座り込むまで、この得体の知れない焦燥感に身を焼れ続けるのでした。
「よく走ったアズサ、終わったぞ」
師匠が語り掛けて来ます。
「二度目は再生核事粉砕した、もう復活は出来ん」
「………もう……こんな…犯罪じみた…場所………協会に告げ口して………や……………」
視界の先にある師匠の端正な顔が、白い微睡に包まれます。
瞼を閉じると、安らか。
そのまま、わたしの意識はゆっくりと底に沈んで溶けていきました。
……………
……………
……………
「地上最高ーッ! 空気美味しいッ! ねぇ、師匠! お月様が綺麗ですよ! 見て下さい!」
「さっきまで気絶してた癖に、元気だな、お前は。
何と言うか、馬鹿みたいにタフな奴だ」
それから暫くして、わたしは漸く洞窟から抜け出る事が出来ました。
既に時は夜更け。景色もそれに準じます。
真っ暗な中に、幾数もの星々とお月様がわたしを迎え入れてくれました。
わたしが目覚めた時、そこはまだ洞窟の中で、宙を浮く箒の上。
その時、師匠は洞窟の中の一部のランプを撫でて消し、最後に大きく合いの手を入れると、洞窟内の明かりが全て消えたように感じました。
それから入口近くの開かれたドアに何やら言葉を吹き込み、手にした鍵で締め、魔法的封印と物理的封印で完全に隔離したようです。
「何時までも空を見て顔をキラキラさせるな気色悪い。
さ、帰るぞ。お腹が空いた」
「ねぇ師匠、この先に高台がありましたよね? 行ってみませんか?
凄く綺麗な星空が間近に見れると思うんですよ!」
「誰が───、まぁ、いいか。今回は少しは私にも咎があるしな。
私はもうクタクタだからゆっくり歩くぞ、お前も私のペースに合わせてだな………あ、馬鹿、引っ張るな!」
グダグダ年寄り臭く言葉を並べる師匠の腕を引っ張りながら、わたしは夜の絶景を見渡すべく、走り出しました。
とてもとても長くて、濃密な一日が終わります。
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