第九話  『魔力キャパシティ』

 


 




「要するにだ。お前は馬鹿だ。わかったか?」



「うぐぐ…………」



「感謝しろよー。誼の縁に骸でも拾ってやろうと参上したらこのタイミングだ。流石だな私」



「あ、ありがと……う………ございま………」



「ん…、バランスが悪いぞ、もっと頭を上げろ。不良品だなこの椅子は。坐り心地も悪い」



「ぐぐぐ………」



 あの一件の後、師匠から事の顛末を聞かされました。


 此は師匠がペット達を管理する所であって、私を死の淵にまで追い詰めたあの火岩は、

 火の国の『ガデッサ湿地』でしか生息しない禁捕指定生物『フレイムアルマジロ』のカーくんと言うそうです。


 そのカーくんとやらは、先程師匠が撃った強烈な魔法で、もうそりゃ物の見事に粉々に砕け散ってご臨終しました。


 全く。こんな危険な生物を、子供でも足を運べそうな場所で飼わないで欲しいものです。


 師匠は『普段は錠を掛けて魔法で更にロックし人が入れないようにしている』と言った後に『酔った勢いでその鍵を飲み仲間の魔法使いに貸してしまったけどな』と笑って付け加えました。


 どうやら洞窟入口で見つけた扉がそれなようで、普段はあの扉が閉まっているそうです。


 どちらにせよ、あんな獰猛な生物を飼ってるなんてわたしの師匠は正気を疑いますよ…。



「カーくんは見た目通り大人しい性格だぞ。こちらから手を出さない以上何もしない筈だ」



「あの見た目でぇ? てか、わたし見て!めっちゃ襲われてましたよ!!」



 わたしがそう言ってから、僅かばかり間が空いて、

 師匠は説明するのが億劫だと言わんばかりに、溜息を吐きつつ頭を掻きました。



「………変な香りするだろ? こいつのせいだよ。今回の件は二塔の魔法使いへの肩慣らしで教師が用意したものだ。カデウスの花等磨り潰して調合した香草で魔物を活性化させたようだな」



 カデウスの花…、図鑑で見た記憶もありますし、ディレイに居た頃はよく学校先の森でテレサレッサ達と遊んでいたので、よく見かけました。


 ああ、そうか。合点しました。


 洞窟内で感じた甘い香りの正体はこれだったんですね。


 そしてカーくんがわたしを追い掛けて来た原因も、これなんですね。


 それにしてもちょっと獰猛になりすぎでは…やべー香草ですよこれ。魔法協会で使用を禁止にしてください。



「もう雲散霧消しかけている。明日にもなれば影響はあるまい。

 それにしても、あとちょっと向こうには私のキュリレアがいるし、運が悪いのか悪運が強いのか、なんと言うか………」



 師匠が言うには、此は洞窟の東に位置する所であり、東南には『グランドキュリレア』と言う火の国の象徴たる飛竜がいて、そっち側に走って行ってたら速攻で食べられていたらしいです、わたし。


 丁度カーくんだった物の先の通路が『グランドキュリレア』がいる方角で、前回、左折して逃げていたら火岩と飛竜の挟撃に遭ってましたね。


 その状況になれば、この世を呪いつつ潔く諸手を挙げれそうです。

 

 そんな感想を頭の中で抱いていると、不意に右腕がガクッと折れそうになりました。


 それは何とかして踏み留めたものの、バランスが崩れたせいで、真上から師匠の叱咤が無慈悲に飛んできます。



「ぐぐ………し、師匠………いい加減…これ、やめませんか………?」



「これ? これとは何だ?」



 やや高い声色から、ズンと体重を掛けてきて、わたしは声に成らない悲鳴を上げます。


 このまま重力に身を任せて押し潰されると、別の新たな虐めが追加されると思うので、涙を飲んで耐えないといけません。


 何時もと同じように奴隷並の扱い、だけど心は何時もと同じようにはいきません。

 魔女に従う最大の理由は、今や己が力で破り捨てたから。



「し…、師匠なんかぁ…、師匠なんかぁ…、この指輪があれば………!

 わたしはもう魔法が使えるんで……す……からぁ…!」



「……? ほぉ…、面白い戯れ事を抜かすな…

 走馬灯はお前に過去の記憶の他に、夢さえ見せたのか?」



 師匠は全く信じてないらしく、鼻で笑いながら、わたしの頭を優しく撫でてきます。

 その仕草がわたしの感情をモロ逆撫でして、珍しく反抗の言葉が口より零れます。



「し、師匠のバーカ! 弟子の言う事も……信じられないんですか? よく…耳の穴かっぽじって…き、聞いて下さい…、

 師匠お気に入りのブッ細工な魔物! 一時は…わたしの魔法で…無力化させたんですよ!


 わたし、わたし! 魔法が使えたんですよ!………」



「………チッ、御主人に対してこの口の聞き方。駄犬…いや駄馬め。……どれ……」



 師匠は重い腰を上げ、唾を吐きそうな顔で見下ろすと、わたしに同じく立つように促しました。


 漸く地面に押し付ける重みから解放され、わたしはフラフラながら立ち上がります。



「さぁやって見せろ。お前が出したくて焦がれた魔法を。

 もし出来なかったら御主人に嘘を吐いた訳だ。重罪を越える事を分かってるな?」



「はぁ…はぁ……あ、あのぅ…、証明したいのは……山々なんです…が、その…持ってきた薬筒……全部使っちゃいまして…ね?」



 わたしも出来るなら、今すぐにでも師匠の前で魔法を使って見せたい───

 しかし、手持ちの薬筒は底を突き、師匠は体内でエーテルを製造出来る得意体質なので薬筒なんて携帯してる訳がありません。



「チッ、なら工房で見せて貰うとしよう。腹も減ったしさっさと帰るか。

 入口の鍵も持ってきたから一先ず安心───って、おい、どうした?」



『へ?』と返したつもりでしたが、言葉になったかどうか。


 急に師匠の背が高くなったかと思ったら、どうやらわたしは膝がカクンと折れて、その場に座り込んでしまったようです。


 師匠の椅子になったりしていましたが、それでも身体はかなり休めています。


 しかしキツさ、怠さ、息切れが全然と言っていい程に治りません。


 さっき迄はただ、一連に対しての疲れによるものだと思っていましたが、此に来て、漸くこれが明らかなる異常だと気付きました。


 それは師匠も同じ。ですが原因が全く分からないわたしとは違い、師匠はもう何かを看破したようでした。


『何時からだ?』と聞き、わたしは『わかりません』と答えます。



「アズサ、お前は朝、私と別れてから今までどうしていた? 何をしていた?

………喋り辛いなら、ゆっくりで構わん。包み隠さず具陳しろ」



 辛い状態を汲み取ってくれていても、話す事を強要する辺りは流石は師匠。


 今、饒舌に話しをする事はとてもじゃなく、叶いません。長く話す事もそれに同義。


 それでも、わたしは今日一日の事を、端折らずに師匠に語り始めました。


 そして話しが、テレサレッサとメドゥーサの辺りに及ぶと、師匠は不意にわたしに近付いて膝を折り、右手を掴みました。


 師匠が訝し気に見る先には、先程話しに出た、マガラーニャの指輪があります。


 師匠はこれに何か思い当たるのか、苦い表情を作り、



「何がマガラーニャだ、そんな魔法使いなぞ聞いた事もない。全ては出鱈目だ。

 そして、こんな物を身に付ければこうなるのは当たり前だ!」



 何か一人分かり切ったように話す師匠に、私は要点が掴めず、よく分からないといった表情を浮かべます。


 それに気付き、師匠は溜息を一つ、わたしにも分かるよう、指輪について語り出しました。



「いいかクズサ、これは呪いだ。使用者の魔力を蝕み喰らう底無しの胃袋を持つ神秘だ。

 これは多分外せない。何らかの制約があってニ塔のカスからお前の友達、そしてお前にと所有権が移ったようだな。このままだとお前」



『言わずも分かるな?』と師匠はズイッと鼻先まで顔を寄せて、今の言葉を目で紡ぎました。


 その静かだけど、重い迫力に、疾うに干上がった口内に、何故か喉が鳴ります。



「そんな、そんなぁ…、だっ…、これ…、テレサレッサ達が…プレゼントしてくれた………」



「……そいつらは一塔だろ?危険性に気付けなかったんだろうよ。その二塔の奴にまんまと騙されて呪いを押し付けられたようだな」



「そ、そうですよね! ………あ、ありがとうございます」



「あん? 何がだ?」



 私は静かに首を振り『何でもありません』と示しました。


 さっき師匠が言ってくれた事に対して、わたしはわたしだけしか分からないだろう安堵を得られました。


 テレサレッサ達も騙されていたのならそれに越した事はありません。だってあの二人を疑う事は絶対に嫌ですからね。


 と、なれば残る懸念は問題のこの指輪だけ。妖しく光るそれは今となっては神秘より禍々しさを強く感じます。


 師匠が言うには、このまま指に嵌め続けていれば、わたしはシャレにならない事態になるそうで………、ゾッとしない。



「わわっ…、は、外します…! う、ぐぐくぐ……ぐ…、

 ひぃぃぃいいい!! 外れませんよ師匠ぉぉ!!!」



「どうすっかなぁこれ。私の『フェイズ』じゃ解呪出来ないだろうし…ルージュに頼るしかないか…? いや何処居るか分からんしな」



「し、師匠外してっ、ご、五大属性全得意な魔女とかいっっつも豪語してるでしょぉぉぉ!!?」



「だから魔法使いを便利屋にするんじゃないと何度言えば…!

 私は『アタック』だからそっち系は専門外だ。

………仕方あるまい、今からキュリレアに乗ってお前を王都に連れていく。お前の魔力が尽きて朽ちるのが先か解呪が先か際どい所だが」



「あ、抜けた♪」

  


 キラッと輝く指輪を天高く掲げて見せた時、師匠は出鼻を挫かれ盛大にズッコケました。


 わたしの為に行動を起こそうとしてくれていただけに、空気読めなくて申し訳ありませんが仕方がありません。


 だって力いっぱい込めてたら、抜けちゃいましたもんね。



「うぐぐぐ…この私にギャグみたいな真似をさせおって…!

 えぇいそれを見せろ、この馬鹿力女が!」



 普段しない事に恥、顔を怒りの紅で染めながら立ち上がる師匠は、早速わたしの手元にあった銀色光る指輪を引っ手繰ります。


 それを天井に掲げて片目を瞑って見ています。どうやら指輪の内側に掘られた文字を見ているみたいですよ。



「ふーむ…、『呪いのNo5』かなこれ。

 お前の友達とやらが購入した相手は二塔の2位だったか? 魔装具製造者として聞くようになった "商人" と言う奴か…。

 最終的に渡るのが私の奴隷と知っての狼藉か。やってくれるな、抹殺対象だ」



「師匠、その指輪…どうするんですか? 友達が善かれと思ってプレゼントしてくれたものですし、出来れば返して欲しいです………」



 効果がどうあれ、それが二人の贈物だった事に変わりません。

 次会った時に『やばい呪いが掛かってたのでポイ捨てました』なんて、とてもじゃないですが出来ませんし、したくもありません。


 師匠もその辺を理解してくれたようで、わたしを一瞥すると

『どうなっても知らんぞ』と言って投げてくれました。



「これで所有権はまたお前だ。持ってるだけでも魔法使いにそいつは毒だぞ。間違ってもまた嵌めたりはするな」



 確かに効果を身を持って体験した以上、これを再び指に嵌める事は躊躇われますね…



───と、呪い指輪を懐に仕舞うわたしを他所に、それをジッと睨むように見ている師匠は何か考えを巡らせているようで、親指の爪を噛んでいます。



「………お前、さっき初めて魔法を使ったとかほざいていたな? それは水精ウンディーネに誓って誠だと言えるか?」



 恐い顔をしながら考えてるので何かと思ったら、そんな事を師匠はわたしに問い掛けます。


 未だに信じてくれてなかった事に些かムッとしたわたしは、顔を膨らませて、肯定の意味で頷きました。


 それを確認すると、師匠は身体ごと向きを変え、完全な熟考モードに突入したようで、一人譫言のようにブツブツ呟いています。


 こうなると、師匠に話し掛ける事=薮蛇を突く事、になるので、わたしは特に何もせず、失った体力を取り戻す為に目を瞑って、たまに吹き込んでくる涼しげな風に身を任せるのでした。



「………魔力………削る………、なんでそれで使えなかった魔法が使える?………体調を崩すのが条件?………余剰………刪削………溢流………オーバーフローか!」



「───成る程な、私は節穴だった」



 一人で考え込んで、一人で合点して、一人で自らが結論に納得する師匠は最高にキモチ悪いですよね。

 わたしがそんな戯言を恐れ多くも口にしたら、その時この首は繋がっているんでしょうか?


 さてっ、と。お鉢がこちらに回ってきましたよ。


 師匠がわたしに『聞け』と直球命令してきたので、大人しく正座して耳を傾けましょう。



「アズサ、お前は "魔力が有り余り過ぎたから初級魔法が円滑発動されなかった"  上手く呪いの指輪が魔力を吸ったから漸く顕現出来るようになった訳だ」



「???????」



 なにいってんのこのひと


 それは余りに突拍子のない話だったので、耳が聞き届けても肝心の脳ミソが師匠が言った言葉一つ一つの意味に理解が及びません。


 え? 魔力が、なに?


「仮にだ、初級魔法発動に必要な魔力が十だとしよう。

 お前と私は今までその十すら上手く捻り出せない、又は十すら満たされない。故に才は底辺のゴミだなーと、そう思って疑わなかった。


 だが、お前がもし "初級魔法発動に百もの魔力を込めていたら" と仮定したらどうだ?」



「どうだ?って言われましても…」



「お前の脳内イメージは常に多く溢れる感じではなかったか? どうしても水が溢れるイメージになってしまう……とか。そんな感じだ。

 必要に満たないラインでは魔法は成立しない。無論、理由は足りないから。

 そして必要以上注がれても魔法は成立しない。何故なら容量を遥に越えた時、魔法と言う器が壊れてしまうから。


 お前は腕力以外の所でも力み過ぎていたようだな、私も師事はこれが初めてだから明盲甚だしい」



 師匠は可笑しい可笑しい呟きと、堪え笑いが止まりません。

 

 まだ俄かに信じ辛いですが…要は、わたしは実は魔法の才能アリアリだったと?

『実は超天才超美少女超魔法使い』だったと…そう言う事でしょうか?!


 確かに、水を留めようとするイメージでは、いつも水が溢れてしまいます。


 余りに成功しないので一回一回に全集中して全力を出していましたが、やってた初級魔法は思い切り魔力を込め過ぎてダメだった。…と言う事なんです…よね?


 んん…? そうなると、一つの疑問が浮かびます。


 それはすぐに答えてくれる師が目前に居るので、浮かんで即聞いてみる事にします。



「…なに? 多くのエーテルを使っての上級魔法が発動しなかった…だと?」



「そうなんですよー! 本当ならズッバーンと津波が押し寄せたりして、洪水になってる筈なのに何故か失敗しちゃいました…

 何でですかね? わたしに本当に魔法の才能有りまくり魔力有りまくりなら───あ痛!?」



 本気でその事を疑問に思っていると、不意に頭にすごい衝撃が走りました。

 両手で頭を庇い痛みに耐え、遅れて師匠にゲンコツされたのだと気付きます。



「……教えてもないのに出るか馬鹿。適当に沢山エーテル放って弩級が出せるなら、魔法学校なんて行く必要すらないだろう」



「た…確かに」



 いや本当だわー何考えてたんだろうわたし


 追い詰められて滅茶苦茶な思考してたんですな



「そも勘違いするなよ? 魔力貯留量が人並み外れてるだけでイコール魔法才ではないからな。

 系統が『シェイク』な上に結局習得出来た魔法術は皆低級でしたーなんてのは、まあある話だ」



 所詮馬鹿は馬鹿だな!と頭をグリグリされながらわたしは悶絶。


 どうやら天才美少女天才魔法使いではないようです。


 そんな塚の間


 事変の終点での安堵、おちゃらけ模様。全て混ぜ込み掻き消し



 響く、暴力



『オオオオオオオオオオオ!!!!』



───的な雄叫び。



「ヒィィィ?!?!?」



 師匠の教弁と苛立たしさを纏めて打ち消すような音が、わたし達の間に割り込んで来ました。


 師匠もわたしも、それの余りに常識外れな咆哮を前に堪らず両耳を力込めて塞ぎます。



「あー…あー…そう言えばこいつそんな特性あったな」



 師匠は直ぐその音の出所に気付き、振り向きます。


 わたしもそれに習って、視線の先を追いました。



「…………あっれぇー…、師匠、わたし幻見てますかね?」



 それを見た時、思わずそんな軽口が出てしまいます。


 何しろ、わたし達の視線の先には、師匠の攻撃を喰らって死んだ筈の火岩こと『フレイムアルマジロ』のカーくんの姿。


 バラバラに散ったそのカーくんがやる気滾らせて又、佇んで居るんですから、

 そりゃ軽口の一つや二つ吐きたくもなりますよ。ねぇ?



 


 

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